エピローグ~光のチケット~
季節は再生を循環していく。過去から未来へと一歩ずつ足を歩み始めた僕はこの日を待っていたのかもしれない。あたりは緑が徐々に消えていき肌寒さを体感し始めている。
いよいよ映画公開初日になり、マスメディアは話題の映画を御輿でも担ぐように持ち上げている。いつどこでも祭囃子が聞こえてきそうなそんな盛り上がりが、僕の中で決意を固めていく。
映画初日公開に併せて、初日舞台挨拶をすることになり、映画の主要キャストが久々に六本木に集まり映画の公開と再会を喜び合う。
希望に満ちたその日の午前中はキレイな青空を覗かせて映画を祝福するかの様な晴天だったが、午後からはあいにくの空模様に変わり雨が降りしきる。移ろいやすい季節である秋を象徴するような天候だ。
新しく何かを始めるというのは、当然だが修復や再生とは違うし、生まれ変わることでもない。そこに新しい命が芽生える、そう誕生というものが新しいということなんだと思い始めていた。
僕と理子との間には過去を持ってしまっているが、僕は再生をしたいわけじゃなく、ましてや修復をしたい訳でもなくなっていた。たったそれだけの事を気付くのに7年以上の歳月を費やしてしまった。お互い過去を苦しんだ僕たちに必要なのは、新しく始める『誕生』のような光が必要だと今では思っている。それは、とてもか細くとても弱弱しい光の雫かもしれないが、流れ落ちる雨の中に光を感じているのと同じく、僕はこの掌で握ったら消滅してしまうであろう雫をそっと優しく掬おうとしている。もしかしたら、偽りの光で掬ったら闇が待っているかもしれないし、本物の光でも指の隙間から抜け落ちてしまうかもしれない。それ以前に、そもそも僕に掬うことができるのだろうか?疑問ばかりが大きく膨れ上がり、たまにプツプツと膨張する音が聞こえてくる。今までであればここまでで、ここからまた過去に縛られ拘束されていたのが、今の僕は過去ではなく未来へ欲求をさらけ出すことが出来、そのペンチのような頑強なハサミが過去の赤い鎖を断ち切っている。
理子。
君はもう忘れてしまったかな?あの時あの場所で二人きりでいた時のことを。君が何かに不安を感じていたことを。そして突然口に出して言った言葉を。
『祥、何年経ってもずっとこうして隣にいてくれる?』
『もちろんだよ。僕は理子を絶対に離さないから安心して。』
『本当に?約束してくれる?どんなことが起きても離さないでいてくれる?』
僕は過去から未来へ延びる光をこのたった一度だけの会話に託して、未来へと誕生させる準備をしていた。希望と期待と欲求を込めて。
もちろん自信なんてなかったし、どこかで逢う約束をしているわけでもない。大体こんな会話をまだ覚えている僕がどうかしている。僕がおかしくて、やっぱり現実は辛く厳しくて、もしこれで理子とこの先逢えなければ・・・僕はもう理子との過去を完全に決別して、未来への誕生はここで終焉しようと覚悟を決めている。
会場は六本木にある上映場で、1200名も入る大きなキャパにも関わらず話題の映画というだけあって満員御礼である。
映画が流れる。2時間という時間をかけてゆっくりと映画が流れる。その間、僕たちも待合室で映画を再度見ていた。自分の演技をみると、過去に縛られていたことがよくわかる。そんな悲痛な演技だったが、それが好演として僕の演技そのものは高評価を頂いていた。
映画が終わり、舞台上の司会者から登場を促される。監督から整列して行進のように順に下手から壇上に上がっていく。順番に上がっていくと、僕がちょうど舞台の真ん中に立っていた。
「はい、ご来場の皆様、お待たせ致しました。それでは、監督から順番にコメントを頂きましょう!」
監督から順番にマイクを渡され挨拶をして行く。舞台上から観客席を見ると、舞台と客席で明暗がはっきりしていて、お客様の視線や顔を感じることはなく緊張を和らげてくれる。
5番手に僕も挨拶を無事に済ませ、他のキャストの挨拶が終るのを待つ。みんなの挨拶を聞いているとさすがに手慣れたもので、こんな挨拶自体初めての僕には、気の利いたセリフなど全く言えなかった。
一通り挨拶を終えると、司会者から各キャストに質問が投げかけられてきた。それに対して、撮影の裏話などでも盛り上がっている。
「え~、では瀬戸さん。今回の映画で不倫をしていた女性をそれでも信じ、最後に自殺をしてしまうという、大変重い役を好演なさいましたが、瀬戸さん自身ではこれはきつかったなぁ~という恋愛経験などおありですか?」
司会者の質問に僕の心の扉が開かれた気がした。
「はい、僕にもかつて似たような経験がありましたよ。」
「えっ?そうなんですか?似たようなって、まさか不倫とかじゃないですよね?」
司会者が冗談ぽく笑いながら話すのを横目に
「・・・いいえ、今はもう、不倫だったとは思っていません。」
会場がざわつく。
「むしろ、僕自身が本当の彼女を分かってあげられてなかったようです。僕は、彼女に謝らなくてはならないんです。彼女は過去に縛られていたから。だから、僕がもっと支えてあげなければいけなかったのに・・」
「・・・・・え~っと・・」
司会者が困っているのが見えたが、僕はもう止まれなかった。他の共演者達の驚いている顔も眼の端の方で感じられる。会場も更にどよめきはじめた頃、僕は自分でも気づかないうちに心臓発作でも起こったのかと錯覚するくらいの動機を覚えたが、かまわず続けた。
「僕は彼女を深く傷つけてしまった・・・。彼女の事を何も知らなくて、知らないのに自分勝手な言動や行動をして・・僕は自分を悲劇のヒロインだとでも言わんばかりだった。」
僕は今度こそ未来を手に入れられるだろうか?
