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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
29/81

2-18 揉め事の代償

※暴力描写がございます。苦手な方はご注意ください。

 次の日の早朝。竜は宿舎にある篠崎の部屋を訪れた。

「織田? なんだよ、こんな朝っぱらから……」

「悪いな。俺はまだこっちじゃ不慣れでね。おまえの力が必要なんだ」

 竜はそう言うと、眠気眼の篠崎を押して、ずかずかと篠崎の部屋へと入っていく。そして、マリアが収容所に入れられたことを話した。

「織田の頼みだ。そりゃあ協力してやりたいけど、収容所関係に手は出したくないな……なにせトップは最高指揮官の妻だぞ。裏の最高指揮官といわれてるほどのやり手だ。睨まれたらひとたまりもないよ」

「先入観での恐怖はいらない。おまえの知り合いで、収容所の部署に勤めている者は?」

「いなくはないけど……」

 コーヒーを入れながら、篠崎はやっかいな問題に頭を掻きむしる。

「紹介してくれ」

「……収容所に潜入するつもりか? それで彼女を見つけてどうするよ。助け出すのは不可能だ。それにおまえは、一人の女に執着する男じゃないと思ってたけど?」

「無駄話はいらない。一刻の猶予もないんだ。俺は彼女に何度も命を助けられてるし、家族間でも親密な仲なんだ。どうしても助けてやりたい」

 真剣なまでの竜に、篠崎は静かに頷いた。

「わかったよ。でも俺の知り合いなんて平の役人ばかりで、裏事情は知らないと思うよ。それでも良ければ、まずは話だけでも聞く手筈を取ろう」

「ありがとう、篠崎」

「礼はまだ早いよ」

 二人はコーヒーを飲むと、今後のことを話し合った。


 数日後。収容所からは、今日も各方面の仕事に向かう馬車が出て行く。

 今日もマリアは、まだ慣れない収容所の生活に必死でついていくことしか出来ない。だが仕事が始まれば、同じことの繰り返しである重労働が続けられた。

 マリアの背に担がされた籠には、ほぼ一杯に加工された石が入っている。年齢や体型によってその量は異なるが、夜にもなれば疲れ果てて担げない者が出るほど、重く辛い労働だ。だがスピードが少し落ちただけでも、見張りの容赦ない檄が飛ぶ。口数もなく、ただ仕事を続けるしかなかった。

