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 嫌がっていた割に、清花は結局野菜ジュースを飲みきった。

 肌にいいから全部飲むように言えば、少し顔をゆがませながらも素直に従った。

「ごちそうさまでした」

 そう言って体を縮こまらせるように頭を下げる様子はおどおどとして、こちらの様子を卑屈にうかがっているようだ。その様子は見るにたえない物があったが……。

 それでも、これは「いいこ」……なんでしょうね。

 お人好し、といってもいいのかもしれない。その性質は決して悪い物ではない。愛すべき性質にもなり得るだろう。けれど今のままの清花の様子では、その性質は愛すべき物というよりは、都合の良い、愚かな性質という、悪い方向に働いている。見ているだけで不愉快になるほどに。

 人には印象という物がある。相手に与える印象で、同じ事をしても不快に感じさせる場合と、好意的に受け止めさせやすい場合がある。清花のおどおどとした態度は、圧倒的に前者の印象を与えることが多いだろう。人の顔色をうかがい、暗い表情で卑屈ささえ感じる。そういう人間を前にして好印象を抱く人は少ない。けれど、もしそれが美しい佇まいと柔らかな笑顔と共にあったとしたならば、圧倒的に好意的に受け止める人間が増えるだろう。印象とは体型や容姿だけでは決まらない。態度というのは圧倒的に強く人への印象を左右する。

 今のあの子の行動は「愚か」。そして何より「不愉快」。美夜にはそう見える。

 でもそれを、仕草や反応の仕方を一つ一つ変えていく事で好印象な物へと変換させることができるのではないか。

 少なくともさっきのごちそうさまという一言を、背筋を伸ばし、真っ直ぐに顔を見て笑顔で言えたのなら、印象は反転するだろう。

「見た目ほど飲みにくさはなかったでしょう?」

 ぴくりと震えた少女は、ちらりと美夜を見ると目をそらせて体を小さくして頭を下げる。その様子はやはり酷くみっともなく見えた。美夜はため息交じりに注意する。

「背筋を伸ばして、肩を開きなさい」

 何を言われたか分からない様子で顔を上げた清花に、美夜は少女の目を見据えて、もう一度繰り返す。

「背筋を伸ばしなさい。そんなに背中が丸まっていたら、卑屈に見えるわ」

 清花に自信を持たせる。彼女が持っている素材の良さを存分に引き出せるようにしてやる。美夜は挑発するように清花に対して高圧的に言葉を繰り出した。

 卑屈といわれた言葉に反応して、清花が背筋を伸ばしたが、けれどその目は不信感と不快感を宿している。

 いい目だわ。

 美夜が満足して笑うと、背筋を伸ばしたままの清花が挑むように低い声を出した。

「それで、私に何の用ですか」

 震えるその声を無視して、美夜は気になっていたことを尋ねる。

「あなた、さっきの人たち以外にお友達はいるの?」

 絡まれていたと言うより、その後ろをついて行っていた様子から、少なくともあの大学に親しい人はいないだろうとふんで、美夜はからかうように清花をのぞき込んだ。

「……何が言いたいんですか」

「ねぇ、あの人達だけが友達だったりする?」

「馬鹿にしているんですか?」

 涙をにじませた清花に、美夜はクスクスと笑う。やはり想像通りだったのだろう。美夜は嘲るような笑みを浮かべて、見下すように清花に視線を向ける。

「そうよ。馬鹿にしてるのよ」

「なん……!!」

「じゃあ聞くけど。バカじゃなくてなんなの? あんな人間相手に卑屈にへらへらして媚びへつらって。あんな人間でも良いから、とりあえず知り合いにしがみつこうとする態度がバカじゃなくって何なの」

「……っ」

「その態度を見ると、今まで悔しかったことがないなんて言わないわよね。惨めだったこともあったはずよ。でもあなたは逃げてきた。怒って奮起することもしなかった。それをバカって言うのよ」

「何も、知らないくせに……っ、私、だってっ」

 目に涙を溜めて、悔しさを隠しきれずにかみついてこようとする姿に、このくらいの気概があれば大丈夫だと踏む。まだ、この子はあきらめきっていない。……使える。

 美夜は嘲る表情を改め、姿勢を正して清花に頷いて見せた。

「そう、できることだったなら、こんな事にはなってないわよね。あなたは自分を表現する手段を知らない。何が悪いかも分かってない。どういう態度を取れば良いかも分かってない。……それは、あなた自身の経験の中に、それを打破するだけの情報がないからよ。知識や理性だけでは、変化はとても難しいものだわ。ねぇ清花。変わりたいのでしょう? あなたは、そのまま朽ち果てたいとは思ってないのでしょう? だから、私をにらみつけてくるんでしょう?」

 怒りなさい。変化を望みなさい。這いつくばったような現状から這い上がりたいと願いなさい。

 美夜は清花の瞳を探る。

 その気概が、あなたにはあるでしょう? と。




 その人は、とてもきれいで、とても不愉快な人だった。

 突然現れて助けてくれたのかと思えば、どん底に突き落としてくる。

 好きでこんな目に遭っているんじゃない。

 友達だって欲しかった。だから、がんばって声をかけたし、関わろうとした。でも、当たり障りのない返事と共に、何となく距離を取られているのが分かる。何度かがんばるうちに、これ以上は嫌われるんじゃないかと思うと、怖くなって声をかける事が出来なくなっていった。

 一人でいる方が、まし……。でも、寂しかった。みんなが楽しそうな中、こんなにたくさん人がいるのに……こんなにたくさん人がいるからこそ、ひとりぼっちは惨めに思えて、寂しさが増した。

 そんなときに声をかけてくれたあの子。

 唯一、声をかけてくれた人。

 その意図はあからさまなぐらいに、見え透いていた。自分をよく見せるための比較対象の道具として、さらに「こんなかわいそうなブスにも優しい私」それを異性に見せるための道具として。

 分かっていたけど、誰かと、話したかった。一緒にいたかった。

 そんな私を正面から馬鹿と言い切られて。

 苦しさが吹き出した。

 じゃあ、どうすればよかったの。

 私は、がんばってきた。友達だって作ろうとしたし、声をかけようとしたし、見た目は不細工かもしれないけど、そんなに不快感を与えないように、変に見えないように、目立たないように……。

 思い出すのは、かわいいと有名なブランドを着て笑われた過去。かわいい格好は似合わないのだと知った。だから、無難に、地味に……それが一番人に指をさされない。

 自分なりにがんばってきた。

 これ以上どうしたらいいのか分からない。

 そんな私に、その、とてもきれいな、けれどとても不愉快なその人は、言った。

「変わりたいのでしょう?」

 と。

 不信感をかき立てる、きれいな、きれいな笑顔。なのにそれは、今の清花にとってとてつもなく魅力的に見えた。

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