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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
最終章 「終焉 -end-」
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Ryu's end -hope-

【竜エンド】


 絞首刑は死刑囚自らが行う。高い処刑台から飛び降りるという、首吊り自殺と同じ要領だ。

 だが今回のマリアの場合、公開処刑なので観衆が見ている中での絞首刑だった。たとえ首を括られていなくとも、高い処刑台から飛び降りればひとたまりもない。

 マリアは腹を撃ち抜かれて朦朧とする意識を必死に起こし、もつれる足を一歩一歩踏みしめて処刑台の縁へ向かった。

 もう、終わりである。マリアは何も考えられなかったし、もうすべての終わりを悟っていた。

「さよなら……」

 マリアはそう呟くと、最後の一歩を踏み出した。

「待て!」

 途端、そんな声が聞こえた。

 マリアは反射的に振り向くと、そこには今にも自分を助けようと走り出した、竜の姿があった。


 竜は観衆で身動きの取れない広場からなんとか建物内に入ると、その足で処刑台に続く最上階まで上っていった。

 建物内は日本人しか入れないことと、要員はすべて広場内と処刑台での警備に配備されているためか、不思議と誰に会うこともなかった。

 ただ最上階の警備は物々しく、竜を止める。

「ここから先は許可証がないと入れません!」

 そう言われても、竜の目は処刑台に向いていた。マリアはすでに歩き始めている。

「退け!」

 竜はナイフを抜くと、警備の役人に突きつける。だがすぐに躊躇する役人からすり抜け、処刑台へとまっしぐらに駆けていた。

 もはや竜を誰も止めることは出来なかった。


「竜、様……」

 もはやマリアの身体を支える地面もなかった。マリアは竜を見つめながら、処刑台から飛び降りた。

「マリア!」

 近くで竜の声が聞こえる。

 マリアは生きていた。あまりの恐怖にとっさにつぶった目を、マリアは静かに見開く。

「しっかりするんだ!」

 状況は最悪だった。竜は間一髪マリアを抱き止めたが、自らも身体を落とし、片手一本で処刑台の台座を掴んでいる。マリアの首に括られた縄は、辛うじて緩んでいる状態だ。

 しかし、この状況が長く続くはずもない。瀕死のマリアに触れることで刻一刻と吸い取られる力に加えて、二人分の重みに震え、竜の手は今にも滑り落ちそうである。

「竜様……」

「大丈夫だ。必ず助ける!」

 竜のその言葉に、マリアは絶望的な顔をして首を振った。

「どうか……どうか手を離してください。このままだと、あなたまで落ちてしまう!」

「俺の腕の中で死ぬつもりか? そんなことは許さない」

 マリアはなおも首を振る。

「あなたのほうが先に死んでしまいます。私は弱っています。あなたの力を吸い取ってしまう……前のように、これを止めることも与えることも出来ません……」

「それはそれで本望だよ。やっと君の役に立てる……俺も償わせてくれ。俺が真紀と結ばれていれば、君は亮と結ばれていたかもしれない」

「違います。どうか……どうか……」

 何も出来ないマリアの目から、涙が零れた。両手は後ろ手で縛られ、ただでくのぼうと化した自分の身体を竜に預けているだけだ。しかも今もなお、竜から力を奪い取っている。

「ううっ」

 その時、マリアが唸り声を上げた。

 竜は上を見上げると、そこにはマリアの首を括った縄を引っ張る役人の姿があった。

「やめろ!」

 そう言いながら、竜は必死にマリアの身体を上げようとした。だが竜にももはや限界が近付いている。

 そんな時、竜の目に、差し出された大きな手が見えた。台の上から見下ろしているのは、父親の織田氏である。

「親父……」

「まずはその女をよこせ。力を吸い取られて、おまえのほうが先に死ぬぞ」

 そう言われて、竜はマリアを抱く手を強め、拒否をする。

 織田氏は顔をしかめると、マリアの首に括られた縄を切った。

「これでいいだろう。もう女は助けてやる」

「誰がおまえの言うことなんか……」

「竜。これでも私は人の親だ。息子が死ぬ様など見たくはない。女をよこせ。そうでないと、おまえを助けることも出来ない」

