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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
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2-10 立場逆転の夜

 その夜。夜勤から続けての日勤の仕事で、竜はぐったりと亮の家へ帰っていった。さすがに睡魔に襲われており、部屋に戻ればすぐに寝入ってしまうことは目に見えている。

 竜とほぼ同時刻に、織田家に馬車が到着する。竜が振り向くと、真紀がいた。

「なんだ。こんな時間まで仕事か? 子供そっちのけで、よくやりますね」

 皮肉たっぷりに竜が言うので、真紀も不敵に微笑む。

「あなたもこんなところで嫌味言ってないで、もっと上を目指したらどうなの? 親も弟もトップクラスで、あなた一人、恥ずかしくはないの?」

 負けずに真紀が言ったので、竜が吹き出した。

「相変わらず、気の強いお嬢さんだな」

「こうでもしてなきゃ、やってられないわ。女というだけで、なめられる職場ですから」

「なるほど。でも同じ家に帰るなら、一緒に帰ればよかったな」

 竜の言葉を聞いて、急に恥じらうようにして、真紀は黙り込んだ。

「なんだよ? ああ、言っておくけど、おまえと元のさやに戻る気はないからな」

 続けて言った竜の態度に、真紀は竜を睨みつける。

「何のことかしら? あなたとの記憶なんて、最初からないわ。それに、あなたとどうこうなるなんて、こっちから願い下げよ」

「おお、怖」

 話しながら、二人は家の中へと入っていった。

「そういえば、亮は? 最近、見かけないな」

「日本と海外へ一ヶ月の出張よ。最近といっても、あなたがここに帰らないだけでしょ」

「ハッ。下手に帰るところが二つもあるのはいかんな。さて、さすがの俺も夜勤と日勤続けてちゃ、身体がもたないや。夜中まで少し寝るとするか」

 そう言って背を向け、階段を上っていく竜に、真紀が口を開く。

「……あなたがうるさいから、受け渡し方法を変えたわ。今夜外に出ても、目当てのものはないわよ」

 その言葉に、竜が振り向いた。

「え?」

「嘘なんかついてないわよ」

 竜はもう一度階段を下り、真紀の前に立つ。

「今後の受け渡し方法は?」

「あなたに言うとでも思ってるの? でも安心して。寒空の下で待たせるようなことはしないから」

「じゃあなんだ? 今度はどんな無理難題、吹っかけた!」

 そう言いながら真紀の腕を掴む竜は真剣で、嫉妬しそうなまでに熱い。

「離して。みんなが変に思うわ。それにあなた、誤解してる。私を何だと思ってるの?」

 従業員の目を気にして、静かに真紀が言う。竜は真紀の手を離すと、家を飛び出していった。


 マリアはスナックの仕事を終えると、ポケットの中の金を数えた。一日で稼げるのは、ノルマである一万パニーと少しの小銭だけ。このままの生活では、とても今週中に一日分を稼ぐことなど出来ない。

 何の収穫もないままで、マリアは肩を落としてスナックを出ていった。

 これから織田家に行く手間が省ける分、睡眠時間が増えるかと思えば、その時間も別の仕事に当てなければならなそうだ。しかし、そんな短い時間で雇ってくれる仕事など、そうそうないことはわかっている。

