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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第一章 「序章 -ryo-」
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1-1 交流

 サイレンが鳴ると、役人は揃って街の中心部にある役場へ出向く。亮も役人の列に紛れ、役場へと入っていった。

「亮。まったく、パトロール中にいつの間に消えやがって。どこに行ってたんだ?」

 亮が歩いていると、同じ年くらいの男性に声をかけられた。同僚の森山卓もりやまたくである。実際には亮より二歳年上で、マリアと会う前は一緒に街を巡回していた役人仲間だ。

「卓。いや、ちょっとね……それより、何のサイレンだ?」

「この時間だから、引き上げのサイレンだろ。今日の仕事はもう終わり」

「なんだ、紛らわしいな。だったらもう少し……」

「なんだよ? それに、まだ今日の会議が残ってるぞ」

 卓の言葉に、亮は頷く。

「ああ……」

「どうした、その顔は。さっきと様子が違わないか?」

「そんなことないよ……」

「ならいいけど、戻ろう。雨も本降りになってきた」

「そうだな。こんな雨の中でも、傘も差せない人々がいるのに……」

 亮が呟いた。それを聞いて卓は苦笑する。

「またおまえのネスパ病か? おまえは日本人なんだ。心を鬼にしていろ」

「……僕にはまだわからない。こんなに一生懸命に生きているネスパ人が、なぜ差別されるのか」

「なぜって、やつらは代々、戦争を起こしてきた連中だ」

「その多くは世界からの侵略戦争だった」

「わかったよ、亮。いいから戻ろう。話は後でゆっくり聞くから」

 うんざりした様子の卓に、亮は俯いた。

 亮が差別されているネスパ人を擁護するのは、昔からである。だがその意見に賛同する者は、卓を含めてほとんどいない。それほどまでに、ネスパ人は忌み嫌われている。

「……卓。おまえ、一目惚れってあると思うか?」

 突然、亮が話題を変えて言った。予想外の言葉に驚きながらも、卓は上を見上げて考える。

「なんだよ急に。俺は惚れっぽいからな。よくあるけど……おまえもそういうことがあるのか?」

「……わからない」

「誰だよ」

「なんでもない。ちょっと聞いてみただけだよ」

「なんだよ。でもまあ、そうだよな。おまえには婚約者がいるんだから」

 卓の言葉に、亮は苦笑する。

「そんなのいないよ」

「嘘つけ。聞いてるぞ。親の決めた相手がいるって。しかも相手は、あの美人でやり手キャリアウーマンの真紀だろ? 羨ましいよなあ」

 亮はそれを聞いて、小さく溜息をつく。嘘ではなかった。脳裏に家族の顔が浮かぶ。

 亮の父親は頑固一徹な男で、現在のネスパ人を取り締まる最高指揮官である。日本でも総理大臣の経験があるほか、長い間、防衛省に勤めていたこともあり、その地位はかなり高い。そのため、亮がネスパ人との混血で生まれても、取り立てて差別される境遇にはなかった。

「子供の頃に、勝手に親が決めただけだよ……いわゆる政略結婚さ。でも兄貴のが仲がいいから、兄貴と結婚すると思ってたけど……」

 また亮には三つ違いの兄がいる。母親が違うため反りが合わないこともあったが、亮にとっては強く優しい兄だ。だが父親とは仲が悪いため、たびたび家族間を乱し、軽い性格のために父親にはよく思われていない。同じ役人だが、現在は日本で刑事をしており、今では亮よりも下の役職である。

 そんな家族の中で育ってきた亮だが、小さい頃から決められた婚約者がいた。男顔負けの同じ役人で、美人の上に腕も立つ。亮よりも年上で、兄と仲が良かったため、亮はその婚約自体はないものと思っていた。

「兄さんか。おまえより下の警察役人だろう?」

 卓が尋ねる。亮とは同期で親友だが、亮から家族の話はあまり聞かない。

「でも、優しい兄貴だよ。真面目に働けば腕も立つのに、どういうわけか父の言うことを聞きたくないらしくてね……それに、一時期彼女とつき合っていたみたいだけど、別れたらしい……だから最近、また僕のほうに話が回ってきたわけだけど、僕は彼女と結婚しないよ」

 うんざり気味に亮が言ったので、卓は口を曲げる。

「もったいない。この街じゃ期待の星、役人のマドンナ、それにやり手のキャリアウーマンだぞ。美人だし、断る理由はないだろう」

「まあね……」

「羨ましいなあ。最高指揮官の息子だし、そんな女性との婚約ともなれば、将来は約束されてるものだ。次の最高指揮官にも、おまえが最有力候補だといわれているじゃないか」

「まさか。僕はまだ二十歳だよ」

「でも筆記も実技も、成績は常にトップじゃないか。上にはお父上がいるんだし、支えるにはもってこいの人物だ。それに飛び級もしてる頭の良さで、おまえは期待されてるんだぜ? 候補には上がってるんだ。その勢いに乗っちゃえよ」

