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旧カローン帝国は現在、カローン星域連合と政体を変え、植民星レクルスを従え、今でも強大な軍事力と経済力を誇っている。
とは言え、帝国と名乗っていた頃に比べればその行動は穏やかなもの。広大な星域を束ねた十二代に渡るカローン家の支配は、ノイ・レ・パウス=語り部の老人が中年の頃に終わりを告げていた。
カローン帝国の滅亡は五十年前のカスケー星との戦いにおいて、カローン王家の跡継ぎが戦死したことに端を発した、と言っても過言ではないだろう。
皇太子が戦死した場所はその帝国支配域の端、強力な磁気あらしが頻発し、船を巻き込む宇宙の渦「暗黒陥穽」が突如発生する、ガスと小惑星の集合体「暗黒礁域」。それはカスケーを護る魔の宙だった。
ちなみに、宙のことをカスケーでは「そら」と呼ぶが、カローンやソレルでは「うみ」と呼ぶ。
カスケーには本物の「海」があったが、カローンやソレルではそれは巨大な「湖」に過ぎないことがそう言われる由来だろう。
これだけ物の見方が異なる民族がお互いを知れば、自ずと争いの種が生まれる。特に、双太陽の下で同じ軌道をきっかり半年遅れで周回するカスケーとカローンは、その位置が示すそのままに昔からお互いを「陰」と「陽」として意識していた。無論自分たちが「陽」であり「光」であり「正義」で、相手側が「陰」「闇」「悪」であった。
お互いの存在を「発見」して以来、それはいさかいの歴史であり、特に帆走宙船が発明され、命知らずの冒険家たちがそれぞれ「うみ/そら」へ繰り出すと、行く先々で争いごとが頻発した。
それでもまだ、お互いの科学が未熟だったころは、少し争っては休戦、争っては休戦を繰り返し、全面衝突の愚は避けてきた。
それが済まなくなったのは、片方の星カローンに強権政治が始まり、やがて帝国を名乗って外征に乗り出したからだ。
カローンは完全独裁の帝国と化すと、すぐ外の軌道を巡る星、ソレル侵攻を企てる。ソレルはカスケーとカローンとはまったく別の進化を遂げた惑星だったが、人口は少なく、カローンの集中攻撃にひとたまりもないだろうと思われたが、正にカローンの大艦隊がソレルを囲んだ時、猛烈な「恒星嵐」が始まって艦隊はバラバラとなり、流された軍船のほとんどが傷付き難破する事態となった。
その後何度か同じ試みを企てたものの、ことごとく嵐に阻まれたカローンはソレルを呪われた星と勝手に位置付け、その野心を別方面に向けた。
それは鏡に映った自分たちのような「裏側の星」カスケーだった。
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議論は白熱して来た。
この五人の男たちは普段、反論や否定に馴れていない。
それぞれの職域において最高位の者たちの話は、結局のところ自分の権益を弁護するか、相手の権益を削って自分の支配に加えるかを検討することに終始する。そして妥協や打算で物事が進む。一度この沼に足を踏み入れると、その泥を拭って清い水で流すのは困難だった。
それは正に「足を洗う」行為。トップの座から滑り落ちることを意味したからだった。
「では、私にその恥辱を我慢しろ、と仰っているのか?」
「そうではない。一時、耐え忍んでほしいとお願いするのだ」
「同じことではないか?民衆の非難がひとたび私に向けば、足元をすくいに跋扈する輩がたちまち湧いて出る」
「それをやり過ごすことが出来ないほど、貴官の地位は軟弱なのかね?」
「そうではない。一家言ある現場の者どもを束ねるということは、常に四方へよい顔をしていなくてはならぬ、ということだからだ。過去、私の地位に就いた者はみなそれで苦労して来ているのだ。このバランスが崩れれば統帥が揺らぐ。この非常時において避けねばならぬことは、一致団結を乱す権力の分散だ」
「その通り。私も貴官に賛同する」
「では、どうしたらよいのかね?アヤツらはこのままでは民衆の心を掴んで一気に政変へ持ち込むぞ」
「だから逮捕してしまえ、と先程から言っている。罪状は星域転覆罪でいいではないか?この非常時に敵と通じて星を売り渡そうとしていると言えば」
「私には無理だ、と先程から言っておるではないか。アヤツらに逮捕状を発行するようなことをしたら、司法が国権と結んで強権を発動したと報道と民衆が騒ぎ出す」
「では何が必要なのだ?」
「強固で間違いようのない、誰が見てもアヤツらが敵と通じている、という証拠だ」
「捏造できないのか?」
「私を見ないでくれ。私の機関がそれを行い、万が一発覚したら二度と信用を得ることが出来ない」
「やれやれ。それを行うのが情報通信を司る貴殿の仕事だと思っていたが」
「そこまで言うなら、貴殿がやったらいい。そちらにも公安という立派な部署があるだろうに」
「公安にそれをやれと言うのかね?スパイの摘発に奔走している公安に」
「まあまあ、ここで争っても何も生まれないぞ。それに、そんな付け焼刃の証拠など簡単に破れてしまう。それほどヤツの人気は高い。民衆はそれほど馬鹿ではない。甘くはないぞ」
焦燥と憤りに満ちた静寂が訪れる。軍、情報通信、経済、警察、司法を代表する五人はその権の調和と均衡を象徴するように六角形の会議テーブルの五辺に面して座っている。するとドアが開いて男が一人入って来た。
「遅くなった。済まない」
男の侘びにいえいえと立ち上がった経済大臣が、
「お待ちしていました。どうも結論が出せません」
「アヤツらをどう始末するか、どうもあの方の人気が邪魔でして」
防衛大臣の粗暴な言葉に男は眉を潜めたが、
「ごり押しでは無理だろう。民衆を欺くにはそんなありふれた手ではだめだ。それは分かっている。そこでだ」
男はテーブルの周りを歩きながら、自分がこれまでに為し得たこと、そしてこれから為そうとすることを掻い摘んで説明する。五人の高官はそれを魅せられたように聞いていたが、男の説明がひと段落すると、
「その、実に素晴らしい作戦ですな。それならあの男の考えた突飛な案が使えるでしょう」
防衛大臣がにんまりと笑う。
「そういうことだ。その線に沿ってそちらに実行してもらう」
「人選は終わっています。しかしこんな奇計、本当にうまく行くと思いますか?」
「別にこれだけでカローン軍が壊滅するなどという甘い考えは持ち合わせていないよ。失敗したって構いやしない。カローンを退けるのは本来君たちの仕事だからな。私が欲しいのは、奴の配下が敵と通じた紛れもない証拠だ。これはうまくいくと信じているよ」
空いていた上座の椅子を引き、腰を下ろした護民官、カスケー最高の権力者は酷薄な笑いを浮かべていた。