第五話『再会』
世界は広い。
そんな当たり前のことを、当たり前に感じることができる。
そんな幸せを、しっかりと噛み締めてこそ、当たり前でないことを楽しめるというわけだ。
なにが言いたいかと言うと──
「世界って……案外狭いんだな……」
──この広い世界ではなぜか、時折こうして、思いも寄らぬ出会いを果たすのである。
「久しぶりやね冬ちー!」
「んぁぁ……なんで今日に限ってさぁぁ……」
今冬の前には、昔懐かしの知人がいた。
まことに世界とは、広くて狭いものである。
「ねえ冬ー?」
「なーにー?」
のんびりポカポカ、陽気が街を包む昼過ぎ。
店前のベンチで団子を食べながらボーッとしていた冬に、春が二枚のチケットを見せる。
「……なにこれ?」
「剛さんが、『冬ちゃんと二人で行ってきなー』って」
「剛さんがぁ?……あやすぃ」
魚通のおっちゃんが春に渡したというチケット──遊園地のチケットをじとーっと睨み、冬はきな臭い匂いを敏感に嗅ぎ取る。
隣町の遊園地……そう遠くない。
なるほど、美味しい話だ。
「『俺にゃあ一緒に行くような奴もいねえし』とも言ってた」
「あー……」
たまにはこういうのもいいかもしれない。
いくら剛さんでも、そこまで変なことはしないだろうし。
「んじゃあ行く?まあ明日は流石に急すぎて無理だけど」
「行く!」
翌々日。
店番は暇そうにしていた文に頼んで、二人で遊園地へと駆り出した。
商店街間を繋ぐ路上電車に揺られ三十分。目的の、隣町の遊園地へ辿り着く。
「──おぉー……」
大きな観覧車は、ゴンドラに人を乗せ回っている。
あっちではジェットコースターで悲鳴をあげる人の姿が。
ここが、遊園地。
知識としては知っていたが、実際に来たことのなかった冬は、目を蘭々と輝かせ、しきりに驚いている。
春も、また同様に。
周りの人はそれを見て、微笑ましい気持ちになる。
まあ……冬の外見が、10、11歳程度であることも関係しているが。
「じゃ、じゃあ早速入場しよう!早く!」
冬が春を急かし、春が入り口でチケット二枚を提示。
手首に付けるタイプのフリーパスを受け取り、いざ入場。
と、そこに。
「──あれ?もしやもしや冬ちーやない?」
「へ?」
自分を指す呼び名に、仄かに懐かしさを感じながら振り返る……と。
「……海夏……?」
昔の知り合いが、そこにいた。
三年ぶりの、懐かしい〝知り合い〟である。
「やっほーぃ、三年ぶりやよね」
「せやなー」
海夏の喋り方が移る冬。
苗字は……知らないんだった。
海夏も、冬の苗字は知らない。
……というか、冬に苗字は『なかった』。
「冬ちーがいなくなってもさー、クラスは何事も変わらず、だったんよ。ちょっち薄情よねぇ?」
「……別に。それが普通なんじゃねーの。むしろ憶えてないでしょーよ」
投げやりに対応する冬だが、そこに緊張感はない。
一応だが、心を許しているということだ。
「ああ、そりゃないわ。いきなり消えて、軽く有名人やったんから」
「……ああ、そりゃそーか」
商店界にも学校はある。
各街に一校、二校ほどだが、15歳までの義務教育に、高校や大学までしっかりとある。
冬もかつては学校に通っていた。
だが、そこには、あまり良いとは言えないような思い出しかない。
その中で、冬が嫌がりながらも隣にいることを諦めなかったのがこの海夏である。
「ってか、海夏の住んでる場所からここまでかなり距離あるだろ。なんでここにいんの?旅行?」
「ああそうそう、今高校の修学旅行なんよ。二日目なー」
「へぇ……じゃあ、他の奴らもここにいんの?」
海夏の言葉を聞き、さらにテンションが落ちる冬を見て、海夏が悟る。
「いやいや、中学の頃の奴らはおりゃせんよ。ウチ、今の高校に一人で入学したから」
「……まさか、わたしのせいで?」
虐められたんじゃないのか。
という一言を飲み込み、だが海夏はまたも悟る。
「んなわけないない。ウチがそな、弱く見える?」
「……んーや。でなきゃわたしに付きまとうとかできないし」
「そゆことやってん。……あー、で」
少し言いづらそうに、だが冬が悟ることができないことを理解し、言う。
「その隣におるんは……カレシ?」
「は?」
「え?」
冬と、突然話を振られた春が素っ頓狂な声をあげる。
「ちち、ちがっ!」
「僕はただの居候……ですよ?」
慌てる冬と、対象的に落ち着いて返答する春。
その姿を見て、何かを得心した海夏はクスッと笑い、
「なんや安心したわ。今どこで暮らしてんのかは聞かんけども、楽しそうやねっ」
その優しそうな笑顔は、三年前にも向けてもらった。
その度に苦しい想いをしてきたが──今は。
「ああ、楽しーよ。そりゃもう」
同じような笑顔で、返すことができる。
遊園地にはまだ来たばかりだけど、確実に言える。
今日は良い日だ。
「んー……偶然ってな怖い怖い」
大きく伸びをしながら、今しがた、三年ぶりにであった〝知り合い〟を思い出す。
三年前、あいつは虐められてた。
苗字を持たない、不自然に小さい子をよってたかって虐めて、虐め倒して。
それを見ていた。
かなり長い間。
「……今さら許してとは言わんよ。だってな?」
だって──