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進化する退化

 雪が降る。辺りを白く無色に変えながら降り積もる。

 朝起きると辺りは一面白銀の世界になっていた。しかし、天候は素晴らしく晴れわたり昨日の曇天が嘘のような、真冬にも関わらずとても爽やかな日差しが二人の門出にはちょうど良いと思えた。


 僕は、いろいろと自分なりに考え悩み苦しんだあげくに結論を出した結果、高田さんの結婚式に出席することにした。

 正直、自分の過去にずっと縛られている僕には厭らしくも理子に逢いたいと思ってしまったのが、出席する決め手となった。

 過去の決別もできない僕が、それでも過去を見つめなおそうと“逢いたい”と考えがまとまった事に、自分でも驚いている。なぜ今更なのか分からなかったが、理子を想い続けている自分には今度ある大きなオーディションの前に確認をしたかったのかもしれない。それでも今までは想い続けて苦しむほか術がなかったのが直接逢うだなんて答えを導き出した自分の考えが自身でもよく分からなかった。

 なにかの期待を込めて・・・


 高田さんの結婚式は都内にある有名なホテルで披露宴を兼ねて行われた。

 僕は、絶対に忘れまいと普段は違う銘柄の煙草を愛煙していたが、今日はハイライトを持っていく。今でもそうだったが、僕は自分の験担ぎに決まってハイライトを吸う。大事な日であったり、勝負の日であったり、役者の現場であったり、僕にとってお兄ちゃんと一緒に見て行きたい処は、必ずハイライトを持参した。お兄ちゃんの愛煙したハイライトを。

 結婚式はチャペル式で行われる。礼拝堂が開場するまでまだ時間があった。僕は高田さんへ挨拶しに行こうと、新郎の待つ部屋をホテルの係員に聞いて、階段を昇る。

 新郎の扉の前に立つと同時に、呪文でも唱えたかのようにいきなり扉が開かれ、扉とぶつかりそうになる。

「お!祥じゃないか!!よかった!本当に来てくれたんだな。」

 扉が開いたと同時に新郎の高田さんがいつもからは想像もつかない見違える姿で勢いよく飛び出してきて笑顔でそう言った。

「あ、高田さん!本日はおめでとうございます。」

 礼節をわきまえて、社交辞令よろしく僕が言うと

「はは、ありがとう。いや~、髪から服装までビッとセットされちゃってさ、ちょっと窮屈だよ。役者での衣装やメイクの方がまだ楽ちんだな。」

 そう言って、ちょうど煙草を吸いに行くところなんだよ。一緒に行こう。と、促されて親族専用の喫煙所へ移動する。

 高田さんが煙草を取り出すのを見て、

「あっ!ちょっと待って下さい。せっかくなんでこっちを吸ってください。」

 と、僕は高田さんへハイライトを一本差し出して火を点けようとした。

「・・・そっか、ハイライトか。・・うん、そうだな!」

 高田さんもこのハイライトの意味がどういうことなのか、当然のように充分に理解をしていたようで、ありがとう。と一言告げて僕の手にあった火を煙草の熱へと奪っていく。

 僕も同じくハイライトに火を点けて、一緒に吹かし始める。あたりはすぐにハイライトの独特な香りが立ち込める。

「ふぅ、懐かしいな。いつもこのむせ返るほどのハイライトの匂いを身に纏ってた人だったもんな。」

 そうしんみりと言葉を出した。

「そうですね。ハイライトだけはご祝儀を忘れてでも絶対に持って来なきゃと思っていたんですよ。」

「おい!そっちも忘れんなよ!!」

「はは、大丈夫ですよ。」

 暫く談笑したのち、準備があるからと高田さんは控室に戻って行く。戻り間際、高田さんが振り返り、

「そういや、もう・・・倉田とはあったのか?」

 と、訊いてきたので首を横に振った。

「倉田や社長は、今日祥が来るなんて知らないから。」

 そう言って控室に戻って行った。そんな情報を教えてくれたのは高田さんの優しさなんだろう。よし!と、両頬をパチンと軽くハタキ、式場へ向かう。


 先ほどまで待っていた出席者が、いつの間にか礼拝堂へ参列している。僕も慌てて、入口に程近い右側の列に参列する。席に着くと落ち着く間もなくすぐに、礼拝堂一面に反響しながら安らぎさえ感じられるパイプオルガンの独特な音がせせらぎのように耳に響いてくる。そして自分が結婚でもするのではないかと錯覚するほどの高揚感が僕を包み込んでくる。

 初めに新郎の高田さんが現れ、花嫁を一番前で待ち、迎え入れようと緊張の面持ちで構えている。そして、父親に連れ添われて花嫁が一歩ずつゆっくりと歩んでくる。とても奇麗で素敵な花嫁だった。花嫁に見とれてジッと見ている。花嫁が一歩進んで背景が視界に飛び込んできた時、ハッとした。

