但し幸せは逃げていく
「おい、何か面白い話してくれよ」
「無理だよ」
教室に入るなり、友人の無茶振り。いつもどおり、楽しそうな笑顔を浮かべている。
「なんでだよ。あるだろ、面白い経験。人生全てが物語のネタなんだ」
「……はぁ」
ひとつため息をつく。と、ここぞとばかりに彼が口を開く。
「幸せが逃げるぞ」
「じゃあ取り返す」
「キャーカッコイー」
「何その声……」
裏声……? 予想の斜め上をいく奴だ。なぜか、悔しい。
「まぁ俺の裏声が聞き苦しいのは置いといてだな。逃げた幸せを呼び戻すような面白い話、してくれよ」
「結局それなんだね……というか、逃げたのは君のせいなんだから、追いかけて捕まえてきてよ」
「無理だ、俺のステータスじゃとてもとても」
「君が無理なら僕も無理だね」
「何でだよ、運動部」
「それは理由にならないでしょ……」
もうひとつため息がこぼれそうになるのを呑み込んで、僕は彼に言う。
「部活といえば、再来週の試合、出られることになったよ」
「そうか、おめでとう。見に行ってやろう」
「いや、平日だからね……?」
「学校なぞ休むさ」
「いやいや」
流石に冗談だ、と笑う友人の笑顔に毒気を抜かれて、
「で、面白い話だっけ?」
と、こちらから話を振ってしまう。
「そうそう、話してくれるか」
「まぁ、ね。ちょうど思い出したし」
「どんな話だ?」
「うーん、少し不思議な話」
「ほう」
あ、目が輝いた。そういえばこいつ、ファンタジー好きだっけ。
「多分、君が望むようなファンタジーじゃないと思うけど。昔住んでたところの話」
「住んでた?」
「うん。僕、この町の生まれじゃないんだよね。隣の県の田舎町から、小四くらいの時に引っ越してきたんだ」
「そうだったのか、知らなかったな」
「そりゃまぁ、教えてないからね」
僕は少し笑ってから、気を取り直すようにこほん、と咳払いをする。
「そこは山と田んぼに囲まれた、少し過疎気味の町だったんだ。空き地とかもいっぱいあってね」
「空き地か……皆で集まって遊んだりしたのか?」
「いや、放置されてるところがほとんどで、草が背丈よりも高く伸びててさ、近くを通れば蛇に遭遇するわ蚊に刺されるわで、遊ぶだなんてとてもじゃないけどできなかったね」
「はは、漫画のようにはいかないか」
そう言って笑みを零す彼の言葉に、僕も笑う。そして、本題に入るために、頭の中で話を整理していく。
「ま、現実はそんなもんだよ。でも、一箇所だけ、草の伸びてない、空き地らしい空き地があったんだ」
「ほう」
「僕はそこを、友達と遊び場を探してる時に見つけてね。ちょうどいいって皆で喜んで、そこで遊び始めた。そしたら、通りがかった人に怒られたんだ」
「管理人か?」
「僕らも最初はそう思ったんだけど、違った。確か、その時にいたメンバーの誰かの母親だったかな。その人が物凄い剣幕で、そこに入っちゃ駄目だ、って」
「代々伝わる神聖な場所だったとか」
「違う違う。というかその発想はなかったよ」
「じゃあ、何でだ?」
本当にわからないといった表情の彼のが、少し意外だった。もうとっくに展開に気づいて、よくある話のひとつだな、なんて笑うかと思っていたのに。
僕は目の前の期待に満ちた目に応えるように、話を続ける。
「勿論僕らは理由を聞いたけど、その人は教えてくれなかった。ただ、近づいちゃダメって、それだけ言い残して、自分の子供を引っ張って帰っていったんだ。残された僕らも、疑問を感じながらも素直に従って、その日は家に帰った」
「そこは調べろよ」
「当時の僕に文句言われても。あぁでも、家に帰ってから母さんに聞いてみたんだよ、あそこに何があるのか。だけど母さんは何も知らなかったみたいなんだよね。それで、父さんが仕事から帰ってきてから、同じ質問をしてみた」
「なんて答えたんだ?」
「何も。一言だけ、あれに触れるな、っていつもより低い声で言っただけ。その時の声がなんというか……凄く真剣でね、僕はその空き地について考えるのはやめたんだ」
「他の友達とやらは」
「次の日に会って話したけど、どこも似たような感じだったらしい。調べてみようって話も出たけど、その前に僕の引越しが決まっちゃって、忙しくて、結局僕は参加できなかった」
「なんだ、残念だな」
「残念……確かに当時はそう思ったね。うん、そう思ったから、こっちに来てから自分で調べたんだ」
「ほう」
「田舎だから、あんまり出てこなかったんだけど……できる限り調べて、話を繋いでみたんだ。それでわかったんだけど……」
一度言葉を区切る。その方が、友人の望む面白さに近づくような気がした。
「その土地は、いつの時代かはわからないけど、昔、処刑場だったんだ。で、そこで裁かれた人たち、冤罪が多かったんだって」
「成程な。それで?」
「もうちょっといい反応してくれてもよかったんじゃないかな!」
「お前の話し方が下手なだけだ」
ばっさりと言い切られた。それっぽい雰囲気だそうとした僕が馬鹿だったみたいだ。恥ずかしい。
「話すのやめていいかな」
「まだ続きがあるのか?」
「一応あるけど……」
なんだかこれ以上話してもこいつの琴線には触れないような気がしてきて、話したくないですと言わんばかりの表情をしてみる。
「話を完結させるのは基本だろう」
伝わらなかった。
「仕方ないなぁ……どこまで話したっけ」
「処刑場がどうたら」
「あぁ……その処刑場が無くなったあとのことになるんだけど、そこ、何度か民家が建ったりもしたみたいなんだ。でも一ヶ月くらいで、また空き地に戻る。その繰り返し」
「一ヶ月じゃ、建てた大工の苦労が報われないな」
「ツッコミどころはそこなんだね……」
嘆息する。友人お決まりの台詞は適当に受け流しておいた。
「まぁ、幸せのことは今はいいさ。それで? 空き地に戻るっての、取り壊した奴はいないと取っていいのか?」
「うん、その通りだよ。それに加えて、そこに住んでた人はみんな入院。話を聞いてみようとしても、どこか遠くの方を見て、呪われるって呟くだけだったんだってさ」
「真夏向きの話だな」
「そうだね、怪談特集とかで、よくある心霊スポットにまつわる話にでもなってそうだ」
そんな話をしているうちに、予鈴が鳴る。もうすぐホームルームだ。
ちゃんと席に座り直そうとした僕に、彼がまた一つ疑問を投げかける。
「そうだ、最後に一つ――その町で土地について調べてた、お前の友達はどうなった?」
「全員かはわからないけど。何人か、怪我したらしいよ。入院するほどじゃないけどね」
「なるほどねぇ」
うんうんと大きく頷く彼。何がなるほどなのかさっぱりわからないけど、追求するのはやめておいて、席に着く。
「まぁまぁ面白かったが、幸せは寄ってこないだろうな」
そんな彼の呟きが、聞こえた気がした。




