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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第一章 「序章 -ryo-」
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1-6 歳月

 それから五年の月日が過ぎた――。

 亮は最高指揮官として任務を続けている。相変わらずネスパ人は隔離された街から出ることは出来ないが、ネスパ人への規制緩和も進め、以前は禁止されていた日本人との会話も普通に交わせるようになり、現在では結婚も許されている。

 その輝かしい功績を称えられ、亮はネスパ人からも慕われているが、その分、以前より増して多忙を極めていた。

 だが亮は、多忙な任務を続ける中でも、マリアを捜し続けた。しかし限られた土地であるものの、真紀の手前もあり大っぴらに捜すことは出来ないため、その消息を掴むことは出来ていない。

 そんな亮の生活も、五年でずいぶんと変わっていた。真紀との結婚生活にも慣れ、次第に真紀を愛せるようになっていた。そして現在、三歳になる双子の男女、りき真世まよという子供もいる。

 それでも亮はマリアのことを、どこかで想い続けていた。


 亮は刑務所と収容所が隣接する、丘の上の大きな屋敷に住んでいる。そこは街の中心部で、歴代の最高指揮官の家である。

 仕事を終えて家に帰るなり、亮は一人で書斎に篭ると、引き出しの中にある鍵のついた小さな金庫から、一枚の紙を取り出した。古びたその紙には、拙い日本語が列ねてある。



≪織田亮様≫

 突然いなくなったことを許してください。あなたが私を捜してくれていることは知っています。でも、どうか捜さないでください。私は元気にしているので、安心してください。

 あのまま刑務所にいたら、私の赤ちゃんが殺されてしまうと思い、逃げてしまいました。でも私は産みたいです。あなたが産むことを望んでくれたから、それだけで十分です。

 私はきっと、子供と一緒に生きていきます。逃げてしまった罪は、子供が大きくなった時に償います。

 だから、どうか捜さないでください



 それは、マリアからの手紙だった。亮はそのまま、手紙の続きに目を走らせる。



 あなたはもう、私といてくれたあの頃の亮じゃない。今は家庭があり、日本とネスパを代表する国家です。私の気持ち、わかるはず。

 あなたとの約束通り、私は生きていきます。そしてきっと幸せになります。だからあなたも幸せになってください。そして素敵な指揮官になって、私たちを支えてください。

 いつもあなたを想います。さようなら。

≪マリア≫



 亮は目を伏せた。何度も読んでいるその手紙は、マリアがいなくなって数週間後に手にした、マリア本人からの手紙である。血眼になってマリアを捜していた亮が、二人でよく通っていたレストランの店主に預けられたのを、手にしたものだった。

 その手紙を見て、当時ほど必死にマリアを捜すことはやめたのだが、やはり心配もあり、今もなお捜し続けている。

 二人で過ごした時間はまるで夢のような日々だったが、どこかできっと生きているはずのマリアと、無事に生まれているかもしれない我が子を、自分の目で見たかった。

 しかしその後、真紀が妊娠とともに思いつめて危険な状態に追い詰められていたため、亮はマリアを出来るだけ忘れようと努力することになる。

 一方で罪人としてマリアを捜していた真紀も、そんな亮の心境の変化を悟って、マリアを捜すことを止めている。


 亮は手紙をしまうと、窓から空を見上げた。ちょうど夜中の十二時である。

(マリア……どうか無事でいてほしい。この目で確かめたいだけなんだ。元気でいるのだろうか)

