3-5 同じ思い
竜は一年間、日本で警察の仕事をしていたはずだが、任期を終えて一目散に戻ってきたのだ。そして真っ先に訪ねたのが、マリアのところである。
「織田竜……最高指揮官の、お兄様……」
アルも状況を把握して、竜を見つめる。
「君は?」
「……アルフレッドといいます。医者で、コブの家にマリアと住んでいます」
「君が、マリアと……」
竜は不安げにアルを見つめる。手に握り締めたメモには、真紀から聞き出した店の名前が書かれていた。
「マリアをどうするつもりですか?」
「べつに……ただ会いたいと思った。俺は一年間日本にいて、マリアの近況すら知らないんだ」
「この一年、マリアに近付く日本人はいませんでしたからね……失礼ですが、まだ待ってください。彼女の周りに日本人がうろつけば、彼女の生活が壊れます。この辺りは田舎で、見周り以外の日本人がやってくることもなく、未だに日本人への偏見が多い地区です。彼女の周りに日本人がいれば、彼女も不審がられます」
アルの言葉に、竜は言葉を失った。初対面で人種も違うアルは、日本人である竜にたじろくことなく意見する。
「……わかった。でも、一目だけでも見られないだろうか。この一年、気が気でなかったんだ」
竜を察して、アルは小さく溜息をついた。
マリアが今まで辛い目に遭ってきたのは、日本人と関わったからというのは明白だ。医者としてネスパ人として、マリアの周りに日本人はいないほうがいいと思ったが、目の前の日本人は国家である織田亮の兄で、本気でマリアを心配している様子に、無下には出来ないと思う。
「……わかりました。見るだけなら。こちらです」
そう言うと、アルは竜を連れて表通りまで向かっていった。やがてコブの店が見える。
「あそこが家です」
「……マリアは今、どんな生活を?」
「普通の生活を……働き過ぎですけどね。笑顔もあるし、出会った頃とは比べものにならないほど、健康的でいますよ」
「そうか……」
ほっとした様子で、竜はアルの後をついていく。
「……俺は精神科医で、読もうと思えば人の心が読めます」
突然、アルがそう言った。そして言葉を続ける。
「マリアと初めて会った時、彼女は死にかけていて、彼女の記憶の何もかもが俺に流れ込んできました。必死にこちらの心を閉じなければ、俺は精神を失っていた。それほどまでに弱りきっていました。そして見ました。彼女が地獄を見たことを……」
「……」
「俺はマリアに、人並みの幸せを知ってほしいんです」
それを聞いて、竜はアルを見つめた。同じ気持ちだったため、アルの言いたいことが痛いほどわかる。言葉にしなくても、マリアにとって自分の存在が邪魔なだけだというのがわかった。しかしそれを簡単に受け入れられはしない。
「……わかるよ」
やがて押し黙った二人は、無言のままコブの店に近付いていく。
促されるままに竜が静かに中を覗くと、店の中には間違いなくマリアの姿があった。
「マリア……」
「じゃあ俺はここで……いつか会わせなければならないんでしょうが、わかってください。俺はマリアの心をすべて知っています。どうしてあんな目に遭ったのかも……ハッキリ言って、日本人に会わせたくない」
複雑な表情で、アルが言った。
「……わかっているよ」
「失礼します……」
アルはそう言うと、竜を置いて店の中へと入っていった。竜はしばらくその場で、マリアの姿を見つめていた。
「おかえりなさい、アル。遅かったのね」
店に入るなり、アルを見つけてマリアが言う。
「ああ……ずいぶん長いこと、つかまってたからね」
「なんだ、また女どもか。モテるのはいいが、夜は出来るだけマリアと帰ってやれって言っただろ。この辺は物騒だからな」
コブが奥から言う。アルは苦笑した。
「マリアが俺を置いてったんだよ」
「私は夜でも大丈夫よ、マスター」
マリアはそう言って笑うと、厨房へと入る。