「マリア」

 マリアが店を出ると、竜が立っていた。マリアは驚いて竜を見つめる。

「竜さん……」

「よかった。間に合って」

「どうかしたんですか?」

「いや……それより、真紀に何か言われてないか? 何かされてはいないか?」

 竜の言葉に、マリアは小さく首を傾げる。

「いいえ。何も……」

 その言葉に、竜は一先ず肩を撫で下ろした。

「そう。金の受け渡し方法が変わったと聞いて、てっきり何かされたのかと……」

「大丈夫です。一週間毎に、使いの方が取りに来てくださるそうで」

「そうか、それならいいんだ……よかった。少しは休めるようになるんだね?」

 否定も出来ず、マリアは静かに微笑んだ。これ以上、竜に心配などかけたくはない。

 マリアの笑顔につられて、竜も笑って頷く。しかしそのまま、竜はマリアにもたれるようにして地面に倒れ込んだ。

「竜さん!」

「ああ……ごめん、大丈夫。力が抜けた」

 意識はハッキリしているようだが、竜は目を閉じかけ、息を荒くして熱っぽいようだ。

「熱が……」

「本当? ただの寝不足だと思うけど……参ったな。力が入らない」

 そう言って力なく笑う竜の意識は朦朧とし始め、身体は熱く火照っても、寒さで手先は冷たくなっている。

「私に負ぶさってください」

 突然、マリアがそう言った。すでに竜の腕を首に回しており、背を向けている。

「なに言ってるんだ。君が潰れる。大丈夫だよ」

 竜は笑って立ち上がる。だが、すぐにふらつき、マリアが抱き止めた。もうすでに竜の意識はない。

「大丈夫です。港で重い荷物も運んでいますし……すぐに家まで送りますから」

 意識のない竜にそう語りかけると、マリアは近くを通った馬車を止め、竜とともに乗り込んだ。

「最高指揮官邸まで、お願いします」

 馬車は織田家へと向かっていった。


 馬車の中では、竜が苦しそうに息をしている。マリアと一緒に居る時も、あまり眠っていなかったことを思い出し、ずいぶん無理をしたのだと悟った。

 しばらくして馬車は最高指揮官の正門前へと辿り着いた。マリアは馬車に竜を残したまま、馬車を降りる。

 外は吹雪いていて、凍てつくような寒さが襲う。マリアは咳込むと、気を落ち着かせ、門柱の呼び鈴を押した。

「はい。お名前と身分証の提示をお願いします」

 すぐに中にいると思われる女性の声が聞こえる。呼び鈴の下には、身分証をかざす機械と監視カメラがあり、日本人はこれで識別され、入ることが出来るようだ。セキュリティがしっかりしているため、屋敷の外側に警備員などの姿はない。

「あの。マリアと申します。竜様が……」

「ネスパ人の訪問は禁止されています。特にマリアという名のネスパ人は」

 言い終わる前にそう突き返され、通信が切れる音がした。マリアは顔色を変えて、もう一度、呼び鈴を鳴らす。

「しつこいのよ!」

 もはやネスパ人というだけで、取りつくしまもないようだ。マリアはこの屋敷へ竜を送り届けるのは困難だと感じたが、急がねば竜の命に関わるかも知れず、そう思うと一刻の猶予もない。

 そのままマリアは、馬車を街へと戻らせることにした。しかし竜の宿舎に送り届けたとしても、医者がいない上に、竜の部屋もわからない。

 その時、マリアの脳裏にクリスの顔が浮かんだ。マリアは街へ戻り、竜を担ぐと、クリスの家を訪ねていった。


「マリア! どうしたの?」

 真夜中だというのに、クリスの家にはまだ明かりが灯っており、すぐに扉が開いた。そして竜を担いで立っているマリアを見て、クリスは戸惑いながらも竜に肩を貸す。

「こんな時間に、突然ごめんなさい……」

「それはいいよ。とにかく入って。君も顔色が悪い」

 クリスはそう言うと、未だ意識のない竜を自分のベッドに寝かせた。

「この人は? 役人じゃないか」

 医者であるクリスは、竜にネスパ式の処置を施しながら、マリアにそう尋ねた。マリアは近くでその様子を、心配そうに見つめている。

「竜様という大事な方なの。突然、目の前で倒れるようにして……お願い、クリス」

「大丈夫だよ。少し疲労気味だね。よく眠ってるようだ。暖かくして、ご飯でも食べて力をつければ、すぐに良くなるよ」

 心配そうなマリアに、クリスはそう言って元気づける。実際、竜は夜勤と日勤の後で、マリアと会って気が緩んだだけのようだ。

 それを聞いて、マリアはほっと胸を撫で下ろした。

「本当? よかった……」

「それより君のほうが心配だ。顔色が悪すぎる。そこに座って」

 マリアの身体も限界に来ており、顔色も青褪め、足もふらついている。

「大丈夫よ」

「なに言ってるんだ」

「本当に大丈夫……早く戻って、仕事を見つけないと」

「……金に困っているようだが、そんな身体じゃ何も出来まい? 大の男を担いでくるような身体じゃないよ。医者の言うことは聞くものだ」

 クリスは無理にマリアをソファに座らせると、マリアの額に手を当てた。その瞬間、マリアは気を失うようにしてソファに倒れ込んだ。ネスパ式の医療技術のひとつである。

 クリスは小さく溜息をつくと、マリアに毛布をかけてやる。自分の知らない間にマリアに何があったのか、竜とはどういう関係なのか、見当もつかない。ただ医師として、目の前の病人は助けようと思う。今はただ見守るしかないと思った。

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