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 ゴルフェがカローンの皇太子が本当に死んでいた、と聞かされ、呆然と佇んでいた時、音もなくドアが開いて軍の制服と政府高官の制服二人の人物が入って来る。

 二人ともよく知った人物だったが相対したことはなく、また、こんな前線にはいない筈の人物だった。そしてその後ろから、これも忘れるはずのない小男が付いて来る。

「司令。これが?」

 片割れの軍人がゴルフェを認めて司令に尋ねる。

「はい。敵ストラー支隊を追い払ったゴルフェ上級統率官です」

 ゴルフェは混乱しながらも後ろの小男を無視して二人に対し最上級礼をする。二人も軽く答礼すると、その軍人は、

「ゴルフェ統率官。実に見事な手腕であった。カスケーは君に最上級の敬意を表するぞ」

「……ありがとうございます」

「しかし、残念ながら、この功績を全星に知らしめる訳には行かない」

 軍の高官は続けて、

「緒戦はきみたちの並外れたはたらきによって勝利した。しかし、まだ敵が滅んだ訳ではない。これから長い不毛な消耗戦が始まるかもしれないのだ」

「そこでだ」

 もうひとりの政府高官があとを引き取って、

「緒戦の勝利に酔うほどカスケーは余裕があるわけではない。これで得られる時間を使って軍備増強を急ぎ、中立民族に外交攻勢をかけ、カスケーの安全を確保しなくてはならない。そのためには、カスケー人民が一致団結し、困難に立ち向かう必要がある。もちろん、今もカスケー人は一心同体だが、更に上を目指す必要がある」

「つまりは」

 と軍人が続けて、

「まずは軍と政府が完璧に任務をこなしていると人民に知らせなくてはならない。そのためには個人の功績は全て政府の指導と軍の作戦の賜物とする風潮が絶対に必要だ。申し訳ないが君らの功績もカスケー全体の功績にしなくてはならないのだ。わかるかね?」

 めまいのようなものがゴルフェを襲う。思わず、手で目を擦る。

「大丈夫かね?」

「ああ、いえ。大丈夫です」

 軍の高官はまくし立てるように、

「これからが正念場だ。カローンは必ず逆襲を期してくるだろう。全軍と言う訳には行かないが、植民地からも軍勢が駆け付けるはずだ。それに備え、カスケーも総力戦を覚悟しなくてはならない。防備を固め外交で勝利するのはもちろん、カスケー人民全員が不退転の気持ちで戦い抜くことが肝要だ。数日後に星域人民皆兵令が施行されるだろう。これでカスケー軍は一気に十倍に増える。貴官には後方にて新兵の教練をお願いすることとなろう。忙しくなるぞ」

 政府の高官も、

「これで政府も一枚岩だ。敗北主義に捕らわれ、戦わずしてカローンへひざまずこう、などというやからは一掃した。我らはこれで総力を挙げてカローンと対することが出来る。これも貴官らの働きに負うところが大きい。改めて感謝するぞ」

 ゴルフェの顔は蒼白に近かった。まるで高官たちの話は遥かに遠い世界の話だった。遠くて寒々としていた。

「カローンの皇太子。アルフェル殿下はどのようにして死んだのでしょう?」

 二人の高官はゴルフェの問いにあからさまな嫌悪を見せた。

「今は貴官が知る必要はないだろう」

 政府の高官がそう言うと、軍の高官が続ける。

「現在言える事は、我が宙軍の計略により敵艦隊を壊滅させた、その中の一艦にアルフェルがいた、ということだ」

 そこで基地司令の方を見て、

「司令官。この上級統率官はかなり疲れておる。十分な休息を与えて欲しい」

「了解致しました」

 高官二人は頷くと先を争うように部屋を出て行く。ほんの少しでも長居をすれば、己の名誉を捨てて星を救った男に何かされるかもしれない。そう考えたのかも知れない。

 そしてそれは概ね正しかった。


 二人が去った後をじっと見つめていたゴルフェは、やがて司令に無言で敬礼するとドアに手を掛ける。

「いやあ、全く完勝だね。なんとも気分がいい。面白いように予測通りことが運んだね」

 ゴルフェは小男の甲高い声に立ち止り振り返る。モリョフカは得意満面だった。

「カローン軍の命運を左右する二人の男。有能且つ危険で勇気に事欠かない。誰がどう見たって、そう、敵である我々がみても間違いなく正真正銘の英雄だ。でもね」

 モリョフカはクククと笑って、

「ああいう男たちはね、信義とか祖国愛とか正々堂々とか、そんな中身のない気分にだね、必要以上に反応するものなんだよ。その二人がカスケー攻略軍の中心にいると聞いて、ぼくはかねてから考えていた作戦を実施することを提案したんだよ」

 ゴルフェは次第に身体の中が冷えて行くような、それでいて何か燃えたぎる何かが込み上げてくるのを感じていた。そんなゴルフェにお構いなく、モリョフカは持論をまくし立てる。

「片や、星を代表する者。片や、軍にこの人ありと謳われた者。危険なのは後者だ。この英雄にはこちらも英雄の資質を持った者を派遣する。もちろん、小細工はあの将軍さんには通用しないだろう。しかし、信義やら信条やらにしばられた男は、同じ資質を認めた男が繰り出す嘘を、認めたくなくとも認めなくてはならなくなる。相手の断腸の思いを、星を護るために己の命よりも大切な誇りを捨てる行為を、受け止めてしまうのだ。よって、かの将軍は踵を返した」

 モリョフカは破顔する。

「痛快じゃないか。分かっていても心情面で切り捨てることが出来なかったんだ。また戻ってくればよい、その余裕が鍵だったが、まんまとはまったね。今頃、本当に皇太子が死んでいたと聞いて、彼がどんな表情をしているか、考えるだけでも三日は楽しめると言うものだ」

「皇太子は、何故死んだのですか?」

 ゴルフェは静かに尋ねた。その声に何かを感じた司令官が一歩、にじり寄ったが、モリョフカにはゴルフェの様子など目に入っていない。あの高官二人も話さなかった顛末を話し出す。

「どうやって?こちらは更に痛快だ。あの王子様は英雄であること、王者の、それも武断の帝王であることが大事だったんだ。実はこれがカローン最大の弱点と言ってもよかった。だからこちらには一見力が弱く消し飛ぶような者を派遣する。そしてその弱い者が最強者に対面しても物怖じせず、自分の星への献身を、本物の愛国心を語る。それがいま正に戦っている相手であってもあの王子様は感動してしまうのさ。もちろん、暗黒礁の恐ろしさは身に沁みている彼らのこと、そこを安全に通り抜けられるという提案は蜜のように甘い。もとより自らあの難所を越えるつもりだったのだからね。あの王子様は相手を見分ける目のある立派な男だった。周りには優秀な部下が揃っていて、それも王子様の資質を示していた。だがね、英雄と言うものは自分の基準で物事を見つめるものだよ。芯から信義を重んじるように見えた女が、自分を汚い罠にかけるとは思いもよらなかったことだろうよ」



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