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付き合ってきた年数を指折り数えながら、美夜は溜息をついた。
もう、五年にもなる。
出会ったのは二十三の時。当時男は既に起業して若き社長となっていた。美夜の勤める会社は名前ぐらいは大抵の人が知っているというぐらいの大企業だ。そこの受付をしているときに彼と出会った。
六歳も年上の世慣れた男を前にして、若かった美夜が憧れるのは必然だった。男女問わず目を引きつける十分すぎるほどの存在感、整った顔立ち、裏付けのある自信が醸し出す男ぶり、言葉を交わす度に胸が高鳴った。男の扱いにはそれなりになれていたつもりだった。それでも冷徹そうな顔が時折微笑みながら向けられ、長身の彼が少し腰を曲げ、自分の耳元で「二人で会いたい」と囁くのだ。落ちるなという方が無理だ。
軽い女になるつもりはなかった。男の気持ちが知りたくて、真意を知るために必死に気持ちを抑え込んでいた。けれど男の、時にはあけすけとも思えるような誘いと囁きに、理性もろとも取り崩されてしまった。
出会った頃は自ら営業に出向くこともあった男だが、その才覚でもって見る間に会社を急成長させていった。
そんな男に熱烈に求められ、悪い気などするはずがない。女性として社会で働く者として努力はそれなりにしてきたが、美夜はなおいっそう自らを磨くことに励んだ。
彼の隣に立ち並びたい。名実ともにパートナーとなり得る女性でありたい。
男の隣に並ぶことを恥じないよう、男の足を引っ張るような女にならないよう、そうあろうとしてきた。女には女の戦い方がある。表舞台だけでは不十分な男の立ち位置を、守るために。それが出来る女であろうとした。
男は恋人としては申し分なかった。一人と付き合っている間に、他の女性に手を出す男ではなかった。ただ、美夜に出会うまではあっさりと女性を変えることが多々あったとは噂で聞いている。
美夜は男を自分の元に繋いでおくために、様々な努力をしてきた。その甲斐あって、五年という年月を自分の元に繋いできた。五年という期間は短くない。長い付き合いの間、美夜を妬む女性も多くいた。いつか捨てられると笑ってきた女もいた。けれどそれを笑いながら躱し、ねじ伏せ、隣に立ち続けた。プライドだけではない、男の隣に立つ優越感だけでもない、長く付き合うほどに積もっていった愛おしさのためだ。愛していた。その愛情は確かに美夜に返されていた。愛されていた。
その短くない期間の間に、美夜は二人で歩んでいく未来を想像した。彼女は結婚の二文字を期待せずに続けられるほど冷めてもなかった。
二人で過ごした時間をふと思い返し、美夜はため息をつく。
その結果がこれとはね。
いい女を気取ったあげくが、愛人で我慢しろ、だなんて。
間抜けね。
彼女は泣く代わりに、軋む胸の痛みに気付かぬふりをして薄く笑みを浮かべた。
別れを告げてから、男から何度か連絡はあった。それらは全て話をしたい旨を伝える物だったが「あの子との結婚をやめるというのなら聞くわ」と答えると、とたんに口をつぐむ。
「話にもならないわね」
笑って通話を切る度、指が震えた。
口ではいくら上手くあしらおうとも、心までは上手く整理できるわけではなかった。彼の仕打ちが許せない反面、彼らしいと心のどこかでは許してしまっている。彼が一番愛しているのは、自分なのだからという自信もあった。彼を理解しているというおごりもあった。
実際、美夜は彼がどういうつもりなのかを大体の所理解していた。そして彼もまた美夜が理解しているのを知っているから、こんな話を持ってきたのだ。
ただ、理解できても受け入れられない物がある。今回の話は、美夜の許容範囲を遥かに超えていた。
今夜もまた男からの着信を告げる音がする。美夜は軽い吐息と共にスマートフォンを持ち上げる。男からを告げる着信音と、液晶に映る男の名前。
忙しい男は、元来そう頻繁に連絡を取ってくるような性質ではなかった。けれど別れを告げてからは数日に一度はメールや電話が届く。いつもより多い頻度は、彼の焦りと、そして美夜への執着を示していた。
求めて。
美夜は心の中でそう願う。
もっと私を求めて、そして政略結婚なんてやめてしまえば良いのに。