 一際輝く北極星を見つめて、亮は考えていた。


 次の日。亮は出向いた役人所で、久しぶりの人物に出会った。同僚の卓である。

「お久しぶりです、最高指揮官」

 改まって卓が言う。

 亮が最高指揮官になってからは、卓も役職が上がり、日本で結婚もした。そのため多忙な日々を送っている。ここしばらくは、日本へ出張に行っていたはずだ。

「卓、久しぶりだな。長期出張で日本に行ったと聞いていたけど、戻ってきたのか」

 久々の友人との対面に、日頃気を張っている亮も、自然と笑顔がほころぶ。

「まあね。俺にはやっぱり、日本が合ってると思ったよ。しかし、そっちも最高指揮官として、相変わらず忙しそうだな」

「まあまあだよ。ちょっとお茶でもしないか? 休み時間だろう」

「ああ。じゃあ、いい店見つけたから、ちょっと遠いけどそこへ行こう。コーヒーがうまいんだ」

 二人は外へと出ていった。

「出張はどうだった?」

 街外れの喫茶店で、亮が卓に尋ねる。

「いろいろと学ばせてもらったよ。今後は日本での勤務が決まりそうだ。この街の監査というべき任務かな。この街ともお別れだ」

「そうか、卓はずっと日本での勤務を希望してたしな。寂しくなるな……でも、僕も最近は日本とこっちを行ったり来たりしているから、日本でも会えるよな」

「ああ。会おうと思えばいつでも会えるって」

「しかし、ここは日本の中なのに、とても遠くに感じるよ」

 二人は苦笑する。

「わかるよ。警備がやたらと厳しいからな。出るにも入るにも、チェック漬けだ。なんとかならんのかね、最高指揮官様」

「これでも尽力してるさ。でも僕の権限など無いに等しい……僕がここまでやってこられたのは、前指揮官の父が、土台を作ってくれたおかげだと痛感してる」

 亮は苦笑したまま、コーヒーを飲んだ。卓は頷きながら口を開く。

「でも、ここもずいぶん住みやすくなった。前はこうして、ネスパ人の喫茶店に入ることすら睨まれていたのに。これも亮のおかげだ」

「そんなことはないよ」

「いやいや。現実にネスパ人はおまえを支持している。だからおまえの任期も無期限状態なんだろ。おまえは実にいい働きをしているよ。日本政府もおまえほどの適任はいないと言ってるくらいだからな」

 卓の言葉に、亮は苦笑した。

 言葉ではそうなのだろうが、それは亮が地位の高い父親を持ちながら、自分はネスパ人との間の子ということにある。ネスパ人の不満抑制のため、優秀であり若さもある新時代としての偶像として、自分がトップの座に立ったのだと、亮自身はそう認識していた。

