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【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
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2-5 気になる境遇

「旦那様の、お兄様……」

 マリアの言葉に、竜は苦笑して裏門から出てきた。

「竜でいいよ」

 竜はそう言うと、マリアの前に立つ。マリアは首を傾げて竜を見つめた。

「……お出かけですか?」

「いや。君に会えるかと思ってね」

 そう言った竜に、マリアはますます疑問の表情を浮かべる。

「え?」

 そんなマリアに目もくれず、竜は雪の上に腰かけた。

「いけません。こんなところにいたら……」

「でも、君はそうしてる」

 マリアの言葉に、竜はマリアを見上げてそう言った。マリアは静かに竜の前へしゃがみ込む。

「私は、あなた様とは違います……」

 説得するようにそう言ったマリアに、竜は悲しく微笑んだ。

「……そうかもしれないね」

 そう言うものの、そこを動こうとしない竜に、マリアはもう一度口を開いた。

「あの。本当に、早く中に……」

「大丈夫だって。君がこうしているんだから、男の俺に耐えられないはずがない」

「そういうんじゃないんです。大事なお身体なのですから。それにネスパ人は寒いところに住んでいたこともあり、身体は丈夫だといわれています」

 竜は苦笑した。

「よくわからないけど……無償に君に会いたくなってね」

 よく使う口説き文句だったが、竜自身も説明がつかないほど、それは本当の言葉だった。

「竜様……」

「やっと名前で呼んでくれたな。様もいらないよ」

「いえ……」

 その時、マリアが咳込んだ。

「大丈夫かい? 中に入ろう」

「いいえ。それだけは出来ません」

「なに言ってんだ。無茶するものじゃないよ」

 そういう竜に、マリアはしきりに首を振って拒む。

「マリア」

「大丈夫ですから……」

 呼吸を整えて、マリアが微笑む。

「……マリア。俺は、君のことをすべて知っているわけじゃない。でも亮との経緯は聞いているし、君がここにいる理由も、大体は察しがついている。真紀に何を要求されている?」

 穏やかな口調で竜が尋ねた。マリアはそう言う竜の目から、目を逸らせなくなっていた。その目は穏やかながらも炎が宿り、愛した亮とよく似た目をしている。

 マリアはやっとのことで目を逸らすと、俯いて首を振った。

「何も……」

「嘘だ。じゃあ、なぜ君はここにいるんだ?」

「……昇のため。自分のためです」

 今度はまっすぐに竜を見つめて、マリアが言った。

 その時、真紀がやってきた。またしても竜の姿があったので、真紀は驚いて目を丸くする。

「竜。あなた、どうして……」

「……この間、話しをしそびれたからな」

「こっちはこの子と契約があるの。部外者は邪魔よ」

 怒りを露わにして、真紀が言う。

「こんな雪のさなか、毎晩外に居させるなんてどうかしてる。放っておけないのは当たり前だろう?」

 竜の大きな声も辺りに響いた。しかし真紀はそれに動じない。

「そう。兄弟揃って、この子にご執心なわけ? でもこちらにも言い分があるわ。本当ならその子は今頃、刑務所に居るはずなのに、私がそこから出してあげたの。その上、血の繋がらない子供を引き取って、最高の服や食事、最高の教育を与えてる。このくらいの苦痛、まだまだ足りたものじゃないわ」