追いかける方が執着を増す男の性質そのままに、男が美夜を求めてきている。
でも、まだ足りない。美夜を選ばせるには決断をさせるきっかけが少しばかり足りない。
美夜を選ぶにしろ、捨てるにしろ。その鍵となるきっかけは、どういう物なのか。
あの子は見込んだとおり、私の求める鍵となり得るだろうか。
現状では打破できないことに少し思いをはせながらも、美夜はまだ途切れることのない着信音に、その電話を取る覚悟を決める。いつもの平行線の会話をする覚悟を。
『美夜』
聞き慣れた愛しい声がした。低く通りの言いその声は、簡単に美夜の胸をうずかせる。
「仕事は?」
『一段落つけたところだ。君と話す時間ぐらいはあるさ』
「例の婚約者さんとの時間はとれてるの?」
『……仕事の一環だからな』
美夜はふっと息を吐く。昼間の健全な時間に、ということだろう。自分たちには、あまりとれなかった物だ。
『美夜、まだ怒っているのか』
彼女の沈黙を受けて、男がまるですねた子供をたしなめるように問いかけてくる。
その様子に、呆れて思わず笑いが漏れる。
「あら、怒るはずがないとでも思っているの? どうやら私はあなたの中で、ずいぶんと都合のいい女になっているようね」
クスクスと笑う美夜の声は、からかいと共に、わずかないらだちを含む。含まれた棘に気付いたのか、男が嘆息する音が美夜の耳に届く。
『そうじゃない。……分かっているだろう?』
呆れの中に懇願を含んだささやき声が美夜をぞくぞくとさせる。
小さな駆け引きだ。少しでも自分に譲歩させようと籠絡してくる。お互い、くだらない言葉遊びを続けながら自身の思惑を相手に呑ませようと探りを入れている。
懇願を含む男の声に、心が揺れる自分を美夜は嘲笑う。
「そうね、わかっているわ」
『……なら』
「でも、わかっていることと、受け入れることは別よ。そうでしょう?」
『美夜』
少し咎めるような口調が、彼のいらだちを伝えてくる。
『俺が愛しているのは君だけだと、分かっているだろう?』
「ええ。私もあなたを愛しているわ。だからこそ、受け入れられないことがあるのよ……わかるでしょう?」
わずかな沈黙が訪れる。
「わかっていても、受け入れられないことはあるの。……あなたがそうであるように」
『……また、連絡する』
言葉に窮した男の様子に、クスリと美夜が笑う。
「今度は、もっと楽しい言葉を期待しているわ」
かすかな男の吐息と共にぷつりと切れた音声に、美夜は深く息を吐くと、そのまま体をソファーの背にもたせかけた。
最後の吐息はおそらく男のこぼした笑みだろう。少し困ったように、けれど愛しさを込めて美夜に向けるほほえみを思い出させた。
彼は美夜を求めている。なのにうまくいかないやるせなさにひどく疲労を覚えた。
あなたが私との別れを受け入れられないように。私も他の女との共有なんて受け入れられない。
自分が我慢をするのも嫌なら、騙すために相手の彼女に嘘の愛を囁く男を想像するのも嫌気がさした。
たとえ取るに足らない女が相手だとしても他の女と男を共有する趣味はない。ましてや愛人という立場など許容出来るはずもない。
小太りの女性が男にいいように扱われている様子が思い浮かんで、美夜は顔を顰めた。
そんなことは絶対にさせない。
あの子はきっと鍵になれる存在。
でも、まだ、ダメ。一年と決めた猶予期間。長いようで、とてつもない短期間に全てを変えなければならない。
けれど短いようでいて、やはり長い。一年という期間は、物差しによっていとも簡単にその意味を変える。ある事柄を見れば長く、ある事柄を取り上げれば短く。あの子が使えるようになるまで、やらなければいけないことがいくつもある。
なにより一年という長い期間、まともに会えない状態で男の気持ちを美夜につなぎ止めておかなければならない。体を使えば……今まで通りの関係を続ければ楽に出来るのだろうけれど、それをするということは、自分を愛人の立場に置いてしまうということだ。
それではダメだ。かといって頻繁に会うわけにもいかない。じらして、じらして、時折自分の存在を見せつけるぐらいが良いだろうか。それとも……。
人を自分の思い通りに動かそうとするのは、あなただけじゃないのよ、亮司?
