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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
最終章 「終焉 -end-」
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Ryo's end -happiness-

【亮エンド】


 処刑当日の朝、マリアは刑務所の病院で、死に場所へ向かうための声が掛かるその瞬間を待っていた。

 一週間、その時だけを待っている。その間に希望を持つことなどやめた。真紀からも、亮や竜は近くにいないことを前もって知らされている。人前であろうと、孤独の中で死ぬのだ。マリアはもう、覚悟を決めていた。

「出ろ」

 遂にその時が来た。

「はい……」

 マリアは静かに立ち上がると、役人に連れられ、刑務所の廊下を歩き始める。このまま馬車に乗せられ、処刑場へと向かうのだろう。

「釈放だ」

 刑務所の門前でそう言い渡され、マリアは拍子抜けした。

「え……?」

「迎えが来ている。そのまま進め」

 訳もわからず、マリアは言われた通りに歩き始める。

 やがて見えた門の向こうには、亮が立っていた。

「旦那様……!」

 もう何が起こったのかわからず、マリアはその場に立ち止まる。すると逆に、開いた門から亮が近付いてきた。どこからどう見ても亮その人である。

「大丈夫だったかい? ああ、こんなにやつれて……」

 マリアの疑問より先に、亮はそう言ってマリアの肩を抱く。その顔は苦しそうだ。

「あの……」

 困惑気味のマリアに、亮は優しく微笑む。

「もう大丈夫……君の罪はすべて消えた。とにかくここを離れよう」

 そう言って、亮は待機させていた馬車にマリアと乗り込んだ。

 マリアはまだ状況が把握出来ずに固まっていた。目の前にいるのが本当に亮なのかさえ、実感が湧かない。

 そんなマリアを察し、走り出した馬車の中で、亮が静かに口を開く。

「まずは、すまなかった……公開処刑だなんて、つい数日前に聞いたんだ。僕の目を盗んで出来た許可証だ。公開処刑は無効だよ」

「そう、ですか……」

「それから法案をひとつ通して、時効制度を作った。つまり今の体制前に犯された罪は、すべて無効になる。だから僕と君が出会った頃、役人とネスパ人交流禁止の罪は無効だ。今まで時効もなくやっていたけど、あれからずいぶん経っているからね」

 ひとつひとつ、マリアは亮の言葉を理解する。だがやはり実感は湧かず、ただ聞いているだけだ。

 亮は話を続ける。

「あとは君の罪をひとつずつクリアすることだ。特に僕とのことは立証するのに時間がかかった。まず君が真紀に課せられていた罪は、金銭的なことが多い。君が前に昇と住んでいた家の家賃……家主はいらないと言ったそうだけど、真紀が無理に要求するよう迫り、真紀が肩代わりする形となっている。その金は全額僕が支払った。受け取らせるのに手間がかかったけどね」

「あ……ありがとうございます」

「いや。あとは昇の養育費という名目でもらっていたもの。今まで昇に掛けていた家庭教師や衣服などのお金だね。それも僕が支払ったから、もう君の借金というものはまったくない」

 ひとつずつマリアの肩の荷が下りるように、亮の口調は事務的ながらも優しく響く。

「そして最後に、婚約者のいる僕と結ばれたことという罪だが、これは親の決めた婚約なだけで、当時僕は了承していなかったんだ。だから君も知らなかったことだけど、本人の意思と関係なく決められた婚約は無効のはずなんだが、それこそ昔の話で立証するのが難しくなっていた。でも卓や他の友人に証言してもらって、その罪も取り下げてもらうことが出来た。つまりもう君は、何の罪も背負わず自由ってことだ」

 やっとすべてを理解することが出来て、マリアの目に優しい亮の顔が映る。

「最後にもうひとつ。もし君が僕を許してくれるなら……昇と三人で一緒に暮らそう。僕はネスパ人になる」

 亮の言葉に、マリアは驚いて目を見開いた。

「そんなこと……」

「本当は……もう君が反対しても駄目なんだ。僕は父に勘当されたし、真紀とも離婚することに決めた。最高指揮官の職も降りた……というより、ここは国として独立するんだ。すでに他の国の承認も得ている。平の役人たちは、もう日本に帰り始めているくらいなんだよ」

 あまりにいろいろなことが起こりすぎて、マリアは耳を疑う。

「じゃあ、あなたはこれからどうするんですか……?」

「言ったろう? 僕はネスパ人になる。君は昇を日本人として育てたいと言ったが、あの子の幸せを考えると、やはり君と一緒にいさせたほうがいいんだと痛感した。こっちでも勉強は出来るし、この国は独立するんだ。優秀なネスパ人なら何にでもなれる。一緒に生きよう、マリア」

