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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-28 心の叫び

 闇の中で、マリアは孤独と闘っていた。時間さえわからず、いつの間に出された食事で、なんとか生きている。

(どうしてこんなことに……生きていれば昇に会える希望もあるかと思っていた。だけど、もしこのまま一生ここに閉じ込められていたら、どんな生きていく意味があるのだろう。死ぬためだけに生きる……それがどれだけの苦痛か、あの人たちはわかってやっているんだ……)

「もう、死にたい……」

 思わずマリアはそう言った。

「そうか、死にたいのか」

 どこからか声が聞こえた。いつの間に人がいたのだろう。マリアは息を呑んだ。

 ドアが開き、入ってきたのはダンである。

「どういう死に方がいいんだ? おまえみたいな細い女なら、片手でひねれる」

「……やめてください!」

 逃げ回るように、マリアは壁を背に歩いた。しかし力も出ず、足が思うように動かない。

「おまえが死にたいって言ったんだろ? もっと泣き叫べばいい。上にいるご主人様に聞こえるようにな」

「ダン」

 そこに、富糸ヶ崎が下りてきて言った。

「はい、ご主人様」

「出してやれ」

「でもこいつ、もう死にたがって……」

「まだ結婚前だ。そう最初から飛ばすな」

「はい……」

 思わぬところで解放され、マリアは一先ず落ち着いた。

 ダンに連れられ、地下から上がっていく。地上に上がった屋敷内の明かりは眩しく、マリアには目も開けられないほどだった。

「住み心地はどうかね?」

 食堂で座らされ、マリアは力なく富糸ヶ崎を見つめた。

「……辛い、です」

 マリアはためらいながらも、きっぱりとそう言った。富糸ヶ崎は不敵に微笑む。

「やはり今までの他の女性とは一味違うようだ。それほど芯がしっかりしているとは思わなかったよ。今までなら、一日でもあの部屋にいれば狂ったようになっていた。その点、君は免疫というものがあるからかな」

 意地悪気にそう言った富糸ヶ崎に、マリアは思わず口を開く。

「ひどいです! どうしてこんなことを……これがあなたの妻としての使命ですか?」

 口答えしたマリアに、ダンの身体が動いた。だがそれを制止するように、富糸ヶ崎が頷く。

「そうだよ。私は若い頃、不思議な力とやらを持つ、ネスパ人研究に没頭していた。尋問や拷問、精神的な人体実験を主として仕事してきた。おかげで人間の闇を見るのが好きになってしまった。代わりに私の妻としての地位を与えて死んでいく。それだけで名誉なはずだ」

「そんな……」

「今までの妻もいろいろやったよ。どの程度食事を与えなくても生き延びられるか、暴行に耐えられるか……ネスパ人は神の子とはよく言ったものだ。人間の一番の罪である自殺は、神に背くこと。今までの妻も、限界というものを見せてくれたよ。ネスパ人という人体実験の論文も書けるしね。君もそれに耐えられたら、作法を覚えて織田家の皆さんと食事する機会を与えられるかもしれないよ」

 マリアは言葉を失った。そんな言葉は希望にもならない。話を聞けば、本当にこのままあの部屋からさえ出ることは難しくなる。たとえ出られても執拗な攻撃は続くだろう。織田家の人間と会うということも、そんな試練を越えた先にある夢のまた夢だ。

