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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
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2-6 闇夜の暴徒達

「おい。こんなところに人がいるぜ。しかも日本人の男と、ネスパの女だ。こんなところで逢引か?」

 余裕なまでの青年の声が、闇に紛れて聞こえる。門柱に付けられた小さな明かりだけでは、未だその姿は確認出来ない。

 治安の悪い夜の街では、何があってもおかしくない。実際に憂さ晴らしで暴徒が暴れることは、日常茶飯事だった。

 竜はナイフを引き抜くと、マリアの前に身を乗り出した。マリアも立ち上がりながら、その様子を伺っている。

「本当だ。この寒空の下、こんなところしか会える場所がないか、お役人様よ」

 そんな声とともに、やっとリーダー格の男の顔が見えた。まだ少年にも見える青年だ。酒を飲んでいるようだが、喧嘩腰の青年に、竜も負けじと口を開く。

「勘違いされちゃ困るな。でもまあ、強ち嘘でもないかな。さあ、恋人同士の語らいを邪魔するのはよしてもらおうか。用がないなら、さっさと行けよ」

 そう言った竜に青年が近寄り、全身を舐め回すように見つめる。

「おい、最高指揮官邸の前で、恋人同士の語らいだそうだ。俺たちは役人と恋人ってやつが大嫌いでね。目に映るそういうもんは、全部排除してきたんだよ」

 青年はそう言うと、隠し持っていたナイフを振りかざした。

 竜もそれに気付いて、持っていたナイフを振り上げる。しかし、すでに竜の足には、別の仲間が投げていた小型のナイフが突き刺さっていた。

「竜様!」

「出るな! こんな傷、なんともない」

 叫んだマリアに竜が言う。そうしている間にも、青年とその仲間が、次々に竜へと襲いかかってきた。やっと明かりに晒された青年の仲間たちは、軽く十人は越える。

 この寒空の下、ほぼ闇の中で、マリアを守りながらの竜が無傷で倒せる人数ではない。マリアもそれを察して、裏門に取り付けられた呼び鈴を何度も鳴らす。普段は鳴らすことを禁じられているが、今は緊急事態だ。

 その時、竜に飛びかかってきた男たちは、途端に弾き飛ばされた。そんな竜の身体は青白い光を発している。竜は訳がわからなかったが、男たちが一斉にマリアを見つめたので、竜もその正体がマリアだということに気が付いた。そして、ここへ来る時に読んだ、ネスパ人の歴史の本を思い出す。


≪ネスパ人は昔、神の子または天使と呼ばれていた。ネスパ人が天使と呼ばれた所以は、他の人種にはない不思議な癒しの力を持っていたからとされている。しかし現在は、その不思議な力は危険とされ、ネスパ式医療と認められた医療機関以外は、その力を使うことも禁じられている――≫


「てめえ……日本人を庇うのか!」

 青年はそう言うと、竜をかわしてマリアに掴みかかった。と、同時に、今度はマリアが竜を庇う形で前へ出る。そして気を集中するように、無言のまま歯を食いしばっている。

「マリア」

 とっさに竜はマリアを止めようとしたが、竜の身体は青白い発光をしたまま、マリアにすら触れない。

 しかし、マリアの身体は違った。男たちに羽交い絞めにされると、顔を殴られる。

「誰だ! そこで何をしている!」

 そこに、数人の男の声が聞こえた。それと同時に、異変を察知した屋敷の警備員が走ってくる。

 暴徒の男たちはそれを見つけると、風のようにその場から走り去っていった。

「遅いぞ! ここはいいから、さっさと追いかけろ!」

 竜の指示で、警備員たちは暴徒の男たちを追いかけていった。

 再び静寂が訪れたその場で、竜はマリアを見つめる。すでに竜を包んでいた光は消え、マリアに触れることも出来そうだ。

 だがマリアは、倒れるように地面へと座り込んでしまった。

「マリア!」

「すみません……」

「何を謝ることがあるんだ!」

 竜がマリアの頬に触れると、マリアの身体は熱く、汗も滲んでいて、ひどく衰弱しているようだ。

「マリア」

「すみません……」

 そう言うマリアは謝るばかりで、それ以上は何も言わない。衰弱しきっていて、他に何も言えない状況だった。

 ネスパ人が代々持つ特殊な癒しの能力は、今では使用を禁じられている。実際に、マリアもその能力を使ったことはほとんどなく、また日々の過労も重なっていたため、必死に竜を助けようとしたことが裏目に出て、マリア自身の体力を著しく奪っていたのだった。

