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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-7 容疑者A

「通して! 通してください!」

「なんだよ、あんた。横入りするつもりか?」

「緊急事態なんです。通して! 誰か……お役人様!」

 人混みをかき分けながら、マリアは観客席の最前列を目指していった。どれだけ反感を買われようと、最前列で警備に当たっている役人に伝えなければならない。

 やっとのことで最前列に着いたマリアは、役人に止められた。

「なんだ、おまえは。もうすぐお馬車が通る。下がれ!」

「聞いてください。ここは危険です。この先の橋で暗殺者が……!」

 顔を隠した布をめくり、顔を見せながらマリアが言った。

「なに言ってんだよ、あんた。そうして時間延ばしして、最前列でパレードを拝もうって魂胆だろうけど、そうはいかないよ。こっちは朝から場所取りしてんだ」

 すぐそばにいたネスパ人が言う。

「信じてください! すぐそこで聞いたんです」

「簡単には信じられないね」

「本当です!」

「まあ、橋近辺の警備に連絡するよ。橋っていっても、あそこの小さな橋だろう? 狙いどころとは言えないがね」

 すぐ近くには小さな川にかかる橋がある。話のすべてを聞いたわけではないが、橋の近くで何かがあるのは確かだろう。

 その時、向こうのほうからパレードの音楽が聞こえ、人々が一斉に最前列へと押し寄せた。マリアもそれに呑まれ、音楽のほうを見つめる。すると最前列の人影が見えた。

「見えた! 見えたよ、パレードだ!」

 どこからともなくそんな声が聞こえ、人々が湧き上がった。目の前の役人も、それを抑えるのに必死で、一応の連絡手段も取れていない。

「中止しないと、昇が……旦那様たちが……!」

 その時、マリアの目に、最前列を馬で先導する竜の姿が映った。

「竜様……」

 いつの間にこの街へ戻ってきたのか、まったく知らなかった。しかしそれは間違いなく竜である。

 その後ろには演奏している音楽隊があり、そのまた後ろに馬車が見える。その馬車には、織田家が揃って乗っている。その中に昇もいた。

「ああ、昇……」

 マリアの目が滲む。だがそれを断ち切って、マリアは目の前の役人に、もう一度詰め寄った。

「お願いです! パレードを中止してください!」

「無理だ。この状況では止められない!」

 そう言う役人も、人の波に呑み込まれようとしている。

 マリアは首を振ると、頭にかかった布でもう一度顔を隠し、意を決して立入禁止のロープを越えた。

 途端、最前列の竜と目が合った。顔はわからなかったものの、竜の目に必死な様子のどこか懐かしい姿が映る。

「マリア……?」

 顔はわからなかったが、とっさに竜はそう呟いた。

「パレードを中止してください! 馬車が狙われています!」

 マリアはそう叫ぶ中で、他の警備員に羽交い絞めにされた。近付いた音楽隊の音が、止まることなく鳴り響き、マリアの声はかき消される。

 その時、橋のほうで爆発らしき爆音が響いた。人々がその方向を向く中で、パレードを真正面に捉えていたマリアの目に、目の前にある建物の屋根の上から銃を構えている人影が映る。