苦い気持ちから目をそらし、美夜はクスクスと笑う。
せっかくおもしろいゲームになりそうなんだもの。楽しまなくっちゃね。
駒を、ひとつひとつ脳裏に思い浮かべる。
その勝算は、まだ、見えない。
清花は家政婦に隠れて、こそこそとダイエットを始めた。彼女に見つかると嘲りと嫌味を言われるので、ストレッチをやっているところはできる限り知られたくない。
こそこそと、隠れてやることで変な後ろめたさがつきまとう。なんでこんな子とを…と思うその違和感に考えを巡らせる内に、ようやく清花は美夜に対して覚えていた違和感がどういう物だったかに気付いた。
確かに変わりたいと思っていた。卑屈でまともに人と話せなくて、言いたいことも反抗も出来ない自分が嫌だった。そんな自分を変えたいと。
きれいになって見返そうと、美夜は言っているのだろう。でも、清花がしたいのはそういうことではなかったのだ。みかえしたいわけじゃない。手の平を返されたいわけでもない。わたしはわたしで、容姿なんかで変わる評価を、受けたいわけではないのだ。中身を変えたい、ちゃんと私自身を、周りの人に認めてもらえるようになりたいだけだ。
きれいになりたくないとは言わない。もちろん、なれるものならきれいになりたい。でも、それは本当に求めていることじゃないのだ。
私を変えると言ってくれた人。でも、とても不愉快で意地悪な人。
「まだ、そんな格好をしているの。この前買った物は?」
いくつか購入した服の内、二、三枚は、家政婦に見つかりダメにされた。家政婦にすら馬鹿にされている現状は惨めすぎて知られたくなかった。それに説明して結局悪いのは清花だという結論を出されるのもいやだった。だから口をつぐむ。
後のは隠してあるが、見つかるのも時間の問題かもしれない。今日は朝から家政婦がいた。だから、この服しか選べなかった。
やるせなさを、美夜にはわかってもらえない。言うことも出来ない。馬鹿にされて笑われたくない。清花が悪いのだとこれ以上指摘されるのも怖かった。
つもりに積もった苦しさが、美夜に対して抱いている違和感に対して吹き出した。
「私は、見た目をどうにか、したい、わけじゃ、なくってっ」
にらみつけながら何とか反論すると、美夜が呆れたようにため息をついた。
「何を言ってるの。人って言うのはね、主に人格は環境によって作り上げられるのよ。環境改善をおろそかにするのは、馬鹿のすることよ」
「なんで自分の容姿を飾る事が環境改善に……」
「じゃあ、あなた、小汚い人と、こぎれいにしている人と、どっちに話しかけたい?」
「で、でも、人の良さって、姿形じゃはかれません。そんなので判断するような人の言うことなんて……」
「正論ね」
美夜は嘲るように笑った。
「正論を振りかざすのは現実を知らない子供か、現実を見てない、もしくは見ようとしない愚か者のすることよ。現実を知り、受け入れている者は、自身の正論を全うしたければ、そんな正論を振りかざすような馬鹿な事をしない物よ。……振りかざしたところで相手を黙らせることは出来ても、現実には通用しないから」
「そういうことを言っているんじゃありません…!!」
かっと頭に血が上る。
もう嫌だ。どうして、この人は、こんなに、私を馬鹿にするんだろう。
「もう、ほうっておいてくださいっ どうして私にかまうんですか!」
「私がおもしろいからよ。最初からそう言っているでしょう?」
クスクスと美夜が笑った。こちらがこんなにも怒っているのに、気にとめた様子もない。そのかわり、怒った様子も、馬鹿にした様子もない。
「興味本位と、全て私のため。あなたのためだなんて気持ちは、これっぽっちもないわね。自分の取る行動の責任を、人に押しつけないで。意見があるならはっきりと言いなさい。嫌ならちゃんと断りなさい。なんだかんだと流されておいて、ろくな抵抗もせず、私のせいにするのは、さぞかし楽でしょう。うまくいかなかったら全て人のせい、あなたは何にも悪くないって……? 変わろうとしない人間が、変わらないのは当然だわね」
