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主神の義娘

「悪魔……。だと……?」


ヘラクレスは目を剥いて村人を睨んだ。それは怒りではなく驚きによる物だったが、村人は完全に気圧された。


「ひぃ!失礼しました!あなたはそれが目当てで旅をなさってるんですよね。もしかして神族の研究か何か……」


村人はヘラクレスの反応、それ以前に主神の子を成した母体について質問した時からヘラクレスの素性を明らかにしたいようだった。彼が王国軍の残党狩りなどではないとも限らないので無理もない。


「いや、そういう噂を聞いただけよ。しかしもう死んでしまっているのか……」


「まあ、その村の元村人とかその母親の人間との間の娘とかは私らの仲間に居るんで興味がおありでしたら当時の話をする事くらいならできますけど……」


村人は確かに娘と言った。主神は娘のある、夫のある女を手にかけたのか、


「その女は夫がいたのか……」


ヘラクレスの口からはそんな言葉が出てきた。その言葉には驚きと父に対する憤りが込められていた。


「そうですよ。しかも村長の娘婿でしたからね。神さんに怒ってもしゃあないですから、その寝取られた旦那は奥さんを激しく叱責しました。身篭ってるってのに殴る蹴るでね。見てられなかったよあれは」


「それを貴様らただ見ていたのか!望んで不貞を働いたのでもなかろうに!」


ヘラクレスは怒りに任せて叫んだ。村人は完全に萎縮したが、答えず逃げる事もこの者は許さないと身体で理解していた。


「そ、それが、その女には傷一つ付かないんですよ。それに何しろ村長の娘婿が寝取られた訳ですから、村長も怒り狂ってましたしあまり手も出せなかったんですよ……結局その女は身篭ったまま何時の間にか村を出てしまいました。それでその後村長とその息子が王国に村を売り渡したんです。おかげで私どもは住処を追われました」


ヘラクレスは村長の手前などというくだらんしがらみで正しい事も見えなくなる人間達や家庭のある女に手をつけた父親に対して激しい怒りを覚えた。


(やはり人間達など滅ぼしてしまっても良いのではないか……。しかしまあひとまずその娘とやらに会いに行くとするか)


「あのお、何か怒らせてしまったのなら申し訳ありません……」


村人は恐る恐る尋ねた。しかし、ヘラクレスは笑顔で答えた。


「なんでもない。驚かせてしまったか?すまん、忘れろ。それで、その娘はどこに居るんだ?」


村人はヘラクレスを流浪の民の集まっている野原へ案内した。テントがいくつも立っており、かなり多くの人々が生活しているようだった。


「その娘はですね……おい、オフィーリアはどこだ?」


村人はそこに居た男に尋ねた。


「ん?なんだお客さんか?オフィーリアなら森で狩りの囮だよ。あいつは襲われても傷が付かないからな」


村人はまずい、という表情をしたがヘラクレスは既に森へ駆け出していた。囮とはどうゆう事だ。彼の頭の中で良くない予感が駆け巡った。その予感は最悪の形で現実の物になった。ヘラクレスは森の中で木に縛られている女の子を見つけた。そのすぐ近くでは、男たちが武器を持って待ち構えている。ヘラクレスはすぐさま手で縄を切り女の子を抱き抱える。金髪のくせ毛で、ヘラクレスの面影を持っていた。その感触は骨ばっていて軽かった。


「おい誰だお前。その女はそこで動物を寄せる役割なんだよ」


ヘラクレスは女の子を座らせると、無言で森の奥へ駆け出して行った。周りの草木をなぎ倒しながら、ヘラクレスはシカやクマなどの動物をがむしゃらに狩っていった。


「……獲物なら俺が獲って来てやる。だからこの子を使うのは止めろ」


ヘラクレスは男たちの前に獲物を落としてやった。男たちはあまりの恐怖に逃げ出して行った。


「お前、いつもあんな事を……?」


「そ、それが私の役割ですから。流浪の民は今日を生きるのに精一杯なんです。他の女の子はもっと大変な仕事をさせられてます……まして私には居場所が無いので……」


人は誰しもが役割を果たし必死で毎日を生き抜くものだが、この娘は違う。なぜならこの娘は自分の選んだ生き方は一生出来ないからだ。村を追われ、両親を奪われ、死ぬまで狩りの囮にされるのだろう。この流浪の民の集落ではそれ以外は望むべくも無い。全ては神の理不尽さが引き起こしている事だった。ヘラクレスはこの娘を守らねばならないと思った。自分は神にならなければならない。そう誓って、ヘラクレスはその娘をしっかりと抱き留めた。


リリアム達はドヴァが作った地下の小屋に身を隠していた。あれから一週間ほど経ったであろうか。王国領ではいつ襲われるかわからないからと、食料調達以外は外に出る事は出来なかった。リリアムは長く太陽に当たらない事で体調を崩していた。誰も慰めを言わなくなった。どんな慰めを言ったところで無根拠で無意味だからだ。今までクゾーの存在は大きかったのだ。単に戦えるという事だけではなく、どんな事があっても仲間を見捨てず裏切らない崇高な正義の精神がある事を皆わかっていたのだ。あの時もそうだ。あの時彼が自爆という手段を選んでいなかったら、今頃は全員オーギュストの手にかかって死んでいたであろう。部屋の中は重苦しい沈黙が支配していた。すると、リリアムが突然口を開いた。


「何者かが……近づいて来ます。この部屋の入り口付近に……私様子を見て来ます」


そう言うとリリアムは入り口を少し開けて外を見た。


「クゾーさん……?」


見れば、その姿はクゾーそのものだった。リリアムは小屋から飛び出して行った。


「クゾーさん!死んでしまった物だとばかり……」


リリアムは抱きつこうとしたが、それは出来なかった。


「失せろ、この偽物野郎」


何者かが、クゾーを後ろから切り伏せた。クゾーは真っ二つになり、あっという間に絶命した。リリアムは驚いてクゾーに目を落としていたが、その姿は変化して行った。なんと、クゾーだと思っていたのはエインセル兵だったのだ。


「ダメだよリリアムちゃん。いくら太陽に当たってなくても判断を焦ったら。どうやら連中は名乗り名乗られる過程を省略できるようになったらしい。それくらい読めないようじゃまだまだエルフ神の座は譲れないかな?」


エインセルを切った者はオーギュストの手によって死んだはずのフレイだった。もしやまたエインセルかと、リリアムは身構えた。


「違う違う。だってそうだろ。目の前で死んで埋葬までした者が生き返ったら余りにも嘘くさいし、何より今のクゾー君の偽物を切る意味が無いじゃないか」


「じゃあ本当に……」


リリアムは目に涙を貯めてフレイに抱きついた。その瞬間だけは彼女にとって本当に心が休まる瞬間であった。


「待たせてしまったね……。さて、じゃあ僕が何故奇跡の復活を果たしたのかも含めて話をしなくちゃならない。隠れ家に入れてくれるかな?」



30話に続く



あともう少し続きます。


ご愛読ありがとうございます

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