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 キュイーン・ キュイーン・ キュイーン


 船舶接近警告音にはっと我に返ったゴルフェだった。彼がもの思いに沈んでいる間も連絡艇は無害を示す白い点滅灯を示しながら大艦隊にゆっくりと接近していたが、それも終点が近かった。

 目前にカローンの哨戒艦が二隻立ち塞がっていて、発光信号で停船を命じていた。ゴルフェが艇を止めると、哨戒艦の一隻からワイヤーがするすると伸びてくる。その先端がゴルフェの艇にぴたっと張り付くと、船体から声が聞こえた。

「カスケーのフネ、聞こえるか」

 なまりの強いカスケー語に対し、ゴルフェは艇の船体を通して発信する音声装置を通じて流暢なカローン語で答える。

「よく聞こえる」

「所属と目的を申告しろ」

 ゴルフェはすうっと息を吸い込むと、

「私はカスケー航宙軍の上級統率官、ゴルフェというものだ。カローン軍の方々に火急の連絡がある。指揮官にお目通りを願いたい」


 カローン艦隊の旗艦は意外にも中型の戦闘艦で、戦闘力は並だが運動性と速力に優れた船だった。この艦隊の長は合理主義で通っている。こんな危険域に艦隊決戦用の大型艦で繰り出すようなことはしない。ゴルフェはこれからその男と対決しなくてはならないのだ。

 ゴルフェの艇は哨戒艦と共に旗艦の横に並び、ゴルフェは捕虜に命令があるまでここにいろと命じた後に、旗艦から伸びて来た蛇腹型の接舷口から乗艦した。


 柄と鞘に封印が張られた儀礼用の短剣以外、武器を没収され、周りを六名の屈強な兵士に囲まれて、それでもゴルフェは胸を張って艦橋に昇った。

 待ち受けていたのは、カローン帝国第三方面軍に属する精鋭、ストラー支隊司令官のストラー大公。

兵に囲まれたった一人でやって来た野蛮なカスケーの若造に、ストラーは堂々とした声で、

「一体なんの用だね?」

 国王の従弟に当たるストラーは尊大に含み笑いをすると、

「せっかくカスケー軍のルージ前進砦を見物しようとやって来たというのに」

 すると周囲から追随の忍び笑いが漏れる。ゴルフェはそれを無視して声を張った。

「ご公務の邪魔立てをして申し訳ありません」

 そして堂々とストラーの視線を受けた。

「先程、貴下の艦艇と小競り合いを演じました。残念なことに一隻撃沈せねばなりませんでした。脱出した乗員は負傷者のうち危険な者二名を除き全員、連れて参りました。直ちに収容をお願いします」

「何?せっかく手に入れた捕虜を手放すと言うのか?」

「はい。どうかお納めください」

 ストラーはじっとゴルフェを見つめた後で傍らの副官の一人に指示し、副官は艦の士官数名と捕虜を収容するため艦橋を出て行った。ゴルフェはそれを見送ると、

「私が閣下に拝謁を願ったのは、捕虜の受け渡しのためだけではありません。小官はカスケー総軍司令部より命を受け、閣下に火急の連絡を持って参りました」

「ほう。現在戦闘中の相手方から至急の連絡とは、な」

 ストラーは余裕をみせて立ち上がると、

「それとも何か?貴官の上官は私の来ることを知って慌てて降伏を申し入れるために貴官を遣わせたのかな?」

 艦橋内に笑いが満ちる。彼以外周りはすべて敵、屈辱の瞬間だったがゴルフェの表情は変わらない。変わらず苦悩の色を浮かべ、

「いいえ。我等は未だ主力を保ち、辺境地区の小競り合いでは互角以上の成果を上げていたことは閣下もご存知のはず。私が参じたのはそのような理由ではありません」

「では、何故に参ったのだ?」

 と、これはストラーの参謀の一人。

「降伏ではないとしたら、一体何の用だ?」

 賛意のどよめきが起きる。ストラーは右腕一閃で静寂を取り戻すと、

「戯れが過ぎたようだ。申し訳ない。貴官の至急報とやら、こちらに」

 ゴルフェは親書を副官に差し出し、副官はストラーに恭しく捧げた。

 受け取ったストラーは伝統に則って上質のカスケー白紙に記された達筆に目を通す。ゴルフェはその表情の変化を見逃すまいとストラーの顔を見つめていたが、最期まで黙読したストラーの表情は一切動かなかった。

 読み終わったストラーは親書を丁寧に畳み、副官に手渡すとゴルフェに問う。

「さて、貴官はこの親書に何が記されているか、知らされているのか?」

 ゴルフェは落ち着いた表情で答える。

「一切を存じております」

「では、改めて貴官の口から事の次第を伺っても宜しいか」

 ゴルフェはすうっとひと息吸う。その息を吐き出すまま、告げる。

「閣下。貴国の皇太子であり光輝ある帝国軍最高司令官、アルフェル・コト・ソーフ殿下が崩御なされました」

 一瞬にして緊迫した空気が支配する。ストラー以外の誰もが唖然と声を喪うが、その呪縛を解いたのはやはりストラーだった。彼は噴出すように笑い出す。吊られた数人が笑い出すと、艦橋に参集したカローンの兵士たちは一同笑い転げた。

「親王殿下が崩御なされた、と?申し訳ないが、統率官殿。私はつい数日前に親しく親王の傍らに侍ることを許されていたのだ」

 ストラーの顔から徐々に笑みが消え、険しい何かが、その一睨で一千の兵士を動かすと謳われた英傑の貌が現われる。

「その時、私は殿下からルージ攻略の命をありがたく受けたのだ。殿下はすこぶるお元気で、ルージを抜いたあかつきには御自ら親衛兵を率いて貴官らの首都攻略に出撃すると仰っていた。その殿下が崩御あそばされた、と?」

 ストラーの怒りは次の一喝に託された。

「ふざけるな若造!」

 しかし痺れるような怒声を浴びても、ゴルフェは落ち着いたもの。

「閣下が信じられぬのも無理はありません。私も耳を疑ったものです。この親書は昨日、私がルージ砦を発つ直前に届きました。貴軍の機密通信を傍受した我が通信隊は暗号解読して直ぐに最高司令部に伝え、事の次第を知った護民官閣下が自ら認めたのです。それによると、殿下は率いた親衛艦隊ごとこの暗黒礁左翼、我々のいるトガン礁域から一日の距離にあるナンダバル礁域にて暗黒陥穽に嵌り、乗艦が消滅したとのことです」



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