「理子・・・」

 思わず小声で口に出してしまった。相変わらずの真っ黒で長く細い髪は健在で、黒い髪をさらに目立たせるような淡い碧色のドレスが印象的だった。久しぶりに見る理子は、僕の記憶の中の理子と全く変わりがなく、いや、それどころか僕の記憶の方が間違えだったのではないかと思えるほど、より一層の美しさで輝いている。


 時は進む。時空を飛び越えて常に人は進化の過程を歩む。そう、時の流れが止まらない限り、退化するなんてありえない。

 

 本当に久しぶりに見る理子はとても美しくとても奇麗で、聖歌の合唱が始まる頃、僕の今までの漆黒の闇に閉ざされた扉の6年間という月日は、理子の優しい美貌に聖歌の柔らかなメロディーが混ざり合いそっと開かれていくのが感じられた。


 挙式が終わり、参列者がみな披露宴会場へ大移動する。あらかじめ渡されていた座席表に従い、席に着く。僕と理子の席は随分と離れていたが、僕は話しするまでの決心を付けられずにいた。

 席に着き言われるままにとりあえず、ビールを頼む。乾杯や祝辞など披露宴でのおなじみの社交辞令にも似た機械的な儀式がひと通り終わると、暫く談笑の時間になった。

 僕は結局、理子を一目見たかっただけなのかな?そう考えているところへ突然声をかけられ振り返る。

「おぉ!やっぱり瀬戸じゃないか!久し振りだな!」

 一番会話を避けたかった人が話しかけてきている。森田だった。

「お前、ウチを辞めた時は連絡もなくって心配したんだぞ!?でも、元気そうで何よりだ。」

「・・・はい。お久しぶりです。」

「瀬戸、知っているぞ!お前ほかでちょくちょく頑張っているじゃないか。何よりだ。」

 話したくもないのに、どんどん突っかかってくる。

「おう、そういえば倉田も来ているんだぞ!おい!倉田!瀬戸がいるぞ。」

 突然、理子を呼び出して僕の鼓動が激しく波打つのがわかった。上座の中央で、高田さんが心配そうにこちらの様子を伺っているのが遠目にでも見て取れた。

「ひさしぶりだろ?ほら、倉田。」

 そう言って、馴れ馴れしく理子の肩に手を掛けては僕に理子を促す。

「久しぶりだね。瀬戸君。」

 苦しんでいた僕はなんだったんだろうか?こんなにも簡単にあっさりと理子が言葉をかわしてくる。

「あぁ・・、久しぶり。」

 森田が何も気にせず理子をここへ呼んだのは当然であった。森田は、僕と理子の間に何があったか知らないし、理子と森田の不倫の関係も僕が知らないと思っている。

「瀬戸君、最近ドラマとかで活躍してるね。」

「いや、全然。本当に小さな役でしか出演できてないよ。」

 久しぶりに理子とかわす会話。なんでもない、どうでもいい話しだったが、こうして話しているとすごく落ち着く自分がいる。

「そうだよな。お前そんな所に行かずにウチで頑張っていれば、もっと大きな役とかで今頃は大スターだったのに。」

 森田の言う事がいちいち癇に障った。

「いえ、そんなどこにいても僕は変わらないですよ。」

「いや、お前はうちに居れば必ずもっと売れてたよ。なんせ、倉田のお気に入りだったからな!」

 一瞬、言葉が理解できなかった。え・・・!?理子のお気に入りだったから!?森田の棘のある言葉に疑問と怒りが増して行く。

「ちょっと、社長!」

 理子が森田を制するのを無視して僕はその疑問を投げかけた。

「どういうことですか!?」

「ん、だからお前に新人の時から結構仕事が入ったのはさ、倉田がお前のことを気に入ってたから優先してマネージメントしていたんだ。じゃなきゃ、新人のお前にマネージャーなんかつかないだろ?」

「・・・・・・・」

 悪意にも感じる森田の言葉に身体が怒りで震えた。

「だからな、まだウチでやっていれば倉田のお気に入りのお前は、他のタレント達よりも最優先でマネージメントをしていたから、今頃お前は売れていたってことなんだよ。もったいなかったなぁ~、お気に入り君。」

 何も言わずにプロダクションを辞めたことへの嫌味なんだろうが、僕の役者としての人生を全否定するような、森田の悪意に満ちた言葉は僕のプライドをズタズタにする、そんな呪いのような言葉だった。それに併せて理子を奪われた憎しみや、自分の妻や子供もいるのに不倫をしている森田への怒り、全てに対して今ここで、森田を殺せるものならば殺してしまいたいと思えた。しかし逆に生まれてから初めて体感するであろう、その殺意という感情が自分を恐ろしく思えさせて、辛うじて冷静さを保つ事が出来た。