「わかったかい? 私は罰せられない。私が世界にネスパ人の生態を広めているのだから。君もそれに貢献出来るのは、光栄なことだと思わないかね?」

「……」

 すべてを聞いて、マリアは絶望した。生きていれば希望もある……そんな考えは甘かったのだと認識せざるを得ない。

 富糸ヶ崎は言葉を続ける。

「それはそうと随分苦しんでいるようだね。さっき真紀さんから連絡があったよ。息子が幻聴に悩まされてるってね」

「え……?」

「昇、と呼ぶ声が終始聞こえ、頭を悩ませているそうだよ。君の息子さんは……」

 心当たりを見つけて、マリアは目を開かせた。

 テレパシー能力があるとは知らなかったが、辛くなるたびに心の中で昇の名を呼んでいたのは事実である。あまりに強く念じていれば、そういうことも有り得るのかもしれない。

「あ……」

「心当たりがあるようだが、まさか最高指揮官の名は呼んでいないだろうね?」

 マリアは目を泳がせて、言葉を失う。まるで追い詰められたかのように、すべてを無にしたいと思った。


 ちょうどその頃、ハピネスタウン唯一の国境で、VIP待遇の男が降り立った。日本で大きな会議を終えて戻ってきた、この街の最高指揮官、亮である。

 亮もまた、得体の知れぬ幻聴に悩まされていた。

(亮……)

 寂しそうな女性の声だが、はっきりとは聞こえず、マリアの声だということまではわからない。だが亮は直感で、マリアだと思った。

 その声は、昇ほど呼ばれていたものではない。だが時々亮を呼ぶその声に、亮は胸騒ぎを感じながらも、自らの疲れを認める。

「声が消えた……」

 ぼそっと、亮はそう呟いた。なんのことかわからず、秘書の男性が振り向く。

「なんとおっしゃられましたか?」

「いや……どうも最近、疲れが出ているらしい」

「そうでございましょう。顔色も悪く、随分お疲れのご様子です。すぐにご自宅へ戻ってお休みください」

「ああ。そうさせてもらうよ……」

 亮はそう言って馬車に乗り込むと、すぐに自宅へと戻っていった。


 亮が自宅に戻ると、すぐに子供たちが出迎えた。自分の子供ではないと知った力と真世も、変わらず愛しく思える。もちろん昇も、分け隔てなく愛している。

 子供たちに土産を渡し、軽く会話を交わすと、亮はあまりの疲れに自分の部屋へと早めに切り上げた。

「疲れた……」

 几帳面な亮が、着替えもそこそこにベッドへと寝そべる。

 力と真世のことを知ってから、気持ちが張り詰めた状態になっており、亮は精神的にも疲れきっていた。あれからいろいろと考えてはみたが、今のままの状態が一番いいと悟る。きっと真紀も竜も、同じ答えを導き出しているに違いない。

 しばらくしてドアがノックされたと同時に、声が聞こえた。

「亮、俺だ。入るぞ」

 竜の声が聞こえる。亮はベッドの上で起き上がった。

「どうぞ」

 亮がそう答えると同時に、竜はドアを開けていた。そして竜がすかさず話を始める。

「おかえり。寝てたのか?」

「ただいま。少し横になってただけだよ。こっちで変わったことはあった?」

「いや……特には。そっちは?」

「相変わらずだよ。会議が荒れなかったことはない」

 そう言って、亮は苦笑する。その顔はいつになく力がなく、疲れきった様子だ。

「そうか。お疲れさま」

「うん……真紀は?」

「まだ仕事だろ」

「そう……あれから話したの?」

 亮も竜も、どちらにとってもあまり触れたくない話題だったが、聞かないわけにもいかずに亮が尋ねる。

「ああ……でもあいつは、おまえと別れる気はないよ。俺も……子供の責任は取ろうと思っているが、真紀とどうこうするつもりはない」

 溜息をつきながらも、竜ははっきりとそう言った。結果的に亮を裏切ったのは自分だ。竜はすまなそうに頭を下げる。

「すまない……俺がおまえを裏切ったのは事実だ」

「……もういいよ。混乱の中だったし、もう時効だよ」

 そう言うものの、亮の顔は晴れていない。亮は言葉を続けた。

「それに僕もあれからいろいろ考えた。ショックだったけど、兄貴と真紀の関係は僕も知ってた。結婚後まで続いているとは知らなかったけど……でも、力も真世も僕の子供として育ててきた。兄貴の子供だからって嫌いになれるわけじゃない。兄貴も了承してくれるなら、これからも僕の子供として育てたいし、それが一番いい方法だと思う」

