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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
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2-16 見失った行方

 その夜、マリアはソファに座り、眠れぬ時を過ごした。亮の温もりが忘れられない。だが必死に忘れようと、首を振る。

 その時、そっと鍵を開ける音がしてドアが開き、竜が顔を覗かせる。目が合い、マリアは会釈をした。

「起きてたの?」

 そう聞きながら優しく微笑む竜に、マリアは静かに頷く。

「はい。なんだか寝つけなくて……」

「……泣いてたのか? 目が赤い」

「少し……思い出に浸ってしまって」

「最後の夜だ。ゆっくり休めよ」

「はい……」

 マリアは頷くと、竜に近付き、その手を取った。

「マリア?」

「本当にありがとうございました。おかげさまで、悪いところはすっかり治ったみたいです。もし竜さんが困った時には、いつでも呼んでください。私に出来ることなら、命を張ってでも恩返し致します。この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 その言葉に、竜は静かに微笑んで首を振る。そしてマリアの手から離れ、マリアの頭を撫でる。

「ああ……いいよ。最後の別れじゃあるまいし。これが迷惑だって言うんなら、これからもどんどん迷惑かけてくれ。俺もきっとかけるだろうから」

「……ありがとうございます」

 マリアも笑顔でそう返す。竜もそれを見て笑った。

「いい顔だ。明日からのことは、大丈夫なんだよな?」

「はい。今まで通りに……」

 そう言ったマリアに、竜は疑いもせず微笑む。

「そうか、よかった……でも、また無茶な生活に戻るんだ。大丈夫か? なんなら、この部屋はこのまま……」

「いえ、大丈夫です」

 首を振り、マリアは俯き加減でそう言った。

「そうか……」

 竜は静かに手を差し出した。マリアはそれを見て、握手をする。

「無理するなよ。困ったことがあったら、いつでも俺を訪ねて来てくれ。明日仕事が終わったら、いつものスナックへ顔を出すから。頑張れよ」

「はい……ありがとうございます」

 すっかり顔色の良くなったマリアに安心すると、竜はそのまま宿舎を後にした。先の不安がないわけではないが、マリアを見守ろうと思った。


 次の日。約束通り、マリアの迎えがやってきた。ひっそりと一目を避けるように、裏口に停まった馬車に乗せられると、一直線で収容所へと向かっていく。

 馬車から見える最後の景色には、亮や昇が住む最高指揮官の屋敷が見える。マリアは静かに微笑むと、運命を受け入れる覚悟を決めた。


 収容所に着いたと同時に、マリアは一室に通された。そこにはすでに老若男女が数名いる。

「本日午前の収容者、揃ったな」

 そんな声とともに、数人の役人がマリアたちの前に立った。

「今からこの中央収容所での概要を説明する。以前にここに収容された者は?」

 役人の質問に、ほとんどの人が手を上げた。役人は手を上げていないマリアを見つめる。

「おまえが特別待遇の女か。収容所へ来たことは?」

「……ありません」

 マリアが正直に答える。

「そうか。そりゃあ今まで、さぞいい暮らしをしてたんだな」

 役人はそう言って不敵に微笑むと、一同の前に立ち直した。

「この収容所は、他の収容所に比べて一番大きく、仕事もさまざまだ。おまえたちが真面目に仕事をすれば、より早く社会復帰が出来る」

 役人の言葉に、一同は俯く。その様子から、社会復帰などあまり期待出来そうにない。

「部屋は後で案内するが、一部屋に十人程度の共同生活となる。起床は午前五時。食事は一日二回。就寝時間は午後九時だ。これからすぐに割り振られ、それぞれ仕事に入ってもらう。真面目にやらない者、集団生活を乱す者は、相応の罰が待っている。最悪の場合は刑務所行きだということを、肝に銘じておくように。以上」

