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 任務にあたりゴルフェは戦時昇級で上級統率官となり、カスケー軍で一番若い戦隊司令官に補された。

 しかし戦隊といっても、小型快速の突撃艦が三隻と補給艦が一隻というかわいらしいもの。そしてその全てが「機帆船」だった。


 彼らの星系で宇宙船といえば帆船が主流だった。

 もちろん動力がないわけではない。重力圏からの脱出には補助動力ポッドの推力が必要だ。しかし、大型宇宙船の動力エネルギーを生み出す燃料「エネミン」は宇宙に点在する岩礁しょうわくせいの一部にわずかに存在する物質。とても高価で希少だった。この星系には化石燃料が存在しないし、長距離推進動力に使える放射性物質も「エネミン」以上に希少だった。そもそもカスケーとカローンの宇宙進出も希少な動力燃料の獲得が主目的だったのだ。

 軍艦にはその「エネミン」を燃料にイオン推進器のみを使う完全動力艦もあったが、その維持には莫大な経費がかかり、数は少ない。従ってイオン推進器ドライブと帆走を併用する「機帆船」が主力となるのだった。


 ゴルフェの小戦隊は非常事態宣言により静まり返った宙港よりひっそりと出港していった。出征を見送る人もいなければ軍楽の演奏もなかった。事情を知る最高司令部の参謀がたったひとり、埠頭に立って敬礼していた。

 ゴルフェは戦隊旗艦となった突撃艦で、モニターに映るそらを睨んでいた。傍らには三年前の観閲式以来、公務では側を離れたことがない副官のイクレンドが緊張も露わに立っている。

 そのイクレンドがゴルフェから肝心の謀略部分を伏せて作戦の概要を知らされたのは、出港後間もなくのことだった。

 敵のカスケー攻略先鋒艦隊が、暗黒礁域へ遮二無二押し入ったことをカスケーの偵察艦が察知したこと。ゴルフェの戦隊は敵に察知されずにそれと相対すること。そして、カスケー政府からの「親書」を敵の司令官(名将を謳われるストラー提督と思われる)に渡すこと。

 このわずかな勢力で、カローン一の名将指揮下の大艦隊と対峙する。考えるだけでも恐ろしい事態にイクレンドは武者震いを抑えられなかった。

 ゴルフェに従って三年余。尊敬する大して年の差のない上司がめきめきと頭角を顕して、カスケー宙軍注目の的となってゆくのを後ろから見つめて来たが、これほどの危機はあの観閲式以来だ、と思った。それでも、恐れを知らないのではなく恐れを十分に知りつつ、それを克服する術を知っている彼の上司に懸命に付いて行く、それが自分の務めだとイクレンドは何度も心に命じていた。

 そんなイクレンドを横目に、ゴルフェは深く考えに沈む。

 出港して三日、カスケーの周回航路を廻り続け、演習を続けた。やがて、付近に船がいないことを確認すると急角度に航路を離れ、最大船速で暗黒礁域に向かう。礁域の入り口にあるルージ前進砦で最後の補給をして、いよいよ危険な宙域に入って来た。

 あのモリョフカや軍の奥深くで相手の出方ばかりを想像している連中が信じているように、カローンが短期決戦を目論んで強攻策に出ているなら必ず来る、とする敵の精鋭が潜む宙域。

 そして、ゴルフェが失望したことに、モリョフカらの予測は当たっていた。

 