 興奮しながらそう言う真紀を前に、竜は怒りに任せて、とっさに腕を振り上げる。

 マリアは驚いて竜の腕を掴んだ。だが、すでに時は遅かった。真紀は更に逆上していて、逆に竜の頬を叩いた。

「奥様!」

 今度は真紀の腕を、マリアが掴んだ。吹雪いてきた辺りに、三人の吐息が白く漏れる。

「元はといえば、あんたのせいよ。あんたがいなければ……!」

 真紀はそう言うと、マリアを突き飛ばした。マリアは雪の中に放り出されると、無言のまま真紀を見つめた。その目は、ただ悲しそうに輝いている。

 そんなマリアを竜が抱き起こすと、真紀の手首を掴んだ。真紀は竜を悲しげに見つめている。

「……私が悪いの? こんな私にしたのは、いったい誰のせいよ!」

 そんな真紀の言葉が、悲しく響く。

「誰のせいでもないよ。悪かった……今日は退散するから、おまえも冷静になれ。俺も頭を冷やすとするよ」

 竜は反省したようにそう言うと、門の中へと消えていった。

 残された真紀とマリアは、無言のまま金の受け渡しをすると、そのままその場を後にする。

 三人の思いは交差することなく、影となってそれぞれを押し潰そうとしていた。


 次の日。竜は昼休みになると同時に、機械的に歩き出した。

「織田。どこ行くんだよ」

 一緒に街を巡回していた篠崎が、竜の歩調に合わせてついていく。

「メシ」

「なんだ? 可愛い子がいる店でも見つけたのか?」

「いや」

「そうだよな……この街じゃ、若い女はほとんど歓楽街だ」

 篠崎のその言葉に、竜は歩調を緩めて振り向いた。

「そういえば、そうだな……街であんまり女は見かけない」

「当たり前だろ。ここじゃ、女の数のが少ないんだ。居たとしても、堅気の仕事は少ない。男のほうが多いし、力があるんだ。俺がどこかの店主でも、働き手は女より男を取るね」

 そんな二人は、街を歩き続ける。

 ふと竜は細い路地裏で、食器を洗う子供の姿を見つけ、立ち止まった。

「織田?」

 篠崎が首を傾げて、竜と同じ路地裏を覗き、続けて口を開く。

「あの子がどうかしたのか?」

「あの子、何してるんだ?」

「皿洗ってるんだろ。どうしたんだよ」

 変な質問に、篠崎は怪訝な顔をして竜を見た。しかし竜は疑問の言葉を続ける。

「なんで、外で皿洗いをしてるんだ?」

 そこで篠崎は、初めて竜の疑問を察した。竜はこの街に来たばかりで、ここでの常識を知らないことに気付いたのだ。

「ああ、お前は知らないのか。ここでは皿洗いなんて、外でしてるところがほとんどだよ。どの店も狭いから、厨房だけで洗い場スペースが確保出来ないんだ」

「でも、この寒さだ。大丈夫なのか?」

「まあ、たまに皿洗いながら凍死してる子供は見かけるけどね……だからといって皿洗いするなとは言えないだろ。大丈夫。不思議な能力がある分、ネスパ人の生命力は並じゃないって、医学的にも証明されてる」

 竜は言葉を失った。この街では、想像を超える常識や風習があるらしい。驚いている竜を尻目に、篠崎が言葉を続ける。

「まあ、さっきの話じゃないけど、女が表に出ないのは、そういう仕事ばかりしてるからだろうな。細かい作業は女子供の作業。といっても皿洗いなんてしてる女は、店主の妻や娘がほとんどだけどな」

「ふうん……」

 竜は逸る気持ちを抑え、マリアが働いているはずのレストランへと入っていった。

 レストランは店主の男が一人で切り盛りする、小さなレストランだった。昼時なので、結構な人で賑わっているが、やはりマリアの姿は見えない。

「へえ。この店は初めてだよ。結構賑わってるじゃないか。どこで知ったんだよ」

 店に入るなり、篠崎が竜に尋ねる。

「べつに、ちょっと気になってね……俺、Bランチ。ちょっと出てくる」

 そう言うと、竜は篠崎を残して店を出ていった。そして店の裏手へと向かう。

 店の裏には案の定、皿洗いをしているマリアの姿があった。

 昼間でも相当寒い、吹きさらしの日陰の路地裏だ。竜がここに来たのは、マリアに昨日のことを謝りたかったからだが、必死でいながらも惨めなまでのマリアの姿に、竜は声をかけることが出来ず、店へと戻っていった。

