とくぞうはこわがられた!
人間が唯一流儀を持たない種族?言われてみれば疑問の余地もない。クゾーが元いた世界では人間は誰も特別な力など使わないからだ。では人間を人間たらしめている物は?人間の種族としてのアイデンティティーは何で保たれる?クゾーはオークとしても大国徳三としても似つかわしくない哲学的な思想にとらわれた。
「お話の途中でごめんなさいね。でも冷めてしまうから。」
リリアムがお茶を運んできた。話は一旦そこで中断され、全員でお茶を飲んだ。
「あ…おいしい。」
人間だったときにはお茶を嗜むなどということは無かったクゾーだったが、お茶に「味」がありそれが「美味い」という事がその時初めてわかった。
「でしょう。エルフ族の豊穣の流儀を使って育てた茶葉なんですよ。」
何故かエコーが解説する。エルフ族はあまり手柄をひけらかさないのかも知れない。
「本当においしいです。これはなんという茶葉なんですか?」
「ごめんなさい。疲労回復に効果のある薬草だとしか言えません。ここではあまり草花に名前を付けたりはしませんので。」
さきほど言っていた金銭で取り引きをしないなどのように、ここの生き物は皆人間に見られる執着のような物があまり感じられない。
「さすがに元人間だけあって名前にこだわりますねえクゾーさん。ここの人達は人の呼び名くらいしか名前を意識しないのに。」
「そうそうその事なんですが、クゾーさんは元人間だったのですか?魔人族か何かに呪いで、いやどうも失礼。」
リリアムが慌てて訂正する。呪いでオークに変えられたというのは今現在のクゾーの容姿を貶すことになると考えたらしい。
「いいんですよ。あながち間違っていないかもしれない。でも俺の元いた世界には人間か動物しかいなかったからなあ。呪いは無いと思うな。」
クゾーはリリアムとエコーの顔が曇ったのを見て取った。でも一体どの部分で?また俺は何か調子に乗って失言したか。
「そ、それにしても呪いを使う種族もいるんですねえ。」
「ええいますよ。魔人族や邪神族、妖怪族なんかですね。でも怒りに触れでもしない限り呪われる事はあまりないですね。」
なんとか話を反らすことに成功した。クゾーが人間時代に身につけた処世術であったが、通用していたのかどうかは今となってはわからない。
「不思議なお話ですけど、元の世界とやらに帰れるといいですね。それはそうとクゾーさん。今晩良かったらうちに泊まって行かれません?」
クゾーはお茶を吹き出しそうになった。何てことだ。女性の家に泊まるように誘われるなんて彼の妄想の中の出来事だ。
「いやいやそんな悪いですって!森の中ででも寝ますよ。」
「遠慮はいりませんよ。外で寝たりしたら夜露で身体が冷えます。と言っても大きいお身体に見合うベッドがありませんので、今は使っていない馬小屋で寝て頂くことになりますが。」
必要以上に気を使わないでいてくれる所も、クゾーにとってはありがたかった。考えてみれば、この2人のおせっかいがなかったらきっとまだ訳も分からず森をさまよっていたことだろう。この醜いオークが受け入れられるのだから、この世界で生きていく事はそれほど難しいことでは無いのかもしれない。その時店のドアが開いた。入って来たのは極端に背の低い男の姿をした生き物だった。
「こんにちはドヴァさん。ちょうど薪割り機の調子が悪くて。お手数ですけど直してくださる?」
「うわあああああああああオークだああああああああ!!!!!!」
叫びながらそのドヴァと呼ばれた男は店を出て行ってしまった。
「…ドワーフ族は非常に臆病な種族なので…お気になさらず…。」
「薪割りを手伝います。なるべく店から離れて。」
やはり心が読めるか相当慈悲深い種族でなければクゾーの姿は恐怖そのもののようだ。気を使うリリアムの横でエコーは爆笑している。
「…なんでお前は俺が倒れてる時助けてくれたんだ…?」
倒れている時にも感情が読めたのだろうか。ようやく笑いが収まったエコーが答えた。
「えっとですね。クゾーさんが気を失っている時に「母さん」とつぶやいたんです。母親想いのオークというのもそうはいないので興味を持ちまして。」
死の直前少し母親の事も含めて回想していたのでついそうつぶやいたのかもしれない。母親に救われた形になったようだ。
クゾーはリリアムから台座と斧を借りて森の奥へ入っていった。薪割り機の方はドワーフ族の流儀で作られた物のようでクゾーにはどうすればいいのかさっぱりわからなかった。やった事はなかったが、木を切り倒すところから薪割りを始めることにした。その方が店の営業を邪魔する心配も無い。
「ここらでいいかなっと…。」
森の少し開けた所に台座を置き、適当な木に斧を当てる。木を切ってみたことなどないが、とりあえず両側から斧を入れるのだろう。クゾーは軽く斧を振るった。その一振りで作業は完了してしまった。木を斜めに一刀両断してしまったのだ。
「野球ならホームランだな…。」
クゾーはオークの流儀が恐ろしくなった。その後は簡単なものだった。枝を落とし、適当な大きさに切り、台座に乗せて薪の形にした。元工員だけあって、こういった単純作業は得意だった。あっという間にオークの身体で一抱えもある薪の束を作り、そこらにあった蔦でそれらを縛ってリリアムの家に帰る事にした。今度は誰も驚かさないようにと、家の裏から様子を伺った。家の庭先を覗き込むと、何者かがリリアムと会話している。これはいきなり正面から来なくて良かったなと思いながら、なんとなくその会話を聞いていた。
「…ですから、そちらの王に忠誠を誓う気はありませんし、薬草や流儀を売り物にしようとは思いません!」
「そうは言ってもエルフさんよ、ここら辺だって王国の開発が進めば住めないようになるぜ。だったら今のうちにお金を稼いで、この辺の森の領有権を主張しといた方がいいんじゃないかね。」
話している相手は若い男…特徴的な部分は…無い。つまりあれは。
「人間…?」
この世界にあって特徴を持たないということは、すなわち人間である可能性が高い。
「まあとりあえず上がらせてもらうぜ。話しは中でゆっくりしましょうや。」
「やめてください!これ以上お話をする気はありません!」
「や、やめないか!嫌がってるだろ!」
クゾーは意を決して出て行った。
「うわあああああああオークだあああああああ!!!!!!」
さっきのドワーフ族とまるで同じ反応だった。でも今回は役に立ったようなのであまり傷付かない。
「クゾーさん!」
「薪割りが終わったんで…今みたいなのはよく来るんですか?」
「最近はしょっちゅう…森には結界があるのであまり頻繁には来なかったんですけど…。」
感謝されると思いきや、リリアムの表情は予想に反して暗かった。
「余計なことしましたよ…クゾーさんが出てきた事でここが襲われるかもしれない。」
沈痛な面持ちでエコーが言った。
「えっそれはどういう…」
「この森の中で1度もオークの姿を見かけなかったはずです。ここらの森のオークは…人間族の手によって駆逐されたのです。1人も残らず…。」
5話へ続く
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