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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
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2-28 雪の夜の解放

※暴力描写がございます。苦手な方はご注意ください。

 その夜。マリアはずっと、竜からもらった昇の写真を眺めていた。明日からのことはわからないが、昇を思うと前を向いて生きたいと思う。

 そんな時、牢の扉が開いた。そこには真紀がいる。

 マリアは写真を置くと、座り直して真紀を見つめた。

「どう? 獄中生活最後の夜は。こちらはお義父様も来て、家は賑やかでね。そんな合間を縫って来たのは、今しか時間がないから。明日からのことを手短に話すわ」

「はい……」

 マリアは固唾を飲んで、真紀の言葉に耳を傾ける。今までの傾向では、相当な額の養育費を稼ぐことになるだろう。しかし今のマリアには覚悟があった。

「今からあなたを解放します。ただし一年間だけ。一年間は養育費を要求することも、あなたと接触することもしません」

 真紀の言葉に、マリアは驚いた。無条件でここを出されるとは、思ってもみなかったのだ。

「でも実際問題、あなたは私に借金もあるし、一年後はまた養育費などを稼ぐことになるでしょう。とにかくこの一年は、冷却期間と見て。義父には逆らえないし、私もあなたの顔を見ずに一年を過ごせれば、何かが変わるかもしれないわ。何かご質問は?」

「……その一年、私は何をすればいいのですか?」

 静かにマリアが尋ねる。

「さあ? あなたの人生に干渉するつもりはないわ。でも定期的にお金を要求することはないけれど、一年後のためにも稼いでおくことは勧めておくけど」

「はい、それは必ず……」

「あら」

 その時、真紀はマリアのそばに置かれている昇の写真に気付き、手にした。マリアは不安そうに、真紀を見つめる。

「どうしたの? これ」

「竜様が、くださって……」

「そう」

 真紀はそう言うと、躊躇いもなく写真を破り始めた。

「あ……!」

 言うより先に、マリアはとっさに真紀の手を掴んでいた。

「離して。汚らわしい!」

 すぐに真紀が拒絶したので、マリアは慌てて手を離す。だが、すでに床には千切られた写真が散らばっている。

「この子はもう、うちの子よ。いくら産みの親だからって、他人が息子の写真を大事そうに持っているなんて、考えられないわ」

 嫌悪感を露わにして、真紀はマリアを見つめる。

「……い、一枚だけでもいいんです! それが私の生きる支えになります。どうか、一枚だけでも……」

 すがるような目つきのマリアに、真紀は鼻で笑った。

「生きる支えね……私はそんなこと望んでないわ。あなたに死んでもらいたいと思ってる。苦しみながらね」

 そう言い放つと、真紀は手に残っていた昇の写真をすべて千切った。

 マリアはとっさに、床に散らばる写真をかき集めようとする。そんなマリアに、真紀は突然馬乗りになって、首を絞めた。

「あ、う……」

 苦痛に顔を歪めるマリアにも、真紀は冷静な顔で首を絞め続ける。そんな表情の裏で、もはや真紀の中に燃え出した何かが消えることはなかった。

「苦しい? このまま死ぬのも悪くないかもしれないわね。そうすれば亮も竜も、あなたには見向きもしなくなる。あなただって、昇に会えない辛さも何もかもなくなるのよね。それは少し癪だけど、悪くないわ」

 そう言うと、真紀はやっとマリアの首から手を離した。そして咽返るマリアの頬を何度も殴る。やがてぐったりとしたマリアの首をまた絞めつけると、石畳の床にマリアの頭を叩きつけた。

 もう真紀は、歯止めが利かない状態となっている。

「指揮官、もうお止めください。それ以上は、死んでしまいます!」

 そんな真紀を止めたのは、竜に良心的な手を差し伸べた、独房の警備員だった。

 真紀は警備員を睨みつけると、独房から出ていく。

「すぐにその女を連行して。上に護送用の馬車を用意してあるわ。すぐに乗せなさい」

 背中で真紀がそう言い、去っていった。

 警備員はマリアに近付くと、一瞬の隙に散らばった写真を一集め、それをマリアに握らせ、立たせる。

 そんな警備員は、今までマリアがされてきた一部始終を見ており、竜の手助けをしたことで、余計にマリアに情が湧き、哀れに思っていたのである。

 マリアは一握りの写真を掴んだまま、警備員にお礼の笑顔を見せ、お辞儀をして立ち上がった。だが、固い床に頭を打ちつけられたせいで、マリアの頭からは血が流れ出しており、意識が朦朧としている。なにより、しばらく歩いていないせいで、足がふらついた。

 警備員はマリアに肩を貸すと、そのまま独房の階段を上がっていった。階段を上がった外には、鉄格子の窓がつけられた馬車が用意されている。犯罪者などが護送される時は、この馬車が使われる。マリアはその中に入れられた。

「ずっと東地区に居たようだから、西地区に行ってもらいます。今度は私公認で捜すから、逃げ場はないと思ってね。このまま死なずにひとつの場所に落ち着いたら、居場所を連絡してちょうだい。一応、把握しておきたいから」

 真紀の言葉を聞きながら、マリアは朦朧とする意識の中で、静かに頷く。久々の外の空気に、マリアが喜んでいる暇もない。頭が重く、保とうとする意識だけで、他には何も考えられない。だが片手に握られた昇の写真の欠片だけは、何が何でも離そうとはしなかった。

「じゃあ一年後。それまで生きているといいけれど……さようなら」

 皮肉たっぷりの真紀の言葉の中で、馬車は走り出す。マリアは遠のく意識の中で、ぼんやりと流れる景色を見つめていた。


 外はすっかり雪景色で、凍てつく寒さが襲いかかる。やがて、馬車が停まった。

 いつの間に気を失っていたマリアは、その急ブレーキで目を覚ます。しかし意識はすぐにでも飛んでいきそうだった。

「ここらでいいだろう。捨てろとの指示だ。死んでも誰も文句は言わないさ」

 馬車の運転席で、男のそんな声が聞こえた。やがて馬車の扉が開く。

「出ろ」

 一人の男がそう言った。

 マリアの目に、一面銀世界の街並みが映った。すでに真夜中なので人の気配はないが、街の中なので遠くにうっすらと明かりも見える。

「ここでお別れだ。生きてたら、ちゃんと指揮官に連絡入れろとお達しだ」

 中でマリアと一緒に乗っていた監視の男が、マリアを突き飛ばしてそう言った。

 馬車から突き落とされる形になったマリアは、雪の中に埋もれるようにして倒れ込む。だが起き上がる力もなく、意識は失いそうなままだ。

「じゃあな」

 男の言葉が遠くで聞こえ、マリアが乗っていた護送用の馬車は、猛スピードで去っていった。

 マリアは雪の中に仰向けで倒れたまま、なおも降りしきる雪を見つめる。

「綺麗……」

 自分に向かって落ちてくる雪を見つめ、マリアは静かにそう言って目を閉じた。

 生も死も、もうマリアには考えられなかった。ただ、千切られた写真を握りしめたままの左手は、石のように頑なに閉じたまま、熱を帯びている。

 マリアはそこで、意識を失った。

※第二章終了です。

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