プロローグ~光の雫と闇の顔~
いつもそう思っていた。毎日毎日狂おしいと想える時間の中、それでも平静さを装っていつだってそう思っていた。
『もう、これで最後かもしれないだろう・・・?だから・・理子が本当は言いたいことがあったんじゃないかと・・・ずっとそう想ってた・・・』
今日もお決まりの時間に携帯電話のアラーム音が鳴る。僕は朝の目覚めは良い方だった。お気に入りのアラーム音によって決して深くない眠りの中から呼び戻され、寝ぼけながら携帯電話を停止させる。ベッドの横に常時置いてある清涼飲料水を一口、口に含みながらベッドを離れる。カーテンをあけ窓から空を見上げる。僕の毎日の日課だ。このひと時が僕にはとても心地よく思える瞬間だった。
今日はあいにくの雨だった。
銀色の草原が空一面を覆うように広がっていて、そこから水色とも透明ともいえるような幾千万もの光の雫がおちてくる。
僕はなぜか、子供のころから雨は好きだった。どこか自分というものを落ち着かしてくれる。
シャワーを浴びてせかせかと家を出る身支度を進めていくと、「さぁ、今から仕事だ!」という覚悟が僕を家の外に送り出してくれる。
毎日自転車で通る見慣れた街路を、今日は歩いて通過する。この道を歩いていると、東京に住んでいる事を忘れてしまいそうになることがある。道の両端に広がっている民家の畑。息を大きく吸い込むと湿った匂いに混じって、畑独特のこげ茶色の土の香りがする。鼻から息を吸い込んでいるのに、全身でその香りを受け止めているような、また香りもそれを待っていたかのように優しく僕を包み込んでくれる。田舎育ちの僕にはとても懐かしく感じ、同時に寂しくもさせた。
しばらく歩くと、道の両端の景色は大小様々な四角が乱雑に並んだ雑踏に豹変する。あくせくと早歩きの人達を、僕なりに気を使ってぶつからないようにすれ違っていく。サンロード商店街を抜けると、僕の職場はもうすぐそこだった。
吉祥寺駅北口のロータリーにある、四角い大きなデジタル時計を見上げる。
「ちょっと早く着きすぎたかな」
雨の為歩いてきたが、それが逆にいつもより30分も早く到着する結果になってしまった。余裕を持って家を早く出すぎたみたいだ。職場までそのまま行っても良かったが、せっかくなので少しぶらぶらすることにした。
東京に上京してきてもう8年が過ぎていた。それは吉祥寺に住み着いてから8年超過する事も意味している。この田舎とも言えない、でも都会とも言い難い、中庸的な街並み。言うなれば、中等都市とでも言っておこうか。吉祥寺はそういう街である。僕はこの街が好きだった。
バイトが始まるまでの間、今来たサンロード商店街を今度は逆走してみる。来た道をUターンして逆に歩いていくと、また違った感覚を獲得できる。
今さっき歩いてきたばかりの道なのに、まるで別物と感じる景色の錯覚。でも、なんとなく見覚えがある景色。時が戻っている様な、時間を駆け上っている様な、少しだけ気持ちが落ち着く気がする。
落ち着いた気持ちの感覚を獲得出来たとき、更にもう一歩、至福の時を過ごそうと近くでコーヒーでも飲んで職場に向かおうと考えていた。
いろんな店が立ち並ぶ商店街をゆっくり吟味しながら歩いていく。
「あれっ?瀬戸君じゃない?」
思ってもみないところで突然甘ったるい声を掛けられて、びっくりして慌てて振り向く。
そこにはバイト先の同僚の尾澤沙織がニコニコして立っていた。
「もうすぐバイト始まるよ?どこいくの?」
「尾澤さん。あぁ、びっくりした。おはよう」
「うん!おはよう!!で、どこ行こうとしてたの?」
「ん、ちょっと早く着きすぎちゃってさ。少し散歩」
とりとめて嘘でもないが、バイト前に独りでコーヒーを飲みたかった僕は、思わず散歩と口走っていた。
「えぇ~!なにそれぇ~!!お店に行ってればいいじゃん。今から沙織もお店に行くから一緒に行こうよ~!」
「えっ、あぁでも、もうちょっ…」