 油断なく遠望器で前方を見ていた見張が叫ぶ。

「右前方三十度に敵艦見ゆ!タイプ不明、一隻。距離二千五百」

 緊張に声が上ずる見張の声に、さっと遠望器を廻らせた一等航宙士が、

「何も見えんぞ」

 それを半分無視して見張は続ける。

「不明艦はカローン航宙軍ハミレシュ級哨戒艦と認めます。隻数一、他に艦影なし」

 そして必死に付け加える。

「信じてください」

 若い見張の顔を見るなりゴルフェは艦長へ、

「旗艦砲撃準備!通信士、後続に信号。文。右前方三十我彼二千五百に敵艦見ゆ。われこれより砲撃す。戦隊手出しは無用、進路そのまま、安全距離到達点で待機」

 艦長も空かさず、

「取り舵三点。突発単独砲戦!主砲のみ、徹甲弾装填。副砲は飛散弾装填、即待機。目標、前方の敵艦、距離二千三百。照準確認次第発射せよ」

「見張り!敵の正確な位置を教えろ!」

 砲術長が吼える。

「今、観測値を電算に送信中……どうぞ!」

「入力確認せよ!」

「方位、よーし。角度、よーし。距離、よーし。偏差……よし!」

「照準急げ!」

 砲術長は自ら主砲管制をするため、砲術士の肩を叩いて席を交代する。その時、右前方にはっきりと青い炎が見えた。


 カローン側の哨戒艦もほぼ同時にゴルフェの戦隊を視認したために、突発遭遇戦の形になった。

 最初にカローンの哨戒艦から誘導噴進弾が放たれる。ふらりと船体を離れた噴進弾は艦に影響を与えない距離まで離れると推進剤に点火、蒼白い炎を引きながらゴルフェの艦に襲い掛かった。

 しかし艦長は冷静で、的確に指示を出しながら推進出力を様々に変えつつ不規則に転舵を繰り返す。噴進弾が通り過ぎ旋回して再び向かってきたところを副砲が迎撃して撃ち落した。直後、ゴルフェの艦は初弾を発射する。

「次弾装填急げ、周囲警戒怠るな!」

 艦長が気にした通りこの辺り一帯は暗黒礁域でも岩礁が多い宙域。今も船体の半分ほどの岩礁を右に通り過ぎる。

「初弾、外れました」

 既にその姿が良く見えている敵の左側、続けて二回爆発が起きる。逸れた弾が自爆したのだった。

「修正値確認。偏差をもうひとつ引け。よし。撃て!」

 主砲が二発目を発射する。砲口から眩い光が発するが音は無い。弾体が砲を離れる際に反動でグラリと艦が揺れる。衝撃を完全に吸収するタイプのこの連装砲もこればかりは仕方がない。カローン側は噴進弾を好み、特に今相手にしている小型艦はほぼ全てが噴進弾を主兵装としているが、カスケー側は今も昔もレールガンが主体だった。

 敵も負けてはいない。艦橋から見ている者全てに青い炎が見え、職務に忠実な見張りが「敵、噴進弾発射!」と言わずもがなのことを叫ぶ。

「艦長、上げ舵一杯」

 ゴルフェは前を見つめたまま告げ、

「あげかーじ!」

 艦長が命じる。

「総員、上げ舵、注意!」

 艦内に警報が響き、みな、とっさに近くの固定物に掴まった。船体が急な上昇で不気味に軋み、何かが壁にぶつかる音が響く。艦は急角度に昇り始める。

「二番艦リレンジより信号。われ参加すべきか否か。わが砲術士、一撃で仕留める自信ありとのこと」

「青二才がすっこんでろと言ってやれ!あれは私の獲物だ」

 通信士の声に砲術長が怒鳴る。まだ急上昇の最中、間もなく噴進弾も来ようという艦橋の緊張がほんの一瞬緩んだ。ゴルフェが凄みのある苦笑いで通信士に伝える。

「返信。助太刀無用。引き続き流れ弾に当たらぬ距離にて待機せよ。観戦記録を頼む」

 ゴルフェの苦笑は一瞬で消えた。その隣では操舵に艦長が命じている。

「取り舵二点!よーし、続いて面舵二点!まだ上げますか?」

 浮かぶ岩礁を避けるため、上昇しながら小刻みに艦を動かす艦長が尋ねる。

「まだです」

 冷静なゴルフェの答えに艦長は内心舌を打つ。一体何をしたいんだ、ウチの若い親方は?

