Standard end -letter-
【スタンダードエンド】
広場の出入口では、封鎖された門の前で、役人に殴られ続けるアルの姿があった。門番である役人を足止めして竜を中へ入れたが、一刻の猶予もない。
「俺を殴りたければ殴れ。でもマリアは助けてくれ!」
ふらふらになったアルがそう叫ぶ。しかしアルを抑えつけようとしているのは、役人だけではない。
「あんた、死刑囚を庇うのか。相当な凶悪犯と聞いたぞ」
「私も聞いたよ。同情なんかしてられないねえ」
広場に入れなかったネスパ人も、今は敵である。アルはなおも叫ぶ。
「何も知らないのに、わかった口を利くな!」
「アル!」
アルはそう呼ばれ、広場のほうへ振り返った。
すると広場の中では、医師仲間でありマリアの従兄弟でもあるクリスが手を上げて合図をしている。その顔は険しい。
「クリス!」
アルは人混みをかき分け、クリスへと駆け寄った。
「クリス、おまえも来てたのか」
「ああ。だけど、もうどうしようもない。マリアが処刑台に上げられた」
「なんだって!」
「誰も話を聞いてくれない。マリアは殺される!」
アルとクリスは奥に見える処刑台を見つめた。見守るだけなら、中へ入らずともここからでも見える。
「通してくれ」
その時、二人の目に亮の姿が映った。
「最高指揮官!」
その言葉を聞いて、ごった返していた観衆は一気に列を開けた。亮は見張りの役人を見つめる。
「聞こえないのか。すぐに開けろ!」
「しかし、今日は誰であろうと許可がなければ……」
「僕は最高指揮官だ。それでも不服なら、この場でその称号と織田の名を捨ててもいい。すぐに入れろ!」
そこにいつもの温厚な亮はいない。その気迫は、もはや織田氏そのものであった。
思わず役人は門を開けるが、不思議と人がなだれ込むことはなかった。亮は最高指揮官として、ネスパ人からも一目を置かれているのである。
「君らもマリアの知り合いだね、入りなさい」
亮に言われ、アルとクリスも急いで中へと入っていった。
一足先に中へ入っていた竜は、人混みをかき分け、やっとのことで建物に入った。ガラスも何もない廊下の窓からは、妨げもなくマリアの姿が見える。
一発の銃弾を浴びたマリアに、思わず竜は目を伏せながらも、織田氏と真紀のいる最上階を目指した。
「お待ちください! ここから先は……」
建物の中にはあまり人がいなかったが、最上階だけは物々しい警備が敷かれている。
「退け。息子として、父に話があるだけだ。危害は加えない。おまえたちにも……」
竜のその言葉は静かながらも、ナイフを構えて戦闘準備に入っている。その貫禄に、警備の役人たちは静かに後ずさりした。それに合わせて竜も前へ歩き出す。
ドアが開け放たれたままの部屋には、織田氏と真紀そして卓の姿があった。
「竜!」
織田氏と真紀が同時に言った。
「今すぐ処刑を中止しろ!」
そう言った竜の目に、遠くで死の合図を待つマリアの姿が見えた。同じ目線にある処刑台は、トラウマとなっている亮の母親が殺された時と重なる。竜は幼い頃、この同じ部屋で亮の母親の処刑を見つめていた。
思わず竜は息を呑み、たじろいた。そんな竜の変化を、織田氏が見逃すはずがない。
「思い出したか、竜。おまえは一度ここに来ている。同じようにこの場所から、一人の女の死を見つめていたはずだ」
「やめろ! すぐに処刑を中止するんだ!」
竜は織田氏にナイフを突きつけてそう叫んだ。
「もう遅いわ……」
そう言った真紀に、竜は処刑台を見つめる。そこには、おぼつかない足で台の先へと歩き始めるマリアの光景が見えた。
「マリア!」
「処刑は中止だ!」
その時、マイクに通ったそんな声が聞こえた。一同が見つめる先には、先程まで刑が執行されていた地上のステージにいる、亮の姿がある。
「亮!」
展望室にいた一同は、声を揃えてそう言った。
「最高指揮官命令だ。被告人の拘束を解き、役人以外の観衆は即刻この広場から立ち去れ!」
その一言で従順な役人がすぐさま動き出し、観衆を広場の外へと誘導し始める。
亮の目に展望台の一同が映る。そして静かに目を逸らすと、処刑台の階段を駆け上がっていった。
