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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-17 願う幸福

 更に数日後のある日。マリアは配給を受けに、昼間の広場に並んでいた。

 一日一度配られる配給は、ネスパに古くから伝わるクッキーのような保存食のみだが、それだけで生活している人間も少なくない。マリアに関しては、以前は勤め先の店主などがまとめて受け取りに行ってくれていたのだが、新生活ではすべて自分で行っている。

 毎日長蛇の列だが、マリアにとっても生きる術のひとつで、ちょうど仕事が替わる時間でもあり、それを受け取るのが日課となっていた。

「身分証を」

 マリアの番になり、マリアは握りしめていた証書を差し出した。これがないと配給はもらえない。

「罪人か……」

 それを見せるたび、毎日言われる言葉である。

 証書にはネスパ人であることの証明として、顔写真と名前とID番号が書かれている。その他、収容所への収容歴、刑務所収容の有無、日々の配給受取の有無まで事細かに書かれているため、過去にマリアが刑務所に入れられていたこともわかってしまう。だがそれがなければ配給も何も受けられない。また特殊な紙で偽造も出来ないので、ネスパ人はそれに縛られていた。

「配給だ」

 ボロボロに崩れた配給品を差し出し、配給係の役人が言った。マリアはそれを受け取り、お辞儀をして去っていく。刑務所に入れられたことのある人間には、そういった仕打ちは日常茶飯事である。またその量も、役人によってかなり違う。

 広場の片隅で、マリアはもらったばかりの配給を口にした。毎日同じ物だが、飽きたなどとは言っていられない。職場であるレストランの残り物を分けてもらえることはあるが、毎日あるとは限らない。

「わあ。人で賑わってますね」

「ああ、ちょうど配給の時間だったか……」

 聞き覚えのある声に、マリアはとっさに目の前にあった屋台の店裏に身を隠した。見ると、竜である。

 竜は休みなのか、瞳を連れて街を案内しているようで、その姿は初々しい夫婦にすら見える。

「配給ですか?」

「うん。一日一度、ネスパ人に配られるものだよ」

「へえ。私も食べてみたいわ」

「いいけど……君はそんなこと知らなくていいよ。それより、ここは人が多すぎる。デートコースを変えよう」

 そう言って、竜はさりげなく瞳の肩を抱いた。その行為に瞳は赤く頬を染め、竜に身体を預ける。そのまま二人は街角へと消えていった。

 竜の後ろ姿を見つめながら、マリアは寂しさを感じつつも、幸せをもらったかのように温かい気持ちになる。

「竜様。よかった、お幸せそうで……」

 マリアはそう微笑むと、自分も頑張らねばと、次の仕事先へと向かっていった。


 それから数週間後、マリアも織田家も新たな生活に慣れてきたある日、深夜の路地裏を不審な影がうごめいていた。

「へえ。じゃあ、結婚に向かって順調なのか」

 とあるバーで竜に向かってそう言ったのは、竜の同僚であり今は部下でもある篠崎だ。久々の二人での飲み会に、竜はいつになく酒を煽る。

「まあな……相手にとって不足はなし。でも親父も絡んでるから、猫被るのも大変だよ」

「綾成宮家が相手じゃ大変だな。でも行く末は、警視総監か大手企業の社長に会長……どっちに転んでも安泰じゃないか」

「ああ。今からゴマスリが多くて面白いぜ」

「しかし思い切ったよな。おまえには、いつも驚かされる……もう解決したんだな? あのマリアという子のことは……」

 触れてはならない話題かとも思ったが、篠崎はそう尋ねる。少なからず篠崎も、竜のマリアに対する気持ちが真剣なのを知っているからだ。

「……その話はしないでくれ」

「あ、ああ……ごめん」

「……ようやく気づいた大馬鹿者なんだ、俺は」

「織田?」

「俺が関わらなければ、マリアはもっと早くに、自立や安定を手に入れていたかもしれない。もっと幸せになれていたかもしれない。真紀の嫉妬を煽ることやプライドを傷つけることもなく、マリアを収容所や刑務所に入れることなんかなかったかもしれない……でも見ていられなかったんだ。マリアが大丈夫と言っても、たとえ些細なことでも、俺は……」

 いつになく取り乱した様子の竜に、篠崎はなだめるように頷く。

「今夜は飲もうぜ。そりゃあいろいろあるさ……でも俺は、それがおまえらしくていいと思うよ。彼女だって、気遣ってくれるおまえの存在が邪魔であるはずがない。きっと幸せだったろうよ」

「そういえばマリア、言ってたな。俺は希望だと……でもあの子の心が俺で満たされることはないだろう。ネスパ人は一途で頑固だ……あの子の心は、いつだって亮と昇のことでいっぱいなんだ。それが苦しくて、時々死にたくなる……」

 そう言いながら、竜は強い酒を一気飲みし、新しい酒を注ぐ。

「おい、織田。潰れるぞ?」

「たまには潰れたいんだ。つき合ってくれよ、篠崎。これで忘れるから……綺麗さっぱり忘れて、結婚に踏み切るから……」

 何かのけじめをつけるかのように、竜は酒を飲み続ける。篠崎ももう何も言わず、竜につき合うのだった。


 数時間飲み続け、竜は夜街に遊びに行くという篠崎と分かれ、馬車で最高指揮官邸へと向かっていった。すぐに近くの宿舎に戻るよりも、いい気分のまま、もう少し外にいたいと思ったのである。

「ああ……ここでいいや」

 最高指揮官邸から少し離れた坂の途中で、竜は馬車から降りた。さすがにベロベロの状態のまま屋敷に入るのはどうかと思い、少し歩く間に酔いを醒まそうと思う。だが今夜は前日に降り積もった雪の上に、尚も雪がちらついており、すぐにでも酔いなど醒めそうだった。

 少し歩くと、織田家の正門が見えた。いつも通り身分証をセキュリティシステムに翳そうとするが、ふと気になって、果てしなく続く屋敷の壁を見つめ、それをポケットに戻した。そしてそのまま壁づたいに進む。このまま屋敷の壁を半周でもすれば、完璧に酔いなど醒めるだろう。なにより、しばらく通っていない裏門を通り、マリアがいないことを確かめたかった。


 しばらく進んだところにある裏門には、一年前には毎晩マリアの姿があった。門柱に身体を預け、身体に雪が積もっても、日々の疲れに眠っていた。なにより、その時間しか睡眠時間がないような生活をしていたのも事実である。

 少しの不安を感じながら、竜は近付く裏門を見つめた。しかし、そこにマリアの姿はない。ほっとしたのは言うまでもないが、真紀が約束を守ってくれていることも嬉しかった。

 だが次の瞬間、竜は一瞬にして酔いが醒め、血の気を引かせた。

 門柱の隅に積もりかけた雪に透けて、真紅の血が滲んでいる。その上の壁には、飛び散るほどの血の痕がべっとりとついていた。

「……!」

 言葉にならないまでも、竜はおそるおそる壁の血に触れる。だが、何処からどう見ても血痕に間違いない。手に付いた血は、ごく最近のものと認識出来る。またその下に積もる雪を払えば、みるみる広がる血痕が浮き彫りになった。

「マリア……?」

 誰でもなく、マリアだと思った。

 信じられない思いで、竜はフラフラと血の跡を辿る。数歩先でよろめくと、同じ場所で一度力尽きたのか、うっすらと雪の積もる窪んだ部分がある。

 竜は一本道の先を見つめると、一目散に街へと駆けていった。

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