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「あなたが立ち向かうために必要な自信を、そして振る舞い方を、私が教えてあげる」

 清花さやか)の睨み付けてくる視線を微笑みで躱し、美夜は少女をカフェの外へと誘う。

 なんだかんだと付いてくるその従順さに内心苦笑いしつつ、清花の全身を簡単にチェックする。髪は伸ばしっぱなしのようだが、手入れはそれなりにされているようだ。後ろに一つでまとめられているだけの黒髪はつややかに揺れている。顔はわずかにファンデーションをつけているぐらいだろうか。肌の状態があまりよくなく、当然のことながらファンデーションのノリが悪い。顔立ちは整っているようだが、表情の陰気さと、肉付きの良さと、肌の悪さでぱっと見は不細工以外何物でもない。

 服のセンスに至っては最低だ。シンプルにそろえているために、ひとつひとつは良くも悪くもないのだが、おそらく体型を隠そうとしてであろう、ゆるく着ているシャツも、足を隠すロングスカートも、太さを強調している上に、だらしなく見えてしまっている。そこへきて、肉付きのいい体型で更に卑屈に背中が丸まっているためにスタイルの悪さが際立つという、何もかもがマイナス値である。

 これが本当に、あの蓮山社長の娘なのだろうか。と、思わず美夜は彼女の父親を思い返す。あの社長は精力的に動き、スーツをスマートに着こなす、苦み走った魅力のある男だ。服のセンスも良い。

 しかし美夜の隣を歩く少女が着ている服は、どう見ても大衆向けのシンプルで使い回しがきく低価格で有名なメーカーの服である。それが悪いとは言わない。言わないのだが。

 この子、お嬢様じゃないの?

 彼女から聞き出した名前は間違いなく亮司の婚約者の名前で、調べてもらった写真の彼女に間違いない。

 美夜は疑問を覚えながらも彼女をサイズも豊富そうな品揃えのいいブティックへと連れ込んだ。

「あ、あの、なん、で……!!」

 戸惑いを隠しきれず、少しだけ気弱さを滲ませた目が、美夜を睨んでくる。

 清花に似合いそうなめぼしい物を探りながら、必死にかみついてこようとする少女に目も向けずに美夜はつぶやく。

「知ってる?」

「は?」

「美人っていうのはね、作られる物なのよ」

 そして良さそうなワンピースを手にとって、清花の体に当ててみる。

「え?」

「まずね、その姿勢がダメ。さっきもカフェで言ったのに、もう背中が丸まってるわよ。両肩が前に来てるの分かる? 体を丸めて小さく見せようとでもしてるのかしら。逆効果ね。太いのが余計に目立ってるわ。うつむいて頭は前に出てるし、卑屈そうに丸い体でぼてぼて歩いているから、まるで類人猿みたいよ?」

「……な!!」

「しかもその服。体の肉を隠そうとして、肉のない部分まで詰まっているように見えるし。その上陰気な顔して卑屈そうに人の顔色うかがって、印象の悪さは折り紙付き。ある意味才能よね。自分をここまで悪く見せるのも」

 更にいくつか見繕いながら、美夜は、淡々と言葉を投げつけてゆく。チュニックとパンツと、大きめのアクセサリーをいくつか。それからちょうどそこにあったへ花のモチーフのヘアピンを取る。他にも合わせやすそうなめぼしい商品を見繕うと手にとってゆく。

 顔を上げて清花を見ると、真っ赤になった彼女が震えながら美夜を睨んでいた。

「……なんで、私があなたにそんなことを言われなくちゃいけないんですか……」

 店の中で、他の人の目もある場所で貶められたのだ。よほど屈辱を感じたのだろう。

 羞恥と怒りを含んだ目は、涙を浮かべてこそいるが、しっかりと美夜を睨んでいた。

 美夜はその事に満足して、それまでの無表情から一転し、にっこりと笑みを浮かべた。

「その目、良いわね。そうでなくっちゃ面白くないわ。反骨精神のない人間なんて、クズよ、クズ。自分の人生をまともに生きることをあきらめてるって事だから。そんな人間、せっかく磨いてもすぐにダメになるのが目に見えてるし。……清花は、ほんとに磨きがいがありそうな子ね」