そんな温かな様子を、竜は外から見つめていた。マリアのその様子は、一年前とはまったく違う。未だ細いながらも、たくましく生きているように見える。そんなマリアが愛おしく、またもどかしく思えた。
しばらくして、竜は馬車で最高指揮官邸へと戻っていった。
任期を終えて日本からこちらに戻ってきたのは、ついさっきのことである。真紀からマリアの居場所を聞き出し、その足でここへ向かったが、会うこと以外は何も考えてはいなかった。ましてマリアがどう思おうが、アルから会うことを止められようが、そんなことは微塵も考えていないことに、自分の進歩のなさを恥じる。
織田家に戻った竜が自室に居ると、部屋がノックされ、真紀が入ってきた。
「どうだったの? 様子は。ずいぶん前の住所だったけれど、ちゃんといた?」
どうやら偵察らしい。難しい顔をした竜は、椅子に座ったまま溜息をつく。
「いたけど会ってないよ」
「あら、どうして?」
「……そんなことより、どうしてあっさり彼女の住所を教えたんだ?」
「聞くだけ野暮よ。あなたが考えを曲げないことは知ってるもの。私も仕事中だったし、無駄な争いしたくなかっただけ。それに私だって一年ぶりだもの。あなたが帰ってきた早々に怒るのも嫌だし、彼女のことも今は知らないっていうことをわからせたかっただけ」
竜は真紀を見つめる。
「本当か? 本当にこの一年、彼女に何の手出しもしてないんだな?」
「約束は守るわ。それより、さっき亮が帰ったの。会っていったら?」
「そうだな……」
すぐに立ち上がると、竜は真紀とともに、亮のもとへと向かっていった。
亮は相変わらず多忙な日々を送り、最高指揮官として日本や世界中を駆け回っている。
「兄貴」
竜を見るなり、亮は嬉しそうに笑って声をかけた。
「ああ、元気そうだな」
「兄貴も。日本はどうだった? お父さんは元気?」
「べつに、これといって変わったことはないよ。俺は警視庁の重役と、ふんぞり返って偉そうにしてただけ。親父とも会ってない」
「ハハハ。相変わらずか……でも兄貴も出世したことになるからね。こちらでも重役としてお願いするよ」
「ああ。頑張らせていただきますよ」
一年ぶりに会う竜は、笑っていてもどこか物悲しげで、影を背負っているようだった。逆に亮は垢抜けた感じで、ただひたすらに仕事をこなしているように見える。
互いにどこか変わった様子に、亮と竜は顔を見合わせて苦笑した。
数日後。竜は警備課の総指揮官に任命され、以前より多忙な生活となり、マリアの様子を伺いに行くことも出来なくなっていた。だが仕事始めだけに、今は大事な時期なので、仕事に向かわなければならない。
そんなある日、亮から竜に話がきた。
「パレード?」
竜が驚いた様子で言う。
「そんな大袈裟なものじゃないけど、僕はまた任命されて、最高指揮官の任期が長引いただろ? 子供たちは家から出ることもないし、子供たちのお披露目も兼ねて盛大にねって……」
「親父の指図か?」
派手なパフォーマンスに、竜が眉を顰めて言う。
「うん。あと真紀のお父さんもね。僕が最高指揮官になってから、まるで永久欠番のようにこの地位が画一されたままだろう? マンネリ化するんじゃないかって懸念してるみたいなんだ。でも僕も、いくつか部署も増えたから、そのお披露目はすべきだと思うんだ。兄貴の部署も新設で、制服も変わっただろう? 僕らの警護を兼ねて、役人のことを知ってもらうためにもいいと思うんだ」
亮の言わんとしていることは理解出来たので、竜は頷く。
「わかったよ。パレードの場所は?」
「大通りを一周。東地区と西地区両方」
「わかった。明日会議にかけて、ルートや警備体制を整える」
「頼むよ」
「でも、危険も伴うぞ。おまえを悪く言うネスパ人はそうそういないはずだが、どこの世界にも反対勢力はいる」
「わかってる。でも僕は、兄貴を信頼しているから」
亮の言葉に、竜は苦笑する。
「都合がいいな。でもまあ、初めての大仕事か。本気でかからないわけにはいかないな」
「よろしく」
二人は握手をした。