「卓」

 もう止めろと言わんばかりに、亮は卓を目で制止する。

 期待されるのは昔からだが、友達にまでこういうことを言われるのは好きではない。ただ厳しい父親に英才教育を受けており、亮は若くして小個隊の指揮官という今の地位まで上り詰め、今度退任する父親の代わりとして、次のハピネスタウン最高指揮官の候補に挙がっているほどだった。

「わかった。わかったよ」

 怒られそうな雰囲気を、卓が恐縮してそう言う。そんな卓に、亮は溜息をついた。

「小さい頃から、総理大臣はたまた最高指揮官の息子だからって期待されて努力して……兄貴だってそれに潰されて、平凡な道を選んできたんだ。ただ遊んでるだけの兄貴じゃない。僕も最近、やっとそれがわかってきたよ。馬鹿だよな。もう遅い……」

「でも、おまえがもし任命されたら、おまえが気にかけてるこの街も、少しは変われるかもしれないぞ」

 卓がそう言ったのは、亮は母親がネスパ人ということもあってか、ネスパ人差別に関しては疑問を持っており、日々そのことで悩んでいるからだ。

「……そうだな。だとしたら、任命されることを願うけど。自信はまったくない」

「おいおい、しっかりしろよ。近々適正テストもあるんだし。さあ、戻って食事でもしようぜ」

「ああ……」

 二人は警察役人所と呼ばれる役所へと入っていった。


 数日後。マリアは先日行ったレストランへと入っていった。中にはすでに亮がいる。

「マリア」

「こんばんは……」

 未だ緊張しているらしいマリアだが、亮は先日と変わらぬ優しい笑顔を向けていた。

「さあ座って。もう料理は頼んである」

 亮がそう言うと同時に、料理が運ばれてきた。

「タイミングがいいね。さあどうぞ。僕もいただきます」

「いただきます……」

 マリアはそう言って口をつけるも、躊躇いがちに目を伏せたり、亮を見つめたりしている。

「どうしたの? なんだか元気がないみたいだね」

 首を傾げながら、亮が尋ねた。しかしマリアは、静かに首を振るだけだ。

「べつになんでも……」

「何かあったの?」

「……本当に会えると思わなくて……なんだか、悪いことをしてるみたい」

 少しして、マリアが重い口を開いた。

「そう……ネスパ人でも、そう思うんだね」

 亮は真剣な眼差しで、遠くを見つめている。

「確かに、今は僕らの交流は禁じられている……でも、そんなの無理だよ。だって僕らはネスパ人しかいないこの街にいるんだ。この街の治安を守り、視察する。そのためにはネスパ人と話もしなきゃならないし、交流もあるさ。それに役人側から声をかけるのは許されているんだから、気にしなくていいよ」

「……はい」

「もうしばらくしたら、新しい最高指揮官が誕生する。そうすれば、きっと何かが変わるだろう」

「最高指揮官?」

 そう言ってマリアは首を傾げた。この街の仕組みは、まだよくわかっていない。

 亮は優しく微笑み、頷く。

「この街を取り仕切る人だよ。国際機関や日本政府の決めたことにはあまり逆らえないけれど、こちらである程度のことは決められる。もうすぐ今の最高指揮官の任期が終わるんだ。次期指揮官候補者は若い人が多くて、この街のことをちゃんと考えてくれる人ばかりだ。良かれ悪かれ、何かが変わる」

 マリアは素直に微笑んだ。

「良い方向に変わってくれるといいな。あなたみたいな人がいい」

 その言葉に、亮は静かに俯いた。

「僕は……頑張りたいけど、自信がない……」

「どうして? あなたはいい人よ」

「ありがとう……でもね。僕の父は、若い頃から地位の高い人だったんだ。だから僕もその息子として、嫌というほど比較されてきたし、期待もされたし、ちやほやされてきた。だから本当の自分の力というものを試したことがない、弱い人間さ。ただの成績だけで決められるなら自信はあるけどね……父の名は出したくないが、父がいなければ何も出来ない気がしてならないんだ……」