「理子・・。僕もあの時はずっと理子が全てだった。でも、今でも、君が僕の全てなんだ。何をしていても君が僕の隣にいた。僕は理子を・・・。理子もあの不甲斐無かった・・・ぼ・・・」
会場のどよめきがいつの間にか静寂に包まれていた。会場にいるお客様だけではなく、公共の電波を使ってこんな事を言い始めている自分が信じられなかった。そう思い感じた瞬間、突如何かに喉の奥の方を握り潰される感覚に陥り言葉が出てこなくなった。どうしても、これ以上先の言葉が出てこない。これから先をちゃんと伝えないと僕は前に進めないのに、いざという時に今まで沁みついた過去への固執と呪縛がまた蘇り、今一歩、口にしようとすると萎縮してしまう。
その刹那、司会者がここぞとばかりに進行を進めようとまとめに入ってきた。
「え~、瀬戸さんも大変重い恋愛経験がおありのようですね~。瀬戸さんありがとうございました!では、次に…」
司会者がそそくさと進行を決行し始めたのが遠くに聞こえてくるようだった。僕は司会者の言葉までか周りの声も気配も感じられなくなり真っ暗な闇に閉ざされていくのを実感していく。徐々に、でも確実に辺り一帯が暗くなっていき独りだけポツンとこの壇上にいる感覚。僕はやっぱり…ここまでなんだな。どう頑張っても僕には未来を進むだけの力はないのかもしれない。赤い鎖は確かに断ち切ったはずなのに…なにが足らなかったのだろう?理子への想い?自分自身の強さ?勇気?愛?ごちゃごちゃといろんな考えが頭を巡りパンと弾ける。
・・・・・・
静かだ・・・。そして真っ暗だ。静かで冷たい闇。僕には慣れていた環境のはずだったが、未来へ進むと決めた僕には、とても重く辛い、そして苦しい空間。
・・・・なにも聞こえない。
シーンと静まり返った闇の空間は僕をまた過去へと連れ出し閉じ込めるのだろう。あぁ、でもそれもいいか。もう、何も考えたくない。未来へ行けないならもう死んでしまいたい。もう・・・。
「なんで最後まで言わせなか!司会者!!」
大きな声が会場を包み込む。同時に僕はハッと我に返る。観客の一人が司会者に向かって怒鳴り、辺りは一瞬静まり返ったが、その一言を切っ掛けに周りの観客たちが呼応をし始める。
「そうだ!司会者!まだ彼は全部言ってないじゃないか!」
「ちゃんと最後まで言わせろよ!」
「俺は続きが聞きたいぞ。」
「頑張って~瀬戸君!」
「司会者はすっこんでろ!」
「そうだそうだ!」
異様な盛り上がりはどんどん大きくなり司会者もたじろいでいる。
「え…え~、そ、それでは、あの、瀬戸さん?」
「いいから本人に話させろ!」
「は、はい!」
僕にも信じられない光景だった。でも、もっと信じらない、いや、現実では絶対起こりえないことに僕自身は困惑していた。一番初めに怒鳴ったあの声。特徴ある訛り。あれは確かにあの人の声そのものだった。でも絶対にありえないし、僕が極限まで追い詰められていたから、そういう風に聞こえただけの幻聴かもしれない。そうかもしれないけど、僕は信じたかった。死にたいと思った瞬間の言葉だったから…。
「で、では!瀬戸さん、お願いします!」
「・・・はい!」
お兄ちゃん…ありがとう。
「皆さん、ありがとうございます。こんな私事に声援を頂いて……。とても、とても感謝します。」
一度深呼吸をして、辺りを再度見渡してみる。先ほどまでと全く変わりない舞台上で、ほんのり客席の通路に点灯する非常灯が目に記録されていく。
・・・・お兄ちゃん。
僕は、止まっている古時計のネジを全ての想いを込めて捲き始めてみる。一つずつ一つずつ、ゆっくりと・・・。錆びて傷んだネジの錆びを丁寧に取り除きながら。ゆっくり・・ゆっくりと・・・。
「僕には忘れられない女性がいます。ずっと想い続けた女性。もう今年で彼女と一番初めに出会ってから 10年が経ちます。いろんなことがあった10年だったけど、僕と彼女に存在した現実は全て過去でした。僕は…彼女に何もしてあげられなかった。苦しんでいる彼女のことを気付きもせず、助けることも出来ず…。」
さっきまでの盛り上がりは一気に消沈し静まり返る会場が、逆に僕を後押ししてくれていた。
