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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第三章 「悪夢 -syo-」
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3-6 パレード

 それからというもの、すべての役人の仕事が忙しくなった。

 竜はパレードのルートを何度も確認し、シミュレーションを重ねる。だが、日本人を思わしくないと思うネスパ人もまだ多くいる。その中でも過激な連中を、なんとしてでも阻止しなければならない対策というのは、いくら頭を捻っても足りないくらいだった。


 数日後。

「パレード?」

 花屋へ仕事にやってきたマリアは、店主にポスターを見せられて言った。

「そう、一ヶ月後だ。イベント事がとんとない街だったが、ようやく華々しい行事だね。この道も通るよ」

 マリアはポスターを食い入るように見つめた。そこには、先日最高指揮官に再任命された亮とその家族の栄光を称えてのお披露目、新設警備課などのお披露目も兼ねていると書かれてある。

「最高指揮官とその家族……」

「ああ。織田家を悪く言う人もいるけど、私は支持しているよ。私がここへ来た時は、この辺りは何もない原っぱだったのに、最高指揮官が日本政府とかけ合って、区画整理してくれたんだからね」

 店主の妻がそう言った。マリアは静かに微笑むと、頷いた。


 その夜、コブの店もその話で持ち切りだった。何のイベントもなかった街が、少しずつ変わろうとしているのを感じる。

「さすが最高指揮官だ。新しいことを始めやがる」

「そうだな。この間も、政府から新しい予算をふんだくったらしいからね。これで少しは楽になれるかもしれない」

「ああ。今の指揮官は、半分はネスパ人の血が流れてるっていうからな。さすが、ネスパ人のことを考えてくれるってもんだ。他の日本人が最高指揮官だったらと思うと恐ろしい」

「まったくだ。織田家以外だったら暴動が起こるぞ」

 客たちが口々にそう言う。

 亮の仕事ぶりはネスパ人にも知れ渡っており、今が貧乏でも、亮が最高指揮官の間は耐えられるような気がしていた。なにより亮がネスパ人のハーフだということが、希望にもなっている。