「おかえり。スープ来てるぞ。結構うまい」

 戻ってきた竜にそう言いながら、篠崎はスープをたいらげている。

「ああ、悪い」

 竜もそう言うと、食事を進めていった。

「恋でもしたのか?」

 突然、篠崎がそう言った。

「え?」

「そんな感じの顔してるよ」

「ハハ。恋か……とっくに忘れちまったなあ」

 竜が苦笑して言った。

 恋と言われると、真紀の顔を思い出す。真紀は昔から情熱的な女性だった。そんな真紀以外に、本気の恋をしたことは思い出せない。


 その夜も、竜は織田家の裏門を訪れた。ここへ来れば、必ずマリアが来るはずだ。

 少し早かったのか、まだマリアの姿はない。竜はいつものマリアのように、門柱の陰に座った。なるほど風は少し防げるが、凍てつく寒さは変わらない。凍える身を丸くして、竜はマリアを待った。

 しばらくして、小さな足音とともにマリアの姿が見えた。マリアも竜に気が付くと、目を丸くして竜に駆け寄る。

「竜様……」

 竜は無言のまま、風が凌げる門柱との間に、マリアが座れるくらいの間を空け、持ってきていた毛布を広げる。

「おいで」

 そんな竜に促され、マリアは静かに門柱と竜の間に座った。地面はいつもと違って毛布で幾分暖かく、すかさず体全体をくるまれて、マリアは暖かな温もりを感じたまま、竜を見つめる。

「……昨日は悪かった。少しやり過ぎた」

 それだけを言うために竜はここにいるのだと、マリアは悟った。マリアは静かに微笑むと、首を振る。

「いいえ。奥様は……?」

「真紀か……そうだな。あいつにも謝らないと」

 マリアは頷く。

「とりあえず、今日は君への罪滅ぼしだ。家の中に入らないほうがいいなら、俺がここにいるよ」

「いけません。寒さに慣れている私ならまだしも、あなた様は……」

「今日は毛布も持ってきたし、俺も外回りばかりの仕事柄、寒さには強いんだ。俺の心配はいらないよ。それよりもう寝ろよ。真紀が来たら起こすから」

 探偵に探らせ、竜はマリアの睡眠時間が、真紀を待つこの時間ということを知っていた。だが、この寒さでは身の危険もあるし、暴徒に襲われる危険もある。

 そのために、竜は用意していた毛布でマリアをくるむと、安心して眠れるように、自分がマリアのベッドになれればと思った。

 マリアもその竜の行動の意味がわかっていたが、静かに微笑むだけだ。

「私なら大丈夫ですよ。見かけほど、やわじゃありませんし」

「……俺が居たら、迷惑か?」

 苦笑して尋ねる竜に、マリアは小さく首を振りながら、悲しく微笑む。

「本当は嬉しいです。私のことを気にかけてくださったり、こうしてお話が出来ること……でも大事なお身体なのに、ここまでしてくださるのは気が引けます」

 はっきりとマリアがそう言った。竜は苦笑すると、マリアを見つめる。

「じゃあ正直に言うよ。君を哀れだと思った」

 まっすぐにマリアを見つめてそう言う竜に、マリアは静かに微笑み俯く。竜は言葉を続けた。

「だからどうってことはない。ただ、出来れば君を助けたいと思ってる。弟である亮も、中途半端に君を投げ捨てたのは事実だ。君と知り合った今、亮の兄として、この街の役人として、君をみすみす放っておけない。ただそれだけだよ」

 正直なまでの竜に、マリアは静かに頷いた。

「お気持ちはわかりました。本当に嬉しいです。でも……」

「でも、何?」

「でも……」

 その時、二人は気配を感じて、同じ方向を見つめた。闇に紛れて、数人の足音が聞こえる。

 マリアはハッとすると、竜の胸元を掴んだ。

「行ってください。すぐに……」

 突然、顔色を変えたマリアに、竜は立ち上がって身構え、腰に手をやる。そして常時身につけている大きめのナイフが、いつでも出るように構えた。

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