とくぞうはしゅしんとであった!
主神の邸宅だけあって、門から玄関までは相当距離があった。
「それで主神ってのはどんな人なの?」
クゾーは「人」という表現に違和感を覚えたがフレイにそう尋ねた。
「それを説明するためにはまず神族というもののあり方について説明しなければなるまい。神族の持つ流儀というのは『支配』なんだけど、その力は定められた対象にあらゆる権力を発揮するという物なんだ。どんな神族でも基本的に自分の身体も支配下だから、他の種族の流儀が通じる事は無い。そして主神が持つ支配の対象は『全ての種族』なんだ。つまり全ての種族を介してこの世界を創造したり支配していたりするわけなんだよ。」
全ての種族の創造と支配。主神と呼ばれるだけはある膨大な権力である。
「当然神族に対しても主神の権力が及ぶんだけど、個々の神族が担当する権力に関してはみだりに介入する事は無い。でも主神にはそれが可能だから、我々とて失礼な言動はできない。」
雷神が付いてきている訳がわかった。要するに主神とは神にとっても最高権力者なのだ。
「まして他種族上がりのフレイじゃからの。エルフに戻される事もありうるぞ。」
雷神が見た目に似合わぬ口調で言った。
「流石にそこまではしない。豊穣神は慢性的に足りないんだ。するなら意思を持たない人形にする。」
突然背後から声がした。
「主神殿!?御身自らお出迎えくださるとは恐縮でございます…。」
「あんなうるさい戦車で家の前に乗り付けて来るからだ。今日は何の用だ。」
(これが主神!?意外と若い…。)
クゾーはそう思ったが人間以外の種族に見た目の年齢はあてにならない事を思い出した。
「その事なのですが主神殿。立ち話もなんですから中へ。」
フレイがとても図々しい事を言う。しかし、その提案は主神に遮られた。
「大方連れて来たそのオークに何かあったかそこの私の息子の事だろ。オーク族は創造して以来何も干渉していないし息子に関しては人間族の王とするために作った。それ以外に聞くことがあるなら中へ入れる。」
主神は確かに人間族の王とする為と言った。
「それと最近の人間族の動きについて聞こうと思っていたのですが手間が省けたようです。やはりあなたの差し金ですね?」
「差し金とは無礼な。まあいい。私のそもそもの目的はこの世界を人間族に支配させる事だ。」
主神が口にしたのはとんでもない事だった。この世界を人間族に支配?
「私は死期が近い身でな。後継者を決めなければならない。それに加えてここに来てこの世界は沈滞してきた。これまで私は必要に応じて種族を作ってきたが、やはり種族は単一に収束するのが摂理のようだ。」
「それはあまりに勝手でしょう!生き物を量産しておいて気に入らなくなったら捨て去るというのですか!?」
フレイがいきり立って叫んだ。主神は面倒そうに続けて言った。
「だから言ってるだろ。この世で最も強い力は摂理だ。手を離せば物は落ち、冬が過ぎれば夏が来る。1に1を足して2以外になる事は無いんだよ。だから種族がいずれ一つに収束するのも摂理だ。実際この世界では人間族以前からそれは起こっていた。」
「それで俺を王にするとはどういう事だ!」
ヘラクレスが叫ぶ。
「やはり神の血筋とそれなりの能力が無ければ人間族に神とは認められない。お前を人間族の王にしてから私の後継者とする。基本的に流儀を使えない人間族中にあれば神の血を引き神の力を持つお前が王になるのは必至だ。嫌でもいずれはそうなる。お前は人間なのだからな。」
ヘラクレスは反論できずに主神を睨みつけた。主神が本気になればヘラクレスの記憶を消す権限はあるだろう。
「あの…それで、何故人間なんですか?」
クゾーが口を開いた。主神は予想外だったという顔をした。
「何故というと?」
「流儀の使えるこの世界にあって人間という存在はあまりにも貧弱です。そのために人間は苦しみ、だからこそ拡大を続けなければいけない苦しみから逃れる事ができない。」
「鋭いオークじゃないか。貧弱なればこそ、私は人間をこの世界の支配者に選んだのだ。貧弱で寿命も短く、常に死がすぐ近くにあり、一族としての単一の思想を持たないからこそ、この世の摂理を最も体現した『効率性』という生き方を常に選択するのだ。故に私の計画には最適。」
主神が言っているのは比較優位という事だろう。クゾーがこの世界に来て感じていた違和感の正体がそれだった。この世界の人間以外の生き物にはそれが無いのだ。長く生き、命の危険も少なく、周囲が自分とさして変わりない単一の種族であれば比較も優位もあるまい。元の世界でもそうだ。環境に対応した動物が生き残り、人間同士でさえ優位が無ければ子孫を残す事も叶わない。クゾーにしたってそうだ。数々の悪条件によって真面目に生きてきたにも関わらず一生1人のままだった。