 いつになく織田氏の口調は穏やかである。

 織田氏の命令により、数人の役人が手を伸ばした。そして先にマリアが引き上げられ、それと同時に竜も引き上げられた。

 竜はすぐさまマリアのそばに駆け寄り、手を握り締める。マリアはもはや意識を失っていた。

「聞いていなかったのか、竜。その女は弱っている。触れるな……おまえが死んでどうする気だ」

「……酷すぎる。マリアに聞けば、自分は幸せだと言うだろう。だけど俺にはそうは思えない。このまま幸せを知らずに死なせるなんて、あまりにも酷だ……俺もマリアを不幸にした張本人の一人だ。エゴだと言われても、俺の命をやれるなら本望だ」

 竜にそこまで言わせたマリアに、織田氏は戸惑った。

 織田氏の中で竜は、仕事も本腰を入れずに女遊びばかりする出来の悪い息子だったはずである。マリアのことも本気ではなく、珍しく映っているだけだと思っていたのだが、そんな竜が命まで賭けようとしていることに、戸惑いを感じずにはいられない。

 そんな竜を見て、織田氏もマリアの片手を握った。

「何を……」

 次に驚いたのは竜のほうだった。

「この女に敬意を表している。何事にも本気で打ち込まなかったおまえが命まで賭けるとはな」

「余計なお世話だ。あんたは年なんだから、引っ込んでろ」

 竜の言葉に目もくれず、織田氏は役人たちに手を差し出す。

「不意にしても助かった女だ。もう刑はなしだ。この女を助けてやる気がある者は、手を」

 その意味は、ここにいる全員がわかっていた。

 ここまで弱りきったネスパ人は、触れただけで力を吸い取られるのは常識である。だがその人数が増えれば、力を与える人間の負担は少なく済む。

 織田氏に言われて名乗り出ない役人はいなかった。その手は徐々に繋がれ、処刑台の下まで続き、観衆だったネスパ人にも及んだ。

「マリア……」

 マリアの片手を握り締めながら、竜が呟いた。

 もはや何百人と繋がれた手からは、マリアが生きられる最低限の力となり、やがてマリアはとりあえずの正常な呼吸を取り戻し、無意識に他人の力を吸い取る様子もなくなった。

「……酷なようでも生きてくれ。俺はもう、大事な人を失うのはたくさんだ。亮を愛してるなら、君と結ばれるよう俺も努力する。だからどうか生きてくれ……」

 竜の願いを聞きながら、織田氏は自らの悪夢を思い出す。

 かつて亮の母親を自らの手で処刑の指示を出さなければならなかったあの時、竜のような存在がいてくれたらと思うと、やるせない気持ちが襲った。

 だが織田氏もまた、もう処刑など見たくはなかったのである。


 処刑台から下ろされたマリアは、竜の手によって馬車に担ぎ込まれた。その傍らには、クリスとアルがいる。

「竜さん、家へ運んでください。あそこなら付きっきりで看病出来るし、マリアも安心でしょう」

 アルがコブの家を提案する。竜とクリスも賛同した。

「ああ……すまない。ギリギリになるまですまなかった……」

 そう言った竜は力を失くし、虚ろな目でマリアを見つめている。

 クリスとアルは互いを見ると、竜に向かって首を振った。

「いいえ。あなたはよくやってくれました。ネスパ人の俺たちは、処刑台に近付くことも出来なかった」

「そうです。ギリギリでも助けてくださってありがとうございました。もし間に合わなかったと思うとぞっとします」

 二人に慰められ、竜は頷く。

「そうだな。助かってよかった……でも、もうマリアは死を悟っていたはずだ。マリアは、あのまま死にたかったのだろうか。過去も何もかも捨てて……」

「……心を癒すのは俺の役目です。不安も絶望も拭い去れる。マリアには俺たちがいる」

 アルの言葉に、竜は安心して微笑んだ。


 数日後、マリアは病院で目を覚ました。

 そこには竜のほか、クリス、アル、コブの姿がある。

「……みんな……」

 か細い声で、マリアが言った。

「マリア。俺がわかるか? 大丈夫か?」

 竜がマリアの手を取って尋ねる。

 マリアは静かに頷いた。

「あれからずっと眠り続けていたんだ。でももう大丈夫。マリアは自由だ。刑も無効になった」

「……でも」

「ゆっくり休んで、これからのことを考えよう。親父もずいぶん反省したみたいだし、今なら協力的になってくれるかもしれない。自分の幸せだけを考えるんだ、マリア。君が望むなら、亮や昇と暮らせばいい。俺も支えるよ」

