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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-22 最後通告

「遅くなって申し訳ありません」

 マリアはそう言って頭を下げる。

「前より顔色がいいみたいね。座って」

「ありがとうございます。失礼します……」

 緊張しながらも、マリアは真紀の前に座る。

「……暴徒に襲われたなんて災難だったわね。そのせいで一ヶ月も休むなんて、こちらとしても災難よ。結局あなたのせいで、竜の縁談もまとまらなかったし……」

 初っ端からきつい言葉の真紀に、マリアは恐縮して身を縮めた。

「すみません……」

「謝って済む問題? 特に竜の問題は、織田家にとっては大損害なのよ。あなた、竜のことをどう思っているの?」

 突然の質問に、マリアは目を泳がせた。

 竜からも面と向かって聞かれたことはない。そのためか竜と向き合うこともしていなかったことを、マリアは痛感する。

「どう、というのは……」

「好きか嫌いか、いろいろ感情はあるでしょ?」

「……好きです。憧れてもおりますし、お慕いもしております。でも、それ以上のものはございません」

「そう……竜も気の毒ね。何の見返りもないだなんて」

 マリアは口をつぐむ。その通りだった。

 恋愛に発展してもおかしくないほど、マリアも竜を愛していた。しかし、いつも脳裏にあるのは亮の姿で、それを思い出せば不思議と恋愛へは誰とも発展しない。いくら竜が見返りを求めなくとも、自分のずるさには当に気付いている。

「じゃあ、もうひとつ聞かせて。あなたは私が憎い?」

「……いいえ」

 即答ではなかったが、マリアはそう答えた。

 神の名の下に、ネスパ人は嘘をつかない。それを知っている真紀は、マリアの答えにとりあえず真実を見出している。

「どうして憎くないの? 私はあなたをひどい目に遭わせていると、竜なんかは思っているみたいだけど」

「憎しみよりも先に、あなた様は恐れ多くも、昇の母親になってくださった方です。昇の育ての親を、憎むことなど出来ません」

 その言葉に、真紀は小さく溜息をつく。

「じゃあ昇がいなければ憎むべき存在といったところね。でもあなた、想像したことがある? あなたが私の立場なら、あなたはあなたの存在を認められる?」

 それを聞いて、マリアは目を見開いた。

 真紀は言葉を続ける。

「ねえ、認められる? 結婚目前の婚約者が、外に女を作って子供を生ませるなんてこと……しかも相手は世界的にも恐れられ、差別されている人種。交流すら認められていなかった時期に、どうやって知り合ったのかしら。その上、その女は行方を晦まし、再び現れた時には夫の子供も産み落とされていて、挙句の果てに引き取るだなんて……」

 真紀が語ったことは、事実そのものである。初めて真紀の立場を想像させられ、マリアは居たたまれない気持ちになった。自分ならば出来ただろうか。真紀の心の広さが窺える。

 マリアはもう、何も言えなくなっていた。

「少しは私の気持ちもわかってくれたようね。じゃあ本題に入るけれど、あなたは今後どうするつもり?」

「はい……今まで通り働いて、一日一万パニーは稼いでお渡しします。一万と言わず、出来るだけ多く……」

「でも、きついんでしょう? 今回は不慮の事故としても、また倒れられたら困るわ。その度に竜や亮が騒ぐから」

「もう決して倒れません。今回、暴徒が出たのは予想外でしたが、過労でなんかは倒れません。私は大丈夫です」

 過去の過ちを悔い、マリアは必死にそう言った。そんなマリアを見て、真紀は静かに息を吐き、微笑む。

「……もういいわ。そろそろ楽になりなさい」

「え?」

 言葉の意味がわからず、マリアは首を傾げる。

 その時、真紀は一枚の写真を取り出した。そこには見知らぬ日本人男性が映っている。太った中年男性で、不気味な笑みが印象的だ。

「この人は日本政府の元官僚。私の父とも馴染みが深くてね。物好きな人で、役人ではないのに特例でこの街に移り住んだ唯一の日本人なの。ネスパ人と結婚したこともある人でね、先日その奥さんが亡くなられて、新しい奥さんを探しているのよ」

 マリアは目を泳がせた。

「それで……私を?」

「察しがいいわね。でも自惚れないで。あなたが気に入られるかどうかはわからないわ。写真を見せた限りでは、気に入ってくださったみたいだけどね。あなたの借金はまだあるけれど、彼ならあなたの借金ごと面倒見てくださるそうですし、あなたも今後の幸せを考える時期かと思ってね」

「……」

 真紀の言葉に、マリアは言葉を失った。仕事をして身体を動かすことで、マリアの不安や希望が発散されたり満たされたりしているのだ。好きでもない相手と結婚して、どうそれを満たせばいいのか。

「私は……身体を動かすほうが好きです。結婚なんて考えられません」

 ようやくそう言ったマリアに、真紀は冷たい視線を送るだけだ。

「私もこの一年で、いろいろ考えたの。どうしてあなたに辛く当たったのかってね。答えは簡単だわ。私が何かをする度に、あなたは誰かに守られてた。私の夫である亮。その兄の竜。どちらも私も愛した二人よ。そんな二人に守られてるあなたが、疎ましく感じないほうがどうかしてる。そう思わない?」

「……はい」

「だから、あなたが結婚して落ち着けば、私はもうあなたに手出しは出来ない。昇のことも、ちゃんと母親として育てる努力を続けていきます。それにこの方も事情を察して、あなたのお金は肩代わりしてくださるとも言っているの」