痛いところを突かれて、清花は黙り込んだ。
いつだってこの人は、自分の予想しない態度を取る。
それは清花がいつも他人から向けられる反応とは大きく違っているのだ。
馬鹿にされているようで、何か違う。
どこが違うかはわかっていない。清花自身、普段声を荒らげることもなければ、反論などすることもないのに、無意識に美夜にはそういう態度をとっている。
いつも美夜には気持ちをかき乱されてばかりだ。
「見た目を良くすることは大事な事よ。事実。あなたはその容姿の悪さで卑屈になって、更に容姿を悪化させて、結果周りに馬鹿にされていって……と悪循環じゃないの。周りの評価や態度っていうのはね、人を作る大きな一因なのよ。自力でどうにか出来るレベルではないの」
「でも、そんな風に、見た目だけで変わられても、納得がいかない、というか…」
「だからね、あなたのその大前提が、間違ってるのよ」
「……え?」
美夜にため息をつかれ、清花は戸惑った。
「人間見た目じゃなくて中身なんてことを言うのはね、見た目を気にしていない人間の言う言葉なのよ。見た目を気にしているあなたが言っても説得力は皆無よ」
「私は、見た目より、人は中身だと思っています……!!」
「でも見た目を気にしているでしょう。人に指さされるのを怖がって、背を丸くして」
美夜の指摘が胸に突き刺さる。でも、そうじゃない。そうじゃなくて……清花は必死で頭を働かせた。
「そ、それは、私じゃなくて他人が気にしてるから……」
「他人が気にしてるから自分も気になるって? とんだ責任転嫁ね。ばかばかしい。じゃあ、あなた。世の中の人がおかしいから世の中が変わるのが当然だとでも? 馬鹿じゃないの? 他人は他人の都合で生きているの。なんであなたの都合に合わせなきゃいけないの」
「そういう問題じゃなくって、周りに合わせろとか、そうじゃなくて……」
「周りの価値観がおかしいって? 仮にそうだとして? あなたはその他人の価値観を変える力がないのなら、おかしかろうが正しかろうが、周りのあなたへの評価は何ら変わらないのよ。分かる? あなたが指を指されるせいで自分の容姿を気にしている現実は、周りがおかしかろうが正しかろうが、変わらないの」
美夜の言いたいことはわかる。わかるけれど、やっぱり、容姿で人の評価をよくしたところで、それは違うような気がする、という感覚はぬぐえない。
けれど、人と意見を対立させているという現実にいっぱいいっぱいで、美夜の言葉に反論する言葉が見つからない。
「あなたは人に笑われる現実がいや。周りを変える力もない。でも何も言われたくない。じゃあ、どうすれば良いの」
清花はそれに対する答えを持っていない。けれど美夜はずけずけと言ってのける。
「言われたくないのなら、あなたはまず、人に言われないようにするしかないのよ。理想を追いかけて現実に足をすくわれて、現実が悪いって騒いでも、現実で生きてるんだから理想通りにいくわけないのよ。もしあなたが、あのとき馬鹿にされて、気にもせずに「容姿で人をはかるだなんて、変な人たち」って軽やかに笑い飛ばしでもしてたら、私だって、あなたに容姿をどうにかしろなんていう必要はないのよ。容姿について言われても気にならないようになるにはね、まずは気にならない環境を作る事が大事ではない?つまり、容姿について言われない環境よ」
そうかもしれない。確かにその通りだと思う。でも、くすぶったもやもやは消えない。
「人間はね、環境から作られるの。その環境作りを怠って、得たい性格になれるわけがないのよ。環境に左右されないって事は、よっぽどの無神経か、既にしっかりとした性格形成がされてるかって事よ。あなたがなりたいのは、後者でしょう?言われても気にならない無神経な人間になりたいわけじゃないでしょう?
