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シェルバックス・ストーリー  作者: 小田中 慎
☆ある港町にて
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 港への係留を済ませ、少ない積荷を僅かの時間で揚陸させる。するとそれを待っていたソレル人の船舶雑貨商が声を掛けて来た。

「パウスさん!」

 老人は愛想よく笑いながら近付く男に手を上げて、

「しばらくだな。本当にいつも絶妙なタイミングで現れる」

「いえいえ、それが私の身上ですから」

「イオンドライブ用の保冷材が心もとなくなった。安い奴は使い物にならん。高い方をくれ。燃料パックは小さいヤツを四つ。それといつもの消耗品を一航程単位」

「毎度どうも」

「この一号にリストを渡してある。頼むぞ」

 雑貨商は傍らのロボットが捧げ持つリストを受け取りながら、

「この先のパイレシュで砂嵐がひどくて。今日到着分の積み荷がまだ届いていませんよ。多分、一日二日は待たないと」

 つまりは老人が載せて帰る荷も届いていないということだった。それはよくあることだったので、老人は僅かに顔を顰めただけだった。

「仕方あるまい。一晩ここで足止めだ。そういうことならお前も明日で構わんよ」

 雑貨商は恭しく礼を言うと去って行く。老人は地平を紫色に染めている黄太陽を見やって、

「相棒たちよ、わしは坊主の宿に行ってくるよ。明日、黄太陽が顔を覗かせる頃には戻るとしよう」

 傍らに侍る一号にそう呟くと、老人は船をロボットたちに任せ、一人上陸した。


 うみの風が止むことがないのと同じく、この港に吹く風も止むことがなかった。

 赤や白に関係なく砂の粒子は風に乗り、港で働く者たちを打つ。そのため誰もがゴーグルと風除けの布を顔に巻き、話す声はくぐもっていた。

 老人もゴーグルと布を顔に巻くと背中に擦り切れた船員袋をさげ、風に反してとぼとぼと歩いて行く。

 埠頭の先には街が広がっている。その迷路のように入り組んだ路地は、初めて訪れる者を拒絶する。街角には剣呑な雰囲気を漂わせた与太者が屯していた。この星の治安を預かる保安官たちもごく普通の生活を送る市民が暮らす街に重点を置いて、この場末の盛り場を無視していた。そんな街の中へ老人は頓着せずに入って行く。通い慣れた路地をゆっくりと歩いて行った。

 やがて老人は目指す宿に辿り付く。そこは宿と呼ぶより酒場だった。酔い潰れた者が短い時間伏せるだけのスペースを有しただけの場所。それでもここは老人が必ず立ち寄る定宿だった。


 老人が自動ではない両開きの扉を引くと、また扉がある。風避けの小空間でゴーグルと巻いた布を外し、船員袋へしまってから内扉を手前に引く。途端、漏れ聞こえていた嬌声や歓声がわっと老人を包む。

 ソレルの時間では酔っ払うことはおろか酒を口にするのさえ早い時間(この辺りはどのような銀河でも同じだ)。だが、港湾地区に仕事終わりの定時時間などはないし、辛い労働の後は少々はめを外したくなるのは仕方がないことと言えた。

 老人が一歩一歩、足元を確かめるように進むと、それに気付いた者たちが黙ってしまい、老人が更に進むに連れ、潮が引くように路を空けようと人が割れて行く。店の中ほどに達した時には客の全員が老人を注視することになった。

 老人は、そんな定員の倍はいるだろう酔客の眼差しなど意にも介さず、大男や大女たちを縫うようにしてカウンターにたどり付く。

「パウスさん、どうも」

「ああ、元気か。また厄介になるよ、坊主」

 老人に声をかけ「坊主」と呼ばれたのは既に中年に差し掛かった男。ソレル人特有のきれいな蒼白の髪を束ねて頭頂に結っている。顔が扁平で鼻が二つ穴でしかないソレル人は彫りの深いカスケー人の老人から見ればお面を被っているように見える。表情もほとんど動くことがないので、その印象はますます強まるが、線のように細い目が微かに釣りあがったのは、彼最大級の喜びの表現だった。

「いつもの部屋が空いていますから。お荷物を運ばせましょう」

 酒場の男は老人から船員袋を受け取ると、傍らにいた若者を呼びあれやこれやと指示をする。その若者が荷物を担って去ると、それを合図に酒場はまたもとの賑わいを取り戻し、あっという間に喧騒に包まれた。

 老人がスツールに落ち着いたと見るや、カウンターの男は背後の棚から小さな樽を取って、ぴかぴかに磨かれた透明な杯になみなみと注いだ。

 それはパニ酒と呼ばれるカスケー北部の特産物。甘みが強く独特のコクがあるので「子供の酒」と揶揄されて船乗りが口にすることは滅多にない酒だった。老人が最初にこの店にやって来てこの酒を注文し、常備はなかったので少年時代の男が店主に使いに出されたのは、もう忘れてしまったほど昔の話だった。


