覇道
「ドワーフ族の制圧を完了しました」
エインセル兵の1人がオーギュストに報告した。オーギュストの無機質な顔の造形からは表情が全く読み取れない。エインセル兵が一礼して帰ろうとすると、オーギュストが口を開いた。
「1年かけてようやくドワーフ一種族の制圧というのは遅すぎるのではないか?」
エインセル兵は狼狽して振り返った。
「申し訳ありません……しかしドワーフ族の流儀による防御は予想以上に強固でして……変身して内部からの暗殺で少しずつ敵の戦力を削るしかありませんでしたので……」
作戦の遅れを理由に処刑されると思いエインセル兵は怯えていた。人間の身体をベースに量産される彼らは使い捨ての存在であり、苛烈な戦闘訓練を受けている最中に死んで行った者は珍しくないからだ。
「そういう事なら仕方ない。焦らなくても我々の有利は動かぬ。それよりも、あの森のオークらの残党は見つかったか?」
意外にも寛容なオーギュストの態度にエインセル兵は驚いた。
「いいえ。何しろドワーフ族の匠長がおりますので、見つけ出すのは困難でして……現在は他種族制圧を最優先で行っているという事もありまして……」
「探せと言ったら探せ!貴様らドワーフ族の匠長を残してよくもドワーフ族を制圧したなどと言えたな。あれらの中にはエルフ族の神もいる。別働隊を組織して至急探し出せ!なんなら工場を稼働させて追加の兵力を量産する!これを経理と工場に持って行け!」
オーギュストは予算の申請書にサインをしてエインセルに持たせた。エインセル兵は急いで経理に向かって行った。それを見届けてから、オーギュストは椅子に腰かけた。
「我が私怨だと言えれば話は早いのだろうが、あれらは人間ではないからな。私に対する忠誠心など当てにはできん。却って反乱を招くだけという恐れもある」
万物を読み取る王や、ドワーフ族で兵器や道具を作って来たドヴォルザークが死んでからは、以前よりも王国の戦力は乏しくなっていた。今や他種族に対抗できるのはオーギュストと戦闘訓練を施したエインセル兵くらいのものである。自ら神となってからここまで侵略を進めるのに1年と速度は遅いが、長年の将軍としての経験を活かし効率的に侵攻は進んで行った。連戦連勝の知らせは、戦争を下支えする国民を奮い立たせる。それは苦役や相次ぐ行方不明に苦しむ国民の反乱防止に重要な役目を果たしていた。下の者の感情が読めない将は盤上遊戯の差し手と何ら変わりがない。というのが彼の持論である。光に群がる蛾のように人は希望を目指すもの。ならば常に希望を用意さえしておけば、民は付いて来るのだ。
「オーギュスト様。そろそろ演説のお時間です」
先程とは別のエインセル兵がオーギュストの元へやって来た。たまにこうして演説を行うのも大切な事である。
「うむ」
「では、お名前の方を……」
オーギュストの神となった姿は民には見せていない。加えて演説中の暗殺防止のため、オーギュストは演説にエインセルを使っていた。その際用いられるエインセルは相手が名乗らなくとも変身可能な物ではなく名乗らなければ変身できない旧ロットの物である。そもそも新ロットのエインセルは裏切りを防ぐ為安易に能力を行使する事を許されていない。例え演説の為であっても城内での変身は絶対に認められない。
「その前にお前、識別番号を言わんか。昨日のミーティングで城内担当の者には割り振られたはずだぞ」
識別番号などと言う物は存在していなかった。これはランダムにオーギュストが混ぜる侵入者に対するブラフである。
「………………えっと……」
「どうした。何を口ごもっている」
「ばれたーーーーー!!!!」
エインセル兵は地面に煙幕玉を投げた。オーギュストが一瞬たじろくが、すぐに他のエインセルに指示を出した。
「侵入者だ!甲冑を付けた者は私の部屋の甲冑を付けていないエインセルを捕えよ!」
「アキレウス様ー!早く早く!」
エインセルが呼ぶと窓を突き破ってアキレウスが部屋に入って来た。
「轟け流水!」
そう言うとオーギュストを渦を巻いた水が包み込んだ。この1年で、アキレウスは海神の加護をほぼ使いこなしていた。
「逃げるぞエリー!」
アキレウスはエインセルを抱えて窓から飛んだ。城の堀に落ち、堀から伸びる川の水の上を走って逃げて行った。
「やりました!海神の流儀でオーギュストを窒息させる作戦は成功です!」
「バカかお前は!私はオーギュストの目の前に出ただけで死ぬんだぞ!それに奴があの程度で死ぬとは思えん」
アキレウスの目的は王国を混乱させる事にあった。城内に侵入者があり王が死にかけたとあれば、王国の権威は地に落ちる。
「とはいえ、よくやったぞエリー。危ない役目だったのに頑張ったな」
紛らわしいということでアキレウスはエインセルに呼び名を付けていた。その名前で呼ばれる事や、抱きかかえられているこの瞬間の幸せに、死の恐怖はかき消されていた。
オーギュストの部屋にはエインセルが集まっていた。オーギュストは長時間水の中に閉じ込められていたが、水の勢いがあまりに強く、エインセルは手が出せなかった。しばらくすると流儀が切れ、中からオーギュストが姿を現した。窒息死しているかと思いきや、オーギュストは平気な顔をしている。
「ふう。お前たち、遅すぎるぞ。今のが本物の族であったらどうするつもりだ?」
「と、申しますと今のは訓練……」
オーギュストはあくまで冷静にその場を取り繕った。結局その騒動は抜き打ちの訓練であったとして済まされた。
(やはり奴らを放置はしておけぬ……。さっさとケリをつけねば我の覇道は無い)
オーギュストは拳を握りしめた。
32話へ続く
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