裏切り者
戻ったダリアはリリアムに辛い報告をせねばならなかった。エコーという存在はヘンプという人間に与する妖精族が作り出した偽物であること、リリアムの信頼したエコーがクゾーを森に引き込み、人間を手引きした張本人であること。
「そうだったのですか……。ですが、もし仮に私がエコーを疑っていても人間はどのみちこの森に来たでしょう」
消沈するかと思われたリリアムは意外にも気丈な返答をした。
「もう私には姉さんが居ますし、騙される心配はありません。それに信頼できる仲間や家族がたくさんいるんですから、いつまでも悲観してばかりはいられません」
もうこれだけの短期間でどれほどリリアムにとって辛い事ばかりであったか知れない。それらを経験するうちに、リリアムは心の強さを手に入れていた。その日はとりあえず寝る事にした。明日には恐らくクゾー達が帰って来るだろう。その時に色々話合わねばならない。しかし、全てを忘れての安眠とは誰も行かなかった。エインセルを差し向け、自害にも失敗したとなれば、王国は確実に次なる刺客を放ってくる。しかもそれは今までのパターンから言ってそう遠くない日の事である。それが明日の朝では無いとは言い切れない。たが何はともあれ寝るより他はなかった。怯えて眠ることができなければ、その時になって無様に負けるだけだからである。
彼らの予想は案の定的中する事になった。刺客は、朝日と共にやって来た。それは槍を携えた、長い白髪を後ろに撫で付けた老人であった。ドワーフ族の元匠長ドヴォルザークである。
「何者だ。とはあえて聞くまいよ。全くお前らのワンパターンぶりにはほとほと呆れる」
家の前にアキレウスが座していた。昨夜から寝ずに番をしていたのである。
「これはこれは。半神族様が自らお出迎えとは。エインセルがやられてすぐならば逆に虚をつけるかという作戦だったのだが」
「お前達の国王は全てを見通すとエインセルは言っていた。ならば逆にそちらの動きも読みやすいというもの」
ドヴォルザークは肩をすくめてみせる。
「あのすぐさま寝返った失敗作がそう言ったか。やれやれ、主体性の無さも虚無から作られたが故かな。実際には全てが見える訳ではないが奴にはそう見えただけだ」
アキレウスは何も答えない。代わりに体勢を低くし、構え、自らの体をさながら雷撃の如くドヴォルザークへ打ち出した。
「……聞けばお前の身体は鉄。その上神族には自分の肉体権限で他の種族の流儀が通じない。となれば警戒などする方がむしろ危険かもしれんな」
勝敗は一瞬でついていた。ドヴォルザークは悠々と槍を前に突き出しただけだった。その槍の先にはアキレウスが突き刺さっていた。
「か……はっ……?」
アキレウスは心臓を貫かれ、今にも息絶えんとしていた。
「主神以外の神族の権限は絶対ではない。と言ってもその例外は唯一主神が自身の権限を行使した場合のみ。」
ドヴォルザークはそのまま語り始めた。アキレウスは槍を抜こうともがいていたがもはや腕に力が入らない。
「となると神族を殺す為には主神の権限を再現する以外に方法は無い。流石に主神そのものの複製を作る事は不可能。だがその権限だけなら充分に可能だ。」
アキレウスは薄れる意識で考えた。神の権限を再現するなど、それは神を再現したも同じではないか。そんな事は不可能なはず……。
「そもそも神を神たらしめているのはなんだ?それは支配する対象が存在する事だ。支配する対象を用意するのは簡単な事だが、そこからが大変だった。何せ人の身体を神族に置き換えるのだからな。」
ドヴォルザークは今何と言った?人の身体を神族に置き換える?、
「言葉通りの意味だアキレウスよ。支配する対象は人間族の民衆。民衆を戦によって守る軍神だ。民衆にある軍人を神であると信じ込ませ、わしが手を加えてその軍人を神族に昇華させた」
種族の長は神族になる事が出来ると言うルールがこの世界にはあった。エルフ族の長フレイなどがそうだ。