 亮の言葉に賛同するように、竜は頷く。

「本当に申し訳なかった……だけど俺に子供を引き取る甲斐性ははっきり言ってない。今後もおまえの子供として生きたほうが幸せなのは目に見えてる。都合がいいかもしれないけど、これからも頼むよ。養育費が必要なら払う」

「そんなものはいらないよ。僕は僕の子供として育てる。だから兄貴も、出来ればそう割り切ってくれないかな」

「……わかった」

 竜の返事を受け、亮は静かに微笑んだ。

「だけど皮肉なもんだな。今更こんなことを知るなんて。あの頃知っていれば、少なからず違う道が見えたはずなのに……」

 二人の脳裏にマリアの顔が浮かぶ。

「……マリアが、結婚するよ」

 静かに竜がそう言った。

 ためらいはあった。真実を知れば、すべてが後戻りできない亮でさえ、マリアをさらいに行くかもしれない。だがそれもマリアにとってはいいと思い、竜は思い切って口を開いた。

「えっ?」

 思いのほか、亮は驚いていた。

 今まで父親たちにそそのかされ、マリアのことは忘れる努力をしていたと思っていたが、今の亮はまるで昔の亮である。力と真世の事実を知って初心に返ったのかもしれないと、竜は思った。

「……結婚させられる。富糸ヶ崎氏と」

「……富糸ヶ崎氏?」

 複雑な表情をして、亮は竜を見つめる。

「そうだ。富糸ヶ崎氏……もう籍を入れたかもしれない。とにかく彼女は、もう富糸ヶ崎氏のところにいるはずだ」

「どうして! どうしてそんなことに? なぜよりによって、富糸ヶ崎氏のところへなんか……あの人は、何人もの妻を死に追いやってるという噂だ」

「彼女だって知ってたさ。だけど、おまえが現状を最善だと思うように、彼女も自分が富糸ヶ崎氏へ嫁ぐことが最善だと思ったんだろう。いや、彼女に拒否権なんかないはずだ。その決意はとてもじゃないけど曲げられなかった」

 取り乱すように声を張り上げた亮を前に、竜はマリアを取られるかもしれないという嫉妬に駆られながらも真実を話す。それは今、竜はマリアに手を差し伸べることも出来ない状況にいるからだ。それは相手が富糸ヶ崎という大物だからである。それに対抗出来るものは、今は亮であろうと難しい。それでも告げないわけにはいかなかった。

「だからって……僕も詳しくは知らないけど、あの人はいけない」

 そう言ったところで、亮はハッとした。もし、あの幻聴が本当にマリアの悲鳴だったとしたらと考えると恐ろしくなる。

「亮?」

「声を聞いたんだ。僕を呼ぶ声が……」

「……マリアだ。昇も言っていた。幻聴が聞こえると」

 二人は同時に核心を得ていた。

「彼女に何かが起こっているのか? だとしたら危険な状態かもしれない」

 言葉を失い、二人は考え込む。富糸ヶ崎を唯一説得出来そうな父親に頼んでも、素直に聞いてくれるはずがない。

「どうしたらいいんだ、兄貴。僕が動いても、また真紀の立場を悪くして怒りを煽るだけだ」

 頭を抱えて亮が言った。竜も目を伏せる。

「……俺が動いても同じだ。でも真紀は、マリアが富糸ヶ崎氏へ嫁げばすべて終わりにすると言った。彼女を許すことは出来ないが、これからは養育費も何も請求しないと」

「その代償に結婚なんて重過ぎる。今から富糸ヶ崎氏の屋敷に行ってくるよ」

 慎重派の亮が、思い立ったようにそう言った。話が出来るかわからないが、真紀もまだ帰らない今しかないと思う。

「だったら俺も行く」

 二人は急いで支度を済ませると、富糸ヶ崎氏の屋敷へと向かっていった。

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