「……でも世界や日本政府の要求は厳しい。今でさえ毎日餓死者が出ているというのに、援助金を下げるとか、そういう話ばかりさ」

 顔をしかめる亮に、卓も苦笑する。

「そうか。大変だな」

「でも大丈夫だよ。最高指揮官として、苦労するのは当たり前だからね」

「ああ、頑張れよな。俺はいつまでもおまえを応援してる。それに、これからは出来る限り、日本からバックアップするから」

「ありがとう。よろしく頼むよ」

 二人はしばらく話をすると、喫茶店を出ていった。

「亮。今度ゆっくり食事でもしようぜ」

 店を出るなり言った卓に、亮も大きく頷く。

 その時、小さな男の子が亮の足にぶつかり、倒れてしまった。

「ああ……ごめんよ、坊や。大丈夫かい?」

 亮はすかさず手を差し伸べ、そう尋ねる。

「うん、大丈夫」

 男の子はまだ小さいが、泣かずに一人で立ち上がった。

「偉いな、坊や。泣かないんだな。どこへ行くんだい?」

 卓も感心してそう尋ねる。男の子は嬉しそうに微笑んだ。

「ママと初めて、表の通りに行くの」

「そうか……」

 その時、亮はハッとした。男の子の腕にはめられた腕時計に覚えがある。

しょう!」

「ママ。こっちだよ!」

 するとそこに、一人の女性が駆けてきた。亮と卓は、固まるようにして女性を見つめる。

 そこには、五年間捜し続けていた、マリアの姿があった。

「あ……」

 マリアも亮に気付いて、立ち竦んでいる。

「……マリア……」

 そう言った亮に、マリアは言葉も出ないようだった。ただ動けずに、その場に立ちつくしている。

「ママ!」

 そんなマリアに、男の子が駆け寄った。マリアは時間を取り戻して、男の子を抱きしめる。

「ママ、どうしたの? 早く行こうよ」

「うん……」

 困った顔のマリアを見て、男の子は亮に振り返った。

「……あの人、悪い人なの?」

 男の子の言葉に、マリアは首を振るものの、困った顔で目を泳がせている。そんなマリアに、男の子が亮の前に立った。

「ママを虐めたら、僕が許さないぞ! ママ、行こう」

 男の子は果敢にも亮に向かってそう言うと、マリアの手を取って歩き出す。

「ありがとう、昇……でも駄目よ。悪い人なんかじゃないわ」

「でも……」

 マリアの言葉に、男の子は俯く。

 亮と卓は、二人を交互に見つめる。男の子はマリアをママと呼び、その髪も目の色も、亮と同じ黒である。よく見れば、亮にそっくりだと思った。

 亮もまた言葉を失ったまま、ずっと捜し続けていた二人を前に、どうしていいのかわからなくなっていた。

「あの……すみません。ご無礼なことを……」

 深々とそう言ってお辞儀をすると、マリアは亮と卓に背を向けた。

「待ってくれ、マリア……」

 やっとのことで、亮がそう呼び止め、続けて口を開く。

「ずっと捜してたんだ。話だけでも……」

「……すみません。どうか今日はお帰りください……」

 苦しそうにそう言ったマリアを、亮は食い入るように見つめた。変わらない儚げな美しさがありながらも、前よりずいぶん痩せてしまっているのが痛々しい。

「じゃあ、会えるんだね。またここに来れば……」

「……きっと……」

 マリアの悲しそうな顔を見て、亮はもう何も言えなくなっていた。

 そんな中で、マリアはそのままお辞儀をすると、男の子と一緒に去っていった。

「おい、いいのか? 亮」

 去っていくマリアを見つめながら、卓が尋ねる。

「うん……なんだかもう、何も言えなくて……」

「感動の再会か……五年間も音沙汰無しだった女が、生きていただけでも奇跡だが……あの子には初対面だな。おまえそっくりじゃないか」

 苦笑しながらも、真顔で卓が言う。その言葉に、亮も苦しく微笑む。

 やっと会えたマリア。そして無事に生まれていた我が子を前に、亮は何も言えなくなっていた。

「生きていたんだな……無事でいてくれたんだな……」

 感無量といった様子で、やっとのことで亮が言った。だが、この先どうしたらいいのか、何を言えばいいのか、まったくわからない。

「亮……」

「人目を忍んで生きてきたんだろう……卓。悪いけど、一人で帰ってくれるか?」

「おまえはどうするんだ?」

「ここで待つよ」

「いつ帰ってくるかなんて、わからないじゃないか。もしかしたら、もう帰って来ないかも……」

「でも待ちたいんだ。今日を逃したら、もう一生会えない気がする……」

 マリアが去っていた方向を見つめながら、亮が言った。その顔は、思い詰めたように険しい。

「わかった……久々に話せてよかったよ」

「ごめん。今度ゆっくり。あと……」

「わかってる。このことは誰にも言わない。俺にだっておまえに罪悪感がないわけじゃない。それに俺は、もうおまえが馬鹿なことしないと信じてるよ」

「……ありがとう」

 卓が去っていくのを見届けると、亮は喫茶店へ戻り、マリアが通るのを待った。


 それから数時間後。亮は慌てて、喫茶店を出ていった。

「マリア!」

 マリアと男の子が通ったのだ。亮はマリアの背中にそう言った。

 その声に一瞬怯えながらも、長い金色の髪を揺らし、マリアは振り向いた。

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