寿命
オーギュストは城が襲撃された事自体は隠蔽したものの、城の窓が割られたという事実は隠しようが無かった。そこでオーギュストはすぐさま王国中に抜き打ちの訓練が行われたと発表した。流浪民の首領となったヘラクレスもその知らせを仲間から受けた。ヘラクレスはすぐにアキレウスの仕掛けた襲撃であると気がついた。
「抜き打ちの訓練で王宮の窓を割らせるなど大袈裟過ぎるわ。偽のエインセルを想定した訓練、それに訓練の後は水しぶきが海に向かって舞って行ったと聞く。そんな事が可能なのはアキレウスとエインセルの2人しかおらん」
では何故今、オーギュストが神になってから1年が経過したこのタイミングで彼は襲撃を仕掛けたのか。ヘラクレスは考えた。答えは一つだ。これはかつての仲間たちに向けたメッセージだ。我々はまだ負けてはいない。今こそ行動を起こすべきなのだという。
「……全員集めろ」
ヘラクレスは側近に命じると立ち上がった。流浪民は今や1万を超え、王国に対抗できるまでになっていた。
王国襲撃の知らせが届いたのはヘラクレスの所だけではなかった。フレイが合流してからも各地を転々としながら隠遁生活を送っていたリリアム達にもそのメッセージは届いていた。
「アキレウス君達はクゾー君が冥神を継いだ事を知らないから先走ったのか……」
フレイは険しい表情でそう言った。彼らはもういくつ作ったか知れない地下小屋に潜伏しているが、ダリアが食料を調達するついでに情報を仕入れて来たのである。
「あいつも馬鹿ではないから何か確証があっての事だろうが……いずれにしてもその事を知らせればクゾーが現世に来るのを待って王国を攻めるのが最善だと気がつくはずなんだが」
「だからー!それはいつまでも逃げ回る言い訳じゃねえかよ!さっさとオーギュストを止めねえと他種族が絶滅すんぞ!」
ダリアがドヴァに言い返した。隠遁生活が続き彼女はここの所ストレスが溜まっているようである。
「落ち着け。現戦力で王国へ攻め入ってもどうにもならん。冥府の神が来るならそれまで待つしか今は方法が無い」
「だったらお前がデカい爆弾でも作って王国に落とせばいいじゃねーか!お前らの流儀はそれが取り柄だろうが!」
ドヴァは心底呆れ返った表情になった。
「鉄一山分。リン桶一杯。それと近づいたら死ぬ鉱石一抱え持って来たら作ってやるよ」
「ぶっ殺すぞこのクソチビ野郎!」
「ダリアちゃん言葉遣いに気をつけなさい。でも私も思うところがあるんだ。ひょっとするとクゾー君は間に合わないんじゃないかとね……」
「これでは間に合わん」
オーギュストが不意に自室で独り言を言った。
「どうかなさいましたか?」
エインセルが返事をした。アキレウスの襲撃以来オーギュストは自室に常に1人エインセルを置いていた。
「ふむ。お前達も知っておいた方が良いだろう。この情報は全員で共有せよ」
「御意」
「まず私が何の目的で人間の王をやっているかは知っているな?」
「人間族の王となり他種族を殲滅し、主神になられる為であります」
「うむ。つまり私が主神になる為には人間族をこの世で唯一の種族にせねばならん。しかし前王が予言した主神の寿命はもう残りが少ない。主神が死ぬ前に人間族の王として私が認められねば私は主神にはなれん」
「認められずに主神が死んだ場合、この世界は主神が不在となる訳ですか?」
「その場合最も主神に近い者を摂理が主神に選出する。摂理とは意志を持たないが神族以上の強い力だ。この世の神族の席が空く事は摂理が絶対に許さない……多くの場合その子が座に座る事になる。つまりこのままでは例の森にいた主神の子が新たに主神となる可能性が高いのだ」
「……一つお聞きします。他種族を殲滅しきれていない今、主神の子が死ねば次の主神は誰になりますか?」
「それは地上で最も崇められる最大多数の種族の王……すなわち私だ」
「では話が早うございます。我々が主神の子を討てば良いのですね?」
「……できるのか?」
「元より我々エインセルの存在意義はオーギュスト様に与えられた物。それにオーギュスト様が主神になられれば、我々以外の種族は地上から消し去るおつもりなのでしょう?それこそが我らの大願。生きる意思も意味も無い人間風情にこの世を生きる資格は無い。始めからオーギュスト様の為に作られた我々こそがこの世の支配者に相応しい」
そこまで言ってエインセルは失言に気づいて慌てて訂正した。
「失礼しました。オーギュスト様は元人間でいらっしゃいましたね」
「構わん。この世に人間として生まれる以上に不幸な事は無い。虫ケラから神族まで等しく持っているこの命が人間の身体という檻に閉じ込められているような物だ。思えば神族に翻弄された人生だった。いや、人は誰でもそうかも知れんが……貧乏貴族に生まれ、南方征伐で父を失い、一兵卒から叩き上げて革命に乗じて将軍になった物のたった一人の弟まで失った……そう言えば愛する女を失ったのも神の所業か」
「そのような方がいらっしゃったとは初耳ですな。しかし今やオーギュスト様は神に取って代わるお方。自らのお好きに世界を変える事の出来るお立場なのですよ」
オーギュストは応える事無く目を閉じた。
(元人間か……そう言えばあのオークもそうだと前王が言っていた気がするな。あいつはこの手で仕留めてやりたかったが……)
そのまま、オーギュストは深い眠りについた。エインセルはそこに毛布を掛けてやると、従者を交代しエインセルの部隊へ向かった。
32話へ続く
カスティーヨは南方征伐の時にオーギュストが連れて帰った敵貴族の子息で、オーギュストと義兄弟の盃を交わした。
オーギュストの言っている女とは彼が前線に送られて深手を負った際に治療してくれた娘で、迎えが来るまでのかなり長い時間を共に過ごしていた。