 数往復目で、マリアは目の前を歩く小さな子供に気がついた。その後ろ姿は昇を重ねるほどまだ幼く、その体に似付かないほどの量の石を、背中の籠に詰められている。

 そんな子供に、マリアは思わず声をかけた。

「あなた、年はいくつ?」

 男の子が、横に並んだマリアを見る。

「……七つ」

 昇より少し年上だが、その男の子は黙々と前を見据えながらも、苦しい呼吸をしている。

「苦しいの? どうしてあなたみたいな小さな子が、こんなところに……あなた一人なの?」

「弟と妹が、他の仕事をしてるんだ。弟がヘマした時に庇ったら、僕だけここに移された。僕が倒れたら、あいつらが危ない……」

 男の子はそう言うと、籠を背負い直して歩き始める。マリアは辺りを見回した。ちょうど見張りがいない場所だ。

「少し持つわ。あなたには重過ぎる量だもの」

 マリアの言葉に、男の子は驚いた。ここでは収容者の心は荒れ果て、ギスギスした関係しかない。

「重いのは同じでしょう? それに見つかったら、お姉さんがどうなるか……」

「私は大丈夫よ。さあ、取るわね」

 そう言って、マリアは男の子の背負った石をいくつか取り、自分の籠に入れた。

「ちょっと、あんたたち。何してるんだい! そんなことをしたら、罰が下るよ!」

 突然、後ろからそう怒鳴ったのは、同じ収容者の中年女性だ。それと同時に、寸分のいざこざも逃さない監視員が駆けつける。

「どうした! 何があった」

「いいえ、何も……」

 その場に居合わせた者が、口を揃えて言う。

「何があったと聞いている」

 監視員はそう言うと、男の子の襟元を掴んで持ち上げた。男の子は苦しそうに、足をばたつかせている。

「やめてください!」

 誰もが口をつぐむ中で、一歩前へ出てそう言ったのはマリアである。監視員はマリアを見ると、男の子を下ろしてマリアの背負う籠を引き落とした。辺りに石が散乱する。

「なるほど。少し石が多いようだな、お嬢さん。こいつの分も少し持ってやったのか。お優しいお嬢さんだな。え?」

 挑発するように、監視員はマリアの顎を上げる。マリアは炎のような目で、監視員をまっすぐに見つめた。

「なんだ、その目は。役人に楯突くのか? 面白い……落ちた自分の石を集めろ」

 マリアは言われた通りに、散乱した石を籠へとかき集める。監視員はそのうちのいくつかを拾い上げると、男の子の籠に放り込んだ。

「楽は許されないからな。よく聞けよ。今日一日、次の受け渡しから、全員が少し多めに運んでもらう。このお嬢さんのように、人の分まで持てる力があるらしいからな。これは連帯責任だ」

 監視員の言葉に、マリアは顔面蒼白で首を振る。

「そんな! お願いです。私一人の責任です。罰なら、どうか私一人に!」

「甘いな。ここは収容所だぞ。規律を乱すことがどういうことか、たっぷりわからせてやらないといけない」

「どうかお願いです! どうか……」

 マリアの懇願も虚しく、人々が落胆と怒りを見せる中、その場にいた収容者全員の石の量が増やされた。

「だから言わんこっちゃない。まったく迷惑だよ」

 マリアのそばを通り過ぎる人たちが、口々にそう言って去っていく。マリアは落胆して、その列についいていった。


 その夜。マリアは別室に通された。中には数人の男性役人がいる。

「なぜここに呼ばれたかわかるか?」

 一人の役人が尋ねた。

「……昼間のことででしょうか」

 目を伏せながらも、静かにマリアが答える。

「そうだ。おまえは来て早々、問題を起こしたな。本来なら別室で二、三日拷問があってもいいほどの行いだが、収容所では初犯だからな。一日だけで勘弁してやろう。だが、おまえは犯罪では前科もあるA級犯罪者だ。きつめにいかせてもらうぞ」

 そう言い終わらぬうちに、マリアはその場で腹を思いきり殴られた。あまりの痛さに座り込む。

「綺麗な顔してるのにもったいないよ。おまえがA級犯罪者でなければ、この場で身も心も犯せたものを。俺たちも、人は選ぶんでね」

 役人はそう言いながら、マリアを立たせ、代わる代わるマリアを殴り続けた。


 数十分後。突然ドアが開き、役人たちはとっさにマリアから離れた。それと同時に、マリアは床に倒れ込む。

 マリアが顔を上げると、そこには真紀とお付きのような男がいた。

「なんてこと! 集団で収容者を暴行だなんて」

「指揮官! 申し訳ありません、私の指示です。A級犯罪者だからと判断を誤りました」

 一人の役人が言う。

「……わかったわ。責任者を残して、みんな下がりなさい」

 真紀の言葉に、役人たちは去っていった。

「こんなボロボロになっちゃって……」

 そう言って、真紀はマリアを見つめる。マリアも真紀を見つめたまま、不安げな表情を浮かべている。

「すみません。少しやり過ぎましたか……この収容者は要注意人物として言われていたのに」

 責任者がそう言うと、真紀は苦笑する。

「まあ、この程度なら問題ないでしょう。でも他の収容者には、集団で罰を与えるのはやめなさい。これだから収容所の人気が落ちるのよ」

「はい。わかりました」

「あなたも戻りなさい。あとはこちらの人間にやらせるから」

「承知しました」

 責任者の役人はそう言うと、部屋から出ていった。

「さて、早くも問題起こしてくれて、やり易くしてくれてわね。これから別の部屋に移ってもらうわ」

 真紀の言葉が、マリアには理解出来なかった。ただ真紀の目がいつにも増して冷たく感じる。

「……別の部屋?」

 やっとのことでマリアが尋ねた。拷問が終われば、いつもの部屋に戻されると思っていたからである。

 真紀はただ静かに口を開いた。

「刑務所。牢屋よ」

 マリアは目を見開いた。刑務所も収容所も同じような場所だが、刑務所は罪のある者しか入れない。またしても刑務所に入れられるマリアには、前科を合わせて今後は凶悪犯としてみなされてしまうだろう。それに独房に入れられれば、収容所のように話す仲間も気力さえも持てない。

「彼は刑務課の人間よ。彼が来たということで、さっきの連中も、あなたが刑務所に入れられることを悟っているはず。おとなしくついていくことね」

 冷たい真紀の言葉を浴びながら、マリアは気力もなく、真紀が連れてきたその男に連れていかれた。

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