第六話『影』
──暑い!
遊園地にて、しばらくはしゃいでいた冬だが……現在、暑さにやられて、ベンチで伸びている。
「ふ、冬~、ジュース買ってきたよ~……」
「おー……さんきゅー……あぢぃ」
二言目には『暑い』と言う冬を見て、春はその大きな手で冬の顔を扇ぐ。
……確かに暦の上では初夏だけど?
……流石に暑すぎじゃね?
単に冬が柄にもなくはしゃぎ倒したのも原因ではあるが、それも仕方のないことだろう。
長らく遊んでいなかった。
公園で子供たちの相手をすることはあったが、こうして遠出して、自らが楽しむために遊ぶというのは、この街に来て以来……いや、もしかしたら、それより以前から、もう何年もなかったかもしれない。
身を起こし、春が買ってきたスポーツ飲料を豪快な飲み込む。
喉を甘酸っぱい液体が通過していき、胃に落ちる感覚を楽しみながら最後、プハァーっと息を出す。
口に残る味も、ボーッとした頭にはほどよい刺激であった。
ジェットコースター。ウォータースライダー。お化け屋敷。コーヒーカップ。メリーゴーランド。
外見に見合ったはしゃぎっぷりを見せ、マイペースな春を振り回した結果がこれだ。
「……あぢぃ」
熱を帯びたテンションが、さらに日の光によって加熱されオーバーヒート。
こういうところでの加減を知らないのもまた、冬らしい。
「どうする冬?今日は帰る?」
「いや……滅多に来れねえんだから……堪能してやる……」
怠そうな顔をしながらも、諦める気は毛頭ないといった様子で応える冬に、肩を竦める。
それを見て冬は、
こいつも随分人間らしくなったな。
と、的外れな感想を抱く。
確かに、街に現れた時にも、空腹に倒れたり、美味しそうに料理を食べたりと、人間らしいと言えば人間らしかったのだが、なんというか……そう、感情表現が上手くなった。
肩を竦めるなど、まさしく感情表現に慣れた『人間らしい』仕草だ。
次第に口数も増え、すっかり街に溶け込んでいる。
そのことを実感し、くすぐったい気持ちになる。
「……うし、あっついけどもう大丈夫。でもまたこうなるのは勘弁だから……室内のアトラクション、行こーぜ」
「了解」
そうして、知らず識らずの内に二人は手を繋いで、歩き出した。
冬が一番面白いと感じたお化け屋敷に、三回ほど出入りして、ようやく満足したかのような冬に、
「あ、はは、あはは……ははっ……」
散々お化けに驚かされ衰退し切った春が、無理やりな笑顔を向ける。
「だ、大丈夫……?」
流石に罪悪感が芽生え、冷や汗を流す。
純粋な春は、何度も同じ仕掛けに驚き、その度に悲鳴をあげて、喉もカラカラである。
冬に手渡された飲み物を呷り、飲み干す。
「あ、ごめん、全部飲んじゃった」
「いいよ、こっちこそごめんだし」
日も傾き始め、空は朱く染まっていた。
「んじゃ、最後あれ乗って終わろーか」
そう言って冬が指差したのは──雄大に佇む、観覧車。
夕焼けを受け、影で黒く染まった観覧車。
あんなに平べったいのに、強風にも耐える観覧車。
すげえなぁ……。
初めて訪れた遊園地で乗る最後のアトラクション。
あれで、良いよな。
「二名様、ご搭乗くださーい」
係員に誘導され、揺れるゴンドラに危うく乗る。
扉が閉まり、狭い空間内に春と二人。
だけど、普段と変わりない雰囲気。
あー、気持ち良いなー……こんな感じ。
気持ち良いというか、居心地が良い。
ゴンドラがゆっくりとゆっくりと周り、やがて、頂点に辿り着く。
また来たい、な……。
────ヒュンッ
「?」
冬の耳に、そんな風切音が聞こえ──
────バリンッ!!
「!?」
──たかと思うと、突然ゴンドラの窓が割れた。
窓ガラスがゴンドラ内に飛び散り、高所特有の冷たい風が吹く。
なんだよ……これ!
割れたのは冬の後ろの窓。
後方から何かを投げ込まれた?
ゴンドラ内には何も投げ込まれたモノはない。つまり違う。
後ろのゴンドラに乗っている人物を確認しようとしたが、夕日が作った影で、顔までは見えない。
あいつが、何かをした──ッ!
日常から逸脱した現象。
これはなんだ……!
そうしている内に、ゴンドラは観覧車の四分の三を周り切った。
もう少しで地上……そこで後ろの奴の顔を……。
いつまた攻撃が来るとも知れぬ緊張感の中、春を庇いながら待つ。
────ヒュンッ
また風切音。
今度は春の後ろの窓が割れ、風がゴンドラを強く揺らす。
「……ッ!」
────ヒュンッ
また……!
今度はどの窓ガラスが割れるのか、身構えていた冬。
だが、春が動いた。
「──何を、してんだッ!!」
普段の大人しい口調はなりを潜め、語気を荒くして、見えざる敵に叫ぶ。
そして、冬は見た。
──春の身体が、淡く、白く輝くのを。
……窓ガラスは、割れなかった。
風切音がして、数分が経過したが、割れなかった。
そこにどんな意味があるのかはわからないが、ゴンドラは地上に着き、理解の追いつかないまま冬はゴンドラを降りた。
係員も異常に気づいており、早く避難するように促して来るが、どうしても確かめねばならないことがある。
──わたしたちを攻撃したのは……誰ッ!
一つ後ろのゴンドラが地上に着き、扉が開かれ──
「──は?」
──中にいたのは、小さい、熊の縫いぐるみたった。
「……危ないことしますねぇ先輩。もう少しでバレるとこでしたよ」
「ええんよええんよ。ちょい確かめたいこともあったし?──まぁ、予想外のモン見れたけど」
観覧車から少し離れた草陰に、二人の女生徒がいた。
同じ制服に身を包み、片方は拗ねた顔をし、片方は楽しげな顔をする。
「あーあ、せっかく買った縫いぐるみ、先輩逃がすために使っちゃいましたよ。取りに行けないだろうなー」
「あっはは、新しいの買ってやるから、許してくれん?」
「本当ですかッ!? じゃあじゃあ、少し大きいのでも良いですかッ!?」
「ま、まあわがまま言ったのはウチやから、ええけど……あんま高いのはナシにしてな?」
財布の中を覗き溜め息をつきながらも、その顔は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「──修学旅行なんて、って思っとったけど、こんなこともあるんやねぇ……」
心底楽しくてたまらないといった風に、くひひっ、と声を漏らし。
「アレは……『消す能力』ってところやろね?ウチの『貫く』のまで消すなんて、特異なの持ってんやん」
「『消す』ぅ?……それって、あたしの『代える能力』にも効くんですかね」
「どーやろ。それをどんな感じで消すんやろね……想像もつかんわ」
本当は、冬が能力者かどうかを確かめたかったんやけども……。
「──本当にそれだけですかぁ?」
にたぁりと、嫌な笑顔を浮かべて言う彼女に。
これまた意地悪い笑みを浮かべ。
「──そんなわけあらへんやろ、……昔の、つ、づ、き♪」
二つの影は、夕日が作った巨大な影に同化し、消え去った。
エセ関西弁キャラ……あからさまに怪しすぎてアレだった。
ここいらからドンドン不可思議な展開になっていきますよー。僕にも先は予想できません(おい)。