 それを聞いて目を伏せると、マリアは静かに呼吸をした。

「私の……幸せ?」

「そうだよ。これから君は幸せになるんだ」

 おぼつかない口を懸命に開き、マリアは竜を見つめる。

「でも……たとえ私が昇と一緒に暮らしたいと思っても、昇の幸せは私と一緒にいることではありません……私はお金もないし、あの子に満足な食事すら与えてやれないでしょう」

「だったらうちに来いよ。住むところは困らないし、うちなら無茶せず働けるだろう」

 コブが言った。それに続いてアルも口を開く。

「そうだよ。勉強だって、家庭教師だけが教師じゃない。俺も教えられるし、教会で牧師様が勉強教えているところだってあるんだ」

「そういうことだよ。とにかく今は身体を休めることが先決だ。みんながマリアに命を与えてくれたんだ。君にそう簡単に死んでもらっては困る」

 優しい瞳でクリスが言うので、マリアは静かに頷いた。まだ身体は思うように動かないが、不思議と痛みも感じられず、与えられた力が熱を帯びているように、心にまで温かさを与えている。

「ありがとうございます……よく考えてみます」

「ああ、それがいい。さあもう目を閉じて。今は出来るだけ身体を休めるんだ」

 そんな言葉に従うように、マリアはもう一度目を閉じた。

 一同はそれを見届けると、助かった命の輝きを目の当たりにするように、静かに微笑んだ。


 その夜、竜は宿舎へと戻っていった。

 あの処刑の日から、織田家には戻っていない。織田氏はまだこの街に留まっているそうだ。真紀は計画の失敗にすっかり意気消沈していると聞いたが、会う気にはなれない。

 そんな時、竜がいる宿舎のドアがノックされた。

「はい」

 竜がドアを開けると、そこには息を荒げた亮がいる。

「亮……」

「兄貴……マリアは!」

 二言目の台詞に、竜は逆上して亮を掴んだ。

「今頃ノコノコやって来て、どういうつもりだ! おまえにマリアの名を呼ぶ資格があるのか?」

「……ないだろうね。たった今この街に戻ってきた。そしてさっきすべてを聞いた。マリアが処刑され、助かっていたことに……」

「おまえが許可したはずだ!」

 竜はたまらず、亮の頬を殴っていた。だが、それでは止まらずに捲し立てる。

「わかってるのか、おまえが何をしたのか! 今回だけじゃない。何をしてきたのか……おまえはマリアに何をした? おまえがいなければ……おまえと出会わなければ、マリアは人並みに幸せになれたかもしれないのに!」

 言っていることがめちゃくちゃなのは竜自身にもわかっていた。それでも、どうにも怒りが収まらない。

「わかってるよ、兄貴……知らなかったとはいえ、僕が公開処刑の許可を出したのは事実だ。それに最初からわかってる。すべての発端が僕なのだと……僕はどうしたらいい?」

 抵抗することなく、亮は悲しげな目をして竜を見つめた。

 竜は目を逸らすと、拳をきつく握りしめる。

「……責任を取れよ。彼女はおまえをまだ想っているだろう。おまえは昇を連れて、彼女のもとへ行け。それが唯一、彼女にしてやれることじゃないのか。おまえもマリアを心の底ではまだ想っているはずだ。昇と三人で暮らせよ」

「……兄貴は? 兄貴だって、マリアを想っているはずだろう」

 思わぬ竜の言葉に、亮が尋ねる。だが竜は目を伏せているだけだ。

「初めて人のために物を考えられるようになった……それを教えてくれたのはマリアだ。俺は自分の幸せより、マリアの幸せを願う」

「兄貴……」

「真紀を俺が支えてやれるかはわからない。でも力と真世は俺の子供だ。俺が面倒を見る。おまえがマリアに申し訳なく思うなら、マリアの幸せを少しでも願うなら、マリアのもとへ行ってやれ。顔を見せてやれ。今すぐに……」