「マリア!」
処刑台の上に着くなり、亮はそう叫んだ。
マリアは役人に押さえられ、処刑台で跪かされていた。
「手荒な真似をするな。すぐに医者を呼べ!」
そう言って、亮はマリアに駆け寄る。
虚ろな目のマリアは、亮を悲しげに見つめた。
「だ、旦那様……」
「しゃべらなくていい。もう大丈夫だ」
亮の言葉に、マリア首を振った。その目からは涙が溢れている。
「どうして……」
「ずっと胸騒ぎを覚えていた。日本で公開処刑の噂を聞いて、すぐに戻ってきたんだ。すまない、なんてひどい目に……」
そう言いながら、亮は自分の上着でマリアの止血をした。銃弾を貫通した腹から出た血で、あたりは赤い血痕が飛び散っている。
「もう、いいんです。何もかも、終わりにしたい……」
息も絶え絶えのまま、マリアがそう言った。その顔からは血の気が失せ、今にも息を引き取ろうとしている。
「しゃべるな……ああ、もう終わりにしよう。すまなかった。僕が全部悪かったんだ。君をこんなにさせるまで、僕は見て見ぬふりをしようとしていたんだ……だけどもう、誰にも口出しをさせやしない。君が望むなら、昇と二人で生きたらいい」
それを聞いて、マリアは一瞬、目を見開いた。だがすぐに穏やかな顔になり、精一杯の力で首を振る。
「どうか、昇はあなたのもとで……」
「……それならそれでいい。これから考えればいいよ。とにかく早く病院へ……」
「いいえ。どうか、このままで……」
「しっかりして」
「最後に、あなたに会えてよかった……助けて、もらえるなんて……」
「駄目だ、マリア! しっかりするんだ。生きてくれ……そして、僕に償わせてくれ!」
遠のく意識の中で亮の言葉を聞きながら、マリアは意識を失った。
(違う。あなたは何も悪くない。だけどもう、何もかも疲れた……)
「マリア! マリア、しっかりしろ!」
亮は倒れたマリアの止血をしながら、耳元でそう叫んだ。やるせない思いに涙が出てくる。
「離れろ、亮。命を吸い取られるぞ!」
廊下の窓から、こちらに歩いてくる織田氏が叫ぶようにそう言った。展望台から死刑台の上までは、同じ階で繋っている。
織田氏がそう言った真意は、亮にもわかっていた。弱ったネスパ人が、触れた他人から気を吸い取るというのは常識だ。その能力はネスパ人が嫌われていた理由のひとつでもあるが、今の亮には逆にマリアへ力をあげたい一心である。
「マリア!」
一足先に竜が走り込んできた。そして迷わずマリアに手を触れる。その途端、生気を吸い取られるような感覚に陥った。前も同じ感覚に陥ったことはあるが、竜にとっては今も触れることに躊躇いはない。
「兄貴……」
「おまえは触れるな、亮。俺はおまえのように守るべきものは何もない。このままマリアに全部の気を吸い取られたって、後悔することはない」
それを聞いて、亮はマリアの手を取った。
「亮。聞いてなかったのか?」
「もう終わりにするんだ。全部……全部僕がいけなかった。マリアをこんなに不幸にしたのは僕だ! もう僕は、言いなりの人形になるのは嫌だ」
「亮……」
「つくづく冷酷なやつらだな、おまえたちは」
そう言い放ったのは、二人のすぐ後ろまで来ていた織田氏である。
「冷酷だと? もっと冷酷で、血も涙もないおまえに言われる筋合いはない!」
織田氏を睨みつけながら挑発に乗る竜に、織田氏は涼しい顔で息を吐いた。その目はどこか優しさを感じる。
「……死なせてやれ。これで助かっても、苦しみや憎しみは終わらない。また元のように苦しむだけの生活だ。消し去りたい過去も抱えたままで、今回も死ぬほどの目に遭った。いくら心の強い女でも、もはや生きてはいけないだろう」
「僕が支えます。兄貴もいる……僕はマリアと昇と三人で生きていきます」
きっぱりと亮が言った。その言葉に、そこにいた一同は驚きを隠せないでいる。
織田氏は亮の肩を掴んだ。
「何を馬鹿なことを!」
「馬鹿なことではありません、お父さん」
「おまえはすべてを捨てるつもりなのか? 誰がそこまで大きくしてやったと思ってる。今のおまえは、この街の最高指揮官で……」
