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シェルバックス・ストーリー  作者: 小田中 慎
☆フゥルフェ礁
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6

「そうだ。フゥルフェはいまでも幸福に満たされているのさ。好きな男を助けた、その想いに満たされて。その想いがつよく燃え盛る青き炎となって、な」

 老人は空の杯を見つめて呟くように語り終えた。


 身動ぎせずに聞きいっていた若者たちは、しんみりと話の余韻に浸っていた。目尻に涙を溜めるものさえいる。

 やがて、機転の利く若者のひとりが老人の空となった杯を新しく満たされた杯と変える。老人はそれに気付く様子も見せずに杯を取り一気に呷るや、しんみりと言った。

そらの難所として有名なフゥルフェ礁はこうして生まれたんだ」

 果敢な若者のひとりが咳払いをして、

「あれは五十年前の宙戦かいせんによって沈んだ船の残骸が漂っている宙域に過ぎないぜ」

 わざとつまらなそうに言う。老人はそちらも見ずに、

「そうだ。軍やカスケーの公文書ではそうなっているし、実際のフゥルフェ礁は船の墓場に過ぎん。ではこれを知っているか?カローンの軍艦は絶対にあそこへ近付かないということを。その先にあるカスケー本星へ行くには近道だというのに、だ」

「確かに、フゥルフェ宙域でカローン軍を見たことはないな」

「カローン軍の連中はむっつりした奴が多いし、尋ねたこともないしな」

 若者たちは困惑しながらも自分の酒を飲み干す。そんな若者たちを前に老人は、話の最後を繰り返す。

「今もカスケーの軍艦があそこを通れば、青い炎を見ることがある。その炎は、まるで教導船のように彼らの前へ出て、宙に舞う障害物を避け危険な暗黒陥穽に巻き込まれない空路を案内してくれるのだ。しかし、そこに現われたのがカローンの軍艦だとしたら……炎は紅蓮に転じて船を惑わせ、船は現在位置や前後左右、上と下さえもわからないきりきり舞いをさせられた挙句、暗黒陥穽へと突き落とされてしまう」

 老人は若者たちの顔を順番に見渡す。そして静かに言った。

「カスケーは今でもフゥルフェに護られているのさ」

 老人は断じると、ぱん、とひとつ手を打った。

「さあさあ、話は終わった。お前たちもそろそろ船に帰る時間じゃないのか?」

 そう水を向けられた若者たちは、

「ああ、もうそんな時間だな」

「親爺さん、面白かったよ、ありがとう」

「深酒するなよ、親爺」

 口々に礼を言い、三々五々離れて行く。


 数分後には老人の周囲に人はいなくなり、若者たちの半分が帰路につき、残り半分が今夜の居場所をここに定め、思い思いの場所で長い夜を過ごす構えを見せていた。

 老人は強張った身体をほぐすように伸びをすると、残り少ないパニ酒の樽を引き寄せ、杯に注いだ。続いて目の前に置かれた空の杯にも目一杯注ぎいれる。

「ああ、これはどうも。ありがとうございます」

 杯の主は悪びれたり慌てたりする様子も見せず、礼を言うとゆったり杯を取り舐めるように口にする。

 その背の高い精悍な若者は、二人の水夫の隣で会話を耳にするや、最後に老人を囲む輪に加わったあの青年だった。

「もう話すことはないぞ?」

 居残った若者の態度から只者ではないことを察して、老人は前を向いたまま呟くように言う。

「申し遅れました。私はこういうものです」

 若者は一枚のカードをテーブルの上に置く。若者が予想した通り老人はそれをみても驚く様子を見せず、ぶつぶつと呟くように読み取ると、

「カスケー軍の御仁がこの老いぼれに何の用だね?」

 若者はカードをしまうと、

「今のお話。それだけでおわりではないでしょう?」

「それだけではない?どういう意味だね」

 若者は一層声を低めて、

「裏がある、ということですよ」

 老人はつまらなそうに笑うと、

「あんたの所属は諜報か保安か?わしを調べる気かね?」

「そういうことではありません。私のことはノルケとお呼び下さい。カスケー航宙軍中級統率官。第七十一遊撃隊の者です」

「ほう。先鋒部隊の精鋭がその風体ナリで中立星のこんな場末に?」

「任務ではありませんよ。単なる休暇で訪れたに過ぎません。クニならいざ知らず、ここで制服など着ていては自分を含めて落ち着かないですからね」

 ノルケは老人の杯を満たすと、カウンターに合図してお代わりの小樽を取り寄せる。

「お相手させていただきます」

 紅い酒の杯を掲げると、

「カスケーの光輝がいや増しますように」

「星ぼしがいつまでも輝きますように」

 それぞれ音頭をいうと杯を呷る。

「それで、先程の話ですが」

 ノルケの話を聞きながら老人は黙って杯を弄っている。

「あなたのことは噂で聞いていました。正直な所、ここに立ち寄ったのもあなたに会えたなら、と期待していたからです。軍では何故かあなたのことを正面切って話す上官がいない。嘘つき呼ばわりしている御仁もいらっしゃる」

 ノルケは老人の反応を見たが、老人は変わらず杯を手で廻すだけだ。

「ゴルフェとフゥルフェ。この話はカスケーではタブーです。例えあなたの作り話、ああ、口が滑りました、申しわけありませんが、おとぎ話だとしても、たいして害のある話には思えない。アーケガル会戦は軍の大勝利で、それが決着した日は公式記念日になっている。あなたの話がその光輝を曇らせるとも考えられない。一体何故なのでしょう?」

 ノルケの問いに老人は顔を上げる。

「それに答えろ、と?」

「嫌ですか?」

「一介の船乗りがそんな大きなことに答えられるわけがない、とは考えないのかな」

「それは答えを知っている者がする受け答えですよ」

 ノルケはそこでハタと困った顔付きになると、

「済みません。あなたのことを何とお呼びすれば?」

「名前か?そんなものはいい。みなが呼んでいる。親爺で構わんよ」

「では、あなたの尊称からパウスさんとお呼びしましょう」

 ノルケの灰色の目がますます冷たくなった。

「さあ、パウスさん。教えてください。なぜあなたの話はカスケーで黙殺されるのでしょう?」

 老人は目を瞑り肩を落した。あまりに長い間そうしていたので、辛抱強いノルケですら老人が眠ってしまったのか、と思い揺り動かそう、と思ったくらい長い時間の後。


 ふと眼を開くと老人が吐き捨てるように言った。

「総てがインチキだった、ということだ」

「何?」

「ゴルフェが己の尊厳を捨てて挑んだ策略は紛い物だったのさ。星を護るためには仕方のないものだったかもしれないが」

「紛い物、ですか?」

 老人は杯から酒が零れるほどつよく置くと、

「ゴルフェもフゥルフェも若さゆえに想い描くことが出来なかったのだよ。結果のためには手段を選ばない軍人たち、保身に長けた政治家たちが恥じらいもなく何をなし得るか、ということを、な」



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