表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【処女作】 ハピネスタウン物語  作者: あいる華音
第二章 「絶望 -ryu-」
12/81

2-1 新たなる序章

 ネスパ人は古代より、神の子または天使と呼ばれ、高い山間に出来た土地で、独自の文明を築いていた。ネスパ人が天使と呼ばれる所以は、他の人種にはない不思議な癒しの力を持っていたからとされている。

 ある時、山の下に暮らしていたさまざまな人種の人間が、ネスパ人の住む山を目指した。あまりに高い山に、ある者は遭難し、ある者は転落し、そのほとんどが帰っては来なかった。しかし、そんな中で数人の人間が、命からがら生き延び、遂にネスパ人に遭遇することとなる。

 ネスパ人は動じることなく人間を迎え入れ、それぞれが持つ癒しの力で、傷ついた人間の傷口、体力を回復させた。

 やがて登山の器具も発達し、飛行機なども出来たため、生還した人間が山の地図を作り、何人もの人間がネスパ人の住む山に辿り着くことになる。その度に、ネスパ人は快く迎えたが、やがて人間たちはネスパ人の持つその力に嫉妬し、激怒し、絶望した。そしてネスパ人を忌み嫌い、虐殺を謀ることとなる。

 幾度の戦争が重ねられ、その度にネスパ人は多大な犠牲を払いながらも、他の人種を傷つけようとはせず、敵でも目の前で傷ついていれば、不思議な力で治すことをしてきた。それはネスパ人自らが神の子だと信じ、自覚していたことに他ならない。

 だがそれすら面白くない人間がたくさんおり、遂にネスパ人はその地を追われ、世界に服従させられざるを得なくなった。

 やがて国際会議で、日本への難民受け入れが決定。日本の一角に新しい街・ハピネスタウンを作り、ネスパ人は隔離されることとなる。不思議な力は危険とされ、ネスパ式医療と認められた医療機関以外は、その力を使うことも禁じられている。今では若いネスパ人は、自分の持つはずの力すら知らない者もいる。


     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇


「ようは、ネスパ人が馬鹿だってことだろ?」

 ネスパの歴史本を閉じながら、一人の日本人男性が言った。男性はうんざりした様子で、長細い葉巻に火をつける。その姿はまだ若いが、独特の貫禄のようなものを持っていて、黒づくめの服が一層、得体の知れない強さを引き立たせている。

「ハハ。まあそう言うなよ、織田。一応、基本知識は知っていないと、痛い目見るぞ。それにネスパ人は、馬鹿じゃなくて純粋なんだよ」

 黒づくめの男性はそう言われると、軽く鼻で笑う。

 織田と呼ばれたその男性は、この街の最高指揮官である織田亮おだりょうではない。その三つ年上である腹違いの兄、織田竜おだりゅうである。竜は数時間前に、このハピネスタウンにやってきた。

 ここは役人所の一室で、目の前にいる男は同僚の篠崎しのざきという男だ。二人は過去に日本で刑事をしており、その頃からのつき合いだが、篠崎は二年程前からハピネスタウンの任務についている。

「ここは初めてじゃない。子供の頃にはしばらく住んでたし、入国制限といっても、一応俺は最高指揮官の家族でVIP待遇だから。それにその頃と比べれば、治安も良くなっているんだろ?」

「そうだろうけど、任務となれば大変だぞ。純粋まっすぐなところは今でも変わらないが、かつて天使と言われたネスパ人だって、就職難や貧困で参ってる。同情して近付けば、金をはぎ取られることもあるし、窃盗なんて日常茶飯事さ」

「ふうん……」

「織田。真面目に聞けよ」

「今日は仕事じゃないだろ。しかし、ネスパの葉巻はうまいな」

 そう言って葉巻をふかす竜に、篠崎は苦笑した。

「相変わらずだな。親父さんも弟さんも上流階級まっしぐらだっていうのに、おまえときたらそっち方面にはまったく興味がないらしい」

 篠崎の言葉に、竜も笑う。

「指揮官だの何だの、俺には最初から向かないよ。親父からも、当にさじを投げられてるからな」

「でも、弟殿はそうは思ってないみたいじゃないか。おまえに右腕になってもらいたくて呼んだんだろ? 小個隊の指揮官として呼ばれたんだから。名誉なことじゃないか」

「ご冗談を。俺はあいつと違って、ネスパ人が大嫌いだ。まあ日本に退屈してたからちょうどいい。それに、こっちのほうが給料もいい。しばらくこっちで、のんびりやるさ」

 そう言う竜は、今まで日本で刑事をしていたが、この度、弟の亮に任命され、このハピネスタウンで働くこととなっていた。その話は何年も前からあったが、やっと竜が折れたという感じである。

 竜は葉巻の火を消すと、窓辺から外を眺めた。すっかり街は冬景色で、雪もちらついている。おまけに今日はクリスマスイブで、ハピネスタウンもその活気に満ちていた。

「何が楽しくて、イブにこんなところにいるのかねえ」

 苦笑しながら竜が言う。篠崎もそれに続いて笑った。

「こっちなんて仕事だぞ」

「おい。もう仕事終わってるんだろ? 歓楽街、行こうぜ」

 そう言いながら、竜はすでにコートを羽織っている。

「ええ? 今日は指揮官の家でゆっくり過ごすんじゃないのか?」

「この年になって、家族も兄弟もねえよ。行くぞ」

 強引なまでの竜の態度は昔からだが、その態度に慕う部下も多い。どちらかというと物静かで優柔不断の亮とは、正反対の性格をしていた。


 今日はクリスマスイブで、日本人向けの店はもちろんのこと、その風習はネスパ人にも伝えられているため、ハピネスタウン全体が活気に満ちている。

 しかしハピネスタウンで一番賑わっているのは、やはり歓楽街である。怪しげな香が街を包み、薄い服をまとった女が日本人の客を引いている。華やかな欲望が渦巻くその一角で、日本人の役人はそれを取り締まりつつも、夜はそこで楽しむ。歓楽街は年中賑やかだ。

