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 カスケー航宙軍の総力を挙げた観閲式は、本国艦隊と辺境艦隊から参集した主力艦を中心に三列縦隊を組んだ総勢百隻あまりの堂々としたもので、周辺に集まった見物用の船団のみならず中継放送を通じて本国でも見ることが出来た。放送通信は遮断されることも了解した上で、意図的に高出力でカローン支配星域にも発信され、カスケーの軍事力をこれ見よがしに見せ付けていた。


 艦隊の帆走は最初、物足りないほどのゆっくりとしたものだった。総ての船が照明を落とし、背景の宙の黒より更に黒々とした塊がうごめいているようにしか見えず、見物人は失望の声を漏らす。

 すると、艦隊の前方で艦列が動き出すのを待ち受けていた一隻の突撃艦が動き出し、反航の形で接近する。その艦がゴルフェの突撃艦「上方」を航過した瞬間、二隻の船が突然眩い光で満たされた。見物人の中には二隻が衝突し、燃え上がったのかと思い悲鳴を上げる者さえ出たが、それは二隻がすれ違った瞬間を合図に発電機を全力発揮、時間をかけて設置されていた電飾を点灯したからであった。それは船体ばかりでなくひろげた帆にも紋様を描き、極彩色が瞬く息を飲むほど美しい光景だった。

 航過した突撃艦が中列上方を反対に抜けて行くと、まるでその船が灯りを灯して行くように、通り過ぎた艦艇が順番に点灯する。そのタイミング、美しさ、現われるカスケー宙軍主力の姿、全てが見る者を圧倒して、見物船に乗っていた大勢の人々は息を飲んでいたが、やがて殿を務める輸送船が満艦飾に灯りを灯すと、自然発生的に歓喜と賞賛の声が上がり始めた。

「進路そのまま。進行」

 航宙長の声が満足げに艦橋に響く。ゴルフェも緊張の瞬間が解け、満面の笑みを浮べていた。

「お見事です。さすが、我が宙軍ですね」

 後ろから声が上がり、今まで黙っていたゴルフェも、

「ありがとうございます、お嬢様」

「艦長さん。お嬢様はおやめくださいな。どうかフゥルフェと名前で」

「では、フゥルフェ様。お楽しみ頂いておりますか」

「それはもう。このイクレンドさんのお気遣いにも大変感謝しております」

 高官の子女に名指しで誉められた二等航宙士は思わず恥かしげに顔を伏せた。

 ゴルフェは改めてフゥルフェを見る。この十年というもの、政権は安定し、護民官と呼ばれるカスケー政府の最高責任者と、次席護民官の二名が権を二分してバランスを保っている。その片方を父に持つのだから、軍などものともせず手足のように見てもおかしくないのだが、フゥルフェは気さくに対応して周囲の心を掴んでいた。

「転向点まで十宙浬」

 予定表を横目に進行を追っている一等航宙士が声を上げ、ゴルフェは再び式に集中する。

転桁てんぎょう用意。右四点。転向点を中心に下手廻し」

「見張り。前方に注意を集中せよ。定置標識を見落とすな」

「了解」

「総員に告ぐ。五分後に本艦は下手廻しをする。備品の浮遊に注意」

「操舵手に操帆手。腕の見せ所だ。姿勢制御など一切使わずに廻してみせろ!」

「了解!」


 その時だった。

「右二点前方より浮遊物急速接近!」

 見張りの叫びにゴルフェは瞬時に反応する。

「逆帆を打て!操舵、取り舵一杯!後続艦に警報!総員!衝撃に備えよ!」

 矢継ぎ早の指示でもゴルフェの部下は優秀だった。通信手は後続する戦闘艦に浮遊物体を避けるため急速回頭を行うことを知らせ、操帆手は八本の帆柱を前方に倒して縮帆、光を遮って速力を落す。操舵手は通常の操舵だけでなく先程使うなと言われた姿勢制御弁を独断で開閉操作して、気体放出により一気に艦を廻す。

 船体が傾斜し、磁力だけで止まっていた備品が浮遊する。座っていなかった者はそれぞれ手近の物に捉まり、吹き飛ばされないようにした。

「浮遊物は宇宙ごみデブリ、来ます!」

「掃宙艇は何をしていたんだ!」

 見張の声に副長が吐き捨てる。

 それは心ない者が投棄した古い推進器ドライブの一部で、ゆっくりと回転しながら漂ってくる。副砲のレールガンでデブリを打ち落とすことは出来ない。周囲に多くの船がいるのだ。

 逆帆で制動をかけ、舵を切っても艦はじれったいようにしか反応しない。それでも可能な限り素早く操作したお陰で、デブリは左舷をゆっくり過ぎて行くように見えたのだが……

「だめだ、当たる!」

 横をすり抜けるように見えたデブリは吸い寄せられるように船体に近付く。そして船体下部、燃料庫を掠めて外殻に衝突した。

 カーン、という鋭い音に続きプシューと気体の抜ける音、更にベキベキベキと何かが圧壊する音が響き、船体がずしりと身震いした。船内の明かりが二回三回と瞬いた後、消える。ほの暗い非常照明が直ちに灯る。

 デブリは左に舵を切った艦の右舷中央にぶつかったため、慣性の働きで船を強引に逆の右へ廻そうとした。ゴルフェは無闇に大舵を取らず当て舵を命じ、今の衝撃で破損したのは間違いない帆を逆の開きにさせた。