 竜の真意を受け止め、亮は深々とお辞儀をすると、竜の部屋を出ていった。


 亮はその足で、マリアのいるコブの家へと出向いた。そこにある一室で、マリアは死んだように眠っている。処刑の日から比べればだいぶ回復しているのだが、久々に見る亮にとっては、見るたびに細く顔色の悪い姿を見て、その痛々しさに思わず顔をしかめた。そして静かに、マリアの手に自分の手を乗せる。

 その時、マリアが目を覚ました。二人の目が合う。

「マリア……」

「……旦那様……」

 亮はその声を噛みしめるように聞くと、マリアの手を握った。

「すまない、マリア。なんてひどい目に……僕はなんと言ったらいいのか……」

「そんなこと……私のほうこそ、ごめんなさい」

「え?」

「……富糸ヶ崎様のお宅で、あなたがせっかく差し伸べてくださった手を振り払い、苦しさに耐えるためにあなたの名を心の中で叫んでいました。そのせいであなたが苦しめられていたこと、すみませんでした……」

「何を言うんだ。マリア、これからは君に幸せになってもらいたい。誰のためでもなくだ。そのために僕はなんでもする。君さえ受け入れてくれるなら、僕たち一緒に暮らそう。やり直そう、昇と三人で……」

 その言葉に、マリアは目を丸くした。

「何を……おっしゃるんですか」

「僕は本気だ。兄貴もそう勧めてくれたんだ。僕は半分ネスパ人だから、日本の役人を離れてもこの街でやっていけるよ。今より生活は苦しくなるかもしれないけど、男の仕事はたくさんあるし、一生懸命働くよ。幸せな家庭を築こう。引き裂かれる前の、ほんの一瞬の幸せを取り戻すんだ」

 亮はそう言いながら、自分の気持ちの確信を得ていた。清々しい気持ちまでする。

 どれだけすべてを捨ててマリアと一緒になることを夢見ていただろう。それが実現出来なかったのは親や真紀の手前だったが、一番は自分の臆病さだということを知っている。今それをすべて忘れられていることに、亮は自由を感じていた。

「いけません」

 だが、そう突き返したのはマリアだった。

「マリア……?」

「そんなことをしても私は嬉しくありませんし、幸せになどなれません」

「どうして……」

 悲しげな亮を前に、マリアは苦しくなっていた。亮の申し出は、長年待ち望んでいたプロポーズに取れる。素直に嬉しかったが、だからこそ飛びついてはいけない。亮をめぐって散々辛い目に遭ってきたマリアは、二つ返事で了承出来ることではなかった。なにより昇の幸せを考えると、日本人である亮のもとに居させたいという気持ちが強くある。

「……ごめんなさい」

「じゃあ僕はどうしたらいいんだ? どうか君に償わせてくれ。僕は数え切れないほど、君をひどい目に遭わせてきたはずだ。そんな僕の顔を見たくないということなのか。だったらお金の援助でも何でもする。君は昇と二人で暮らしたらいい」

 その言葉に、マリアは悲しく俯いた。

「たくさんの人に命を分けてもらい、新しい人生を踏み出した気がします。私の幸せを願ってくださるなら、昇を日本人であるあなたのもとへ置いてください。そして何不自由ない暮らし、勉強をさせてあげてください。ネスパ人の私には出来ないような……」

「マリア……」

「あなたがネスパ人になってしまったら限界があります。昇には絶対に幸せになってもらいたい……だからもう、あなたとは関わりません。中途半端にしていたら、私も前へは進めません」

