とくぞうはぜったいぜつめいだ!
王国への進入はとてもスムーズに行った。参謀であったドヴォルザークが死んだ今王国が取れる手段は大幅に少なくなった。こちらの位置さえ特定されなければ、人数が少ない事もあって目立たずに王国領に進入する事が出来る。もっとも、クゾーだけは目立ち過ぎるので草木に隠れて離れて歩いていた。
「全く……。目立たなくする道具とか無いのか」
クゾーは愚痴をこぼしながらも、見失わないように歩いていた。すると、前から人間族が何人か歩いて来た。兵士ではなく農民のようだが、このままでは鉢合わせる。
(ダリアの流儀が上手くかかると良いけど……でも俺が出たら余計怖がられるだけだ。じっとしておこう)
クゾーは身を屈めて見守っていたが、農民がリリアムの顔を見ると、何やら挨拶して親しげに話しているようだった。
「あ、そういやエルフ族もドワーフ族も別に一般人と仲が悪いって訳じゃなかったか。王の目的は他種族の殲滅だから、本当に一般人には何も知らされてないんだな」
とはいえオーク族は人間を襲っていたらしいのでクゾーはとりあえず身を屈めて見守っていた。
「しかし、こうして見てるとどうして種族間で争わなきゃならないのか不思議なくらいだな。これがリリアムさんの言う他種族との共存って奴かな」
しばらくすると農民たちは一礼して森の中へ去って行った。リリアム達も、オークと合流する所を見られるのを避ける為か、さっさと進んで行った。クゾーは農民たちが完全に見えなくなるのを待ってから追いかけた。リリアム達の姿も見えなくなっていたが、森を進んで行くとすぐに姿が見えた。彼らは意外にもクゾーの事を待っていたようだった。
「何だよ。俺がいたら目立つんじゃなかったのか?」
「いや、そろそろ休憩にするかという話になってな。それよりもお前、知らない間に王国の手下のオークと入れ替わっていないだろうな?オーク族は見た目であまり区別がつかないからな」
ドヴァがそんな事を聞いてきた。クゾーは違和感を覚えたが、とりあえず答えた。
「何を言いだすんだいきなり。俺はクゾーだっての」
何故急に名前を名乗らせた?クゾーは違和感の正体に思い至り、咄嗟に後ずさった。名前を名乗らせる……まるであいつの流儀ではないかと。
「チィッ!こいつ王の言う通り偽名使いか!」
ドヴァの顔が歪み、姿が変わって行く。間違いない。彼らは王国の人工精霊エインセルだ
「お前ら……さっきの農民たちに化けていたな!」
「その通りだ。お前の姿で村で暴れ回る手はずだったがまあ仕方ない。お前の仲間は全員捕らえた。解放して欲しければ王に直接会って交渉せよとの命令だ。従わねば別にこちらに奴らを生かしておく理由など無いぞ」
クゾーは歯噛みしたが、もはや選択の余地は無かった。
アキレウスの育った漁村まではすぐに着いた。(と言ってもエインセルを背負ったアキレウスが10mほどの間隔で飛びながら移動したからであったが)王国の侵攻の跡はそのまま残っていたが、村人の活気はそのままでまだ漁も行われているようだった。アキレウスは育ての親の所に挨拶に行き、海神と会える場所まで向かった。
(実家の両親に揃って挨拶って……確か人間の習慣ではこれは……)
エインセルがニヤけていると、森の中に突如として泉が現れた。
「ここが我が母の家に通じる泉だな。来るのは初めてだ」
その泉は奇妙な事に小さいながらも波が打ち寄せ、赤い身の魚が跳ねて、水は塩辛かった。
「この泉は海神の加護により海が切り取られて移された物だ。ここを通るしかなさそうだが、私は水の中でも呼吸ができるから大丈夫だ。いつ王国の手の者が来るかわからんからお前も来い」
ではアキレウスの姿をコピーして、とエインセルが思った時にはアキレウスは泉に飛び込んでしまっていた。
「あ!待ってくださいよ!」
エインセルは叫んだが、このままではアキレウスがどんどん先に行ってしまうのでエインセルは意を決して飛び込んだ。当然のようにエインセルには全く呼吸ができない。その上目を開けると痛いので、エインセルはただ溺れるしかなかった。アキレウスが何か言ったが、エインセルの耳には届かなかった。アキレウスは諦めて、エインセルの顎をつかんで空気を送り込んだ。無論、口移しである。
「んむっ!?」
「じっとしていろ。私の声は聞こえるはずだ。目を開けると滲みるから目を閉じて大人しく手を引かれていろ」
エインセルは顔を真っ赤にしながらも従うしかなかった。やがて、泉の底に空気のある空間が現れ、そこに祠が見えてきた。どうやらそれが海神の居住らしい。
「さあ着いたぞ。ん?いつまで苦しがっているのだ」
「アキレウス様のせいです……。全く、僕がアキレウス様の姿で陸で待っていれば良かっただけなのに……」
抗議するエインセルに対してアキレウスは屈託の無い笑みで答えた。
「まあいいではないか。お前、海で泳いだ経験など無かっただろう?せっかく自分の存在を手に入れたのだから、色々な経験をさせてやりたかったんだよ」
エインセルの赤面は治まるどころかさらに強まった。
「母親の前でイチャつくなこの放蕩息子。用があるならさっさといいなさいよ」
唐突に祠が開き、中から海神と思しき女性が姿を現した。アキレウスの面影がある整った顔立ちと鋭い目つき、群青の髪は膝のあたりまで伸び、豊満な身体で身長は小柄なエインセルの倍ほどもあった。まさに、母なる海の神に相応しいといった出で立ちだ。
「こうして顔を合わせるのは初めてだな。まずは今まで会えなかった非礼を詫びる。許せ」
アキレウスは謝る気など全く無いであろう謝罪の言葉を述べたが、それでも海神は嬉しそうだった。
「あら初めてな訳ないじゃない。誰があなたを産んだと思っているの?それで今日は何の用なの?そこのちんちくりんな娘さんを娶りたいなら好きになさいな」
エインセルはまたも爆発しそうになったが、アキレウスは平然としていた。
「違う。今日は頼みがあって来た」
アキレウスは海神に今までの経緯を語った。
「そうだったの。でもそれは無理ね。今まで通り海の加護をあなたに与える事しか出来ないわ。なんせ主神が一枚噛んでいるんだもの。主神にあらゆる神族へ干渉する権限がある事は知ってるでしょ?表立って動くとすぐにあいつに見つかるのよ」
予想外に断られてしまい、アキレウスは落胆した。
「でも表立ってでなければ動きようはあるのよ。主神の権力は神族に対しては絶対だけど、他の種族に対してはあまりに動きが小さすぎて気がつかない。つまりあなた達のような神族の座にいない者が主神の思惑を砕くのを神族が支援する事はできる。実際、主神に匹敵する権限を持った神族が動いているみたいだし」
「何!?その神族というのは誰なんだ!?」
アキレウスは興奮して海神に問いただした。
「そりゃもう。そんなの1人しかいないわ。この世界の創造を担った、『始まりの三神』私でも主神でもなければ、もう1人は死を司る冥府の神。冥神しかいない」
27話に続く
神は1柱と数えますがこの世界では1人と数えます。
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