清花は、うつむいたまま、小さくうなずいた。
「周りの評価を気にせずに生きるのは難しいわ」
その声は、先ほどとは違って思いがけず優しい者で、思わず顔を上げる。
美夜は、相変わらずのきれいな顔で、苦笑していた。
「あなた自身の劣等感が、その言葉に力を与えているの。そのくだらない価値観に惑わされないためにも、あなたのその劣等感を払拭しないといけないんじゃない?」
それまでのもやもやが、突然腑に落ちる。
劣等感。
まさしくそれだった。怖かったのだ。きれいになれるかどうかもわからない。きれいにしたところで大差ないのに、きれいにしようとする自分があがいているようでみっともないようにも思えた。
劣等感に負けて、先ばっかり見て、今できる足下を見てなかった。
美夜の視線を、ようやく真っ直ぐ受け止める。
「前に、笑顔でいなさいと言ったでしょう?全部つながってるの。普段から笑顔でいれば、無表情でも柔らかい表情になって、雰囲気がよくなる。雰囲気がよくなれば、人も接しやすくなる。周りの対応がよくなれば余計に笑顔でいられる、周りの環境がよくなる、笑顔で暮らせる日々が増える。……もちろんそんなに人間関係なんて単純じゃないわ。でもね、そういう側面も確かにあるの。そして、それと正反対の悪循環を作っているあなたは、かわいそうなぐらい当てはまっているわよね」
そうだ、まずはその悪循環を断たないといけなくて、この人は、その為の手段を教えてくれていたのだ。
「容姿なんて、たいした問題ではないわ。ただ、それが原因で卑屈になってる。それが現実よ。ただその容姿程度の事で卑屈になるのは、ばからしいでしょう?」
清花は、初めて、美夜の言葉に本心からうなずいた。
「どうして、美夜さんは、私にそこまでしてくれるんですか? 興味本位にしては……」
美夜が、ふふっと意味ありげに微笑む。ぞくりとするほど美しくて、それはひどく毒々しく見えた。
「私はあなたに、自分の意志で自分の道を選べるようになって欲しいのよ」
「……どうして、私に……」
「………ふふふ。内緒。でも、あえて言うのなら賭け、かしら。私がこの賭けに、勝つのか、負けるのか。それを見極めるために」
清花に、ぞわりと不安が駆け抜ける。きゅっと目を細めて微笑んでいる美夜の顔は、まるで狙いを定めた肉食獣を想像させた。
馬鹿にされているのだろうか、それとも遊ばれているのか。恐怖と嫌悪感がぐるぐると渦巻く。
「私をかけにしてるんですか……? 誰と、そんな賭を……」
震えながら問いかけた清花に、美夜はあっさりと答える。
「私自身。私は私と賭をしているの。あなたが何を選ぶのか。それはあなた次第。それによって、私はどうするかを決めるわ」
意味がわからない。この人がどういうつもりか、全然想像も付かない。この人は何を企んでいるのか。
ためらいと、困惑と、恐怖と。そんな清花を見越したように、美夜が手を差し延べてくる。
「女がね、男の思惑なんかに乗ってやる必要なんてないの」
その言葉に、どきりとする。何もかもが、誰かの思惑で生きてきた清花だ。それに乗る必要がないと、美夜は言う。
「清花。私の手を取りなさい。私はあなたに自信をあげる。あなたの力で、未来を切り開きたくはない? その力をつけさせてあげる。あなたは、それを身につけたくはない? そうしてあなたの未来を決めなさい。私はそれまでは傍観者。おもしろい結末を期待しているわ」
美しいその人は、とても、とても、あでやかに微笑んでいた。