「はいっ!行くよ~!!ねっ!」
「いや、ちょっ…」
かなり強引な娘であった。アルバイト先でも元気が良く明るくて、自己中心的なのがたまにキズだけど、地元が吉祥寺という東京生まれ東京育ちのいわゆる都会っ子なだけあって、僕なんかと比べると随分垢抜けてる様に感じる。容姿端麗でみんなからの人気も高く、同姓からも異性からもすごく好感触で、いわゆるアルバイト先のアイドル的な存在であった。
僕も尾澤さんの事は嫌いではなかった。
細い手に捕まれた僕の腕を華奢な身体で強引に引っ張っていく。引っ張られながら、朝一番から予定が狂ってしまったな…今日はあんまり良いことがなさそうだなぁ、などと僕は思いつつバイト先まで拉致された。
「おはようございま~す!」
「おはようです」
店長が開店準備をしている所へ二人同時に入店して挨拶をする。
「お~、おはよう。お二人ともお揃いで。早速で悪いんだけど、着替えたら開店の準備手伝ってもらってもいいかい。」
相変わらず淡々としている店長だったが、何気に会社の中では出世街道まっしぐらの人であった。
こうして今日もバイトの時間が始まっていく。
僕が今働いている職場は吉祥寺に上京してから2つ目の職場だった。大きくもなく小さくもない雑貨屋であったが、若い人や年寄りまでいろんな年齢層のお客が行き交っている。良い買い物をした時の満面の笑みや眉間にしわを寄せてどれにしようか悩んだり、やっと探し当てた宝物を発見した時みたいな驚きの表情をしたり、いろんな人達を身近に見ていられるのは非常に楽しく僕に沢山の贈り物をしてくれる。
僕はここが大変気に入っていた。
バイトが終わってバイト先をあとにする頃、辺りはもう真っ暗だった。雨も夕刻時にはすっかり上がっていた。吉祥寺は昼の顔と夜の顔がずいぶん違ってみえる。少なからずどの町もそれはあたりまえの事なのであろうが、吉祥寺はそれがあまりにも極端であった。昼間のあの、足の踏み場に困るくらいの雑踏がまるで催眠術にでもかかってしまったかのように、冷静さを身に纏ったもう1つの顔を現す。それがこの街の素顔かもしれない。
表裏を感じ取れた時、僕は少しだけ優越感に浸る事が出来る。
なぜだろう?
この街の冷たい顔を全身で感じて触れることが出来るといつでも平静を取り戻す事が出来る。でも平静は一瞬で即大きな虚無感という暗黒のカーテンにつつまれてしまう。まるでイカロスが蝋の翼を手に入れ自由に雄たけびをあげながら空高く浮遊している刹那、ダイダロスの忠告も聞かずに天高く舞ってしまった為、太陽の熱によって地へ失墜してしまい取り返しのつかない闇が訪れるような…。
そんな感覚も僕がこの街とあまりにも良く似ているわけと同じなんだと本当は気付いている。
自分の夢と、そして、一人の女性に対しての強い想い。
僕は今でも理子を愛している。
後悔というものは、当たり前だが現在より未来に感じ取るものだ。ましてや、過去には起こりえないことなのだ。だから、現在の岐路を1つ1つ慎重に選ばなければならない。それをあまりにも大雑把だったり、慎重しすぎたりすると、人は時として過去に戻りたい、あの頃に戻ってやり直したいと、無理難題な願望が芽生えてくる。僕もその一人であった。
お酒の力を借りて気を紛らわそうとするが、それをどこかで冷静に見つめている自分がいて、妙に滑稽に思えてくる。
上機嫌で千鳥足になっている中年や若者を見るたびに、みんな自分と同じで気を紛らわしているのだと、自己中心的な悟りを開いてしまう。
おかしなひと。
理子が口癖のように僕に対してしゃべる一言だった。僕は自分では頑固者だけど真面目なほうだと思っていた。確かに対人関係はあまり得意なほうではなかったし、あまり人と深く関わる術もよく知らない。自分が思うままに生きてきていた。逆に自分がやりたい事しかやっていないわがままな子供とも言えるが、それでもあの時はそれでいいと思っていた。そういった意味では特殊な部類なんだろうか?