 その言葉と同時に、その場でいくつかのグループに分けられ、マリアも命令されるがままに並ばされた。

「指示に従って馬車に乗れ」

 まるで囚人のように手錠をはめられると、マリアは列のまま馬車に乗せられた。今まで居なかった人たちも乗っていて、馬車はそのまま走り出す。

「よりによって、石切り場なんて……」

 マリアの隣の女性が言った。

「あんたら新入りか。何か犯罪でも犯したのかい? ここの仕事は一番きついんだよ。就寝時間が九時なんていうのも嘘。なんだかんだで仕事をやらされ、最近は全然眠れてないよ」

 他の女性が言った。だが他のほとんどの人間は、表情を失くしている。

「おい、しゃべるなよ。連帯責任取らされるぞ」

 誰かの言葉に、一同は黙り込んだ。

 ひどいところへ来てしまったらしい。昨日までのマリアからは、想像もつかない世界である。

 馬車が着いた先は、街外れにある切り立った山場だった。マリアに与えられた仕事は、籠に積まれた石を背負い、足場の悪い山道を歩いて、山間部の平地まで運ぶことだった。

 まるで奴隷のような仕打ちである重労働の中、誰も話す余裕もなく、ただ黙々と運ぶ。スピードが少し落ちただけで、見張りの役人から檄が飛んだ。マリアも黙々と、その作業を続けた。


「え?」

 その夜、仕事を終えた竜は、マリアに会うべく最後の職場であるスナックを訪れ、マリアが来ていないことを知った。

「使いのお役人様がいらっしゃって、マリアは仕事を辞めると連絡が……」

 スナックの店主の言葉に、竜は首を振る。

「どこへ行ったか知りませんか?」

「さあ、そこまでは……」

 店主はそう答えた。実際、マリアが収容所に行くことは、真紀の使いの者は口にしていない。

 竜は店を飛び出すと、急いで家へと戻っていった。


 竜は最高指揮官邸に帰るなり、真紀の居場所を使用人に尋ね、亮の部屋へと向かっていった。

「兄貴。おかえり」

 亮がそう出迎える。そばには真紀も座っている。

「あ、ああ……出張はどうだったんだ?」

 様子を見ながら、竜が亮に尋ねた。

「うん。いろいろと大変だったけど、久々の日本はよかったよ。お父さんともいろいろ話して、兄貴が真面目に仕事してることも言っておいたよ」

「あいつに余計なことは言わなくていいよ」

 竜はそう言うと、ちらりと真紀を見る。

「なあに、私に用?」

 白々しいまでの真紀の態度に、竜は顔をしかめて横を向く。帰って来たばかりの亮の前で、喧嘩を始めるのも気が引けた。

「ああ……ちょっと聞きたいことがあってな」

 そんな竜の言葉に、真紀は微笑む。

「なにかしら。二人きりじゃないと言えないこと?」

 静かに火花が散っているような雰囲気に、亮は二人を見つめた。竜はバツが悪そうにするものの、腹を括って口を開く。

「いや。おまえがいいなら、ここでいいよ」

 自分の挑発を受けて立った竜に、真紀も苦笑する。

「じゃあ、どうぞ」

「マリアのことだ」

 竜の一言に、亮がハッとした。それは真紀が嫉妬を覚えるほど、素のままの亮だった。

「……彼女がどうかしたの?」

 すかさず亮が竜に尋ねる。誰にも言えないものの、昨日は確かにこの目で見た。今もなお、その温もりは覚えている。

 その質問には答えず、竜は真紀を見つめる。

「おまえなら知ってるはずだろ、真紀」

「さあ、何のことかしら」

「しらばっくれるつもりか。この一週間、俺は彼女の休息を見てきた。昨日も普通に話して、今まで通りの仕事に復帰すると言っていた。それなのに、突然どこに消えたっていうんだ」

「私が知るわけないでしょ。たとえ知ってても、あなたには関係ないわ。用が済んだなら出てって。久々に亮と語らっているのを邪魔しないで」

 竜は眉をしかめると、静かに口を開く。

「いつまでもそうしていればいい。亮にも言っておく。俺はあの子を放っておけないんだ。真紀があの子を潰そうとするなら、俺は全力で戦うからな」

 そう言って、竜は部屋を出ていった。

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