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シェルバックス・ストーリー  作者: 小田中 慎
☆誇りを守りに
19/25

19

 フゥルフェが髪を振り乱してその扉を叩いたのはその二日後の夕刻。

 扉が開くと男が一人。フゥルフェと認めると何も言わず仕草で付いて来るように促す。

 暗い廊下を歩くことしばし。重い扉が現われ、その前に立った看守は、案内する男の一瞥を受けてその扉を開く。すえてかび臭い匂いが漂い、それに長い間身体を洗わない者が放つ臭気が混じりあい、気分が悪くなる。思わずたじろいだ己を叱咤して、フゥルフェは男に続いて扉を抜けた。

 その部屋は頑丈な扉でとざされ、細い覗き穴から灯りが洩れている。男は無言のまま扉の前から退き、フゥルフェが中を覗けるようにした。恐る恐る覗くフゥルフェはしかし、直ぐに覗き穴から飛び退き、口を押さえる。そして意を決し、もう一度覗いた。今度は己に強いて身を引かなかった。

 そこにいたのは、ぼろぼろになった衣類をまとった中年の男。ほとんど全裸に近い姿で岩石むき出しの床に項垂れて座っている。しかし、姿に反して怪我や血の跡は見えない。顔もきれいなままで彼女はほっとしたが、直ぐに尋常ではないことに気付く。男の周りは糞尿で覆われていて、半裸の男はその中に虚ろな表情で蹲っているのだった。

「安定剤を投与してようやくこの状態で」

 いつの間にか案内の無口な男の隣にもうひとり、男が立っていた。

「何があったのか、教えて頂けませんか?」

 フゥルフェは覗き窓から父を見つめたまま尋ねた。

「どうしてこんなことに?」

「ここではなんですから。どうぞこちらへ」

 離れ難い様子のフゥルフェに男は優しく、

「お父様は大丈夫です。もう少し落ち着いたら、多分掃除も出来るでしょう」

 そうは言うものの、安定剤を打たれ放心している者をどうして放置しているのか、その説明はない。結局、父親は何かの罠にはまってしまったのだろう。

「分かりました」

 フゥルフェの声は上流階級にふさわしい怜悧なものに変化する。

「案内なさい」


 そこに待っていた者は意外な人物だった。

「申し訳ない」

 開口一番、その初老の男はうろたえながら謝った。

「仕方がなかった、フゥルフェ」

「大臣……」

 それは次席護民官派でもフゥルフェの父の片腕と目された男で、今は財務大臣をしている。

「知ってしまったからには、告発するしかなかった」

「当然だな」

 もう一人は座ったままだった。

「告発しなければ同罪だ」

 それは警察大臣。敵対勢力からは護民官派の番犬と揶揄される男だ。

「何を見たのですか?」

 フゥルフェは毅然としていた。

「父が何か悪事を働いたとでも?」

「その通りだ」

 警察相は厳しい顔で、

「次席護民官、ああ、あなたの父上は敵と内通しようとした罪で逮捕された」

「敵?」

「カローンだよ」

「何を証拠に?父は戦争には反対していますが、心からカスケーのことを案じ、愛しています」

「財相殿。説明されるがいい」

 警察相は踏ん反り返って不敵で不快な笑いを浮かべていた。


 財相の話は、フゥルフェには俄かに信じ難い話だった。

 次席護民官に呼ばれた財相は昨日の夜、彼を自宅に訪ねた。次席護民官はひとりで家にいたという。フゥルフェの母である妻を亡くして以来、ずっと一人で暮らしていたが、数人の使用人を雇っていて、一人になる事は珍しかった。

 財相が玄関で呼びかけても何も反応がなかったため、鍵の掛かっていない玄関から館に入って主人を探すと、シレット氏は書斎でひとり酒を飲んでいたという。そして驚愕することを言い出したのだという。

「彼は私に、一緒にカローンへ渡ってくれ、そう言ったのだ」

 カローンへ渡りカスケーを、自治権を持つ保護領とするよう申し入れをする。このままでは強硬派の護民官たちが星を窮地に追い込んでしまう。カスケーはカローンとの戦闘ですぐさま兵力を減らし、カローンは暗黒礁域を超えて砲台を建設し、なぶるようにカスケーへの砲撃を行うだろう。

 そうなってからではもう遅い。カローンは暗黒礁域を超える時やカスケー軍との戦闘で失った兵の血の代償を求める。それはカスケー人の虐殺に他ならない。だから、未だ戦闘が本格的でない内にカローンへ譲歩して平和を得るのだ、と。

「私に何が出来ただろう?本気か、と尋ねれば、本気だ、と」

 財相の顔は疲労に歪んでいた。そして溜息交じりに告げる。

「あなたは逮捕されたいのか?と尋ねると、逆に、君は私を売るのか?と……」

 シレットはやるならやってみろ、と財相を怒鳴りつけた。そんなことは若い頃、大いに話し合い友情を深めた三十年前からなかったことだった。フゥルフェですら、父が怒るのを見たことがほとんどない位なのだ。

 次第に激高した次席護民官は財相を突き飛ばし、なおも正論を振りかざして、一緒に来い、と叫んだ。家具を蹴飛ばし、書類を投げつける。しまいには自分の胸を叩き続け、テーブルに額をぶつけ始めたという。

「私は急いで警察を呼ぶしかなかった」

 保護され、連行されたシレット氏はいよいよもって暴れ回り、押さえ付けるのも三人がかりだった。自傷を防ぐため拘束具を付け、監房に入れ、縛り上げた。やがて医師が呼ばれ、安定剤を投与したのだった。

「重圧が……カローンからカスケーを護らねばと言う想いが、次席護民官殿を追い込んだのだと思う」


 やはりフゥルフェには信じられなかった。あの父がそのような行動を取るとは絶対に信じられない。そして、父を信じるのならこれは謀略だった。父は何かの薬物を投与されたに違いない。父を落としめる汚く恐ろしい罠。

 睨みつける目をした娘を警察相は傲慢な態度で見ていた。どうもこの娘は父親の血を色濃く受け継いでいるようだ。ならば、護民官の立てた計画の第二段階に進まねばならない。



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