「この街で一番の権威を持っていたとしても、未だに僕はお父さんの力に敵わない。育ててもらった恩は忘れていませんし、返したいと思っています。だけど、もう僕にはマリアを捨てなきゃならない意味もない。こんな目に遭ったのは僕の責任だし、力と真世は僕の子供ではないのだから……」
亮のその言葉に、織田氏は真紀を見つめた。真紀は辛そうな顔で俯いている。
そんな一同を尻目に、亮はマリアを抱いて立ち上がった。
「すべてを捨てても構わない。もう絶対に、マリアを離さない」
それは揺るぎない決意で、誰の反論も許さなかった。
マリアはクリスの勤める病院へと入れられた。しかしそれから数日経っても、マリアが目を覚ますことはなかった。
「容体は?」
一週間後。担当のクリスにそう尋ねたのは、仕事帰りに立ち寄った亮である。
あれから亮は、織田氏や職場の幹部から強く説得され、とりあえずは今のままで最高指揮官を続けることになっている。だが、もうマリアと会うなと言う人間はいない。ただ今は静かに、様子を伺っているだけだ。
「変化はありません。弾痕はだいぶ塞がってきましたが……」
「そう……」
切なげな目で、亮はマリアを見つめる。
「……これからどうなさるおつもりですか?」
静かにクリスが尋ねた。そんなことをネスパ人から尋ねるのは咎められても仕方がないのだが、亮は何も言わずに首を振る。
「わからない……でも今の僕には恐れるものは何もないんだ。地位も仕事も何もかも捨てて、ネスパ人になる決心がある」
「……日本人がネスパ人にはなれません。あなたが想像するような生半可なことでは、この街では暮らせない」
「僕の母はネスパ人だ。僕もなれるよ……君はマリアの婚約者だったそうだね」
クリスの目を見て、亮が言った。クリスは頷き目を伏せる。
「はい。遠い過去の話ですが……でも死んだものと思っていたマリアと再会した時、マリアは重い罪を背負って必死に生きていました。僕なんかでは助けられないほどに……」
「……ああ」
「僕がマリアを幸せに出来ることはきっとないでしょう。だけどマリアの幸せを願っているのはあなたと同じです。どうかこれ以上、マリアに絶望も無駄な希望も見せないでやってください。これ以上落ちることは、あまりにも酷だ……」
クリスの言葉を聞きながら、亮は静かに頷いた。
「明日は休みなんだ。ここに居させてくれないかな?」
「……わかりました。事務のほうには伝えておきます。では失礼します」
そう言い残して、クリスは去っていった。
クリスにとって亮の存在は疎ましく思えた。しかし、マリアがどんなに亮を想っていたのかを知っているクリスは何も言えない。また自分がマリアにしてあげられることはほとんどないことを知っている。
病室にはマリアと亮しかいない。亮はマリアの手を取ると、静かに語りかける。
「マリア……目を覚ましてくれ。僕はすべてを捨てるから。もう目を覚ましても、前のような仕打ちは待っていない。織田家に関ることなどせず、君は幸せになるんだ。そのためなら僕はどんな努力も惜しまないよ」
そう語りかけても、マリアが目を開けることはなかった。ただ血の気の失せた青白い顔をして、死んだように眠っている。
「……すべてが終わりかけてようやくわかった。君をどんなに苦しめていたのか。僕がどんなにひどい仕打ちを君にしていたのか……許してくれなんて言わないよ。でも、どうか僕に償わせてくれ」
その様子を、ドアの向こうから竜が見つめていた。毎日足を運んでいるが、マリアが起きることもない。亮や真紀ともギクシャクした関係になっているのも事実で、今ここで部屋に入っていく勇気はない。しばらく見つめて、竜はその場から去っていった。
病室では、諦めずに亮がマリアの手を握り締めている。このまま昏睡状態が続けば、生命力の強いネスパ人のマリアとて命が危うくなる。祈る気持ちで、亮はマリアのそばに居続けた。
「償わせてくれ、マリア……」
連呼するように、亮はそう続ける。
(違、う……あなたは悪くない……)
その時、亮の脳裏にはっきりとそんな声が聞こえた。いつか聞いた、悲鳴のような声と同じだ。
亮はマリアを見つめると、より一層強く手を握り締めた。
