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終末

山に囲まれた盆地にヘラクレスがキャンプを張っていた。


「これより反乱分子の殲滅作戦を開始する」


オーギュストの号令と共にエインセル部隊が移動を始める。月明かりのみを頼りにした夜襲である。オーギュストはヘラクレスを殺す為に全部隊を投入していたが、それはあくまでもヘラクレスに隙を作るために過ぎない。とどめを刺すのはオーギュストの神殺しの流儀である。その一撃さえ成功してしまえば、後は現主神が死ぬのを待つばかりである。


「総員配置に着きました」


エインセル兵の1人から報告が入った。


「よし、全員出撃準備!5分後に総攻撃に入る!そして奴らの首領をおびきだせ」


オーギュストは指示を出すと右手に槍を出現させた。神族を殺す流儀を持つ神殺しの槍である。


「しかしこれから我と主神の座を争わんとする者がいとも簡単に進入を許すほど間抜けとは、拍子抜けだ」


「全くだな」


その言葉と同時にオーギュストに向かって砲が打ち出される。簡素な石砲はオーギュストをよろめかせる程度の効果しか無いが、その隙は決定的なものになった。


「全く奴とこちらが合流していなければお前の奸計に嵌っていた所だっただろうよ。腕力があるとその分頭は回らないようだな」


声の主はドヴァである。ドヴァが木に砲を放ち鎖を飛ばして崖の上へ飛び移った。すると、盆地に大量の水が流れ込んで行く。


(逆にこちらが罠に嵌められた……?潜入したエインセルから何の報告も無かったと言うのに……人間の兵を犠牲にしたか……)


「冥土の土産に教えておいてやる。ヘラクレスが人間を犠牲にする訳が無いだろ?奴には部隊に全体へ『水攻めに警戒せよ』と指示を出させた。その上で僕特製の水中呼吸器を配布し、水攻めを受け難い水場から離れたここへキャンプを移した。この意味がわかるか?」


「馬鹿な、ここは川から数10キロは……」


「神族ってのは規格外だよな。豊穣神2体と半海神1体居れば簡単に地形が変えられるんだからな。お前はアキレウスの渦潮から抜け出しはしたものの、これまで水場近くにヘラクレスがいる時は攻め込んで来なかった。つまりお前には流儀はダメでもただの水なら有効だという事だな」


激流は渦となり水の底にオーギュストとエインセルを抑えつける。呼吸器によって生き残っているヘラクレスの部下達はアキレウスの水流操作によって盆地上へ救い出される。


「これが『いつも通り』『多少の』助けなのかよ。過保護にも程があるぜあの母親は。エリー、お前にとって同種の者たちが沈んで行っている。目を背けていろ」


「あの者達とは何の関わりもありません。むしろ今ここで葬ってやらねば救われない……のかもしれません……」


そう言いながらもエインセルは直視出来ず目を伏せている。


「おい。そろそろいいんじゃないか?だいたい10分もやってりゃいくら神族でも死ぬだろ」


ダリアが横で声をかける。しかしそれを意に介さず、アキレウスは流儀をかけ続ける。


「まだだ……まだ足りない。完全に息の根を止める……神族でも寿命はあるし窒息すれば死ぬ……ここまでやっと漕ぎ着けたんだ!確実に殺さなきゃ意味が無い!」


アキレウスは殺気を迸らせながらオーギュストが沈んで行った1点を見続けている。自分が住んでいた村を壊滅させた王国の王、そんな者をこの世の支配者にしてはならない。そんな思いが水の流れをより早くしていた。結局夜が明けてきた頃にアキレウスは力尽きた。水の上にはエインセルの死骸が無数に浮いて来ていた。アキレウスは必死にオーギュストの姿を探した。


「まだ底に沈んでいるのか……?」


アキレウスは水を覗き込んだ。


「危ないですアキレウス様。相手は飛び道具を使いますからもし生きていたら……」


そう言ってアキレウスの前に出たエインセルの身体を一本の槍が貫いた。紛れもなくオーギュストが使う神殺しの流儀である。本質的には神殺しは他の種族には効果は無いが、ただの槍としてだけでもか弱いエインセル1人殺すには充分過ぎる。


「エリーィイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!」


アキレウスが絶叫した。槍が出てきた先にはオーギュストが宙に浮いていた。


「あの女の力など使いたくなかったが……その息子に返すならそれもいいだろう」


あの女?オーギュストが水の中で生き延びていた理由は、一つしか考えられない。


「お前、あの女の息子という事なら私の息子でもあるわけだな。女として育てられていたら探しても見つからない訳だ。思えばあの女が海神だと知った時から、私の下から去った時から、神族は私の忌むべき敵だった!」


オーギュストが自分の父親だった……?アキレウスは愕然としたが、今はそんな事はどうでもいい。


「さて、エインセルを派手に殺してくれたな。ひとまず4万ほど補充要員を要請するか」


「4万……?お前、エインセルの構成要素は虚無だが、素体には人間を利用しているはず……」


ドヴァがそう漏らした。ドワーフ族としてドヴォルザークの術はすでに解明していたのである。


「ああそうだ。だからこそ材料には困らなかった。この1年でエインセルの大量生産に必要なだけの人間が確保出来た。お前達がもたついている間にこちらは盤石という訳だ。無様な事だな。あんなオークが私の邪魔をしていなければ。そうでなくともさっさと攻めて来れば、あるいは私を殺せたかも知れないものを。」


オーギュストには神殺しの流儀、それに加えて海神の流儀、更には膨大な数のエインセル兵。これでは勝ち目が全く無い。さらにヘラクレスが殺されてしまえば主神の寿命が尽きると同時にオーギュストは主神となる。


「ヘラクレス!お前だけでも逃げ延びてお前が主神になるんだ!それしかない!」


フレイが声を荒げる。しかしヘラクレスはその場に立ち竦んでいる。


「嫌だ……俺は主神になんかなれない……主神になればいずれこんな事が繰り返される……。俺に命を選別する事なんて出来ない……支配する事なんて……」


「そんな事考えている場合か!お前は目の前にいるあの下衆をこの世の支配者にしていいのか!」


「違うんだよ!俺が主神になるのもオーギュストがなるのも違う!意志を持った生き物がこの世の全てを支配するなんて間違ってる!世界はこの世に生きる全ての命一つ一つの物だ!」


「いつまでもそんな演説をさせておくと思っているのか愚か者!」


オーギュストが右手に槍を現出させ、ヘラクレスに向かって放つ。一瞬反応が遅れたヘラクレスは死を覚悟した。またそれは、オーギュストが主神となる事を容認するという事でもあった。しかし、槍が到達する瞬間ヘラクレスは何者かに跳ね飛ばされた。


「大丈夫です。もう大丈夫……。上を見てくださいヘラクレス様」


声の主はエインセルだった。それも、先程死んだはずのエリーそのものだった。言われた通りヘラクレスが上を見ると、後光を放っている影が2つ空中に浮いていた。


「クゾーさん……」


リリアムがポツリと呟いた。


「本当にギリギリになってしまって申し訳ない」


そこには、3つの世界で徳を積んだ男の姿があった。



次回最終話予定






更新が遅れてしまって申し訳ないです

いよいよ次回完結の予定です


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