 マリアは目を見開いて、羽交い絞めにされた身体を起こそうとする。その途端、銃声が鳴り響き、その弾は馬車をかすめた。

「昇!」

 悲鳴に似た声で、マリアはとっさにそう叫んでいた。

「ママ?」

 馬や音楽隊に阻まれ、昇からマリアは見えなかった。だが昇はその声に気付いて、馬車の上で立ち上がる。

 一瞬、マリアと目が合った気がした。だがそれを、真紀に止められ引き戻される。端に座っていた真紀には、駆け寄るマリアの姿が見えていた。

 そして次の瞬間、二発目の銃声が聞こえ、馬車の上では亮と真紀が、子供たちを守るように警戒する。

「屋根の上だ! パレードは中止する。引き返せ!」

 パレードの総指揮を取っていた竜は、すぐにいくつかの判断を仰がれ、そう指示をした。そんな中で、竜の目に触れる前に、マリアも捕えられていた。


 その夜。マリアは西地区役人所内にある留置所で、取り調べを受けていた。

「正直に答えろと言っているだろう!」

 役人の男はそう言うと、マリアの顔を思い切り殴った。すでに数発殴られており、マリアの目が虚ろに輝く。

「私は、やっていません……」

「まだ言うのか。ではどうして計画を知っていた? 偶然聞いたのか。そんな偶然あるわけないだろう!」

「でも、本当に……」

 再びマリアの頬に、今度は平手が飛ぶ。

「橋に爆弾が仕掛けられていた。犯人は屋根にいた二人と、橋の近くで捕えた三人。あとはおまえと誰だ?」

「……知りません」

 腫れた顔の痛みに耐えながら、マリアが答える。

「そうか。もっと痛い目に遭わないと駄目らしいな」

「私は本当に……!」

 その時、ドアが開いて、一人の役人が入ってきた。

「別の犯人が自白しました。仲間はすべて捕えられて、仲間に女はいないと言っています」

 その言葉に、さっき殴った役人がマリアを見つめる。

「この女を逃がしたいだけかもしれん。もっと尋問しろ」

「はい」

 報告をしにきた男は、また部屋を出ていった。


 それからマリアが解放されたのは、次の日の昼頃だった。

 身体中を殴られ、顔に至ってはすでに青痣が見える。骨折しているかもしれないほどの痛みがマリアを襲っていたが、今のマリアには痛みさえ感じないほどだった。

 どうやって歩いたのか、気付けばマリアはコブの家のベッドにいた。そばにはアルが必死にマリアの手を握り、気を送っている。

「アル……」

「気付いたか。もう夜だ。今まで気を失ってたんだぞ」

 マリアは小さく頷くと、アルの手を離した。

「まだ治療は終わってないよ」

「大丈夫……それに、あなたは精神科医でしょう。それなのに外傷を治そうとしたら、あなたの体力がもたないわ」

 力なくそう言うマリアに、アルは顔を顰める。

「構うもんか。医者が患者を治すのは当たり前だ」

「でもあなた、前に言ったでしょう? 女のほうが強い力を持ってるって……あなたの気を吸い取ってるのがわかるの。私はもう大丈夫」

「何が大丈夫なんだ!」

 アルが怒鳴るようにして言った。マリアは顔色ひとつ変えず、力なく息衝いている。

「このくらい、大丈夫だから……」

 アルの心配をよそに、マリアは懲りずにそう答えた。もっとひどい目に遭ったことを思い出す。それに、今日は昇に会えた。マリアの中では嬉しさしかない。

「まるで出会った時の君みたいだ。苦しみに耐えて、無実の罪に向き合っている」

「私……ロープを越えて、昇を見たわ……他にもいろいろ、私にも非があったの」

「マリア……」

「過去を正当化するつもりもないわ。私は大丈夫だから……」

 その時、ドアがノックされ、コブが入ってきた。

「どうだ? 目が覚めたのか。様子は……」

「大丈夫です、マスター。迷惑かけてごめんなさい……」

 力なく、かすれた声で、マリアが言う。

「迷惑だなんてかけられてないよ。喫茶店にも花屋にも連絡しておいたから、気にするな」

「すみません……」

「それより客が来てる。織田竜とかいう役人だ。どうする?」

「帰してくれ! 今、どこの日本人が、マリアに顔向け出来るっていうんだ!」

 熱くなって、アルが言った。

「だが、さっきからずっと待ってるんだ。ここにはいないって言っても、帰ろうとしない」

 そう言うコブを、マリアは見つめる。

「お通ししてください」

 頷いて去っていくコブを見送って、アルはマリアを見つめる。

「今、日本人と会わないほうがいい」

「ありがとう。私の身体を気遣ってくれて……でも、私とあの方たちを断ち切ることは出来ないわ」

「でも、マリア……」

「きっと、あなたが竜様を止めていたんでしょう? あの方なら、戻ってきたらきっと私を訪ねてきてくれるでしょうに、私はあの方がこの街に戻っていることを知らなかったもの」

 静かに微笑み、重い身体を起こしながら、マリアはそう言った。

 アルは俯き加減になり、口を曲げる。

「そうだよ。俺は君が今まで、どんなに日本人に振り回されてきたか、知ってるから……」

 その時、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 マリアが返事をすると、ドアが開いた。するとそこには竜が立っている。

「マリア……」

「竜様」

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