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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-20 大切な人

「織田竜様。処置室へお越しください」

 その時、一人のネスパ人男性が、二人に近付いてそう言った。

 竜は俯いたまま、動こうとしない。

「俺は大丈夫だ。それより、彼女の容態は……」

 拒否するようにそう言った竜の額に、ネスパ人男性が手を触れる。途端、すぐにでも楽になった気がした。

「失礼しますよ。処置室に来るのが面倒ならば、ここで処置します。瀕死のネスパ人に触れるのは、思うよりも大変なことですよ」

 男性はネスパ式の医者だったようで、神通力のような不思議な能力により、竜の体力を瞬時に快復させる。だがそれは、その医師の体力を奪うことだが、それがネスパ式の治し方でもある。

 ネスパ人を嫌う日本人のために、大抵の病院は日本人用とネスパ人用とに分かれている。ここは総合病院だったため、両方がいた。

 マリアの状態から見ても、今回はネスパ式の治療でなければ、快復は望めないことは誰の目にも明らかである。

「よかった。それほど体力は奪われていないようですね」

「……彼女の容態は」

 尚も竜が尋ねるので、医者は苦しく微笑んだ。

「ネスパ療法でも難しい手術になるでしょうが、早いうちにあなたが触れていたことは救いでしょう」

「そうか……そう言ってもらえたら、俺も浮かばれるというものだ」

「ええ。では、あなたの処置は終わりました。私も手術の応援に行ってきます」

 そう言って、医者は立ち上がる。

「君は身体分野の医者だよな? その……俺を治した後で、彼女に触れられる体力があるのか?」

 素朴な疑問だったが、不安も交えて竜が尋ねた。

 医者は苦笑する。

「私は身体と精神、両分野に精通している特異な医者です。それから我々ネスパ式の医者は、ただ患者に気を送ったり、吸い取られたりしているわけではありません。でもその原理は、ネスパ人以外にはわからないでしょう。とにかく医者なら大丈夫です。医者になるために、相当な訓練を積んでいますしね」

「医長!」

 その時、そんな声が聞こえて、目の前にいる医者が振り向いた。そして竜たちに会釈をし、手術室へと走っていく。

 亮と竜は居ても立ってもいられず、手術室へと走っていった。

 手術室に入ると、ベッドに寝かされたマリアが部屋の真ん中にいた。しかし、誰も処置をしていない。

「どうした? 早く手術の準備を。まさか気を吸い取られるのが怖いというのか? 早く触れて処置を開始しなさい」

 先程まで竜に触れていた医者が言った。医長だったらしい。

「触れられないんです。彼女、気を吸うどころか、放出しているんです」

「なんだって?」

 それを聞いていた亮と竜も驚いた。

 医長はすかさずマリアに触れる。だが、すぐに驚いて手を離し、思わず亮と竜を見つめる。

「……なんて子だ」

 目を泳がせながら医長はそう言って、もう一度マリアに触れる。そして念を入れるように、しばらく微動だにしなかった。

 やがて医長がマリアから手を離し、口を開いた。

「手術開始……織田様、もう大丈夫ですから、外へ出ていてください」

「大丈夫って……」

「なんとか通常の状態には戻しました。こんな人は初めてです……余程あなた方が大切だったのでしょう。あなた方を守るために、彼女は自らの力を……」

 そう言った医長は、マリアに触れていたせいか、ずいぶん汗をかいて疲れ切っている。

「……もうひとつ教えてくれ。あなたが精神分野の医者でもあるなら、彼女の心を探ってほしい。どうしてこんな目に遭ったのか教えてくれ!」

 竜の言葉に、医長は口をつぐんだ。

 すでに医長は、マリアの無防備な心に触れていた。それは最近のことだけでなく、過去の辛い体験さえも浮き彫りにされる。

「……プライバシーの問題がございますので」

「今回の犯人だけでいいんだ! どうしてこんなことになったのかだけでいい。教えてくれ!」

 あまりに必死な形相で食いついてくる竜に、医長は小さく溜息をつく。

「私も心を読もうと思って読んだわけではないので、滅多なことは言えませんが……たぶん暴徒でしょう。金の入った袋を、長く続く塀の向こうへ投げたところまでは残像で見えました。その後のことまではわかりません」

 断片的にそう言った医長に、竜は俯く。

「ありがとう。やはり暴徒が……」

「……手術は長引くでしょう。あなた方も休んでください」

 医長はそう言うと、二人を手術室から出した。

 竜はマリアの状態を思い出して悔しさに拳を握り、その場から動けなくなっていた。また亮も同じ気持ちで、手術室前のベンチに座ったまま動かない。

 しばらくして、竜が大きく深呼吸した。

「亮……俺は一旦、屋敷に戻る。おまえは?」

「……ここにいるよ。せめて手術が終わるまで……」

「いずれ真紀にばれるぞ。そうしたら、またマリアに矛先が……」

「朝には帰るよ。それでいいだろう?」

「……わかった。その頃には、俺がこっちに戻ろう」

 竜はそう言って、病院を出ていった。

 一人になった亮は、ベンチに座ったまま動かなかった。ショックで物も言えない状態でもある。

 さっきまで腕の中にいたマリアは、久しぶりに会ったかつての愛しい女性でありながら、そのまま放っておけば死んでしまうほどの瀕死の状態だったことに、ショックを隠しきれない。

