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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-24 衝撃事実

「力と真世は、あなたの子供なのよ!」

 衝撃以外のなにものでもない真紀の言葉に、竜は目を見開いた。頭から血の気が引いたように、足もふらつく。

「ハハ、何を言うかと思えば……そんな嘘まで言って、俺を縛りたいのか!」

 竜は本気で怒っていた。しかし真紀は、いつになく悲しそうな顔で竜を見つめている。

「嘘じゃないわ……あなただって、心当たりがあるはずでしょう?」

「……ないな。そんな嘘に、俺は騙されない」

「責任逃れするつもり?」

「黙れ! これ以上、俺を混乱させるなよ」

 顔を背け、竜は真紀に背を向ける。真紀は竜の背中を見つめながら、静かに口を開いた。

「……私と亮が結婚してしばらくしたある日、亮が海外へ出張したので、私は久々に実家へ帰るために日本に戻ったわ。そこであなたと会った……」

「やめろ!」

「忘れたとは言わせない! あなたは相変わらず皮肉たっぷりで、私を責め続けたわ。“亮と結婚した心境はどうだ? 亮は俺より優しいか?”って……泣いてる私に、あなたはいつになく優しく抱きしめて……」

「やめろって言ってるだろ!」

 そう言って振り向いた竜の目に、亮の顔が映った。亮はただ、いつの間にドアのそばへと立っていて、竜と真紀を見つめている。

「亮! 違うの、これは……竜を説き伏せるために嘘を……」

 すぐに真紀も気付き、慌てて亮に駆け寄る。そんな真紀の手を、亮は振り払った。さすがの真紀も、いつになく取り乱した様子だ

「亮……」

 やっとそう言った竜に、亮は顔を背ける。

「ドアの外まで丸聞こえだったよ……馬鹿みたいだ。兄貴と真紀がうまくいけばいいと、あの頃ずっと思っていた。だけど無理にくっつけられて、子供まで出来た僕は、何の疑いもなく真紀を愛するようになった。子供たちもかけがえのないものとなった。それで、本気で愛したマリアを忘れていった。それなのに……」

 亮は真紀を睨みつける。

「僕の人生、何だったんだ? 力と真世が二人の子供なら、僕だってマリアと結ばれたはずだ!」

 そう言った亮は、今度は竜を睨んだ。

「僕もそうかもしれないけれど、兄貴にマリアを愛する権利なんかないよ! 兄貴はいつだって、真紀を愛していたのだから……」

 時は完全に止まったように、三人は言葉を失った。やがて口を開いたのは真紀だった。

「確かに私は、亮を……竜をも騙していたわ。でも仕方がないじゃない! 私は親の言いなりの操り人形よ。それに、どう言えば良かったの……?」

 取り乱した真紀を見るのは、二人にとっても久々のことであった。しかし今は、他に言葉を発することなど出来ない。

「……ここは俺の部屋だ。出て行ってくれないか」

 やがて溜息交じりに竜がそう言った。

 このまま話し合おうとしない竜に、亮は顔をしかめる。

「この状況を、兄貴はどうするつもりなの?」

「俺は……今はまだ他にやるべきことがある。おまえたちが出て行かないなら、俺が出て行くよ」

 竜はそう返事をすると、足早に部屋を出ていった。

 残された亮と真紀は、お互いを見つめる。

「亮……」

「……僕に子供を捨てることなんか出来ないよ。僕の子供じゃなくてもね。でも真紀が兄貴と話し合って新しい人生を選ぶなら、そうすればいい。明日から日本へ出張だから、もう休むよ。僕も頭を冷やす……おやすみ」

 そう言うと、亮も部屋を出ていった。

 真紀は一人で抱えていた真実をぶつけたものの、後戻りの出来ない事態に、途方に暮れていた。


 もやもやした気持ちを抱えながら、竜はそのまま家を飛び出してコブの店へと向かった。もう真夜中だが、コブの家の明かりはついている。だが脳裏にこびりついた絶望感が、竜を立ち止まらせる。

 コブの店の前をうろうろしながら、竜は近くのベンチを見つけて座った。

(俺がすべての根源だった……俺が真紀にあんなことをしていなければ、真紀をずっと支えられていたならば、亮とマリアは離れずに済んだのかもしれない。真紀がマリアに辛く当たることもなかったのかもしれない……)

 後悔と絶望に苛まれる竜の頭上に、静かに雪が降り積もる。普段は強気で前向きな竜も、事の重大さに途方に暮れていた。

(力と真世が俺の子供だと、誰にも言えずに今日まで一人で背負ってきた真紀……俺がもっとしっかりしていれば。あの時、真紀をさらっていれば、こんなことには……)

 脳裏に真紀の顔が浮かぶ。「あなたは私から逃げられない」――そう言った真紀の顔は憎しみに歪み、そうしたすべての根源が自分にあると、竜は自分を責めた。

(俺がマリアを不幸にしていた。俺がマリアを愛する資格なんてなかったんだ……)