 そんな中、竜と篠崎が歓楽街へと入っていった。背が高く、独特の雰囲気を持つ竜には、すぐに客引きの女が群がる。

「お役人様、うちの店に寄ってってください!」

「いえいえ、うちへぜひ。可愛い子ばかりですよ」

 たちまち女に囲まれ、竜は葉巻を咥えたまま、歯を見せて笑う。

「相変わらずだな、ここは。犯罪の巣窟だ」

 竜のその言葉に、篠崎も笑う。

「痛いな。俺たちだって、昼間はちゃんと取り締まってるよ。さあ、織田。どの店にするよ? よりどりみどりだ」

「とりあえず酒だ。まずはバーとかクラブとかにしてくれよ。来て早々、淫売に溺れる気はねえからな」

「じゃあ、こっちだな」

 慣れた様子で、篠崎は竜を案内する。飲み屋にしても売春宿にしても、日本人が楽しめる場所はここしかないため、篠崎も歓楽街には詳しい。

 二人はバーへと向かっていった。


 数時間後。歓楽街を歩く竜がいた。久々の友人と酒を酌み交わしたため、かなりの酒を飲んだが、竜も篠崎も酒には強い。

「寒いなあ。しかし、もうこんな時間か」

 雪がちらつく中、ほろ酔い気分で、竜が腕時計を見ながら言う。

「まだ明日も仕事じゃないだろ? いい店紹介するよ。ネスパの女は美人が多いし、朝まで楽しめるぞ」

「悪いけど、もう行くよ。その店は今度な」

 篠崎の言葉に、竜は苦笑してそう答える。

「なんだよ。サービス最高な店だぞ? 日本じゃ許されないサービスだって……」

「いや。すでにこんな時間だけど、一応、亮の家に顔出すことになってるんだ」

 竜にそう言われ、篠崎も時計を見つめる。

「もう真夜中過ぎてるぞ?」

「いいんだよ。まあ、荷物は宿舎に預けてあるけど、しばらく亮の家に世話になることにしてるんだ。とりあえず今日はこれで行くよ」

「まったく、それならそうと先に言えよ。こんな時間じゃ、最高指揮官だってもう休んでるんじゃないのか?」

 篠崎が慌てて言った。しかし竜はさほど気にしていないようだ。

「張り切って早く行くのも嫌だったんだよ。おまえと飲みたかったしな。それより、亮の家ってどう行くんだっけ?」

「今、馬車呼ぶよ。最高指揮官の家って言ったら、この街で知らないやつはいない」

「いまどき馬車ねえ」

 苦笑して、竜が言う。

 この街の交通手段は、主に馬車だ。狭い街では、車だと排気ガスが街に充満するし、故郷で馬や動物と慣れ親しんでいたというネスパ人に、馴染み深い馬車が用いられているのだ。だが、もちろんそれは、日本人が使用することがほとんどである。

 竜は馬車に乗り込むと、亮の家へと向かっていった。

 もうすでに夜中だが、すぐには行きたくなかったわけがある。亮との兄弟仲は良いほうで確執もないが、根本の問題で、竜は亮を避けている節がある。それは腹違いの弟である亮のほうが父親に可愛がられ、大切に育てられてきたことで、引いている部分があるのだ。

 もうひとつは、亮の妻である真紀のことだ。昔話とはいえ、竜とは恋人同士だった時期があるため、お互いに吹っ切れてはいるものの、やりにくい部分もある。

 そんな問題を抱えながらも竜がこの街に来たのは、屈託のない兄弟愛で招く、亮の願いであるからに他ならない。竜は今までそれとなく過ごしてきた人生だが、亮は兄である竜にも、きちんと情熱ある仕事をしてほしいと思っているようで、何回断っても誘ってくるため、やっと折れた形になる。

 馬車の中、竜は横目で、暗闇に流れる景色を眺めていた。

 竜の脳裏に、遠い過去が蘇る。現実だったのかさえ忘れそうな、忘れたい悪夢だ。美しい金髪の女性が、首を吊るされて死んでいる。その中で、冷たい男の声が何度もこだましている。

「処刑しろ」

 今でも夢に見るそんな悪夢から、ハッと現実に戻る。もう夢か現実かの区別がつかないが、この街は竜の神経を逆なでするような何かがうごめいている気がした。軽い人付き合いを続けなければ、すぐにでも闇に引き込まれそうなほど、竜の心には影が潜んでいる。

「お役人様。もうすぐですよ」

 竜の心とは正反対の暢気な声で、御者のそんな声が聞こえた。

「ああ……」

 そう生返事をすると、竜はまた外を見つめる。

 先程からすでに、最高指揮官邸の長い塀が続いている。そんな中で、流れる景色に浮き上がる人影が見えた。金色の長い髪が、竜の悪夢と重なる。

「止めてくれ!」

 そう言って馬車を止め、竜は深々と雪の降る外へと降り立った。

 どこまでも続く塀の途中に、壁と同じレンガの門柱と小さな鉄門がある。呼び鈴もつけられているが、明らかに裏門だ。その横に座り込み、門柱に寄りかかった女性の姿があった。マリアである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