神
クゾーの身体は一つの爆弾と化した。クゾーの肉体の内壁が流儀を押し留め、風船の様に限界点で弾けた。もはや治癒の流儀でも蘇生は不可能な損傷である。クゾーは激しい苦痛に見舞われたがそれもほんの一瞬だった。感覚が自分の肉体から出て行く様に痛みが引いた。
(あの時と同じだ……。きっと今は脳のまだ生きている部分が残滓を見せているんだな……)
クゾーはその魂の見る夢の様な時間が霧消するのを静かに待っていた。
(俺は守れたんだ……。最初に死んだ時よりはまだ救いがある)
しかしなかなか霊魂の消滅は訪れない。クゾーはその時目を開けられる事に気がついた。そっと目を開けるイメージをすると、目の前の光景が見渡せた。そこは先ほどまで居た場所ではない、限りない白い空間だった。その白の中に人が1人だけ見えた。その人物はなんと人間族の王だった。
ー僕はもともと主神の『計算機』だったんですよ。酷い話でしょ?
王は何者かと対話している。
ー『計算機』?
ードワーフ族は数字を打ち込むだけで数を勘定してくれる道具を作りそう呼んだそうです。僕もそれと同じ。僕が主神に与えられたのはこの世の全てを知る流儀……現在の全てを知る事で、少し先の未来も解る。ものすごい能力だけど、その分身体にかかる負担が半端ではなかった。僕らの一族は産まれてすぐ未来の事を予言して死んでしまう。一族とは言っても僕らは牛とかの獣から主神が必要な時に産み落とされる突然変異のような種族なんです。
ー主神だってこの世の全てを確認して全てを計算するなんて手間がかかるだろうからね。君らをハナから道具扱いするつもりで産み出したんだ。
ーそうです。そしていつものように死んでしまう計算機の前に現れたのがはぐれ者のドワーフ族でした。彼はこの世界に疑問を抱いていたようだけど、僕の姿を見て確信したみたいだ。この世界を変えねばならないと。そして彼は僕に人間の肉体を与え、人間族の王にしてくれた。ところで彼はここにいるの?
ー残念ながら普通の命はここの空間には留まれない。私の権限が無ければね。
ーそうなの。それで、なんで僕はここに残されたの?そこのクゾー君を連れてきたついでにしても理由が思いつかない。
ーついでと言えばついでだけどね。君の流儀は類稀だからさ。肉体を失って歴史に干渉できなくなった今のタイミングで、ここでこの世界の歴史を記録する新たな神族になってもらおうかなって思ったのさ。
ーそれ本当!?僕もついに神族になれるのか!死んでからこんないい思いができるなら今までの人生も無駄じゃ無かったな!
そういうと王の姿はすっと消えて行った。そして王と話していた声がクゾーに話しかけた。
ー時間が無いから短刀直入に聞く。お前は神になる覚悟があるか?
森を出てからのヘラクレスの旅は実に単調な物だった。もともとケンタウロスから生きていく術を学んでいたし、自身の力があれば山や川などの自然の条件は全て家の中に居るのとまるで変わらないほど生きやすい物だったからだ。
(こんな父親からの加護など無かった方が良かったのだが、今やこれが無いと生きられんとは皮肉な事だ。あーあ、いっそリリアムの家になど転がり込まなければ人間族の起こした戦争とは無関係でいれたのかも知れん)
ヘラクレスは路傍に寝転んでいた。何の当てもなく旅に出た訳ではない。ケンタウロスが自分を拾ったという所まで行って、自分の母親を探そうと思って歩いていた。自分の母親に会えば何かが変わるのではないかという浅い考えだったが、主神の話を聞いてからはじっとなどしていられなかった。父親に従って王になるなどまっぴらだし、かと言って主神の子である自分が違和感無く他種族の味方が出来るかと言えばそんな事も無かった。ヘラクレスの頭の中は自分が何者であるか、という悩みが支配していた。とりあえず母親を探す事に今は集中しようと跳ね起きて、周りを見渡した。すると、調度良く村人らしき者達を遠くで見つけた。しかし、彼らは何か様子がおかしかった。手に槍を構えてじっとして動かない。その槍の先をよく見ると、2メートルはあろうかという大きな熊が立って村人を見下ろしていた。熊に襲われているか、熊を狩ろうとしているかのどちらかであろうと判断し、ヘラクレスは熊に向かって駆け出して行った。
「よっと」
彼の行った事は実にシンプルだった。熊に近付き、首元へ手刀を食らわせる。ただしそれが音速に近い速度で行った場合、熊を絶命させるには充分過ぎる一撃となる。ヘラクレスは手加減をしていたが、熊は地面に倒れた。
「獲物を横取りしてしまったかな?安心しろ肉はちゃんとやるからちょっと聞きたい事が」
彼の話はそこで遮られた。村人2人が目の前にひれ伏したからである。呆気に取られて見ていると、村人が顔を上げて言った。
「その強さを見込んでお願いします!どうか私どもの用心棒になって下さい!」
「なんでしたら村長扱いでも構いません!旅の方とお見受けしましたが、小さいながら住むところと食べる物はありますから、なんとか少しの間だけでも!」
ヘラクレスはぽかんとしていたが、とりあえず村人の話を聞く事にした。聞けば、彼らは王国の侵攻で村を追われた流浪の民の集団に属しており、毎日のように野生動物や他種族に襲われているらしかった。
「あの熊はこの森の主のようなもので、ここ最近狩りに出た男達が食い殺されたりして私たちも難儀していたんですよ。それを一撃で倒すなんて余程名のある戦士とお見受け致しました。私どもは複数の村の難民達が集まっているもんで、何かと諍いが絶えんのですよ。そこであなたのようなお強いお方に率いて貰えればもう怖いもの無しって訳でして」
ヘラクレスは考えていた。嘘を言っているのでは無さそうだし、悪い話ではない。
(にしても、ここまで人を引きつけてしまうというのは認めたくないが主神の血なのか……)
「そういえばさっき聞きたい事があるとおっしゃってませんでしたか?」
「ああそうそう。ここら辺に、主神と交わって子を成した娘が居たという噂を知らないかね?」
ヘラクレスがそれを言い終わると、村人は顔を曇らせ、一瞬躊躇ってから言った。
「ええいますとも……。もっともその女はもうとっくに死んでますがね。神を誘惑し村が潰れる原因を作った、悪魔のような女です」
29話へ続く
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