 コブの店の二階を見上げ、竜は白く深い溜息を漏らす。部屋にはまだ明かりが灯っている。

 重い腰を上げると、竜はコブの店を訪れた。


 家の中では、マリアを説得しようと、アルとコブが話を続けていた。だが竜がやってきたことで、それは中断される。

「竜さん……」

 目を泳がせてマリアは俯く。

 亮の兄であり、押しの強い竜を、マリアは苦手としていた。頑固なまでの自分の気持ちを曲げてでも、竜に甘えてしまえばどんなに楽だろう。だがそうなれば真紀が黙っているはずもない。結果的に竜を傷付けるのは目に見えている。

 二人きりになった部屋で、竜は座っているマリアの前にひざまずくと、マリアの手を握った。

「すまない、マリア……俺はまた君を傷つけるかもしれない。それどころか君をもっと不幸にするかもしれない」

 そう言った竜の真意がわからず、マリアはただ竜を見つめている。

「俺は今まで、自分の思い通りに生きてきた。亮や真紀のように、親父の言いなりに生きてきたつもりもない。だけど……わからなくなってきた。俺が選んできた道は、すべて間違っていたのかもしれない……マリアも亮も真紀も、不幸にしてきたのはこの俺だったんだ――」

 いつになく思い悩んだ様子の竜に、マリアは胸騒ぎを覚えた。俯きひざまずいた竜の顔を、心配そうに覗き込む。

「……何かあったんですか?」

 静かにマリアが尋ねた。

 竜は覗き込むマリアの顔を悲しく見つめる。すべてを話したら、マリアといえど自分を軽蔑するだろう。だが今の竜は、これ以上絶望することはない気がした。なによりマリアには、嫌われてでも真実を告げなければと思う。それがマリアを自由に出来る気がしたのである。

「俺に……人を愛する資格なんてなかった」

「え?」

「力と真世は、俺の子供だったんだ……」

 マリアは目を見開いた。信じられない思いが頭の中を駆け巡る。

「……嘘です」

 沈黙が走った。まるで時が止まったように動かない。

 やがて口を開いたのは、マリアだった。

「……そのことを、旦那様は?」

「俺も亮も、さっき知ったんだ。真紀の様子からしても、嘘とは思えない」

「……」

 マリアの脳裏に、亮の顔が浮かぶ。

 信じていたものが崩れ去る絶望は、マリア自身も知っている。自分の子供ではないと知って、亮は何を思ったのだろう。

 なによりマリアも絶望を感じていた。もし力と真世が生まれる時点で亮がそれを知っていたならば、亮は自分のもとへ帰ってきてくれただろうか……。

「軽蔑するならしてくれ。思い当たる節がある……言い逃れはしない」

 暗い表情を見せるマリアだが、やがて我に返ったように、静かに首を振った。

「どうかご自分を責めないでください。もしそれが事実でも、私と旦那様が結ばれることはなかったでしょうから」

「……どうして?」

 思わぬ言葉に、竜は眉を顰める。

「すでに旦那様は結婚されていましたし、最高指揮官である旦那様がネスパ人と結ばれるなんて、当時の情勢ではありえません。ご家族だけでなく世界中から反対がくるでしょう」

「でも……」

「だからどうか、ご自分を責めないでください」

「でも、俺は君にも負い目が出来た。今までの自分の選択は間違っていたのだと、認識せざるを得ない」

 竜はマリアを見つめる。

「本当なら、ここで君に結婚を申し出るつもりだった。いや、今も思ってる。君さえよければ俺を選んでほしい。先に結婚すれば、誰も手出し出来ないはずだ」

 そんな竜の言葉に、マリアは浮かない表情を見せる。嬉しさと申し訳なさで複雑なようだ。

 それがマリアの答えのように、竜は初めからわかっていた答えを噛みしめて頷く。

「すまない。君を困らせるつもりはなかった……」

「……なぜそこまでご自分を貶めるのですか? もっとご自分を大切になさってください。私などのために、あなた様を犠牲にすることなど出来ません」

「……まだわかってくれていないようだな。これが君のためだと? 俺は誰のためでもなく君を愛してるのがわからないのか?」

 必死な様子である竜に、マリアは悲しそうに俯く。

「もうたくさんです……愛など望みません。私のせいで人が不幸になるのを、もう見たくはありません」

「マリア……俺は今まで、俺の決断のせいで君を苦しめた。だから今回は……君に従う。俺は君の幸せを願う。君は何を望む?」

 そう言われ、マリアは目を伏せた。たとえここで竜に命令されても、竜を受け入れることだけは出来ない。大切な人だと思うからこそ、亮の時と同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだ。

「なにも……私は今まで運命に流されるまま生きてきました。私が望むことは、昇や旦那様の幸せだけです。もちろん、あなた様も……今決まっていることは、富糸ヶ崎様と結婚することだけです。私はそれに従います」