「噴進弾、着弾します!」

 途端に後方で眩い光。続いて船体がグラリ振動する。船体が既に三十度ほど傾斜しているので誰もが身体を何かで支えていたため、新たな衝撃で倒れるものはいなかった。ゴルフェはこれを狙って上昇し続けたのだった。艦長はその大胆な操艦に舌を巻いた。

「損害調べろ!」

 後方の見張が冷静に事実を告げる。

「只今の着弾は後方の岩礁。我に向かった四発全て撃破を認む」

 ゴルフェはすぐさま、

「艦長、舵並行願います。戦闘速度維持」

「了解」

 イクレンドにはまるで数十分に感じたが、時計を確かめれば上げ舵にしてからまだ一分しか経っていない。

「損害ありません」

 応急処理班を指揮する副長からの伝令の声を受けた艦長が、

「よろしい。砲撃再開」

 既に敵は十発。こちらは四発。敵はあと二から四発、こちらの主砲弾はあと十四発。と言っても使い切るわけにもいかない。

「次で決めるぞ。算定急げ!」

 艦長もゴルフェと同じ事を考えていたようだった。この後、あの小物の親玉が控えているのだ。

「偏差、あと一足せ……いや、足す二!」

 主砲は敵の位置情報を自動的に入力し、そのまま放っておいても発砲出来たが、昔ながらの砲術長は絶対にそれをしない。宙では机上の計算は当てにならず、現にほとんど当たらない。必ず経験による修正が必要なのだ。

「撃て!」

 砲術長が叫ぶと共にトリガーを引く。空かさず発砲の衝撃。そして艦が障害物を避ける動きと。後方に爆発。衝撃波。

「敵弾、外れました!」

 そして遂に。

 前方にゆっくりとオレンジ色の火花が散った。続けて真っ赤な円形の光。

「命中!」

 砲術長が小躍りする。

「敵艦、沈みます!」

「救難、発進。敵乗組みを救助」

 ゴルフェは命じると、艦長に、

「ご苦労様です」

「三射もしてしまい、申し訳ありません」

 艦長と共に謝る砲術長に、

「いや、これだけの障害物の中、上出来だと思います。これからもこの調子で頼みますよ」


 待機していた救難チームは、戦隊の他の艦から派遣された救難艇と共同し、二十人ほどのカローン人を救助して来た。カローンの哨戒艦艦長は、命中が避けられないと分かった瞬間に退艦を命じており、その数秒が多くの命を救った。救命艇で漂うカローン兵のうち二名が重傷を負っていたが、ほとんどの兵は掠り傷程度だった。しかし、艦長と副長は艦と運命を共にしたと言う。行方不明はその二名だけだった。


 思いがけない捕虜を全て旗艦に収容したゴルフェは、すぐさま前進を命じた。やがて幾人かの捕虜の尋問から前方に大艦隊がいることを知らされる。

「本当でしょうか?」

 イクレンドの問いに、ゴルフェは答える。

「ああ、本当にいるだろうな」

 さて、ここからが本番だった。

「戦隊に信号通信。文。われ先行す。間隔を二十宙浬以上あけ、通常航宙速度にて追尾せよ」

 二十宙浬も空ければどんなに目のよい見張りも視認することは出来ない。それにここは暗黒礁域。無線通信も測定装置も役には立たない。つまりは単艦、敵の大艦隊がいるという宙域に出て行こうというのだ。

「失礼だが何をお考えで?」

 ゴルフェより二十も年上で経験豊富な艦長が尋ねる。ここは権限を盾に黙るよう言ってもよかった。しかし、ゴルフェはそれを潔いとは思わない。

「今は言えない。が、これだけは言っておきましょう、艦長」

 艦長を手招き、宙を飛んで来た艦長を支え下ろすと、

「これは高度に練られた作戦の一部です。信じられないかもしれないが、今は私を信じて欲しい。どんなに突飛なことが起きても」

「それは兵に危険を強いることになるのでしょうか?」

 真剣な艦長の目にゴルフェの視線が絡む。

「強いる時には、私は指揮権を行使出来ない立場になっている、と思う。その時は、あなたはあなたの判断で行動してください、艦長」

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