 弱音を吐く亮に、マリアは元気づけようと、亮の手を握った。

「よくわからないけど、あなたはそんなに弱い人間じゃないと思います。だってこうして危険を顧みず、私に優しくしてくれている。それとも、これもお父さんの力なの?」

 それを聞いて、亮は笑った。

「ハハハ。君に慰められたな」

 明るい笑顔になった亮に、マリアも微笑む。

「あなたは強いわ。だって私を助けてくれた……」

「助けた?」

「私は、いつ死んでもおかしくないから……私だけじゃない。この街に住んでる、私みたいな人は……」

 今度は亮が、マリアの手を取った。

「僕は、罰は怖くない。本来、僕も君と同じ境遇なのだから……」

「亮……」

 同じネスパ人の血が流れているからか、二人はお互いの気持ちが通じ合っている気さえしていた。

 亮は静かに微笑むと、マリアの手を放す。

「……さあ、たくさん食べてくれ」

 マリアは頷くと、目の前にある料理に手をつける。

「……君は、働き口はないのかい?」

 亮はそう尋ねたが、その質問の虚しさを知っていた。小さな街の実情では、そうそう商店もない。街全体が貧しく、特に男性よりも力が弱く戦力の少ない女性や子供には、就職口などそう見つかるものではない。

「はい……それに今のが気楽だわ。その日暮らしでいつ死ぬかはわからないけれど、この街の人はみんな同じ境遇だし、優しくしてくれる。ここのレストランのマスターも、残り物があればくれるし……」

「……そう」

 二人は食事を済ませると、外へと出ていった。

「二人で大通りには出ないほうがいい……」

 亮は辺りを気にしながら、マリアにそう言った。マリアも頷く。

「じゃあ、ここで……」

「マリア。また会える? いや、また会おう。また食事でも……」

「……あなたさえよければ」

「もちろんいいよ」

 二人は見つめ合った。惹かれ合うのを感じる。しかしそれは、お互いに口には出せない状況だった。

「亮!」

 その時だった。そんな声が亮の背後から聞こえ、振り向くとそこには卓がいる。

「卓……」

「銃を持っていないのか? 待ってろ、動くなよ!」

 卓がマリア目がけて銃を構えた。銃を向けられ、マリアは畏縮して動けない。

 未だ危険視されているネスパ人は、なにかひとつでも罪を犯せば殺されても仕方がないという風潮が蔓延っている。交流が禁じられている今、マリアが亮と二人きりでいるだけで、それは罪に値する。

「待て、卓!」

 そう言って、亮は慌ててマリアの前に立った。

「亮! 気でも狂ったか。退くんだ!」

「いや、退かない。誤解なんだ。落ち着けよ、卓……」

「何が誤解だ。交流が禁じられてるのを知らないわけじゃあるまい? まさか、おまえ……」

 卓は銃を構えたまま、亮への説得を止めない。

 このままでは、その大声で他の役人まで来かねない。状況は最悪だったが、亮は出来るだけ落ち着いた声で、興奮した卓に語りかける。

「彼女とはなんでもないよ。殺す理由はない。卓、頼むから銃を下ろしてくれ」

「殺す理由がないだと? 十分ある。その女が、日本人との交流が禁じられているのを知らないっていうのか?」

「僕から声をかけた。本当だ」

「なに言ってるんだ、亮。いいから退くんだ!」

 その時、マリアは亮の腕を掴んだ。

「もういいです……」

「よくはない! 逃げるんだ。彼は親友だ。話せばわかってくれる。だからもう行け。さあ!」

 亮がそう後押しすると、マリアは静かに去っていった。

「亮! おまえ、正気なのか。なぜ逃がすんだ!」

 マリアを目で追いながら、卓が亮に駆け寄る。

「罪はないからだ。おまえも少し落ちつけよ、卓。ネスパ人と話しただけで殺すのか?」

「亮。お人好しは、この街ではやめることだ。もし俺が上役だったら、おまえの話なんか聞く耳持たんぞ。有無も言わさず撃ってる。やつらは危険なんだ」

「何が危険だ。交流が禁止されているのはわかってる。でも、この街の法律は間違ってるよ。なぜ交流を禁じるんだ? せめて話すことくらいは、よしにするべきだ。でなければ僕らはこの街で食事すら出来ないことになる。日本人が経営する商店なんて、この街にはないんだからな」

 いつものネスパ擁護な亮の言葉に、卓も溜息をつく。

「そんなものは極論だ。まったくおまえってやつは……今後は知らんからな」

「卓……おまえ、この間言ったろう? 次の指揮官にって……もし本当に僕が任命されたら、僕はおまえに、そんなことを言わせはしないよ」

「じゃあ言わせないように頑張ることだな。おまえなら……本当に、ネスパ人を救えるかもしれない。おまえにはチャンスがあるんだ。ちゃんと指揮官の試験を受けろよ」

「うん……頑張りたいと思う」

「やっと前向きになったか……戻ろう。おまえも今日の報告書を書いてないだろう?」

「ああ……」

 二人はその場から去っていった。

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