「マリア! 起きてくれ。もう辛い仕打ちは待っていない。僕が君を守るから……頼むよ、マリア……愛してる……」
そう言いながら、亮は握ったマリアの手にキスをする。
するとやがて、静かにマリアの目が開いた。
「マリア!」
そう叫ぶ亮の顔がマリアの目に映る。待ち焦がれていた愛しい人の顔だった。
「……りょ、う……」
「ああ、そうだよ。すまない、本当に……本当にすまなかった」
亮が謝っている意味がわからない様子で、マリアは疑問の目を向ける。
「どう、して……?」
かすれたマリアの声が、亮の耳に辛うじて聞こえた。
「どうして、か……君はあんな目に遭わせた僕を、許せるというのかい?」
それを聞いて、マリアはゆっくりと起き上がろうとする。しかし身体が思うように動かない。
「無理したらいけない。横になっていたほうがいい」
そう言う亮に、マリアは悲しそうに目を伏せる。
「……ごめんなさい。あなたを苦しめて……」
それを聞いて、亮は目を見開いた。
「なぜそんな……それ以上、何も言わないでくれ。僕は自分が惨めになる。君を苦しめてた張本人である僕に、なぜ君が謝る必要がある?」
それ以上何も言葉が出ずに、マリアは悲しげな目で訴えた。
(私の存在が、あなたを苦しめていたことは事実だから……私は昇を産むことを許してくれて、あなた自らが育てると誓ってくれた、それだけでもう何もいりません)
もはや唇も身体も動かないマリアは、心の中でそう呟いた。それが亮に伝わったわけではないが、まるで自分を責めることをしないマリアに、亮は苦しそうな顔をして見つめる。
「マリア。すべてここで終わりにしよう。君が望むなら、昇を返す。僕を許してくれるなら、一緒に暮らそう、三人で……僕は最高指揮官を辞めるつもりだ。ハーフの僕は、ネスパ人にもなれる。貧しくはなるが貯金もある。もちろん昇を学校にも通わせられる。心配はいらないよ。一緒に暮らそう、マリア」
亮の言葉はマリアの心に響いた。どれだけ望んだ言葉だろう。その言葉を聞いて、素直に幸せになった。
「わ、私の……」
絞るように出たマリアの声を聞くために、亮はその耳を近づける。
「うん?」
「私の願いは……叶うでしょうか」
「叶えるさ。僕がなんとしてでも。だからなんでも言ってくれ」
「……私は……」
続けて言ったマリアの言葉に、亮は衝撃を受けた。
数日後、マリアは誰に知られることもなく病院から姿を消した。病室には、数通の手紙が残されていただけだった。
その後のマリアの消息を、誰も知らない。
ただ小さな街から出られないことは確かで、似た特徴の死亡届けも出されていないため、どこかで生きていることは確からしかったが、マリアに関わった誰一人、その行方は知らなかった。
しかしマリアは、もはや織田家の人間に縛られることはない。きっとどこかで幸せに暮らしていると、信じて――。
――マリアからの手紙――
織田亮 様
突然いなくなることをお許しください。
無責任で、もはや母親を語る資格もございませんが、どうか昇をお願いします。
息子の幸せを考えれば、罪人でネスパ人である私の存在は、邪魔なだけだということは明白です。だから私はもう、あなたをはじめとする織田家の方々の前に現れることはないでしょう。
万が一でも私の心配などしないでください。そして捜さないでください。どこにいても、あなたと昇の幸せを願っています。
どうかお元気で。今までありがとうございました。そしてすみません。
これからも、どうか昇をお願いします。昇を守ってあげてください。
織田竜 様
黙っていなくなることをお許しください。
あなた様の存在は、いつも私の希望でした。でも私はあなたのそばにいると、甘えてしまいそうで時々怖くなります。だから今回のことも言えませんでした。
あなたが私にしてくれたことに、恩返しを出来ずに消えるのは忍びないですが、どうかお許しください。そしてもしいつか会える日が来た時には、私をうんと叱って、恩返しをさせてください。
それから大変心苦しいお願いですが、昇をよろしくお願いします。あなたが昇のそばにいてくれると思うと、私はとても安心です。