「マリア……どうしてこんな……」


 まだ暗闇の中を、竜は一直線に走っていた。そして最高指揮官邸の裏門に回ると、門の内側を見渡す。

 あまり使われていない裏門のため、門の周りには植え込みが生い茂り、鬱蒼としている。そこを、竜は這いつくばって手で探った。

 医者に言われ、マリアが最後に投げたという金が近くにあると思った。それを見つければ、真紀に直接金を渡していたのだと確信することが出来る。またマリアがなぜあの時間にここにいたのか、わかるかもしれない。

 しばらくして、竜は植え込みの奥に手応えを感じた。

「何してるの?」

 その時、背後から真紀の声が聞こえた。

 あまりに夢中で、その気配にすら気付かなかった自分に驚きながらも、竜は手応えのあった物を掴み、振り向く。

「これを探してた」

 竜の手には、マリアの持っていた袋状の財布が握られている。

 真紀は顔を顰めた。

「……何かあったの?」

 その言葉に竜は立ち上がり、真紀を壁際まで追いつめた。

「なぜ約束を破った?」

 怒りと落胆に声が出ずに、竜は絞り出すかのような低い声で、静かにそう言った。その目は涙を流した後のように、真っ赤に血走っている。

「……何のことかしら」

 しらばっくれるように真紀が言った。しかし竜はそれに乗るつもりもない。

「とぼけるな。おまえが約束を破ったせいで、彼女がどんな目に遭ってると思ってるんだ? 暴徒が増えてる中で、こんな夜中に外で待たせて!」

「そう。暴徒に襲われたの、あの子」

「この……」

 逆上した竜は、真紀に向かって拳を振り上げた。

 だが真紀は覚悟を決めたように、歯を食いしばって横を向く。

「……なんだ、その顔は」

 初めて見る真紀の複雑な表情に、竜は拳に入れる力を静かに抜いた。

「暴徒に襲われたのなら、私だって少なからずの罪悪感はあるわ」

「俺への罪悪感は? おまえは平気で約束を破る女なのか!」

「そう怒鳴らないで」

 収まらない怒りを鎮めるために、竜は真紀から視線をそらす。そしてマリアの金を真紀に渡した。

「俺は馬鹿だ……俺が離れれば、あの子にとっていいことがあるって信じてた。だけどどうだ? あの子はどうなったんだ。身を売らずとも、朝から晩まで働き詰めだっただろう。誰も頼れず、心のよりどころもなかっただろう……せめて俺が早くに気づいていれば……」

 その時、竜は小刻みに震えていた。怒りと悲しみが入り交じり、竜の目から涙が溢れる。

「竜……?」

 竜の涙を見たのは何年ぶりだったのか、真紀は絶句する。

 そんな真紀に構わず、竜はすぐに涙を拭うが、険しい顔は変わらない。

「……二度とマリアに手を出すな。わかったな!」

 勢いよく真紀の胸倉を掴みながらそう言って、竜はそのまま去っていった。

 真紀の心は揺れていた。竜があそこまで怒りに震え、涙したのを見たことがない。それはいつも以上に嫉妬心を煽りながらも、恐怖さえ感じさせる。

「竜。あなた、本気なの……?」

 見たこともない竜に、マリアへの本気の気持ちが伝わる。かつての恋人の様子に、真紀もまた絶望していた。


 病院では、マリアのいる手術室のランプが消えた。目の前のベンチに座っていた亮は、不安げに立ち上がる。すると、最初に会った医長が出てきた。

「彼女は……?」

「ある程度までの処置はしました。あとは本人次第です」

「大丈夫なのですか? こんなに早く手術が終わって……本当にちゃんと……」

 こんなに不安げな亮を見るのは、医長も初めてだった。これがこの街の最高指揮官だと疑うほど、今の亮は弱々しい。だが医長は顔色を変えず、宥めるように何度も頷く。

「衰弱している今、輸血や点滴以外での早い段階の治療は、ネスパ式しかありません。けれど怪我や病気を治すには、それこそ医師の体力がいります。彼女の場合、すでに瀕死の状態でした。今はただ、命を取りとめた状態のだけです」

「どうか治してください。僕の力でよければ使ってください!」

「落ち着いてください。命さえ取りとめれば、あとはゆっくり処置できます。瀕死の状態からすぐに治そうとすれば、それこそ何人もの力がいるのです。ここにそれだけの医師はいませんし、民間人を巻き添えにするわけにはいきません。危機は脱した今、出来ることは彼女を休ませてあげることでしょう」

「……わかりました。ありがとうございます。これからも、どうかよろしくお願いします」

 お辞儀をした亮の前を、マリアが運ばれてきた。しかしその顔に血の気はなく、まるで死んでいるかのようである。

「マリア!」

 思わず亮が呼んだ。だが眠ったマリアが反応ひとつするはずもなく、マリアはそのまま病室へと運ばれていった。

 そこに、竜が走り込んできた。

「亮! マリアは?」

「……処置は終わったらしい。とりあえず命を取りとめたらしいけど、それ以上の処置は、今は出来ないみたいだ」

「命は助かったんだな? よかった……病室は何処だ?」

「あっちへ行ったよ」

 亮はマリアが運ばれていった方向を指差す。竜はそのままその方向へと歩き始めた。しかし亮は立ち止まったまま動かない。

「どうした? 早く行こう」

「……僕はこのまま帰るよ。僕には何も出来ないのだから……」

 竜の呼びかけに対し、まるで自暴自棄になったかのように、亮はそう言った。

「……俺は彼女のそばにいる」

 言葉少なく、竜はそう言って去っていく。

 そんな竜の後ろ姿を見つめながら、亮はその自由なまでの生き方と強さに、憧れ以上の嫌悪感を抱いた。

「僕だって……マリアを愛してたんだ」

 ぼそっとそう言うと、亮は病院を出ていった。

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