「理子?君はおぼえているかい?過去を語らなかった君に僕はいつも拗ねていた。でも、もう辞めた!僕は理子の過去じゃなくこれからの…ここから先を見る。」
シーンと静まり返った会場。静かで暗いままだが、さっきまでの苦しさはなくなっている。客席の一番後ろの方で何人かの影が立ち上がり、動き出したのが凝視しなくともよくわかる。こんな私語ばかりなら、至極当然のことだろう。それでも僕は続ける。
「理子、僕は・・・今でも君を愛している。」
どこかの誰かが言った、希望は自分で掴むものだと・・・
「君も過去に苦しみ、僕も過去に縛られていたけど、僕は未来に行こうと思うんだ。」
どこかの誰かが言った、奇跡は信じなければ起きない・・・
「過去を変えるんじゃなく、現在を変えて・・。今を生きようと思う。理子・・・まだ僕たちは間に合うんじゃないかな?」
どこかの誰かが言った、過去には戻れないが現在を生きれば未来が手に入る・・・
「僕は君と未来を誕生させたい。」
なにもかもが上手く行くことなど皆無に等しい。それでも人は未来を見据えて生きていくんだ。
「もし・・・これからがあるならば・・・」
僕は未来を手に入れられたのだろうか。
「僕は・・君と・・ずっと一緒に歩んで行く。」
僕のひと雫の光は、まだほんの小さな光にしかなっていなかったけど、この光の照らす先には光源が輝いているのだろうか?理子に今投げた僕のこの未来への光のチケットは、彼女の元へちゃんと届いただろうか?
自分がしている未来への探求が今の僕には一番必要で、疑問ばかりの行動だったけど、これで理子が今後先、僕の前に現れなければ、諦められる気がした。
先ほど会場の後ろで動いた影が、いつの間にかレッドカーペットの客席通路を降りてきているのに気がついた。
一歩、また一歩と、ゆっくり近づいてくる。
奇跡というものがあるのならば・・・それは・・きっと・・・
影は徐々に舞台に近づく、一歩、一歩
こういう事をいうのだろう・・・
影が光に照らされて、僕はようやく光源に辿り着いた。
「理子!!」
長く長く止まったままだった僕の古時計は、0時のチャイムを奏でてゆっくりと未来を刻み始めた。
完
敬愛なる親友、坂下俊彰ことお兄ちゃんへ捧げる
=Special Thanks=
Daisuke Yamaue
Motoi Yoneda
Takashi Takayama
Eriko Katayama
皆様、はじめまして。
左右田 水です。
最後までご一読頂き感謝の極みです。
本当にありがとうございます。
この作品が小説としては私の処女作品となりました。
脚本などを普段執筆したりはあったのですが、
小説は初執筆です。
と、いってもこの作品自体はもう5年前くらいに書き上がっていたものですが。
今回、UPするにあたってかなり修正や追加を致しました。
皆様、如何でしたでしょうか?
脚本と違い、小説は情感などが非常に重要で難しいことがよくわかりました。
愚作ではございますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
退屈な作品でしたら申し訳ございません。
この作品はもちろんフィクションですが、最上記にあるようにある一部だけ私の体験がもとになった部分がございます。
お兄ちゃんの綴りは私の実体験をもとに構成いたしました。
抑揚を大きくしている部分もありますが、殺されてしまったこと自体は事実です。
若くして亡くなった彼は私にいろんなものを残してくれました。
この小説は、彼が亡くなった時にずっと想い描いて構成した作品です。
何かを彼に残したいと衝撃にかられ、もし小説を書くならばこの作品を処女作にしたいと強く想い描いておりました。
不慣れな小説の執筆で読みずらい部分も多々あったかと存じますが、よろしければお読み頂いたご感想や評価などお待ちしております。
最後までご一読頂き、誠にありがとうございます。
今後は、今まで溜めてある小説やネタなどをまたUP出来たらと思っています。
全く書いたことはありませんが、推理小説も書けたら面白いかなと思っています。
では、また会う日まで。
ありがとうございました。
2011年12月1日 左右田 水