 竜はそれを察すると、毛布でマリアを包む。だが、そんな竜の手をマリアが掴んだ。

「大丈夫ですから……」

「馬鹿言うな。そんな状態で、何が大丈夫なんだ」

「ありがとうございました。私なんかを守ってくださって……」

 マリアはそう言うと、竜の足に触れる。

 突然の出来事に、まだナイフが刺さっていたことすら忘れていたが、思い出した途端に激痛が走り、竜はその場に座り込んでしまった。

「痛……」

 そう言ったと同時に、激痛が走っていたはずの足の痛みがすうっとなくなったので、竜は自分の足に目をやった。すると、マリアの手が傷口を包んでいる。不思議と青白い光が見え、竜はマリアの持つ不思議な力を再認識した。そこにもはや痛みはなく、傷口さえ塞がっている。

「……どんな魔法だい? 君は本当に、天使なのか?」

 マリアを見つめて竜が言う。マリアは力なく微笑み、首を振った。

「いいえ。すみません、禁じられているのに……」

「いや、君に助けられた。感謝してるよ」

 その時、またしても足音が鳴り響き、竜とマリアは硬直した。だが、そこには真紀がいる。

「奥様」

 マリアは静かに起き上がり、真紀にお辞儀をした。真紀は竜を見て、呆れたように溜息をつく。

「竜、またあなたなの?」

「邪魔してるつもりはない。それに、今日は暴徒が出た。こんなところで彼女一人を待たせるなんて、どうかしてる」

 真紀に向かって竜がそう反論する。そんな竜に、マリアは首を振るばかりだ。

「そう。すっかり竜を手懐けたってわけ。まあ別に、私には関係ないけれど。受け渡し方法の件は、今後考えるわ」

 そう言って、真紀はマリアを見つめた。

 マリアはポケットを探ると、いつものようにむき出しのままの金を真紀に差し出す。真紀はそれを受け取ると、足早にその場を去っていった。

「……すまない。真紀も昔は、あんなやつじゃなかったんだが……」

 竜の言葉に、マリアは首を振る。

「さっき言った“でも”の続きですが……」

「ああ……でも、何?」

「でも、私は罪人です」

 竜は目を見開いた。

「だからなんだ。命まで救ってくれた君に、幸せになってもらいたいと願うのは、俺も罪なのか?」

「きっと、罪です……」

「マリア……」

「日本人と話して罪、旦那様を好きになって罪、子供を思って罪、能力を使って、罪です……私は、脱獄までした重罪人です。自分の罪は自分が一番わかっています。何も持たない人間です。どうか同情などせず、お捨て置きください」

 マリアが言い終わらないうちに、竜はマリアを抱きしめていた。もはやこの感情は、同情ではない。マリアが愛おしかった。

「……ずるいな。君も俺も……」

 意図する意味がわからず、マリアは竜を見つめる。竜は静かに微笑んだ。

「君は無意識だからこそ余計に、俺を捉えて離さない……俺は昔から、自分の意志で動いてる。だから君が何と言っても、放っておくなんて出来ないよ」

「竜様……」

「様付けは、そろそろやめてくれよ。照れ臭くて仕方がない……せめて、俺の前だけでも」

「では、なんとお呼びすれば……」

 困った様子のマリアに、竜は苦笑する。

「そうだな。呼び捨てなんて無理だよな。じゃあ、さん付けでもちゃん付けでも、好きにしてくれ」

「……竜、さん……」

「ああ。そのほうがずっといい。ぐんと君に近付いた気がする」

 竜が言った。マリアは静かに微笑むが、もはや身体は限界だ。遠のく意識の中で、最後まで竜を見つめていた。

 今もなお、消えない亮への想い。竜は亮と似ているようで、まったく違う。それが羨ましくもあり、妬ましくも見える。マリアは、いつしか竜と亮を重ね比べている自分が嫌だった。

