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「おんな?」
「そう、王子様を地獄へ道連れにしたのは勇気ある女性だ」
ゴルフェは凍り付く。心に浮かんだもしやと思ったことをすぐに打ち消すが……
「高級号令官殿。その女性の名を知っておりますか?」
「もちろん。私が自ら計画を伝授したのだから。誰もが尻込みする中、自ら志願した立派な方だ。この罠を完成するために父親にも汚名を着て貰った。売国奴の汚名をね。これがなければ彼女の演技も無駄に終わったことだろう。父親が星を裏切りカローンに擦り寄ろうとしたことは当然、皇太子の耳にも入っていたはずだ。そうなるように情報を漏らしていたのだからね。娘の死を知った次席護民官殿は獄中で自害されたと言う。全てが終われば特赦、そして名誉挽回の法廷が開かれるはずだったが、残念なことだ」
「フゥルフェ……フゥルフェなのですね?」
モリョフカはしたり顔で大きく頷きながら、
「そう、勇気あるお方はパ・ラ・シレット・パレ・フゥルフェ、シレット次席護民官殿の長女だ」
ゴルフェはふらりとモリョフカに近付く。そして、目にも止まらぬ素早さで強烈なパンチを小男の顔に見舞った。
小男は正に宙を飛び、壁にぶち当たると反動で部屋を横切って吹っ飛び、二度三度と回転しながら宙を舞った。基地司令官がその身体を受け止めなければ、いつまでも舞っていたことだろう。
「な、な、な、なぜっ?」
口から血を滴らせ、モリョフカはぜえぜえと息を吐く。
「どうしてなんだよ!」
しかし、その時にはとっくに、ゴルフェは部屋を後にして立ち去っていた。
その日の夜。「カスケー軍、カローンの精鋭軍破る」の報がカスケー全星を駆け巡った。
暗黒礁域でカスケー攻略を任されたカローンの皇太子が行方不明。軍は詳細を発表しないが「某情報源」よりカスケーの精鋭特殊部隊がカローン軍を罠にかけた模様。先鋒を務めカスケーに接近していたストラー艦隊が引き返したとの情報もあり……
アルフェル皇太子の死を聞いたカローン王は激怒し、自ら全軍を率いて出撃すると息巻いた。しかし、宰相を始め閣僚たちでも国王に盲従していない者たちは冷静だった。
カスケー遠征軍はカローン全軍の三分の一を占めていた。そのほぼ半数が消えてしまったのだ。もちろん補充し増強すればカローンの力からしてカスケーは必ず屈するだろう。だが、カローンは巨大に過ぎた。遠方の植民地ではカローンの衰弱を待っている者たちがいる。支配の根幹である軍が引き抜かれその力が弱まれば反逆の気運が高まるだろう。
宰相は国王派の首魁である内大臣を呼び寄せ、密談する。有能だった皇太子の死によって地盤が揺るぎかねない彼ら国王派は、革新派の宰相が思案した提案に乗った。
深夜、王宮を訪問した内大臣ら国王派の重鎮たちは未だ怒りの冷めない国王を交えて協議する。深謀遠慮とは程遠い独裁者であるシュバック王を言い含めるのは困難だった。しかし、内大臣の夜を徹しての訴えは功を奏する。国王は夜の明ける頃には内大臣らにお墨付きを与え、離宮の奥へと消えていった。
シュバック王は決して愚か者ではなかった。絶大な権力を振るう国王とて広大な帝国領域を治めるには己の威光ばかりに頼るわけにも行かない。宰相や内大臣ら官僚の助けを得られなければ自分の代は保つとしても次の代――皇太子が戦死したので次男のランゲを立太子させなくてはならない――に保証がなくなる。また、閣僚を排して身内の登用ばかりでは王室が揺らぐことぐらいは分かっている。
うるさく中央集権体制から地方自治統制への段階的移行を進言する革新派からもたらされた譲歩、王が停戦を承諾するのと引き換えに王室予算削減案を撤回する、という宰相の提案を上手く利用しましょう、と内大臣は言った。
「失礼ですがランゲ殿下はアルフェル殿下と比べ次期国王としての力量に不安があります。ここはひとつ時間を稼ぐためにも宰相一派に歩み寄る方が得策と思います」
内大臣はそう言って国王を見上げた。長年王を支え続けた内大臣の真剣な眼差しを見ながら王は怒りの矛を収めることにした。
戦死したアルフェル皇太子のため喪に服すると称し、停戦を承諾したのだった。
翌朝、カローン本星の帝国府から全帝国臣民に対し、カスケーとの一時的停戦が布告された。
同時にカスケーでもカローンと停戦することが発表される。平和にカスケーは沸き立ち、カローンの市民たちも怒りを装いながら内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
互いがただでは済まない大戦に突入する危機は、こうして回避されたのだった。
数日後のこと。アルフェル皇太子の艦隊が全滅した場所へカスケーの偵察船が出向き、同じく偵察に出たカローンより先に重要なものを回収してきた。それは微弱な信号を発して漂っていたちいさな箱。皇太子の旗艦に備え付けられていた記録装置で、解析の結果、艦隊の最期の様子が分かった。艦橋の音声記録も見つかり、最期の記録は最高機密として厳重にしまいこまれた。
ゴルフェは策を弄してその記録にアクセスし、フゥルフェの最期を聞くことが出来た。そしてそれは軍人としてのゴルフェに止めを刺すことになったのだ。