 そう言って、亮はマリアを抱きしめた。そんな亮の温もりを実感し、マリアは涙を流す。

「こんな夢みたいなこと……」

「夢じゃないよ。どうしてもっと早くこう出来なかったのか……散々、辛い思いをさせてごめん。でも、僕もやっと目が覚めた。これからは僕が君を必ず幸せにする。昇と一緒に生きていこう」

「ええ……こんな幸せなことって……」

 どれだけ夢を見てきただろう。マリアは亮の腕に抱かれ、幸せを噛みしめていた。


 やがて馬車が止まったのは、小さな家の前であった。

「僕らの新しい家だ」

 そう紹介され、亮は家へと入っていく。すると中には昇がいた。

「昇!」

「ママ!」

 昇はマリアにすぐ気付いて駆け寄った。マリアもまた昇をきつく抱きしめる。

「ああ、昇……夢じゃないのね」

「ママ。これからはずっと一緒なんだよね?」

 嬉しそうな昇の言葉に、マリアもまた嬉し涙を流しながら微笑んだ。

「そうよ。これからは、ずっと一緒だわ」

 久しぶりの母子の対面に、亮は今までを悔いた。なぜ今までこうすることが出来なかったのか、今となっては不思議に思えるくらい自然な光景である。

「ああ、やはり僕は間違っていた。たとえ失うものが多くとも、どうしてもっと早くこうしてやれなかったのか……」

 悔いている亮を見て、マリアは笑顔を浮かべたまま首を振る。

「でも、こうしてあなたは迎えに来てくれた。どれだけ夢に見たかわかりません。この幸せがいつかなくなるかと思うと怖い……でも今はただ、この子を離したくない一心です」

 その言葉に、亮はマリアと昇を一緒に抱きしめる。

「いつまでも幸せにするよ。君が僕を許してくれるなら……」

「許すも何もありません。あなたはいつだって、私の生きる支えでした」

「亮、と……」

 そう言った亮の手が、マリアの髪を撫でる。

「亮……亮……!」

 堰を切ったように二人はきつく抱き合い、互いに昇を抱きしめる。出会ってから数年越しの、やっと結ばれた愛であった。


 その後、亮の言葉通り、徐々に日本人の撤退が始まる。

 ネスパの独立まで時間は掛かったが、亮はネスパ人として名乗ったその後も、ネスパ人の絶大な信頼を得て、引き続きこの街を統治することとなった。

 亮と離婚した真紀は、子供たちの力と真世を連れ、最後の便で日本に経ったらしい。

 竜は亡命をしてこの街に残ることを決意していたが、最後に思い直し、真紀とともに去っていった。その後、竜とマリアが会うことはなかったが、亮との交流を通じて互いの近況は知っている。また竜は、日本で政治家の道を歩み始め、ネスパとの懸け橋になることを決意する。それもこれも、亮とマリアのためであることは傍目にもわかった。

 織田氏は今までの功績を見直され、公開処刑など陰で真紀を操っていたことが明るみに出て、政治の世界から失脚。日本の片隅で余生を送っている。


「マリア。手を……」

 ある日、亮にそう言われ、マリアは自らの手を差し出した。その指に、輝く指輪がはめられる。

「おめでとう!」

 次の瞬間、マリアはそんな祝福の声を浴びた。

 小さな教会で、身内だけの結婚式。マリアはベールを纏い、目の前にいる亮に微笑む。

「最高に綺麗だ」

「亮ったら……」

 顔を赤らめながらも、マリアは笑顔で振り向いた。

 そこには昇を筆頭に、クリスやアル、コブやドクターなど、マリアを未だ支え見守っている人たちがいる。

「今日はありがとうございます。みなさんの前で、こうして結婚式を挙げられて幸せです」

 マリアが言った。その幸せそうな笑顔に、その場にいた全員が笑顔になる。

 やがて亮がマリアを抱き上げ、教会を出ていった。

 外には身内だけしか入れずに式を見届けられなかった民衆たちが、二人を一目見ようと押し寄せている。

「皆さん、ありがとう! 僕はマリアとともに、これからもネスパ人の代表として尽力することを誓います!」

 亮の宣言に、人々から歓声が上がる。

 これ以上ないという幸せが人から人へと伝わり、またマリアたちに巡ってくるようだった。

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