 クスクスと楽しげに笑う美夜に、清花が更に赤くなった。

「馬鹿にしないでください!」

「してないわよ。ここでおとなしく私から言われっぱなしになっていたのなら、自分の意見もないただのバカだと思うけどね」

 清花が不可解そうに眉をひそめる。

「言ったでしょ。あなたの、その自分の意思をちゃんと示せるところが好きだって」

 美夜がそう告げたとたん清花が言葉を飲んだ。好意を向けられると、とたんにひるんでしまうあたりに、褒められ慣れてない生活が垣間見える。けれどそれは悪くない。褒められたときに卑屈な対応にさえならなければそれは初々しさとなる。純朴なかわいらしさを思い描き、美夜はこっそりとほほえんだ。

「で、あなたがなぜ私からこんな事を言われているかって事だけど。……そうね。興味本位? と、言ったところかしら。自己満足でも良いわね」

 にっこりと笑って、また清花の気を逆なでる事を言ってみる。

「……っ」

「ねぇ、清花。あなたにとって悪い話ではないはずよ? 私が今からやることは、あなたのためだなんて言ってあげない。でもね、あなたがその状態から這い上がりたいと思うのなら、決してあなたの不利益にはならないわ。人の視線ばかり気にするその惨めったらしい生活を、変えたくはない?」



 美夜は帰ってから、スマートフォンをいじっていた。

 少女のアドレスを手に入れたのだ。

「清い花、だなんて、なんてあの人に似合わない」

 あの冷徹な男の隣りに、あの清い花を並べたら、とたんに枯れてしまいそうに思えた。今のままなら、尚のこと。

 私なら、あの子を毒の花に仕上げられるかもしれない。ちょっと考えただけでいろんな方法を思いつく自分は、嫌な女になったと思う。

「でも、清花は、清い花のまんまが、きっとかわいい」

 美夜は清花を思い浮かべて、それから未来へ思いを馳せて、クスクスと楽しげに笑った。「清花。自分の未来は、自分で選びなさい。私が、選べれるようにしてあげる。あなたに未来を見せてあげる」

 自分以外の人間に踊らされて生きる必要なんて、ないわ。

 清花が選ぶ未来。

 それは、美夜自身にとって吉となるか、それとも仇となるのか。



 美夜と名乗ったその美しい女性が一番に勧めた組み合わせの服を試着する。

 服の組み合わせは、確かにかわいかった。清花の好みとも合っている。

 でも丸々と太った自分の体のラインがいつもよりわかりやすい。いつも隠している腕の太さも、足の太さも丸見えだ。しかも淡くかわいい色合いは、どう見ても自分には似合わない。

 試着した事を告げると、美夜がドアを開けてじっくりと上から下まで眺める。

「……私、こんな服、似合いません……」

 いたたまれなさで身を小さくしてつぶやいた清花に、美夜が冷め切った目を向けてきた。

「そうね、似合わないわね」

 小馬鹿にしたような声と共に不愉快そうな顔でもって、体を丸めた清花を上から下まで眺める。

「せっかくのかわいい服が、台無し」

 恥ずかしくて、消えてしまいたくなった。

 そんなの、分かってる!! それを選んだのはあなたじゃない!! 私はこれを着たいなんて言ってない!!

 恥ずかしくて早く脱いでしまいたい。悔しい。その通りなのが分かっているから、何も言い返せない。なのに美夜の手はフィッティングルームのドアを開けたまま押さえつけている。

 目に涙がにじんだ。けれどぬぐうのも悔しい。ただうつむく事しか出来なくなった清花に、美夜は更に追い打ちをかける。

「今のあなたに似合う服なんて、どこにもないでしょうね。私なら自分が作った服をあなたに着せたくないわ。だって服を最悪の状態で着こなすんだもの」

 じゃあ何で私をこんなところに連れてきたの?! もしかして馬鹿にするため……?!