祥って本当におもしろい。でも祥のおかしさは真面目だからおもしろいのよね。他の人とはどこか違う真面目で真っ直ぐな事を私はわかっているよ。
僕の人生でこんなに嬉しいと思った事は初めてだった。
こんなにもおかしく侮辱にもとれる一言なのに、全く怒りはなかった。僕の内面をしっかりと見据えてくれる女性。透明な硝子ケースでの小さな生活を外から覗かれている様な感じで少しくすぐったい様な恥ずかさもあったが、でも不思議と嫌ではなかった。おかしいと連呼される事も中身を透視される事も。それどころか理子が話す事は妙な説得力があって、そう言われる事に喜びさえ感じていた。世界中の誰にも相手にされずに独りぼっちでも、世界中の人々を敵に回したとしても、たった一人でよかったんだ。
そう…たった一人、理子だけが理解をしてくれれば、僕にとってはもう何も必要なかった。理子が僕の事を分かってくれているだけで僕は何者にでもなれたし、どんなに辛い試練があろうとも、世界が崩壊しようとも、耐え抜く自信があった。
理子が理子じゃなくなり、僕が僕じゃなくなるあの日までは…。
上京してきたのはありがちではあるけど、あるものを摑みに来た。それは、まだまだ一筋の光にすらなってない、細いとてもか細い閃光みたいな先の見えない道であった。
役者という特殊な職業。
夢を追いかけて、いったいどのくらいの人達が東京という決して広くはないこの大都市に集まってきているのだろうか?そんな文学者もどきの質問に、諦めるといった単純明快な答えが手を招いてすぐ近くに息を潜めて待っていることを僕は知っていた。
諦めるということは本当にそれで最後なんだ。諦めてしまったらそれ以上先へは二度と踏み込めない。僕にはそれがどういうことなのかよく分かっていたし、そうすることができないことも分かっている。
日本全国で役者の仕事が集中する都市、東京。僕が役者を目指すために東京に来たのは至極当たり前のことだった。田舎に居ては限りなく幅の狭い行動しか出来ない、それこそ自己満足にしかなれない井の中の蛙だった。
だが、僕は井の中の蛙という言葉は嫌いではない。井戸の中にいる蛙はきっと、その中の壁をみていたわけじゃなくずっと光の差す方向、空を見上げていたんだと思うから。どこまでも終わることのない果てしなく広がる空の光を。一差ししかない光の道だったろうけど、だからこそ蛙はどこまでも縛られず自由に敏感だったと思う。それを求めて飛び立とうとしていた。
僕は田舎から飛び出した蛙なのだ。
ここには、田舎では到底分かりえない事がたくさんあった。それを分かりやすく教えてくれたのが村中先生だ。決して才能があるわけでもなく、見栄えもあまり良いとはいえない、いわゆる凡人の僕がそれでもちょくちょくテレビドラマや映画に限りなくエキストラに近い役柄とはいえ、顔を覗かせ何とか役者としてやっていけているのは、村中先生の教えによるところが大きい。
先生も昔は役者をやっていた。その当時では名前をそれなりに残した方であった。先生の一言一句を脳の細部に行き渡るほど聞いて、そのとおりに実行する。すると、まるで操り人形みたいになっている錯覚におちいる。でも、それがまた優しい糸で引っ張って行ってくれていて、あたたかい。
演技をしているときの僕は何事をも忘れられる、一番楽になれる瞬間であった。もっとも、演技そのものには苦悩を強いられることもあるし、行き詰まることもある。しかし、そのこと自体が僕を娯楽に導いてくれるし、直面する大きな壁から目をそらせてくれる。
人には忘れるという機能が生まれながらにして備わっている。時間という者が忘れるという魔法をかけてくれるのだ。そう、通常は忘れられないということは存在しない。生活していくうちにいろんなものを見ていろんな人と出会い、そしていつの間にか過去の産物と化して良い思い出、つらい経験となっていく。
それができるから、人は耐えてそして成長していけるのだと思う。
しかし、5年の月日が流れているのにも関わらず、理子の姿、声、思い出が鮮明に形に残っていて、忘れようと形を崩すと形状記憶のように戻ってしまう。それでも平静さを装って必死に時間を駆けてきたが、僕の時計は物置にでも眠っている古びた置き時計のように、誰にも見つけられずに壊れて止まったままだった。
僕は、呪縛にでもかかってしまったのだろうか?
あれから一歩も動けず立ち尽くしたまま、僕の時間は進んでいない。
バイトや芝居の稽古、たまには撮影だって入る。日々、あくせくと進んでいく忙しい毎日。余計なことをいろいろ考える余裕などないし、それにメビウスの輪のようにいつまでも辿り着く事のないその生活をそれなりに楽しんでいる。不満などなかった。強いていえば、演技力をもっと身につけたい事と、芝居だけで生活していきたいことだ。
それは正直な部分であったし、嘘ではない。
もし、理子と偶然の再会するようなことが会っても、僕は君の事をずっと忘れずに愛していたよ、なんて言わないだろうし、理子もきっとどうしたらいいのか分からないと思う。
実際会ってもお互いが困るだけだ。そんなことは分かっている。
分かっている?いや、真実はその逆だ…。
ただただ、忙しい毎日。この街の昼間に垣間見えるような表情のように忙しい日々。でも、どこかで影のようについてまわる夜間の顔と一緒で、僕は分かっていると自分で冴えない自己暗示をかけているだけで、忘れられないことが重くのしかかっている。
日々が苦痛だ。
苦しいなんて事は生きていればたくさんある。ただ、忘れられないことがこんなにも辛いなんて。いつも身体の一部を引き裂かれているのに、気持ちが締め付けられる。一人でいるのが不安でたまらない。
だからといって新しい彼女を作る気にもなれなかったし、作りたくもなかった。馬鹿げているほど矛盾しているけど、こんなにも苦しいのに理子のことを僕の心の中で風化してしまいたくないんだ。
本当は分かっていない事を解っている。忘れることのできない僕を、どこかで心地良いと思う僕がいて苦しさに追い討ちをかける。
現状を打破するための強い心も勇気もない僕は、毎日を誤魔化して進んでいくしかなかった。
僕はどうしたらいいのかな…。




