虚ろなる我
王国の地下牢に1人の少女がいる。少女には目隠しがされ、両手は鎖で繋がれており身動きが許されていない。そこに老人と若い男が入って来た。ヘンプと国王である。
「これが完成品か。」
「はい。全く人智を超えた発想でございます。まさか生命体を作れなどと王様が言われますとは。それはそうと王様、検査いたしましたところ面白い事がわかりましたぞ。こやつ目の前で名乗った者に成り代ります。」
ヘンプが片眉を吊り上げる。王は満足気な笑みを浮かべた。
「ほう、それは面白い。やはり私が天下を取るべきという暗示だな。」
「私の虚を産み出す術をドワーフに加工させた影響でしょうな。存在が無いからこそ周囲の存在を求めるのでしょう。」
王が少女の首の鎖を持ち上げる。
「いいか。お前の名はエインセル(自分自信)だ。お前の存在は私の為にこそある。私に尽くすことだけを考えていればいずれお前は最高の存在になっているだろうよ。」
それが、エインセルの持つ最初の記憶だった
「なんだリリアム!こんな時に!」
アキレウスはそう言いながらもエインセルを満身の力で跳ね飛ばしてリリアムの所へ駆け寄った。
「絶対に上手くいくという保証はありませんが…。」
リリアムは小声でアキレウスに作戦を伝えた。
「そういう事か…このまま殴り合うよりマシかも知れん。」
アキレウスはエインセルに向き直った。
「私はお前!私はエインセルだ!」
アキレウスはエインセルに向かってそう叫んだ。アキレウスとエインセルの姿が変わる。
「やはり神の力があってもこちらが恩恵を受けたい場合は流儀が有効だな。リリアムの治療の流儀も私に有効だった。」
エインセルは理解できないといった表情でアキレウスを見た。
「はあ?だから言ってるだろ!実力が同じなら脆弱なエルフを守るお前が不利だと…!」
エインセルはいきり立ってそう言った。
「それはどうでしょうか?」
そう言ったのはリリアムだった。そしてエインセル相手に手をかざして叫んだ。
「エルフの一撃!」
リリアムの手から飛んだ衝撃波がエインセルに直撃した。エインセルが倒れこむ。
「エルフ族固有の人に強い痛みを与える技です。エルフは基本的に他人を傷つけられませんが、お父様から許可があった場合には相手に痛みのみを与えるこの技が使えるようになります。」
フレイが言った「お前が森を守りなさい」という言葉の意味である。
「さてお前の言うか弱いエルフは守るものでは無くなったな。……と、気を失ったか。」
エインセルが意識を失った事で呪いが解かれた。本来の姿を取り戻したアキレウスはエインセルに近付いて行き、肩に担ぎ上げた。
「さて、こやつをどうした物か……。」
「おう、そっちも終わったな。」
森からダリアがツタでヘンプを縛り上げて出てきた。
「ダリア!?あなたエコーと一緒に森に行ったんじゃ……?」
「ああ。エコーはこいつが作り出したもんだった。幻覚見せて来たけど一撃を何度もグサグサやってたら落っこちて来た。」
ヘンプは完全に意識を失っている。
「そんな……じゃあ本物のエコーはどこに?」
「いや……そもそも最初からエコーなんて奴は存在しなかったんだよ。」
リリアムはあまりの事に驚愕する。
「嘘……エコーは存在しない……?全てこの妖精族の作った幻だったという事ですか!?」
「ああそういう事だ。いい加減奴らのゲスなやり口にも慣れないといけないぜ。そんでもう一つわかったことがある。奴らはエコーがリリアムに接触した段階でこの森をいつか襲う事を決めてたんだよ。」
つまりそういう事になる。王国はいつかこの森にクゾーが現れる事も、ヘラクレスやアキレウスが現れる事も承知していたのである。
「なんてこった……これはさっさとあいつに知らせないと。王国は想像以上に深い闇を抱えてやがる。」
アキレウスがそう言うと、突然ヘンプが手から虫を放った。自分とエインセルの脳を破壊する気である。
「同じ手が2度も通用するか!!」
アキレウスは素早く虫を握り潰した。
「王国は……滅びぬ……必ず我らの王が天下を取る時がやって来るだろうよ……。あの方は冷酷なだけの人ではない……この世界の矛盾を知っているからこそ、それを正そうと努めておられるのだ……。」
ヘンプは息も絶え絶えに言葉を絞り出した。そして突然自ら舌を噛み切った。
「げっ!こいつ自殺しやがった!おいリリアム!」
「無理です……治したところでこの人はまた死のうとするでしょう……もうこの目で残酷なところを見るのは嫌です……。」
リリアムはその場に泣き崩れた。
アキレウスはエインセルを背負ったまま、クゾー達が飛び立った方向を見ていた。
20話へ続く
読んでいただき誠に感謝しております。もうちょいで完結です。