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18歳の店長さん  作者: SIM
一章『ここはわたし達の街』
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第一話『不審者……?』

まったぁーりと行きましょー

 虐められて、逃げてきた。


 逃げることは悪いことじゃない。


 そう言い聞かせて、戦うことを恐れ。


『僕』は妥協して、少し大人になって。


 それでも『俺』は、負けず嫌いで。


 〝いつか〟仕返ししてやると、口先だけで。


 その〝いつか〟がいつなのかもわからないまま。


 時間だけが流れた。


 負けず嫌いだった『僕』は、復讐の火種をくすぶらせ。


 何もしないまま『俺』は、何もしない街へと、足を踏み入れた。


『──おまえだけが辛いんじゃない』という言葉を、何度も背中に浴びせられながら。




 閑散とした通りに、からから回る風車かざぐるま

 爽やかな風が吹くたびに、この通りには寂しさが溢れかえる。


 誰もいなくなった。


 大好きだったおじさんも。

 少し嫌味ったらしかったおばさんも。

 近所の面倒見の良かったお姉さんも。

 毎日公園で遊んでとせがんで来ていた子ども達も。


 この通りに並ぶ様々な店は全て、シャッターが降りて、開店する気配を微塵も見せない。

 一歩踏み出すたびに、所狭しと敷き詰められた落ち葉がカサッ、カサッと音を立て砕け散る。

 昔は何度も夢を見た。


 宇宙飛行士になるんだ。

 消防士になるんだ。

 サッカー選手になるんだ。


 そんなことを、何度も、何度も口にして。

 この街の住人達に、見守られて、育って来た。

 目には涙を浮かべ、ひたすら走り続けた。

 この先には、自分の信じる世界が広がっていると信じて。

 この通りを駆け抜けた。


 そしてまた、通りを行く。

 一歩ずつ、確実に、落ち葉を踏み砕きながら。

 徐々にスピードを上げ、目に涙を浮かべ。


 一陣の風が顔を洗う。

 涙は飛び散り、世界が、廻る。

 通りの外に足を着地させた瞬間、その姿は、虚空へと消え去った。


 彼艸かれくさ商店街。


 今や誰の姿もなくなったその通りは、かつて、そう呼ばれる街だった──




「おーっす」

「おーはよ」

「おはようさん」

 様々な挨拶を交わし、緩やかな賑わいを見せる商店街。

 まだ少し早い時間のため、通りはまばらに人がいる程度だが、これが昼頃にはかなりの人が押し寄せる大型商店街通り。


 彼艸かれくさ商店街しょうてんがい本通ほんどおり


 数多の商店街で構築された〝商店界しょうてんがい〟が一角、彼艸商店街を南北に突っ切る形で存在する、超大型通りだ。

 商店界の外がどうなっているのかは誰も把握できておらず、そのくせ魚や肉は絶えず市場で動き回る。そんな不思議な世界。

 この街で産まれ、この街で育ち、この街で果てる。

 故に、ほとんどの人間が外の世界を知らない。

 好奇心に駆られ、多くの冒険者が街を飛び出し、だが帰って来なかった。

 それも、既に何世紀も前の話。

 誰も外の世界へ行こうとは思わない。

 この商店界に果てはあるのか。

 興味は尽きぬも、それまでだ。


 その商店街のとある店の前に立つ少女が一人。

 10、11歳程度の外見。

 伸ばしっぱなしのふわふわした栗色の髪を後ろ手に結い、少し長いポニーテールが大人しめの印象を与える。

 ニットの上に着けた商業用のエプロンが不釣合いで、なるほど、店のお手伝いをしていると言えばその一言で微笑ましい光景になる、

 だが。

 その顔はいかにも気怠そうで、分相応の可愛らしさが感じられない。

 欠伸をかみ殺し、左手を腰に当てて右手で肩を揉んでいるその姿に、幼さはほとんどない。

 あるのはただ一つ──店主としての風格のみだった。

「あ、冬姉ふゆねえおはよー!」

「おー、おはよー」

 通りを行く少年達に、投げやりな挨拶を返す少女。

 傍から見ればその構図は中々シュールであろうが。

 紀里谷きりやふゆ

 実年齢よりもかなり若い容姿の少女。

 その実年齢は、18歳である。

 紀里谷きりやよろずみせを一人で担っている、紛うことなき店主だ。


 その店主、紀里谷冬は、通りに、見覚えのない影を見つける。

 店前に立って早3年。この通りに知らない者などいないと自負している冬だが、その姿は確かに記憶に存在しない。

 他所から来た者だろうか。

 彼艸商店街本通。

 超大型のこの通りには、様々な客が訪れる。

 他所から来た者でも、なんら不思議はないのだが……その影は、少々不思議を運んで来た。

 まるで足元がおぼつかず、いつ倒れるのか危うく感じるフラフラとした足取り。

 古めかしいマントに身を包み、顔をすっぽり覆うフード。

 辛うじてわかるのは、その身長、体格から、男だろうということ。

 普段は強気な冬も、これに関しては多少恐怖せざるを得ない。

 ちょいちょい覗かせる足は、傷だらけで、何も履いていなかった。

 ただ事ではない。

 そう判断した冬は、行動を起こす。

 すなわち。


「ふ、不審者ぁぁー!!」

「な、え、ちょま」


 どこまでも通る大きな声で、叫び散らした。

 男の抗議の声が聞こえたが、気付いていないフリをする。

 だって、どう見ても不審者だろう。

 今にも冬の目の前でマントを開けっ広げて、下腹部についたアレを見せつけて来るに違いない。

 露出狂。

 そこまで思考を働かせた時点で、冬は叫んでいた。

 ──不審者と。


「助けてぇぇー!襲われるぅぅー!」

「も、ダメ、マジ、死ぬ……あ」


 バタリ、と音を立てて膝から崩れ落ちた不審者。

 あ。

 それを見て、冬は自分の勘違いの可能性に思い当たる。

 このご時世、それはそれは珍しく希少価値の高い──行き倒れなのか?

「なんでぃ?どうしたんや冬ちゃん」

「不審者?」

 だが、紀里谷萬ノ店の周りには人が集まり始め、今さら自分の勘違いでした、などと言える雰囲気ではなく──


「わ、わたしが退治しちゃったから!解決解決!」


 ──ちゃっかり自分の株を上げながら、倒れている男を貶めた。

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