 冷たく言い放った美夜に、一瞬あっけにとられてしまった清花だったが、そう思い至ると、悔しさに唇をかみしめて美夜をにらんだ。

 なのにそれを見て、美夜が笑みを浮かべた。意地悪な物ではない。それはとてもうれしそうな笑みだ。

「あら。今のあなたなら、だいぶましかしら?」

「……え?」

「鏡を見てみなさい。肩が前に来て首をすくめて、背中を丸めて……さっき言ったでしょう? まるで類人猿。こんな姿、誰が美しいなんて思うのよ。服だけちゃんとしてもダメ。……ほら。顔を上げて。姿勢を正して、笑みを浮かべて……そう。ちゃんと、似合うでしょう?」

 鏡越しに美しい人が浮かべる優しげな笑顔は、一瞬清花の怒りを忘れさせた。

 美夜に手を添えられ、清花は再び鏡と対面する。美夜が後ろから清花の姿勢を正すように肩を押さえた。

 真っ直ぐと言うより後ろに倒れそうなほど体を反った気分で、顔を上げた自分の姿。

 気分的には肩をいからせて胸を張り出しているようなのに、実際は鏡で見る限り背筋を伸ばしているだけにしか見えない。顔だけ前に突き出していたから、押さえられた背筋に合わせて顔を上げる。

 そして少しでも鏡映りをしようと無意識にあごを引いてみれば、さっき一人で鏡を見たときより、すっきりとした印象になっている事に気付く。

 自分には派手じゃないかという気持ちが先に立って、服が似合うかどうかなんて自分ではよく分からない。でも「似合わない」というほどではないような気がした。

 困惑する清花だったが、美夜に促され後ろを振り返ってみれば、真剣とも言える表情で、美しいその人は語りかけてきた。

「人格は顔に出るの。あなたの卑屈なその性格も顔に出てる。だから人はあなたを見くびる。どうして人格が顔に出るか分かる?」

 何となく言いたい事は分かるが、困惑から抜け出せない清花は、口をつぐんだまま美夜を見るだけで、答えを返せない。美夜の意図が読めなかった。

 小さなため息が帰ってきた。

「あなたが、いつもそんな顔してるからよ。……ちょっと、口角を上げてご覧なさい。私に向けてほんの少しほほえんでるぐらいの感覚。……できた?」

 うなずいた瞬間、美夜はそれをスマホで撮る。

 そうしてみせられた写真は、我ながらひどく不細工で、怒っているようにしか見えなかった。

「これがあなたのほほえみ。……無表情どころか、仏頂面。ほほえみにすらなってもないの。表情筋はね、使わないと衰えるの。じゃあ無表情になるのかっていうと、決してそうはならない。あなたが一番使う表情筋が発達して、使わない部分は垂れ下がる。いつも陰気な顔をしていたら陰気な顔を作る表情筋が鍛えられる。つまり、陰気な表情が今のあなたのデフォルト。無表情以下のマイナス値なのよ、あなた。いつも優しそうな顔をしている人がいるでしょう? そういう人は笑顔の時間が多いから、無表情といえるぐらい意識してない状態でも口角が上がってたりするのよ。表情には性格がにじみ出るの。姿勢だってそう。おどおどしてる様子は立ち姿全体からあふれてる。あなたが自分の感覚でまっすぐ立つだけじゃダメなの。鏡を見て、きれいな姿勢の状態をもう一度作ってご覧なさい。いろんな部分を無理して動かさないといけないはずよ。そのきれいな姿勢を意識して、維持しないとだめ。服をかわいく替えただけでは、かわいくはならないの。あなたのその表情とその姿勢のままでは、どれだけスタイルがよくなっても、化粧で美しくして、服をかわいくしても、みっともない雰囲気は変わらないままなの。顔を上げなさい。姿勢を正しなさい。常に笑顔でいなさい。あなたが変わりたいのなら、かわいい服を着て、それに似合うようにまずその二つを心がける事からよ」

 清花は、なんでこんな事になっているのか分からないまま、美夜に気圧されてうなずく事しか出来なかった。

 美夜の言っている事は間違っているとは思わない。

 けれど、何となく腑に落ちないような気持ちは、うっすらとつきまとう。

 それでも清花は状況に押し流されて、強引で横暴な美女になされるがままにその日を過ごした。

 清花には見当もつかない、美夜の思惑。

 戸惑いと、腹立たしさと、不安と、惨めさと……そして、捨てきれない期待。

 清花は美夜から届いた顔と体のストレッチに関するメールを見てため息をつく。気持ちをもてあましつつも、それらを試すために立ち上がった。


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