 目は泳がせたまま、マリアは焦点を探す。真紀の言っていることをマリアは理解していた。しかし突然の結婚など、とても考えられない。

「旦那様も竜様も、私にとっては雲の上のような存在です。これから何が起こるとも思えません。奥様のおっしゃられることはよくわかります。結婚など考えたこともありませんが、この先私が誰かを好きになったとしても、結婚はしないでしょう。私は罪人なのです……ですから、どうか……」

「あなたに拒否権があると思ってるの?」

 その言葉に、マリアは目を伏せるが、すぐに真紀を見つめた。

「いいえ。でも、結婚だなんて突然言われても……それに、相手の方にも迷惑がかかります」

「あら。あなたも卑怯なことを言うのね。相手は関係ないはずでしょう? あなたを気に入れば良いだけのこと。でも少々変わった方でね。昔は軍の捕虜尋問を専門としていた方で、少々怖い方らしいわ。現在はネスパ人の身体能力を研究なされたりしているの。詳しいことはわからないけど、今まで結婚した何人ものネスパ人は、人体実験で彼に殺されたっていう噂……」

 マリアは目を見開いた。そういう日本人の話は聞いたことがあった。貧しい娘を妻にしては、死ぬより辛い目に遭わせるという。

「……死ぬ覚悟なら出来ています。それで奥様の気が晴れるなら、どうとでもしてください……」

 半ば諦めた様子で、マリアはそう言った。実際、マリアに拒否権などない。たとえここで泣き叫んでも、変わらぬ未来を知っている。

「そう。じゃあ、近々彼と会ってもらうわ。富糸ヶといとがさきさんという方ですけど、悪趣味がなければ良い人よ」

「……はい」

「あと彼は役人でもない、重要な人物です。もしもあなたが逃げたり、彼に無礼な真似を働いたりして私の顔を潰すようなことがあったら、その時は昇のことも責任は持たないし、もちろんあなたは死刑台送りよ」

「……はい。わかっています」

 マリアは重い足取りで、家へと帰っていった。


 コブの店にマリアが帰ると、竜の顔が飛び込んできた。

「竜さん……」

「やあ、また来ちゃったよ。懲りないよな、俺も」

 苦笑しながら竜が言う。その様子から、竜はマリアが真紀に会ってきたことは知らないようだ。

 マリアは悲しそうに微笑むと、首を振った。

「ありがとうございます。すぐに店に出ます」

 そう言うと、マリアはコブへ駆け寄り、そのまま支度をして接客を始める。

 竜はそれ以上何を声かけるわけでもなく、酒を飲んで過ごしていた。

「怪我の具合はどう?」

 店も閉店の時間が近付き、会計の際に竜がマリアへ尋ねる。

「はい。もうすっかり」

「そう。真紀からは……何か連絡あった?」

「……おつりをどうぞ」

 マリアは答えもせず、釣銭を竜に差し出した。

「マリア……」

「……たとえ何があっても、私は大丈夫ですから」

 そう言ったマリアの手を、竜は釣りを受け取りながら握りしめる。

「俺は大丈夫じゃない。君の周りの人だって、君に何かあったら悲しむよ」

「……でも、大丈夫です」

 頑固なまでのマリアが何かを隠していることを、竜は気付いていた。しかし、マリアからそれを聞き出すことは無理なようだ。なにより今回のマリアの怪我に対して自分を責め続けている竜には、今はマリアの気持ちを尊重したいと思う。

「……そうだな。君の人生は、君のものだもんな……」

 マリアの目に竜の悲しげな表情が映る。いつになく悲しげなのは、きっと自分が竜に心を預けないからであろう。そう思っても、マリアは竜に頼ることなど出来ない。

「……また来るよ。元気で」

 竜はそう言うと、そのまま店から去っていった。

 マリアは心配してくれる竜に申し訳なく思いながらも、これ以上、竜や織田家の人間を巻き込んではいけないと思っていた。


 その日、マリアはアルとコブに、日本人と結婚するかもしれないことを告げた。それを聞かされた二人は、揃って驚いた顔をして固まる。

「嘘だろ? そんな好きでもないやつと……すぐに断れ!」

 コブが興奮した様子で言う。アルもそれに続いて頷いた。

「そうだよ。どんな相手かもわからないんだろ?」

 そんな二人に俯き、マリアは無理に微笑む。予想はしていたが、これ以上心配などかけたくない。

「大丈夫よ。相手はお金持ちみたいだし、私は日本人が嫌いじゃないもの。うまくやっていきます」

「脅されてるんだな? 逃げるなら、俺の貯金はたいてでも……」

「そんなことないわ。これは私の意志だから……お金持ちなら幸せになれるし、もう前のように働かなくてもいいんですって。これで織田家の人とも縁が切れるわ」

「マリア」

「遅いからもう寝ます。もしかしたら急に話が進むかもしれないから、そういうことで……おやすみなさい」

 そう言って、マリアは足早に自分の部屋へと戻っていった。これ以上いたら、涙が溢れそうである。

「どう思う?」

 残されたコブは、難しい顔をしたままのアルを見てそう言った。

「……脅されてる。もしくは諦めてる。いや、あちらがどんな条件を提示しても、マリアに拒否権などないだろう……マリアは意志の強い人間だ。説得ひとつ出来ない」

「なんとかならんのか。また逆戻りの生活なら、なんのためにこの一年、一緒に過ごしてきたんだ」

「早急に手を打たないと。でもマリアがその気で、日本人が絡んでるなら、これ以上は何も手出し出来ないよ」

 二人は頭を抱えていた。

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