 後方から接近していた戦闘艦は下に舵を切り、後続する中央列もそれに従って急角度で離れて行く。両側の列も同じ角度で下舵を切り、ゴルフェの心配を一つ減らせた。

 反対に舵を切ったことで制動が掛かり、速度が緩む。二三人がたまらず倒れるが、そちらに気を割く余裕はない。

掌帆長しょうはんちょう、帆を畳めるか?」

「だめでしょう、帆柱がさっきの旋回で折れています」

「帆を放て!機関停止」

 乱暴な機動で小ぶりな六枚の戦闘用三角帆はぼろぼろに裂けていた。それが船の反応を不安定にしている。思い切りよく帆を捨てる決断をしたゴルフェの命令で帆柱の留め金が外され、恒星帆は帆柱から離れ漂って行く。

「見張を増やせ!周囲警戒。副長?」

「左第二外殻が破れました。第二と第三隔壁が圧壊、その内側にある第一発電室と第二蓄電室の被害が大きい模様。現在ダメージコントロールが応急作業中」

 副長の報告に頷くと、

「宙錨投射」

 吹流しのような帆が船尾から繰り出され、船から離れた所で円形に開く。帆は太陽風から光子を受けて船を安定させ、同一点に静止させた。

 ようやく考える余裕が出来たゴルフェは、通信遮断を破り式典指揮官座乗の戦闘艦に音声連絡をする。現状を簡素に説明すると、お返しに、今の出来事が見物人の指定宙域から離れており、更に映像中継カメラから死角となった場所で起きたことが不幸中の幸いだった、と皮肉を言われる。

「最終フェーズまでには応急処理を済ませ戻ってまいります」

「ゴルフェ。無理をするな。お嬢様がいるのだろう?」

 指揮官の声にゴルフェは不意を突かれる。今の今まで視察と称して見物に来た高官の娘のことを忘れていたからだ。ゴルフェは振り返ってフゥルフェの様子を見る。付き人二人の男はそわそわと辺りをうかがっていたが、彼女は前を向いてにこやかに座っている。

「ご心配なく。後ほど馳せ参じます」

 通信を切ったゴルフェは考え込む。大見得を切ったはいいが、さて、どうしたものか。被害はかなり大きいようだ。帆も失った。応急処置を速やかに終えて、帆走主体という観閲式の進行により普段よりかなり積載の少ない燃料でイオンドライブを焚き、下方に過ぎて行く艦隊に追いつかないといけない。

「副長、航宙長、少しいいか?」

 ゴルフェは艦橋の隅に二人を招くと、

「私は損害が確認出来次第、このまま修理を続けながら艦列に復帰しようと思うが、意見は?」

 式典指揮官とのやり取りをモニターしていた副長は即座に、

「今のところ、損害の規模はわかりませんが、発電システムに重大な障害が発生しています。帆もありませんので、かなりしんどいですよ?それに動くとなれば外側からの補修や確認は無理です。この状態ではそれは勧められません。まあ、作業用ロボットを数台犠牲にする覚悟なら三割程度の動力発揮で動かせなくもないと思いますが、それでも船体が持つかどうか。私は反対ですね」

「君は?」

 と、航宙長に。

「私も同じです。このまま動かせば外板がどうなるか分かりません。ダメージが拡大する怖れがあります」

「ダメコンに現在までの状況を報告させろ。五分後に進発」

 ゴルフェの答えに一瞬息を呑んだ二人だったが、

「了解」

 応急修理班ダメージコントロールからの報告は簡素でいて間違いようのないものだった。

「第二隔壁は内部に向かって破れ、内殻に通常の五倍以上の圧を掛けている。内側にあった第一発電室は大破。第三隔壁は第二隔壁側方に畳まれるようにして折れ曲がり、修理不能。第二蓄電室に有毒ガス発生。浄化中。外殻の装甲板は数枚欠落、二枚がめくれあがっている。現在第二第三隔壁の内側に発泡充填剤を送り込み、内殻に補強材を設置作業中」

「外部作業は中止せよ。外板装甲の監視を強化する。内側の作業は続行」

「了解」

「機関長。動力発揮に問題は?」

 機関室にいる機関長はモニターから、

「機関の損傷はなし。発電の範囲内で出力発揮に問題はない。ただ……」

「ただ?」

 珍しく言い淀んだ機関長にゴルフェが聞くと、

「本当に動かすのかい?」

 それはまるでままならない息子に尋ねる父親のようだった。ゴルフェは笑いをかみ殺し、

「どうしても追い付きたいので」

「貴官にはこのふねの乗組みと客人の命も託されているのだが」

 ベテランの機関長は静かに諭すように告げる。

「もちろん指揮官はあなただ。五十幾人かの安全と、あなたと宙軍の光輝と、十分に重さを量った上での判断と信じる」

 ゴルフェは瞑目したがすぐに目を開き、

「個人の意地や名誉のためではない。式の模様は全世界に発信されている。たとえ今はごまかせるとしても、カローンは必ずこの事故を察知して悪意のある湾曲をするはずだ。カスケーの民衆に宙軍が頼りないものとして映るような。その時に反証出来る行動をしなくてはならない。事故があっても一隻たりとも欠けずにゴールへ辿り着く。緊急事態でも最善を尽し任務を全うしようとする姿を残さなくてはならない。今の私に求められているものはそれだ」

 艦橋は一瞬静まり返った。そこに静かな声が響く。

「了解した、艦長」

 機関長の声に副長も、

「分かりました。やりましょう」

 しかし、まだひとつ問題があった。



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