どうかお元気でいてください。今までありがとうございました。
織田真紀 様
黙っていなくなることをお許しください。
今回のことは、大変申し訳ありませんでした。生き残ってしまったことに心苦しく感じていますが、みなさんに分けてもらった命を大切にしていきたいと思います。
奥様へ払い切れていない借金と昇の養育費は、出来る限りこれから稼いで、いつかまとめてお返し出来るよう働いていきたいと思います。
大変厚かましいお願いですが、どうか昇のことをこれからもよろしくお願い致します。
私個人のことでは、今まで大変申し訳ございませんでした。
織田 様
突然いなくなることをお許しください。
また今回のことも申し訳ございませんでした。死を悟りながらも生き残ってしまい、なんと言ったらいいのかわかりません。
いろいろ考えました結果、もう織田家の方々と関わらずにいるべきだと考えました。それでも昇をお願いしている手前、今後もご迷惑をおかけするかもしれませんが、出来る限りの償いはしていく覚悟でおります。ですが、今回のことはどうかお許しください。
今まで大変申し訳ございませんでした。また大変恐縮ですが、昇のことを何卒よろしくお願い致します。
クリストファー 様
突然いなくなることをお許しください。
治療途中で逃げ出してしまうことになり、身を削ってまで治してくださったクリスや他のお医者様には申し訳が立ちません。しかしだいぶ身体もよくなって、今しかないと思いました。本当にすみません。
私はあなたに何も出来なかったけど、親戚が一人でも生き残ってくれていたという事実を、未だに嬉しく感じています。あなたに分けてもらった命を大切に、生きていきたいと思います。
これからも素敵なお医者様でいてください。どうかお元気で……今まで本当にありがとう。そしてごめんなさい。
昇に会う機会があった時は、どうぞよろしくお願いします。
アルフレッド 様
突然いなくなることをお許しください。
西地区からわざわざ治療しに来てくださっていたあなたを裏切ることは、大変心苦しく思います。でも、おかげさまで心身ともに楽になっていて、もう簡単に動けるようにまでなりました。
身を削ってまで治療してくれてありがとう。あなたと暮らしていたこの一年は、とても楽しくて優しい時間でした。これからもコブのマスターやドクターとともに、素敵なお医者様でいてください。どうか元気でいてください。
あなたに分けてもらった命は大事にします。今まで本当にありがとうございました。そしてごめんなさい。
昇に会う機会があった時は、どうぞよろしくお願いします。
コブ 様、ドクター 様
突然いなくなることをお許しください。
この一年、マスターとドクターにはどんなに助けられたか知れません。そんなお二人の厚意を無下にするようで大変心苦しいのですが、これからは一人でやっていこうと思います。どうか心配などなさらないでください。
そしてどうかお元気でいてください。今まで本当にありがとうございました。そして本当にごめんなさい。
昇に会う機会があった時は、どうぞよろしくお願いします。
昇へ
この手紙をあなたが読むことはきっとないでしょう。でも、どうか書かせてください。
私はあなたを産んだけれど、母親と名乗るにはあまりにもおこがましい存在です。
でも、私にとってあなたは宝物です。私はあなたを産めて本当に幸せだし、あなたがお父様のもとへ引き取られて嬉しいです。私のもとへいるよりは、勉強もさせてあげられるし、生活に苦しむこともないから。
だから手放した時は辛かったけれど、私はいつまでもあなたを愛しています。そしてあなたの幸せを願っています。だから離れても辛くはありません。
もしも私を少しでも思ってくれるなら、どうか幸せでいてください。それだけが私の願いです。何事にも負けず、自分の人生を自分で切り開けますよう願っています。あなたの笑顔が、私の生き甲斐です。
これからもご両親の言うことをよく聞いて、ご家族や人に優しくしてください。そして、いつまでも元気でいてください。
あなたの成長を楽しみに、いつもあなたを想っています。どうかお幸せに……。