「マリア。俺も手伝うよ」

 その時、二階から降りてきたアルが、マリアの持っていたお皿を取り上げて言った。

「アル。でもあなた、さっきはもう寝るって……」

「もう寝たよ。昨日、本を読んでて夜更かししてね。今日は客も多いし、俺も手伝うよ」

 アルはそう言うと、コブが差し出した皿を持って、テーブルへと向かっていった。

「おう、アルフレッド先生だ。夜は居酒屋のボーイだなんて、頭が下がるな」

 客たちが、アルを見て豪快に笑う。

「まあね。さあ、今夜は街中が活気づいてるんだ。じゃんじゃんご注文をどうぞ」

「ハッハッハ。商売上手だな、アル先生は。確かに久々のハッピーニュースだ。よし、こっちはビールとつまみを追加だ」

「こっちも頼むよ」

 アルの言葉に、客たちがどんどん追加注文をするので、マリアは笑って仕事を続ける。

「ざっとこんなもんだ。マリアも楽しみじゃない? パレード、見に行くんだろ?」

 戻ってきたアルが尋ねる。

「ええ。ちょうど花屋さんの前を通るみたいだから、見られると思うわ」

 マリアの脳裏には、亮と昇がいた。遠くからでも見られれば、これほど嬉しいことはない。マリアにとっても、そのニュースは待ち遠しいものだった。


 一ヶ月後の夜。街の大通りはすでに閉鎖され、乗り物での進入は出来なくなっている。いよいよパレードを明日に迎え、竜も忙しさのピークを迎えていた。

「よし、そこからロープを張れ。図面通りだ」

 竜の指示に、大通りの脇にロープが張られる。観客席である。すでに活気付いた街の効果に、役人たちも思わぬ変化で喜んでいた。

「しかし、こんなにお祝いムード一色になるとはな。結果的にいいアイデアだったようだ」

 街の至る場所の店先には、独自に作られた歓迎の垂れ幕や旗が掲げられている。

「織田」

 その時、竜に駆け寄ったのは、一年前に同じ部署にいた、篠崎である。今は違う部署となっているが、基本的に仕事内容は変わらない上、宿舎も未だ隣同士だ。

「篠崎」

「おまえがいると思って、様子を見に来たんだ。どうだ、順調か?」

「ああ、もうすぐ準備は整うよ。おまえも明日、よろしくな」

 篠崎の肩を叩き、竜が言う。

「こちらこそ。陰ながら支えますよ、指揮官殿」

「ああ。明日が終わればゆっくり出来るだろうしな。また飲もうぜ」

「ハハ。変わらないな、おまえは」

「おまえも相変わらず現役だろ、篠崎」

 一年間の時を経ても、変わらぬ様子で二人は笑った。

「おまえ自身は大丈夫か? 最前列を馬で誘導だろ?」

 篠崎が訪ねる。明日のパレードで、竜は最前列を乗馬で先導しなければならない。

「乗馬は子供の頃からやってるし、一応訓練してきたよ。ったく、恥ずかしいったらない」

「またまた。新設警備課の総指揮官なんだ、当たり前だろ。いやあ、明日は俺も楽しみだ」

「ハハ。せいぜい落馬しないよう気をつけるよ」

 竜はそう言って、静かに笑った。


 次の日。大通りには、早くから人が溢れていた。

 ルートは東地区の大通りを一周、その後西地区へ向かい、西地区の大通りを一周の予定だ。西地区は後にも関わらず、ロープの前には陣取りのネスパ人が待ち構えている。

 コブの店は大通りより離れた場所にあり、辺りはいつになく静まり返っていた。マリアはそこから近くの喫茶店で仕事をこなし、大通りの花屋へと向かっていく。

 花屋は大通り沿いというだけあり、いつになく客が満杯で、老夫婦が困ったように接客していたので、マリアは急いで仕事にかかった。

「いらっしゃいませ」

「まだ時間があるから、花をもらうわ。綺麗ね」

 客の一人が言う。

「ありがとうございます」

「こっちは包まなくていいよ。パレードの馬車が通った時、振るんだ。華やかだろう?」

 別の客がそう言って、切り花を差し出す。

「ありがとうございます」

 花屋はその日、休む間もなく客が押し寄せていた。

 やがて、パレード到着の合図に、花屋からは人影が消えた。

「やれやれ、店を開いて初めてだよ、こんなに賑わったのは。もうほとんど売れちまったなあ」

 店主が言った。

「そうですね。売れ残った花、まとめますね」

 マリアはそう言うと、空になった花瓶などを片付け、売れていない花を並べ直す。

「ああ、マリア。もう今日は商売にならないよ。私たちもパレードを見に行こうと思ってるんだ。片付けが終わったら、あんたも行くといいわ。今日はもう店じまいよ」

「はい」

 思わぬ早上がりに、マリアも微笑んだ。パレードは店の中から軽く見られるだけだと思っていたが、どうやら間近で見られそうである。

 しかし昇と会ってはいけないと約束しているマリアは、万が一のためにも頭から布を被り、その顔を隠すようにして店の裏口から出ていった。すでに老夫婦は店を出てしまったので、マリアは後片付けを終えて裏口を閉める。

 表通りは歩けないほどの混雑を見せている分、一本裏通りに入れば、人一人いない。戸締りをして歩き始めたマリアの耳に、囁くような声が飛び込んできた。

「手筈通りだ。もうすぐ通るぞ。子供は三人で良かったな?」

「ああ、見た。最高指揮官の子供は三人だ」

「よし、この先の橋で決行だ。おまえは子供を狙うんだぞ。弾を無駄にするなよ」

 どこからか聞こえてくる声に、マリアは目を見開いた。どうやら大通りへ繋がる横道で話しているらしい。

 マリアが横道をそっと覗くと、数人の男の後ろ姿が見える。中には拳銃を持った男もいた。どう見ても、反最高指揮官派の暗殺計画である。

 後ずさるように戻り、マリアは別の道から大通りへと駆け出していった。

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