「……相手が誰だかわかってるのか? 日本人でも敬遠するくらい悪趣味な男だ。それに君の気持ちはどうなるんだ?」

「結婚すれば、きっと愛するようになります……」

 竜は押し黙った。そして拳を握り、静かに口を開く。

「亮の家庭を壊してもいいんだぞ? 君が亮をまだ愛してるなら……亮じゃなきゃ駄目というなら、亮と結ばれればいい。亮だって今日の話を聞いて心揺れたはずだ。俺は真紀を取り戻す。それで解決する」

 マリアは静かに首を振った。そんなマリアを見て、竜は言葉を続ける。

「……亮と真紀が結婚したあの頃、俺は自暴自棄に陥っていた。真紀とはつかず離れずの関係だったが、親の決めた結婚とはいえ、あいつは亮との結婚を選んだ……」

 そう言って、竜は拳を強く握る。

「ある日、亮の出張中に実家に戻ってきた真紀を、俺は力ずくで抱いた……真紀が許せなかった。親の言いなりになるのを、あいつも嫌っていたはずだったからだ。しかも、よりによって俺の弟だ……一度抱いて、壊れるものなら壊れればいいと思った。なんにしても、俺たちの関係はそれで終わったはずだった」

 虚ろな目をして、竜は遠い過去を思い出していた。力ずくとはいえ真紀が拒んでばかりだったとはいえない。二人にとって区切りの夜だった。

 溢れ出す過去を、竜は語り続ける。

「それからしばらくして、真紀の妊娠を知った。一瞬、俺も自分の過ちかと疑ったよ。でもあいつは何も言わなかったし、妊娠によって亮の気持ちも真紀に傾いていたから、今日まで疑うことなくいた。だけどあいつは言った。俺は真紀から逃げられない。子供は俺の子だってね……初めて見た。真紀があんな慌てふためく顔……亮には絶対に知られたくなかったんだ……」

 竜は椅子に座り、顔を覆う。

「すまない、マリア……君を苦しめていた根源は、俺だったのかもしれない。俺が子供のことを知っていたら、真紀にあんなことをしなければ、君は亮と……」

 それを聞いて、マリアはしきりに首を振る。確かに絶望感はあった。だが目の前の竜を見て、責める気持ちになど到底なれない。

「……運命は、変えられないのかもしれません」

 静かにマリアがそう言った。竜の目がマリアを見据える。

「あんなことがなければ、それを知っていればと、今更後悔しても何もなりません。私は旦那様と結ばれる運命にはなかったし、到底あなた様を恨む気持ちにもなれません」

「マリア……」

「お心遣い感謝します。本当のことをおっしゃってくださったこと、本当に嬉しかった……でも私は、富糸ヶ崎様のところに嫁ぐと決めました。今更それを覆すことなど出来ません。生きていれば、また何かのチャンスに恵まれるかもしれません。私のことは心配しないでください。どうか、お引き取りを……」

 そう話しながらマリアは竜の手に触れた。竜の目に、自分を説得しようとしているマリアが映る。

「……一年前もそうだった。地獄を見た牢屋の中で、君はすべてを一人で背負い、俺を拒んだね。俺はいつも君を助けられなかった」

「違います。あの時、竜さんがいてくれたから、私はこうして生きているんです。本当に感謝しています」

「じゃあ、どう言ったらいいんだ!」

 竜はたまらずマリアを抱きしめた。

「このどうしようもない絶望で、俺は死にたくなる……親父の言ったとおり、これじゃあ亮の母親の二の舞になる。君が幸せになってくれないと、俺は……」

 腕の中で、マリアの目が涙で滲んだ。部屋には竜と二人きりだが、開け放しのドアの向こうには、コブとアルがいるはずである。こんなにも自分を思ってくれる人たちに申し訳なく思っても、恩を仇で返すような自分が許せなかった。それでも、もう後戻りは出来ないのである。

「ごめんなさい。本当に……でも私は、あなた様が思うような人間じゃない。お金持ちに嫁げるのは本望です。昇のことだって、手を離れてずいぶん経ち、本当はもうなんとも思っていません。旦那様や竜さんの顔も、出来ればもう見たくない……心機一転やり直したいのです。最後のわがままです。どうかお許しください」

 無理に悪女を演じているのは、誰の目にもわかった。

 マリアの顔を掴み、竜は目を逸らさずに見つめる。だが見つめ返すマリアの目は、悲しみながらもまっすぐに自分を見据え、決意を固めているようだ。そんなマリアを見て、竜はもう何も言えなくなった。

「……わかった。君が望むなら、俺はそれに従おう」

「はい……」

 深々とお辞儀のように頷き、マリアは俯いた。

 甘えも淡い期待もすべて消し去らなければ、結婚生活に耐えることは出来ないかもしれない。これから死んだように生きることが、マリアに残された道なのである。

「遅くにすまなかった。何かあったら……遠慮はいらない。すぐに知らせてくれ」

「……はい」

「……おやすみ」

 竜はそう言うと、コブの店を出ていった。

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