 疲れ果て、竜の支える腕の中で、マリアはとうとう意識を失った。


 暖かな部屋で、マリアは目を覚ました。途端に、ハッとして辺りを見回す。

 初めて見る部屋はホテルの一室のような豪華な造りで、ベッドに横たわっていたマリアは顔面蒼白になった。これ以上、織田家に足を踏み入れたら、今度こそ真紀が黙ってはいないだろう。一番怖いのは、昇の立場が危うくなることだ。昇に辛い仕打ちがあったり、最悪の場合は捨てられてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。

 マリアは息を呑んで起き上がると、見知らぬベッドから這い出した。しかし身体は鉛のように重く、立ち上がれない。

 その時、ひとつのドアが勢いよく開き、やってきた竜と目が合った。竜は風呂上がりのようで、バスローブ姿でタオルを肩にかけている。

「マリア」

「竜、さん……」

 不安げなマリアに近付き、竜がマリアの額に触れる。一瞬のうちに上がっていた熱は、だいぶ下がった様子だが、マリアの顔色は優れていないようだ。

「気分は?」

 竜が尋ねた。マリアは頷く。

「大丈夫です。あの、ここは……?」

「ああ、滞在用の俺の宿舎。役人所近くの宿舎になってるホテルだよ。あのまま家に上げたら、また真紀が何か言うと思ってね。医者に見せたら、過労だそうだ。二、三日安静にしろと言われたよ」

 ここが最高指揮官邸ではなかったことに安堵し、マリアは近くにあった時計を見つめ、慌ててベッドから降りかかった。

「ありがとうございました。私、もう行かないと」

「聞いてなかったのか? 二、三日安静にしろと……」

「そんなに休んでいられません。もう大丈夫です」

「信用できないな、君の大丈夫は。どうしたら俺の言うことを聞いてくれるんだ?」

「……どうしたら、行かせてくれますか?」

 二人の静かな睨み合いが続く。

 竜は小さく溜息をつくと、近くに投げ出してあった鞄から財布を取り出し、一枚の札を抜き取って、マリアに差し出した。

「君の一日のノルマ、一万パニーだ」

 マリアは悲しげな目で、竜を見つめる。竜はマリアの横に座った。

「俺だって、君を買うようなことはしたくない。だけどそれがあれば、君は一日休めるだろう」

 悲しいまでの竜の優しさがマリアに伝わる。マリアは軽く俯くと、震える手で、差し出す竜の手を止める。

「わかりました。ここに居ます……」

「そうか」

「でも、このお金は受け取れません」

「どうして? 遠慮はいらないよ。これがないと、君の立場が悪くなるだろう」

 二人は見つめ合うが、互いに悲しげな表情を浮かべ、どうしたらいいのかわからなかった。

 マリアは静かに首を振る。

「明日、二万稼げばいいことです……」

「……どうやって」

「大丈夫です。言われた通り、今日は静かにしています。その代わり、電話を貸して頂けますか? 休みの連絡を入れないと……」

 マリアは腹を決めたように微笑む。

「だったら俺からしておくよ。君はとにかく休んだ方がいい。一分一秒でもね」

「あ、でも、働いているところはひとつじゃなくて……」

「わかってるよ。朝は波止場で荷物運び、レストランにスナックに、休む時間もないこともね」

 そう言った竜に、マリアは首を傾げる。

「どうして……?」

「悪いけど、君のことは調べさせてもらってる。大体の事情は、わかっているつもりだよ」

「そうですか……すみません」

「いいから休め。君の職場には、うまく言っておくよ」

「ありがとうございます……」

 竜は立ち上がると、マリアをベッドに寝かせた。

 こうでもしないと、マリアは休もうとはしないだろう。芯が通っている女性だからこそ扱いづらいが、そんなマリアにどんどん惹かれていく自分を、竜は感じていた。

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