 二時間ほどの後。

 それまで酒を飲みながら「坊主」と思い出話に花を咲かせていた老人は上機嫌でカウンターを滑り降り、たとえ満員でも「坊主」が絶対に座らせない奥のテーブルにのそのそと座った。「坊主」は棚からパニの新しい樽を取り出すと、テーブルの奥に鎮座した老人の杯になみなみと注いで、恭しくテーブルの中央に置く。すると、一人二人と船員たちが移動し、老人の周りは人垣が出来始めた。

 そんな周囲の状況に全く無頓着に見え、パニを呷ってはおいしそうにのどを鳴らす老人を見つめる一人の若者がいた。


 若者はふんっ、と鼻を鳴らすと片割れの先輩船員に尋ねる。

「誰だい?あのえらそうな爺さん」

「なんだお前、知らなかったのか?あの方はノイ・レ・パウスさ」

 それはカスケー由来のことばで「語り部」を意味した。

「呪われたそらの話をするんだ」

「へえ」

 カスケー人は宇宙のことを「そら」と呼ぶ。「うみ」と呼ぶソレルやカローンとは大違いだ。若者は杯に満たされた火酒・レドックをぐいっと空けると、

「呪われていない宙なんてあるのかい?」

 先輩船員は肘で若者を突く。

一端いっぱしの口を聞くんじゃねえ。あの方の話は本物だ。それに」

 と、そこで先輩船員は声を潜ませて、

「あの方の話を聞いた者には幸運が宿る、と言われていてだな、宙で何か厄介ごとに巻き込まれるのを防いでくれる。俺も二回聞いて、この通り指の一本落としちゃいねえ」

 そこでふとベテランの船員は思いついたかのように手を打つと、

「そうだ。いい機会じゃねえか。おい、小僧」

「なんだよ」

「もうじきあの方は話を始める。いつもパニの樽をひとつ空けて、二つ目の樽を持って奥のテーブルに移ると、問わず語りに始めるんだ。聞いてこい」

 若者はとんでもないと首を振り、

「冗談だろ?俺はこの後フェリンとしっぽりするんだ」

「バイタなんぞいつだって抱ける。それより、あの方の話を聞ける機会なんてそう滅多にないぞ。ふらりと来て、ふらりと消えちまうんだ。次はいつ会えるか分かんないぜ」

「自慢話じゃないでしょうね。ごめんだぜ、そういうのは酒がまずくなるし」

 先輩は若者の頭を叩いて、

「減らず口叩くんじゃねえ。いいから行って来い。ほら、じきに始まるぞ」

 若者は舌を打って、それでも諦め顔で、

「センパイ。二階に行ってフェリンのヒモに言伝してくれよ。予約通りの時間には行けねえが、あとから必ず行くって」

「ああ、心配するな。俺が代わりに抱いといてやるよ」

 若者の軽いパンチをかわすと、

「分かったから、ほら、始まるぞ」

 つんと肩を押された若者がやれやれと肩を竦めながらも老人の方に歩いて行く。

 すると、カスケー人船員二人の隣で黙って酒を飲んでいた、これもカスケーの若い男が立ち上がり、若者に続いて老人を囲む輪の殿に連なった。


「親爺さん、ひとつ頼むよ」

「こいつにいつもの話をしてやってくれよ」

 新しい樽から三杯目のパニ酒を注ぎ、ぐいっと呷った老人の周りには十五人ほどの人垣が出来ている。老人に話し掛ける二人の逞しい水夫。その後ろで少し離れ、誰もが同じ諦め顔で佇むのは最後にやって来たあの若い水夫と同じく若者たちだった。

 老人はパニ酒の紅い色を調べるように杯を眺めていた。

「そうかね。そんなに話を聞きたいか」

 ぶつぶつと呟くようにして、杯を呷りコトリと置く。

「そうさな。では」

 老人は項垂れる。あまりにも長い間そうしていたので、事情を知らない者たちは眠ってしまったのかと思った。

 しかし老人は眠ったのではなかった。記憶のひだに刻まれた忌まわしい警句に満ちた物語を引き出そうとしていたのだ。

 心得たひとりが老人の杯に紅い酒を注ぎ足す。

 やがて老人は面をあげゆっくりと語り出した。

 その声は呪文を唱えるように静かで、喧騒漂う酒場には似付かない。老人を囲んだ若者たちは思わず身を屈め耳をそばだてた。

「見たところ、カローン本星人やカスケー人もいるようだが、お前たち、アーケガルの戦いのことを知っているかね?なに?歴史で習っただけか。そうさな、お前たちの親父だって戦いに参加する年齢ではなかったからな。停戦になって更に青太陽が二回、黄太陽の裏に隠れたくらい昔の話だ。わしも歳を取ったわけだな。ああ、すまない、話を進めよう」

 老人はそこで酒を一口、ごくりと飲む。そしてあとは一気に話し始めた。

「フゥルフェ礁を知っているかな?そうだ。カスケーを囲む暗黒礁域、ああ、今ではアーケガル小惑星帯と言うのだったか、そのなかでもとびきりの難所だ。一端の船乗りなら知らん奴はいない。あそこを避けてカスケーに行くとすれば四日ほど余分に掛かってしまう。カスケー航路最大の難所だ。この話はそのフゥルフェ礁にまつわる伝説だ」



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