「民衆を騙すのは簡単だった。その為にわざわざ見た目が派手な雷撃剣やら炎槍やらを持たせ、人に仇をなす他種族を駆逐していったのではないか。そしていよいよ民を守りし軍神は弟を殺された恨みから邪神を排するため神族殺しの槍を生み出した、という訳だ。言ってみれば神を殺すだけの流儀を持った新しい種族だな」
全てはドヴォルザークの、いや国王の策略の内だったのだ。神に通じる槍、それを得たという事は今や人間族に脅威は無い。
「さてそろそろお前の命も尽きるか。いやもうその名で呼ぶのも馬鹿らしい。出来損ないの我が娘エインセルよ」
息も絶え絶えになったエインセルの変身は次第に解けていった。看破されたと分かってもエインセルはドヴォルザークをきつく睨みつけていた。
「誰がお前の……娘か……!僕はもうアキレウスの家族なんだ……!そして僕は僕自身……お前なんかに奪わせない!!やっと見つけた僕の居場所と存在を!!」
エインセルは激痛に耐えながら槍を引き抜いた。夥しい量の血が地面に流れ出る。
「そんな物幻想でないと何故わかる?お前は役目を果たしてさえいれば王もお前に良い扱いをしただろうに。結局見返りを前提とした関係こそが最良の物であるということもわからんのか。人間族の関係性とは全てそのような物だ。まあ出来損ないのお前にはわかるまいて。せめて一思いにこの一撃で処分してやる」
ドヴォルザークは槍を振るった。エインセルはもはや動くことすら出来ない。
「残念ながら処分されるのはお前だドヴォルザーク」
リリアム宅の方からものすごい勢いで石が飛んできて、ドヴォルザークの槍を弾いた。その勢いでドヴォルザークは体制を崩し、地面に倒れこんだ。そしてその隙に、アキレウスが傷付いたエインセルを片手で連れ去っていった。
「…ドヴァか。久しぶりだな」
ドヴォルザークは倒れたままそう呟いた。ドヴァは携帯型の投石器をドヴォルザークに向けて構えている。
「やあ、一族の面汚しさん。死んだ物だと思っていたから元気そうでなによりだ」
アキレウスはリリアムにエインセルを受け渡した。リリアムはすぐさま治療を始める。
「無茶をして!死ぬ所だったんだぞ!」
アキレウスは声を荒げた。
「そう怒鳴るもんでもないよ。おかげで有用な情報が手に入った訳だしアキレウスを直接狙われたら確実に負けていた。アキレウスを今まで抑えておくのが大変だったけどね」
ドヴァが首だけで振り返ってそう言った。アキレウスはふっと微笑み、屈んで瀕死のエインセルを抱き締めた。
「自分の存在を得たというなら、もっと自分を大切にしろ。だが、ありがとうな。お前が身体を張ってくれた分は無駄にはせん」
そう言うとアキレウスは立ち上がり、振り返ってドヴォルザークを見据えた。表情はあくまで冷静だが裏に底知れぬ怒りが垣間見える。
「貴様は生かして返さない。貴様を殺せば王国が妙な手を打って来ることも無くなるからな」
「待ちなよ。神殺しの槍に突っ込んで行こうってのか?あれは少し触れただけでも神族なら即死するレベルの武器だよ。さっきは本当にエインセルが危ないから止めたけど本当は僕の計算だとまだ駒が一枚足りないんだ」
ドヴァがアキレウスを止めた。しかし槍を構えたドヴォルザークはアキレウスに向かって突っ込んで行く。その動きは老人とは思えないほど軽妙だった。
「駒とやらが揃うまで待つほど人が良いと思ったのか?」
ドヴォルザークは槍を突き出した。しかし、その槍は光の槍に弾かれる。
「な……?何者だ!!」
ドヴォルザークは光の方向を見る。そこにいたのは、雷神の戦車であった。
「全く相変わらずの人使いの荒さだなドヴァ。人を駒扱いしやがって」
着陸した戦車から出て来たのは、1人のオーク族。
「お前は……」
そのオークはのっそりとアキレウスの前に立ち、右手を前に出した。
「知らなきゃ教えてやるよ。オーク族の英雄こと……ニート=クゾー様だ!」
23話へ続く
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