 まっすぐにそう言ったマリアに、亮は静かに頷く。

「……それが、本当に君の望むことなんだね?」

「はい」

「わかった。昇は僕が立派に育てる……でも出来れば昇に会ってやってくれ。あの子はまだ君を忘れちゃいないし、もう君を縛るものは何もなくなった。自由に会えばいい」

「ありがとうございます……」

「……君も幸せになってくれ。ならないと承知しないよ」

「あなたも……」

 二人は静かに微笑んで、握手を交わした。

「ありがとうございました。これからも……素敵な最高指揮官でいてください」

「頑張るよ。君を守れるように……さよなら」

「さようなら……」

 亮が去った後、マリアは人知れず涙を流した。後悔はなかったが、もう二度と会わないという決意に、過去が溢れ出して涙を誘う。しかしその涙が引いた時には、マリアは前を向いていた。


 次の日。仕事帰りに出向いた竜は、起きていたマリアに優しく笑いかける。

「起きてたのか。大丈夫か?」

「ええ、お疲れさまです。順調に回復していると、ドクターも言っていました」

「それはよかった……でも夜更かしはいけないよ。俺もすぐに帰るから」

 竜はベッドのそばに置かれた椅子に座ると、静かにマリアを見つめる。

「……昨日、亮がここへ来たろう?」

「ええ……」

「これからは、あいつと生きていくんだろう? やっと結ばれるんだな。昇が生まれる前の、幸せな時間に戻れるんだな」

 それを聞いて、マリアは悲しそうに微笑む。

「……お断りしました」

 マリアの言葉に、竜は一瞬、意識を失いそうになった。

「え……?」

「お断りなんてする立場ではないのですが……」

 そう言って苦笑するマリアに、竜は驚きを隠せない。

「どうして! あいつは本気で君のことを……」

「今更、私たちが結ばれて何になるというのでしょうか……」

「あ……あいつの言い方が何かまずかったのか? 気分を害したなら謝らせるよ。君は今こそ亮と結ばれるべきだ。それに昇と三人で暮らせる。親子が揃うんだぞ?」

 必死な様子の竜だが、マリアは静かに首を振る。

「昇は私の手を離れた時点で、息子ではありません。あちらの家庭が壊れてしまっても、昇は日本人である彼に育ててもらいたいんです」

「……日本人として育てたいと?」

 マリアは頷き、昇の未来のことを考えた。

「無法地帯だったこの街をここまで立て直したのは、ハーフである旦那様です。そしてそれはお父様の地位も関係しているでしょう。昇がその後を継げるかはわかりませんが、旦那様と同じような境遇にいられることで、いつかきっと何かの役に立てると思うんです。私はいらないんです」

「そんなことは……!」

「もう何も言わないでください。決心が弱まってしまいます」

「マリア……」

 マリアは微笑み、竜を見つめる。

「私は一人で生きていきます」

「……だったら、俺もそばにいさせてくれ」

 竜が言った。そして言葉を続ける。

「君が迷惑ならやめる。でも、そばで君の幸せを見守らせてくれ。何度だって言う。俺は君を愛してるんだ」

 それを聞いて、マリアは戸惑いの表情を浮かべた。

「竜様……」

「前に君は言ったよな。俺といると甘えてしまうって……もう君を縛るものは何もないんだ。出来れば甘えてくれよ。自分だけの幸せを考えられないなら、俺に幸せを与えてくれ」

 その時、マリアの目から涙が零れ落ちる。

「マリア……」

「……申し訳が立ちません。私は、罪深い人間なのに……」

 そう言ったマリアを、竜は静かに抱きしめた。

「君の罪はすべて洗い流された。俺と一緒に生きよう、マリア。君は一人じゃない。クリスもアルもコブたちもいる。亮のことを想い続けていてもいい……でも、最後には俺を思い出してほしい」

「竜様……」

「俺は君を助ける時、命もなにもかも捨てる覚悟だった。俺こそ何も持たないが、君さえよければ、俺は君を全力で愛す」

 マリアの心には、熱い炎が宿っていた。愛情や友情という言葉では片付けられない。ただ竜はマリアにとって、かけがえのないほど大切な人となっている。

「……私と一緒にいてください。私はきっとこれからも、昇や旦那様を気にかけて生きると思います。もしもそれを許してくださるなら……私もあなたを愛します」

「ああ……マリア」

 二人はもう一度抱き合うと、そっと互いを見つめ合う。もう何の言葉もいらなかった。

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