「そうですか!」

 僕は森田に向かって一言だけそう言うと、今度は理子の方へ

「悪い、ちょっと体調が悪いから先に帰る。高田さんにそう伝えておいて。」

 そう言って荷物を手早く取り、披露宴会場を足早に飛び出した。耐えられなかった。森田と理子は僕と付き合う前から関係を持っていたことがよくわかったし、理子の掌の上で僕の役者としての仕事が弄ばれていた気がして、許せなかった。

 ホテルの外に出て、駅に向かおうと足早に歩いていると、理子が走って追いかけてきた。

「祥!待ちなさいよ!祥!」

「・・・・・」

「祥!高田さんの結婚式だよ!祝福する為の結婚式なのに途中で帰るなんてやっぱり失礼よ!」

 理子の言葉にしている意図が僕の考えている意図とは違い、それが腹立だしさに拍車をかけ、気付けば遠吠えのように大きな声を張り上げていた。

「理子は!・・・理子は、僕が役者としてやっていけないと思っていたのか!?」

「・・・・・・・」

「僕が子供で情けない奴だったから、憐れみで僕と2年間過ごしていたのか!?僕のことを人形のように思って、大人な森田に僕の事を話して斡旋して満足する、そんな都合のいい玩具とでも僕の事を思っていたのか!!」

「・・・・・・・」

「僕は・・・理子とあんなことがあってからも、この6年間、一日として忘れられなかっ たことがある。理子が・・・理子が最後に言いかけた言葉を聞かなかった事に後悔をしていた。」

「・・・・・・・」

「もう、これで最後かもしれないだろう・・・?だから・・理子が本当は言いたいことがあったんじゃないかと・・・ずっとそう想ってた・・・」

「・・・なぜ・・?私は今のままで充分よ。」

「・・・・・!」

 最後に冷静に言い放った理子の一言に、僕の脳は直接いかずちが落ちたかのような衝撃を受けて、僕はそのまま無言でその場を立ち去った。


 逢わなければ良かった。逢いに行かなければ良かった。淡い期待をもって活き込んでいた自分が哀れだった。こんな事になるなんて予想もしてなかった。

 晴天のお蔭で朝方まで積っていた雪も日陰以外はもう随分溶けている。薄雲が強い風で流れていく真っ青な空は、僕の心境とは真逆に気持ち良さそうだった。


 吉祥寺駅に着いて失意の僕にいろんなものの誘惑が目に入る。家にそのまま帰る気がせずに、ただフラフラと空中を漂う埃のように舞っていた。気がつくと井の頭公園まで来ていて、湖をボーっと眺めている。ちょうど日が暮れ始め、宵の空が朱色に染まり僕の気持ちがシンクロを始める。呑まずには居られなく適当に缶ビールを途中で購入していた僕は、朱色の空を眺めてビールを飲み干した。

 ブー・ブー・ブー

 携帯のバイブレーションに気付き電話を手に取る。尾澤さんからの電話だった。

「もしもし瀬戸君?今日さ、早上がりなんだけど何やってる?」

「・・・・・」

「もしも~し?瀬戸君?」

「・・あ、あぁ、今、井の頭公園で夕焼け見てる。」

「え?井の頭にいるの?じゃ、今から行っていいい?」

「・・・うん。」

 何もかもがどうでも良かった。人との受け答えすら面倒に思えた。

 僕は何をしているんだろうな?いや、何をしてきたんだろう?分かりきっていたことじゃないか!理子はもう僕に対して何も想っていないことなんて。僕だけが時間を勝手に止めていたなんてことは、分かっていたはずじゃないか!

 

「瀬戸君!どうしたの?こんな寒い中公園で。あれっ?ビールも呑んでるの?」

「・・・うん。ちょっとね。」

「あ、私も貰っていい?」

「どーぞ。」

「頂きま~す。」

 隣りで明るく会話をする彼女が今はせめてもの救いだった。僕の中の失意が和らげられる気がした。

「ね、お酒呑むんなら、どっかお店に入ろうよ~。ここじゃ日も暮れたし寒いよ。」

「・・・ん、そうだね。」

 尾澤さんの裏表のない意見が眩しかった。

「もう!本当に元気ないね~。どうしたの?」

「・・うん、まぁちょっとね。・・・じゃぁ、行こうか!」

 僕が無理やり空元気を奮い立たせ店へ向おうとした時、

「・・・慰めてあげようか?」

 突然、尾澤さんからそう声を掛けられて

「えっ・・?」

 と、振り向いた刹那、尾澤さんの唇が目に飛び込んできて、井の頭公園の橋の上でそっと唇と唇が重なり合った。

「・・・・・!!」

 優しさに満ちたその暖かく柔らかい唇から愛を感じられるキスに、僕も自然といつの間にか目を閉じて身を任せ、尾澤さんの小さな背中に僕の二の腕をまわし安らぎの抱擁をしていた。


 この日の寒さは雪解けの地面のように暖かさが感じられる、そんな寒さだった。


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