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ゴルフェの軍歴は早くから始まった。
カスケー航宙軍に入ったのは十歳。彼の家系には役人が多く、ゴルフェの父も軍とは全く接点のない地方の役人をしていた。
しかし、ゴルフェの才を見抜いた近所に住む航宙軍の将校に推され、選ばれた少年少女が集う士官学校初等科に入学したのだった。
それから先、ゴルフェはコネとえこひいきが当たり前の世界で、軍に後ろ盾のない者としては異例の速さで昇進を重ねることとなった。
それは天与の才というものであり、決して小さくはない軍の中でめきめき頭角を顕していった。
そんな軍でも注目の的であったゴルフェが、カスケー政府高官の娘、フゥルフェと初めて出会ったのは、彼が中級統率官に昇進してカスケー軍で最も若い艦長となった年のことだった。
その年は黄太陽が青太陽と重なる年で、その現象はカローンでは不吉な年として忌み嫌われたが、逆にカスケーでは幸運の年といわれ、更にこの年はカスケー全星がひとつの国として統一されて百五十年を迎えた記念の年にも当たった。
カスケー軍はこの記念の年に大規模なパレードを予定していて、なかでも航宙軍は過去最大の艦閲式を取り行うことになっていた。ゴルフェは新進気鋭の士官として、本国艦隊の先導を務める大役を仰せつかった。
観閲式当日。ゴルフェは自らが艦長を務める先鋒突撃艦に乗って、宙をにらんでいた。
目の前には母なるカスケーの紅い姿が広がり、宙の深い藍色と絶妙の対比を見せている。
艦隊は三列縦隊に組織され、静かに停止していた。今日は姿勢制御以外の動力を極力使わない指令が出ている。探査装置や通信装置も使用禁止。肉眼と光子・磁気応用力帆走だけで操船し、その技量を星系全体に知らしめるのが目的だった。このために発電機は通常出力の半分以下に抑えられていたが、それは帆走のみでの制限以外にも理由があった。
「機関長。緊急出力発揮に備えた点検は終えているか?」
「一時間ほど前に。その後二度簡易チェックシークエンスを実施」
彼より二十ほど年長者の機関長は余計な言葉を一切挟んだことがない。
「済まなかった」
ゴルフェは再度尋ねたことを素直に詫びた。三列縦隊の中央列先頭という名誉な位置を任され、さすがのゴルフェも緊張していたのだ。
その時、艦橋の右舷に立っていた副長が怒鳴るように、
「通信兵!サーライクンを見ろ、中継信号だ!」
「すみません!」
叱責を受けた若い通信兵がばつが悪そうにする。馴れない発光器を使い、右舷後方に見える二級戦闘艦にもう一度信号通信を繰り返すよう要請した。
「発、艦隊司令、宛、先導艦。貴艦の左舷後方より連絡艇が接近する。貴艦に三名、視察員を移乗するので対処されたし。なお、式典進行に変更なし。命令通り正時に進発せよ」
ゴルフェは内心の苛立ちを抑えて、
「返信。了承。直ちに実施する。以上」
通信兵の復唱を聞きながら副長に、
「左舷側、小艇接舷移乗準備。高官の可能性を考慮して控室を用意。ああ、私の部屋でいい」
「了解」
ゴルフェの不安は的中した。接近して来たのは宙軍の連絡艇ではなく、真っ白に塗装された政府高官用の送迎艇だった。詳細な計画に従って進行しているスケジュールにイレギュラーの訪問者。一生に一度あるかないかのイベントの最中、それも最も緊張が高まる進発寸前に何と言う闖入。ゴルフェの苛立ちと焦りは無理もなかった。
接舷作業を監督していた甲板長が察しよく伝えて来た「移乗員は政府要人の模様。男性二、女性一」に応え駆けつけると、ゴルフェは巷の女どもを虜にした笑みを浮べて視察員に挨拶をしていた。
「カスケー星域次席護民官、パ・ラ・シレットの長女、フゥルフェと申します。突然の視察要請、大変申し訳なく思っております」
「ようこそ、お嬢様。我々はいつでも歓迎しますよ。さあ、まもなく式が始まります。どうぞ艦橋へ」
付き人二名を従えて高官の娘は堂々と艦橋に入り、そこにいた宙の男どもの心を一瞬にして掴んでしまった。ゴルフェが焦燥に駆られながらさっさと紹介すると、男たちは例外なく相好を崩した。厳格な副長ですら丁寧に挨拶を返す。お堅い機関長が持場ではなくここにいても同じような表情を浮べただろうか、とゴルフェはふと思った。
「進発五分前!」
一等航宙士官の声にみな仕事に戻り、ゴルフェは艦長席を娘に譲り、自分は副長席に、お付の二人を航宙長と砲術長の席に座らせる。ちゃんとした席があるのはこれだけだったので、他の人間は立っているしかなくなった。
「詳しいお話をしている時間がありません。後ほどお話を伺う機会もありましょう。質問はその時にして頂けますと助かります」
「分かりました。どうぞご公務を優先してください」
ゴルフェは有能だが最も若い士官である二等航宙士を手招きし、
「お嬢様たちのお世話を頼む」
そして小声で付け加えた。
「頼むから俺を煩わすなよ」
航宙士は自信なさげに敬礼すると、艦長席に行って改めて自己紹介をした。ゴルフェにはもうそちらを振り返る余裕が無く、スケジュールは容赦なく進んで行く。間もなく時間は正時となり、眩い発光弾が三発、後方の旗艦から上がった。
「進発せよ!」