(おかしいじゃないか……。苦しみから逃れられないからこそ最も繁栄した種族だなんて)
「なるほど……話はわかりました。私どもとしてもただでやられる訳には行きませんから。それもあなたの言う『摂理』の内でしょう」
主神の言う種族の淘汰には神族は含まれないだろう。しかしエルフ族の長であるフレイには無関係な話ではない。
「無論。反撃して欲しく無ければとっくに消している。人間には戦いによって学んで貰わなくては困る。」
「いったいあなたに何の権利があって産まれた命の足し算引き算などをするのです……」
「私以外にその権利を持つ者がいるか?」
主神はことも無げに答えた。そこで議論は終わりだ、と言うようにフレイは踵を返して雷神の戦車に戻って歩いて行った。他の者も慌てて付いて行く。
「世話になったね雷神ちゃん。またこの戦車この子達送って行くから借りるね」
フレイはまたいつもの調子で雷神に言った。
「それは良いが……。まだそこのオークの問題が解決しておらんだろう。他の神族に話を聞かなくていいのか?」
「いや、それはいいだろう。全ての種族に等しく危険が及んでいる現在、クゾーくんの不思議な経歴はあまり問題ではない。この危機を脱してからでもそれを知るのは遅くない」
フレイは厳しく言う。暗にどうしても知りたければ後は自分でやれ。エルフ族には関係の無い話だ。という意図が読み取れて、クゾーもあまり強く出る気にはなれなかった。そうして戦車は天界を出発した。戦車の中で、フレイが口を開いた。
「悪かったねクゾーくん。君の出自について何も調べてあげられなくて」
「いえ気にしてません。元々僕の問題ですから」
実際のところクゾーは気にはなっていた。元人間でオークである自分にはエルフ族の庇護を受ける義理は無いのではないかと、先ほどから思い始めていた。
「君には選択肢がある。それは分かってるよね?オークとして生きるか、人間として生きるか、それとも僕らに協力してくれるか。」
フレイが出した第3の選択肢にクゾーは驚いた。エルフ族はまだ俺を仲間と認めてくれるのか。とクゾーは思った。
「僕としては君にはまだ味方でいて欲しい。我々が種族間で争う事は主神の思う壺だし、何より人間とそれ以外の種族という二つの立場を持つ君だからこそ、この不毛な戦争を終わらせる架け橋になれると思うんだ」
フレイはクゾーに微笑みかける。その表情は、エルフ族の慈悲という流儀を表しているようだった。クゾーの答えなど、口に出すまでもなく決まっていた事だった。
広い部屋に置かれた円卓に多くの種族が座っていた。部屋の天井は高かったが身体の大きい種族もいるため実際ほど広くは感じなかった。上座に座っているのはドワーフ族の匠長ドヴァである。
「驚きだね。此の期に及んで人間族を排するべきではないと主張する種族がいるとはね」
朝から行われている他種族会議は平行線の要素を呈していた。議題は人間族との戦争についてだが、種族の中には流儀として戦闘を好まない者も多いのだ。
「だいたい我々が会議などというのが間違っているのだ。会議とは意見を交換する場では無く力のある者が建て前にして自分の意見を通す場であろう。これではまるで人間族だ」
口を開いたのはノームである。農耕を生業とする種族であるから戦闘種族ではない。それに呼応して他の種族からも同意の声が上がるこの一枚岩ではない所が人間族に付け入る隙を許した一因であった。
「つくづくめでたい人たちだな。敵は人間族だけだとでも思っているのか!」
ドヴァがその場に喝を入れる。場がざわついた。
「我々の中にも人間族に協力する者たちが後を絶たないと言うのに。人間族に対抗しようという気概を見せないから謀反する者も現れるんだよ。」
他の種族達は黙りこくっている。心当たりがあるのだろう。
「ドワーフ族はどうだと言うんだ!お前らこそ人間族に多大な貢献をしているらしいではないか!ドワーフ族が早期に人間に協力していなければ人間はこれほどの発展をしなかったであろう!」
ドヴァがあくまで冷静に答える。
「その通り。しかし協力しているドワーフ族はたった1人。あんな芸当ができるドワーフは他にいない。僕の先代の匠長、ドヴォルザークだ。」
21話へ続く。
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